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それは突然の告白だった。


いや、あれは本当に告白だったのか、ただの冗談だったのか、俺には真意が正直なところよく分からない。


ーー「‥‥じゃ、じゃあさ!私とかどう!?私と恋愛してみるとかさ!?」


誕生日の食事の席で、由美ちゃんがこんなセリフを口にしたのだ。


恋愛の話をしていた会話の流れ的に、告白の言葉にも取れるが、由美ちゃんの口調は冗談っぽくも聞こえた。


一瞬驚いたが、これを間に受けてはいけない気がした。


なぜなら下手に恋愛ごとに持ち込めば、せっかくの貴重な友達を失ってしまうことにもなりかねない。


つい先日、こんなに気軽に話せる女友達を作るのは至難の業だからみすみす恋愛絡みにはしたくないと思ったばかりなのだ。


だから俺も冗談に軽く答える形で答えた。


ーー「突然どうしたの?でもまぁ、由美ちゃんだけはないかな~」


由美ちゃん《《だけ》》はないと言ったのは、紛れもない俺の本音だったけど。


由美ちゃんだけは他の女の子と違う貴重な存在だから、恋愛対象に見えないんじゃなく、恋愛対象にしたくなかった。


その後の由美ちゃんはいつも通りの笑顔だったし、誕生日以降も変わらず普通に2人で飲みに行っていた。


あの日のあの告白はやっぱり冗談だったんだろうと思ったし、由美ちゃんと関係が変わらなかったことに正直ホッとした。



伊藤さんに告白されたのはそんな頃だ。


その日仕事が終わりオフィスを出ると、オフィスビルの入り口に伊藤さんが待ち伏せていた。


誘ってもつれない俺に剛を煮やしていたのだろう。


「蒼太さん、お疲れ様ですぅ!私、蒼太さんのこと待ってたんです!」


「お疲れ様。何か用?」


「はい!お話したいことがあるんです!」


オフィスビルの入り口だから人通りも多く、人目につく。


ちょうどその時植木さんが通りかかって、俺と伊藤さんに目を止める。


「あれ?蒼太と伊藤さん、どうしたの?」


「あ、植木さん!お疲れ様ですぅ!今から蒼太さんと予定があるんです~」


「へぇ~そうなんだ。楽しんできてね~」


「はぁ~い!」


勝手に予定ありと既成事実を作られてしまった。


しかも恋愛ネタが好きな植木さんに見られたとなれば明日色々ツッコまれるだろうことが明白で俺はちょっとゲンナリする。


「‥‥とりあえず場所移そうか」


「はぁい!」


伊藤さんはパッと華やかな笑顔を浮かべると、嬉しそうに俺の後について来た。


一緒に食事をする気にならなかった俺は、会社から少し離れたカフェに足を踏み入れた。


2人分の飲み物を注文して受け取り席に座る。


伊藤さんはてっきり食事に連れて行ってもらえると思っていたのか、カフェだったことに少し不満げな様子だった。


「それで?話って?」


「食事に行くのかと思ってたのに、カフェなんですね」


「話があるっていうから、食べながらよりもコーヒーでも飲みながらの方が話しやすいかと思って」


俺は取り繕った言葉を並べた。


「蒼太さんって彼女さんと秋に別れたんですよね?それから彼女いないって聞いてるんですけど、本当ですかぁ?」


「本当だけど」


「実は私も今彼氏いなくって。寂しいなぁって」


「そう」


「お互い恋人いないですし、私とかどうですかぁ?私と蒼太さんってお似合いだと思うんです」


「‥‥」


そのセリフを聞いた時、「私とかどう?」という言葉自体は由美ちゃんと同じなのに、どうしてこんなに感じ方が違うのだろうとまず思った。


それにお似合いってなんだとツッコみたくなる。


この女は俺の外見しか見てないし、興味がないのだろうなというのが分かる。


(さて、角が立たないようにどう断るかだな。同じ会社の子だから面倒なことになるのも避けたいし)


