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『天使の羽を捥ぐ』
初めて死体を棄てに行く。
黒いゴミ袋からは鉄とか、ありとあらゆる体液の臭いが溢れてしまっていて、とてもじゃ無いけれど僕以外の人は持って出歩けないでしょうね。と考えながら
足に負担を掛けて、重たいゴミ袋を、100,000℃の熱を放つ、この時のために用意した焼却炉へと運ぶ。
細胞さえも残さない、残らない。
神に愛された天才も、死んでしまえば唯のゴミだ。
あついあつい煉獄へと逝けば良い。
物思いに耽りながら、だけれども着実に時が迫る中、やけに冷静な頭を働かせて歩を進める。
もう少しすれば鐘が鳴る。
協会の鐘が、朝を知らせる。
夜目の効く眼で良かった。
「ドミニク、僕は君を殺して上に行くよ。」
厭に暑い。
まるで彼の知識に対する情熱が、体躯が朽ち果てても尚、現世に留まろうとしているようで、なんとなく僕は居心地が悪くなってきてしまって、すぐにゴミ袋ごと焼却炉に投げ捨てた。
直前、袋から垂れたありとあらゆる体液が地面に落ちるのが、何故だかは分からないけれど、彼の意思みたいなモノが感度に残って、僕を静かに責め立てているようで、それすら気に入らなくなっては足で踏み潰した。
嗚呼、死んだ、死んだ!
世界に名が残る世紀の大天才が!
惨めに、死んでいった。僕が殺した、この手で。
______________
「凡人は、秀才に成れます。
秀才は、凡人に還ることも出来ます。
ですが、凡人は、秀才は、天才になど成ればしない。
いくら努力をしたところで、どだい追いつけるものではない。
えぇ。逆に、天才は、凡人にも秀才にも成れない。」
眠気が襲う某日午後、魔法学科の生徒は皆、忙しくペンをノートに走らせている。
換気のためと開けている窓からは、生暖かい風が、教室の生徒の肌を優しく撫ぜていっては二酸化炭素さえも持ち帰って行った。
眠気に耐えきれず、長机に突っ伏している友人の隣で、相も変わらず僕も微睡みつつ、何とか耐え忍んでは教授の話に耳を傾けているのだが。
「それが何故か、貴方は分かりますか?カンタレラ」
今までの静寂を破るかのように教授の声が、僕を射抜く。
まるで僕が、僕自身が、答えを知る天才だと言わんばかりの顔で。
「はい。分かります、スリング教授。」
がたり、と席を立つ。未だに友人は起きはしない。
周りの生徒の視線が、一斉に僕に集まる。
「 凡人は、努力をすれば秀才に成れる。
秀才は、努力を怠れば凡人に成れる。
だけれども、凡人や秀才は天才に成れない。
天才は、神が才能を余すことなく注いだ人間だからです。
だからこそ、天才は凡人や秀才に成ることが出来ません。
なぜなら、それは神から与えられた才を捨ててしまうことになるからです。」
「よろしい。満点の回答です、カンタレラ。」
満足気に鼻を鳴らしては、席に着くよう支持する教授。
周りの生徒も、あまり満点をくれない”あの”スリング教授が、満足気に鼻を鳴らして、満点を出してくれたという事実に浮き足立っていた。
───僕以外は。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
蜘蛛の子を散らすように、生徒たちは家に帰って行った。楽しみを抱えて笑顔で放課後を過ごすのだろう。
対して僕は、放課後を全て勉強に費やしている。
この社会をもっと良くするためにはどうすればいいか、とか。
どんな物を創ればみんなが喜んでくれるんだろうな、とか。
勉強をすれば、分かる。
勉強をすれば、知識を得られたら、それを使った物を開発すればいい。
幸いにも、両親がパトロンとなってくれているから、いくらでも発明だって出来るから恵まれているのだ。
幾つも賞を貰った、他の大人にも、この学校の教授たちにも、褒められているし、一目置かれているのだって、自画自賛では無いけれど理解している。
だけれど、足りない。
貰った賞だって1番では無い。
他の大人たちも、この学校の教授たちにも、周りの人にも一目置かれては居るけれど、目線の先には僕では無くて、神に愛された世紀の大天才が映るのだ。
『誰もお前を見ては居ないぞ』
鏡に反射した自分の目が、歪んでいるように見えて気持ちが悪くなる。
自分は唯の代用品だというのは、とっくの昔に理解は出来ている。
そう、秀才は天才が死んでしまったあとの代用品に他ならない。多少の欠陥、不備があろうが天才でないのだから仕方が無いと指を指されて生きていく。
ぐるぐると嫌な考えに苛まれながらも、学園内にある地下1階、鳥籠のような趣味の悪い部屋に向かい、住人に声を掛ける。
「ドミニク、僕です。担当のカンタレラです。」
「……あァ、君か。入ってどうぞ」
嗄れた声。
部屋の主は、まぁ随分と、研究資料やレポート用紙、インクの切れたペン、羊皮紙いっぱいに到底普通の人間の頭には入っていないような言語で書かれた、一見すれば暗号のようなソレ。
