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「恋は天下のおくりもの」
青桃
地雷、苦手様🔙
桃side
夏の夕方の公園は、セミの声と、アスファルトに残るじっとりとした熱気に包まれていた。
空は、少しだけ赤くなりかけていて、滑り台の影が地面に長く伸びている。
桃は、誰もいないブランコに座っていた。
ゆっくりと、キイ、キイと音を立てながら揺れるその動きは、どこか心細さを誘った。
桃「まろ、くるかなぁ……」
小さくつぶやく声は、自分でも聞こえないくらいだった。
今日は、まろと最後に会える日だった。
明日には、まろの家族が遠くの町へ引っ越してしまう。お父さんの転勤で。
前に会ったとき、まろはどこか元気がなかった。
それを聞いてからというもの、おれはずっと胸の奥がざわざわしていた。何も手につかない。宿題も、ゲームも、好きだったお菓子さえ、今は何も嬉しくない。
(ちゃんと、来てくれるかな)
そう思っていたそのとき――
青「ないこ、!」
振り返ると、息を切らした青が走ってきていた。
額に汗をにじませて、でも確かに笑っていた。
青「ご、ごめん、ちょっと遅れた」
桃「……ううん。来てくれて、よかった」
桃は立ち上がって、青の前に立った。
ほんの少し身長差のある青を見上げながら、心臓がドクンと脈打つのを感じる。
桃「……明日、引っ越すんだよね」
青「うん。お父さんの仕事で、東京ってとこ。新幹線でも遠いって、お母さん言ってた」
桃「そっか……」
2人の間に、風が吹いた。
風鈴のように、心のどこかが揺れる。
本当は、言いたいことがたくさんあった。
「行かないで」とか、「もっと遊びたい」とか、「ずっと一緒にいたい」とか。
でも、どれも言ったらダメな気がして、喉に詰まったままだった。
桃「……さみしいな」
それだけが、かろうじて出てきた。
青は、黙ってうなずいた。
そして、小さく口を開いた。
青「……俺も。すごく」
少しだけ沈黙が流れたあと、青がポケットから何かを取り出した。
青「これ……あげる」
それは、あの日一緒に拾った、丸くて綺麗な石だった。
近くの川で見つけて、どっちが持って帰るかジャンケンして、結局じゃんけん弱い桃が「持ってていいよ」って渡したやつ。
桃「……なんで?」
青「お守り代わり。俺がいない間も、ないこがさみしくないようにって」
桃「……まろ、やさしいね」
青「そう?笑」
お互い、ぎこちなく笑った。
そして、いよいよ別れの時間が近づいてきた。
桃が勇気を出して、一歩だけ前に出る。
桃「……また、会える?」
青はほんの一瞬、黙って空を見上げた。
そして――うなずいた。
青「うん。きっと会えるよ。だから、待ってて」
桃の胸に、なにか熱いものがこみ上げてくる。
桃「……うん、待ってる」
もう、涙が出そうだった。でも泣きたくなかった。最後くらい、ちゃんと笑いたかった。
青は、ふわりと笑って、言った。
青「じゃあ……バイバイ」
たった一言。
でも、その声には、言葉にしきれない想いがこもっていた。
桃も、笑顔を作る。
桃「ばいばい、」
そして――手を振る。
その手は、やがて空を切って、寂しさの中に吸い込まれていった。
後ろ姿の青が、少しずつ小さくなっていく。
夏の空気が、まるで時間ごと止まってしまったかのように重たかった。
桃は、もう走って行く背中が見えなくなるまで、ずっとそこに立ち尽くしていた。
(また会えるよね、まろ)
胸に残るのは、青の笑顔と、言葉にならなかった想い。
恋だと気づくには、幼すぎたふたり。
けれど、それでも確かにあれは恋の始まりだった。