可愛いと自覚しながら、うるうるとした上目遣いで見つめてくる伊藤さんに俺は告げる。


「彼女がいないのは本当なんだけど、実は好きな人がいてさ。だから気持ちは嬉しいんだけどごめんね」


「え?好きな人ですかぁ?」


もちろんそんなのは嘘だ。


今は彼女いらないとか、仕事が楽しいからとかの理由で断ると粘って来そうだと感じた俺は、心に決めた相手がいるということにしたのだ。


「あ!もしかして忘年会のお店に一緒に行った人ですかぁ?」


由美ちゃんと姉ちゃんと3人で食事に行った時のことを持ち出される。


そういえば、あの店に誘われた時も適当に女の影を匂わせて断ったのだった。


あれが今効いてくるとは。


「そうそう。今頑張って落とそうとしてるんだよね」


「へ、へぇ‥‥そうなんですかぁ‥‥」


伊藤さんは明らかに勢いをなくし、モゴモゴと口ごもり始めた。


こういう俺の外見しか見てない子は、他にターゲットがいればすぐに興味を移し乗り換えてくれるだろうと目論んだ俺は、さらに言葉を重ねる。


「伊藤さんほど可愛い子なら俺なんかじゃなく他にももっといい男がいっぱいいるよ。ほら、システム部の山田さんとか、取引先の田中さんとか、この前伊藤さんのこと褒めてたよ」


伊藤さんの自尊心をくすぐりながら、いわゆる容姿の良くて女性人気のある男性の名前を挙げた。


実際にその2人は伊藤さんのことを可愛いとこの前言っていたから嘘ではない。


「え!本当ですかぁ!知らなかったですぅ!」


伊藤さんが目をキラッと光らせたのを見逃さなかった。


これで興味は移りそうだと感じ、安堵の息をそっと吐いた。


案の定、翌日は植木さんに詰め寄られ、昨日の伊藤さんとのことを聞かれた。


何でこの人はこんなに人の恋愛事情が好きなのかサッパリ理解できない。


俺が適当にはぐらかしていると諦めたのか、別の話題を持ちかけて来た。


「そうそう、今度大塚フードウェイさんとコラボの打ち上げすることになったから!蒼太も参加でよろしくな!」


「打ち上げですか、分かりました」


そう、あのコラボは無事に成功を収め、定期的な打合せは終了してのだった。


それにより、由美ちゃんや姉と仕事で会うことはなくなった。


あのコラボのおかげで、どこの誰かも分からなかった由美ちゃんと再会することができたのだからある意味感謝である。


(いや、もしあの件がなくても、姉を推しと崇める由美ちゃんだから、遅かれ早かれ知り合う機会はあったのかもな~。なんせあの崇めっぷりはアッパレだし)


うっとり姉について語る由美ちゃんの姿を思い出し、ついククッと小さく笑ってしまった。


「なに思い出し笑いしてんの?蒼太がそんなふうに笑うなんて珍しいな」


「いや、なんでもないです。すみません」


植木さんにツッコまれてしまった。


その場にいなくても俺を笑かす由美ちゃんはすごい子だなと改めて思った。


コラボの打ち上げでは席が離れていたからほとんど言葉を交わさなかった俺と由美ちゃんが次に会ったのは、ゴールデンウィーク前だった。


ちょうど姉が海外挙式に旅立った頃だ。


その時も「推しのドレス姿見たら嬉しくて死んじゃう」と顔を緩めてる姿が面白くて、思わず笑ってしまった。


それに日本での結婚披露宴の時のはしゃぎっぷりもすごかった。


終始目をキラキラ輝かせて楽しそうにしている姿が微笑ましくて、ついつい目で追ってしまう。


スマホのカメラで必死に姉を撮ってる姿なんかが目に入ると、「きっと女神降臨!とか思ってんだろうな~」と由美ちゃんが言いそうなことまで想像できてしまった。


親族席にいた俺と、新婦同僚として会社の人たちと同じ席にいた由美ちゃんは離れていたけど、披露宴中なんだかんだ俺は由美ちゃんを眺めて楽しんでいたように思う。


そんないつも明るくて元気で推しに一直線な由美ちゃんの様子がおかしいと思ったのは、久しぶりに会った日のことだったーー。

初恋〜推しの弟を好きになったみたいです〜

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