掃除をするという概念が無いらしい。
ホコリにまみれた部屋を見て、顔を顰める僕に、「掃除をする時間が惜しいんだ、その時間があれば幾つの発明が得られると思う?」と変わらず嗄れた、少しだけ不機嫌さを滲ませた声で返してきた。
夏が中盤にも入ってきたから、地下は涼しいとはいえ、熱が籠って蒸し釜に入れられているようで、耐えきれない。
部屋には文明の利器があるのだが、手入れすらされていない為に、冷たい空気ではなく、只只ホコリを吐き出すポンコツ機械と化していた。
「この暑さで亡くなられては困ります」
「魔法で自分の脳みそを冷却しているから申し分ないさ。それともなんだ、ホコリだけ吐く機械に肺を殺られて死ねと?」
「汚れてるのを綺麗にすれば問題無いのでは…?」
「それじゃ、君が綺麗にしてくれ。」
またしても聞く耳を持たずに、机と言っていいのか分からない場所で、ペンをひっきりなしに走らせてしまった。
ご飯を食べているか分からない…というよりも、人間的生活を送っているのかさえ不明な彼を、周りの人間たちは不気味に思ってこんな場所に閉じ込めて、利用している。
そりゃあ、まぁ。ぼさぼさの手入れされていない、キューティクルなんぞ知らないと言わんばかりの無造作に伸びきった白髪、着回してばかりの草臥れたローブ、ろくに食事を取らないが為に痩せこけた身体なんて、遠巻きにされているのがマシなくらいだ。
これが天才でなく、唯の凡人であれば見捨てられていただろうし、最悪、見目の悪さと愛嬌の無さの二つから殺されていてもおかしくは無いだろうな。
そうぶつくさ文句を頭の中で反芻しながら部屋の片付けを終わらせ、この人の為のご飯を作ってやる。
そんなことをしている時間があるのなら、僕だって勉強をしたいのだけれど、如何せん教授たちから直々の願いだし、こんな所で野垂れ死にされても国を上げての大損失だし、なにより。僕としても困るのだ。
例え、僕だけが彼をライバルとして視ているのだとしても、彼からはなんとも思われていない、唯の世話係だとしか見えていなくとも。それでも、困る。
どれだけ僕が勉強をしようとも、知識をつけようとしても、追いつかない天賦の才を持つのだから、停滞なんて許されるものでは無いだろう。
歩む道が同じでも、彼は僕よりずっと先を歩み続けている。貪欲に、知を求めて歩いているその道には、他人からの羨望や妬み嫉みが含まれた茨が敷き詰められた、裸足で歩こうものなら一瞬で棘が皮膚を破り、鮮血が溢れて、唯の人間であれば死にたくなるようなものであろう。だけれど、彼は涼しい顔で歩を進めている。
彼は、カンタレラは知識しか興味が無い。
得た知識、得た体験、それ以外には興味を示さない。自分の名前にも、だ。
僕の名前だって、3ヶ月も一緒に過ごしているのに、何度も教えても覚えていない。『いい加減に覚えてください!』と僕が部屋の片隅に、それはもう大きく書いてやったのが功を制したのか、自分を『ドミニク』だと認識できるようになったのがつい先日。僕の名前はというと、未だに記憶されていないようで【君】としか呼ばれていないが、出会ったばかりの頃よりかはマシだ。
________________
春 ―休み時間―
「カンタレラ、ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょうか、アリア教授」
授業休みに呼ばれるのは初めてでは無いけれど、こうして重々しい空気の中呼ばれるのは、いい気分では無い。寧ろ、自分が何かやらかしてしまったかと心臓が凍りついてしまいそうで、緊張してしまう。
「君に頼みがあるんだ。」
そう言われて連れて行かれたのは、学園の地下1階。入り組んだ迷路のようで、はぐれて迷子になってしまってはいけないと、幼い子供のように手を繋いで移動したんだっけ。
ともかく、絵本に出てくるような地下迷宮に、ぽつりと1つ、鳥籠のちぃちゃな扉が鎮座していたのだ。
重苦しい、息のしづらい空間の中で、僕が1人、ぱちくりとマッチングしない異様な光景に口をあんぐりと空け、惚けている様を、教授がくすくすと笑っては、その扉を開いた。
ぎぃぎぃと耳障りな音が劈いては、御伽噺の魔女の部屋そのものを持ってきた有様で、有り体に言ってしまえば、汚れきっていた。
「ドミニク、入らせてもらうよ」
そう言って、容赦なくテリトリーに踏み入っては、僕にも手を差し出して慣れたようにエスコートをする教授。
「ここはね、ドミニクの家と言っても差支えはないかな。研究室の方がいいかな?」
「はぁ……。ですが、教授。何故僕をここに…?」
「そうだとも。君、私の部屋にあまり他の人間を立ち入らせるなと言ったぞ。」
部屋の奥……どこが奥かは分からないけれど、ともかく、奥から嗄れた老人のような声が聞こえてきた。
しばらくして、積もりに積もった本や紙、ホコリの山から、ろくに手入れもされていないだろう髪の毛、栄養不足で力を少し入れたら折れてしまいそうなほどの体が見えるようになった。
「ドミニク!
ご機嫌如何かな?発明は順調かい?」
「ご機嫌良いわけ無いだろう…。
発明は順調さ、直ぐにでも出来上がる、明日取りに来てくれ。」
大凡、僕と同い年…歳が下かもしれない少年が、不機嫌さを隠しもせずに話し始める。
「そこの、隣に居るのは?」
「は、はいっ!魔法学科第二学年、カンタレラです!よろしくお願いします!」
ちらと胡乱気に見つめるも、直ぐに興味が失せたのか、それとも元気な若造がお気に召さなかったのか(でも、見た目からすれば彼は僕と同い年に見えた)目線を合わそうともせずに、また本の山に埋まってしまった。
────────────────
まぁ、それから幾度も彼の元を尋ねているが、あからさまに機嫌を損ねていたのは初めて会った時だけだ。
出会ってから、7ヶ月目の誕生日パーティでは、機嫌を損ねているというよりかは、諦めて言葉を尽くすのすら無駄だと言わんばかりの、どこか寂し気でもある表情を薄らと浮かべていた、
「私ね、君に伝えてない事があったんだ」
「何です、伝えていないことって」
首を絞めたような、苦しみ喘ぐ声で、彼の口から出てきたのは人間たちのエゴだった。
「誕生日パーティとは言うがね、実の所、私の誕生日なんかじゃないんだ。お偉いがたの数字遊びさ。語呂が良いらしい。少し頭を捻れば分かることさ。
今日は、何日だい?」
「10月の31日、死者の還ってくる日、収穫祭。そして貴方の誕生日だ。それ以外に何か?」
それ以外には、何も。
思い付かずにうんうんと唸る僕を横目に、薄らと目を閉じては、また話し出す。
「語呂を合わせてみろ!はは、大した所業は成せもしないクセに、数字を使った子供みたいな遊びは得意らしい。
10月31日、天才だと、馬鹿な奴らだ、全く。」
珍しく、一気に喋る彼を見た。
慣れない御気持ち長文を話したからか、咳き込む彼。
エメラルドの瞳には、何も映らない。
今の彼を深く、深く覗いてしまえば殺されてしまいそうで怖かった。
「君はいい。
使い潰されて死ぬ私よりも、ずっとずっと恵まれてる。
周りの人間に愛されているだけマシさ。
親に見放された事なんて無いだろう?
出来ることなら…」
絞り切るかのように、吐き出す。
「私は、秀才とか、凡人…普通に成りたい、成りたかった。
ただ、普通に…生きて、普通に、愛を貰えたら……」
ああ、貴方は、僕になんかは目が向かないらしい。
隣に立つ僕の苦悩は、いくら天才でも見えなかったのだと思った。
無いものねだりだ、どうせ。
幾ら努力を積んでも彼には届かないと歯噛みする僕のことは、見ることすらしなかったのに。
重苦しい空気が僕たちの辺りに漂う。
祭りは明るい、誰も彼もが幸せそうにしているものだから、余計に異質さを感じて、空寒くて仕方がない。
「ドミニク、僕」
「どうかしたかい、カンタレラ」
仏頂面を披露されて、だけれど初めて、彼の口から僕の名前が聞けた。
嬉しいとは思った。
だけれど、僕の心中は穏やかでは無く、もはや嫉妬、妬み、殺意の蠱毒と化してしまった。
どれもこれも、ドミニクのせいだ。彼は気にしてすらいないだろう、僕が彼に対して、他人にひけらかすのさえ幅かれる感情を抱いているなんてことは。
なんていったって、彼は他人に興味を持ちすらしないのだから。
「僕は、君が羨ましい、と思う。思ってる。」
「羨ましい?今の僕の話を聞いても尚そう思うの?」
「そうだよ。
君は、どれだけ僕が努力しても得られないものを持ってる。
僕は、君以上には成れない。どんなに勉強しても、だ。
君に、辿り着けない、ずっと、ずっと君は、僕より先を歩んでる」
ダメだ、と思った。
口から溢れる言葉が止められない。濁流のように流れ出て、汚い感情が一言一言に乗り合わせて彼を傷つける。
少々困惑した顔で、今にもこの場から消え去りたいと言わんばかりの瞳に変わっていた。(今思うと、彼が初めて感情を顕にしたのだ。)
「止まって欲しい、止まって欲しいけど、だけど止まらないで。
君のソレは才能だろ?
持って生まれた才能を捨てるなんて、神への冒涜に他ならない!
僕は、それが、許せなくて…!それで……」
言葉に詰まった。
言っていいか、分からない。
ここまで言ったのに、でも傷付いた表情をする彼に対して、最後の一言が言えなかった。
苦しいのは、僕も彼も同じだと見せつけられては、言いたいことすら言えなくなった。
「それで、君はどうしたい?」
浅く呼吸をする彼。
今にも泣き出しそうで、小さくて薄い肩を震わせていた。
「……殺したい。殺す、殺してやる!
許せない、貴方が、苦悩を持っていたと分かっても、貴方も人間だと、僕らと同じだとわかっても、それでも、許せない。
僕のこれまでの努力が報われない!
今まで、貴方を超えるために。ううん。貴方の歩んできた道と同じように歩きたくて、頑張ってきたのに、貴方が、僕らみたいに成りたいって、そっちの方がマシだって、僕の今までの努力を踏みにじるようなことを言うから…!」
そうだ、そう。
コイツが悪い。
今までの歩んできた茨の道を、すぐに捨て去りたいと願ってしまったのが悪い。
それじゃあ、僕は何だった?
努力が水の泡とはこのこと。
あまりに気分が酷くなって、笑いしか出てこない。
幸い、今日はお祭り騒ぎ、誰1人気付きはしない。
だって、他の騒いでいる脳の無い人間は、きっと今日が何のために設けられた祭日だかも理解してすらいないんだから。ドミニクだって、見ていない。見られてない。
荒ぶった心を、そう落ち着かせては、隣に居た、今は目の前に立ちすくむ彼を見る。
「他の誰かが君を殺す前に」
「…私を殺す。だろう?」
諦めた目、誰一人として、今日の祭日の意味を知らない人間たちへの呆れ、それと、まざまざと僕のドス黒い心中の吐露を耳にした疲労。
「君が、殺してくれるならいいかもしれない。
天才を、秀才が超える瞬間を体験できるんだ、君は。
君が主役に成れる。」
良かったね。と言い切る前に、地面に落ちていた石を、彼の頭に何度も打ち付ける。
抵抗する気も無かったんだろう。そもそも、抵抗したとて、痩せこけた身体では何も出来ないと分かっていたのかもしれない。
何も考えが浮かばない脳みそで、しばらく打ち続けていれば、中身が出てきてしまって(詳細は伏せておこう。グロテスクなモノが苦手な人にも配慮してあげようかな。)弛緩しきった、冷たい身体を持ち上げては、人目につかないように気をつけて、彼の飼われて居た、出会った場所まで連れて行く。
「やけに、暑いな」
それからは、早かった。
このままじゃ、運びにくいから、解体して、黒のゴミ袋に無理矢理詰めた。
死ねば唯のゴミになっているのが、なんとか溜飲を下げてくれる。
殺されても尚穏やかに、死ぬ事が救いだと言わんばかりの顔を晒していたのが癪だった(だから、運び終えた後に彼の読んでいた分厚い本で顔を潰したのは内緒だ。)
「勝った…!」
勝った、勝った!
世界に名を残す世紀の大天才に!
嬉しくって、数回飛び跳ねては、ゴミ袋を蹴飛ばす。
漂う異臭さえも気にならなかった。
だけれど少しだけ。
彼の創った作品から、彼の意思を感じてしまって居心地が悪くなったから、全部全部、グチャグチャにしてしまった。
今更、何か言える訳でもないから、それが凄く、僕からすれば心臓が落っこちてしまうくらいには喜ばしいことだった。
今から、産まれて初めて、死体を棄てにいく。