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食卓には、玲が好きなポテトサラダ、鶏のから揚げ、筑前煮などが並んだ。大人三人の前には缶ビール、仁太と玲の前にはジュースがある。
姉が言った。
「デザートにはヴィオレッタのフルーツプリンがあるから、楽しみにしててね。それじゃ、乾杯しましょうか」
それぞれが飲み物を手に取るのを待って、さらに言う。
「じゃあ、父さんお願い」
「あぁ、俺か? それじゃ」
父が缶ビールを掲げて言う。
「玲くんとみんなの、幸せと明るい未来に。乾杯!」
それぞれに缶とグラスを合わせる。
仁太がグラスを置いて横を見ると、玲が顔をくしゃくしゃにして泣いている。
「玲くん」
「あ……僕のために、ありがとうございます」
姉が言う。
「別にさよならする訳じゃないんだから、泣かないで」
父も言う。
「もう玲くんはうちの子も同然だから、いつでも遊びに来ておくれよ」
さらに、ビールをごくごくと飲んで兄が言った。
「玲くんが来てくれないと、仁太がしょぼくれちゃうからな」
仁太は反論する。
「しょぼくれないよ。僕は毎日学校で玲くんに会えるんだから」
すると、思いがけず、姉がしんみりした口調で言った。
「そうね。仁太は毎日会えるからいいわよね。でも、私たちも寂しいから、ときどき顔を見せに来てね」
玲が、ポロポロと涙をこぼしながらうなずいた。
かすかな寂しさに包まれつつも、和やかな雰囲気のうちにパーティーは終わった。
風呂から戻ると、襖の向こうで声がした。
「仁太くん」
「うん。入って」
襖を開けた玲は、仁太が一番好きなオフホワイトのパジャマを着ている。もう泣き顔になっている。
仁太は、無理に笑顔を作って言う。
「座って」
「うん」
毎晩こうして話をして来たけれど、この椅子に座る玲を見るのも、今日が見納めかと思うと、胸が締め付けられるようだ。
ベッドに腰かけ、言葉もなく玲を見つめる。
やがて、玲が震える声で言った。
「これで最後かと思うと……」
「最後じゃないよ。玲くんが泊りに来たときは、またこうして話そう」
「うん」
玲は、目元を拭いながら言った。
「ジンジンは一緒に連れて行って、向こうのベッドの枕元に置くんだ」
パンダのぬいぐるみのジンジンは、仁太が買ってプレゼントして以来、ずっと枕元に置いてある。
「そう」
「仁太くんの、分身だと思って」
「あ……」
「仁太くん、ホントにありがとう。いくらお礼を言っても言い尽くせないくらい、感謝の気持ちでいっぱいだよ」
「玲くんのためになることができたなら、僕もうれしいよ」
言いながら、熱いものがこみ上げそうになる。
「仁太くん」
玲が立ち上がって、二、三歩こちらに近づいた。仁太も思わず立ち上がる。
「仁太くん、大好きだよ」
玲がしがみついて来た。
「あ……」
仁太も、玲の背中に両腕を回し、強く抱きしめる。
「僕も、玲くんのことが大好きだよ。これからもずっと」
ついに別れの朝が来た。
朝食のときから、玲はずっとめそめそしている。仁太は、自分まで泣いてしまわないように、我慢するのに必死だ。
今日は挨拶がてら、美鈴が車で玲を迎えに来ることになっている。
10時を過ぎた頃、敷地内に車が入って来る音が聞こえ、チャイムが鳴った。
別れの寂しさもひとしおながら、初めて美鈴と顔を合わせた父と兄は、その美しさに釘付けになっている。
ひとまず部屋に上がってもらい、みんなでお茶にする。目を赤く泣き腫らした玲は、ずっとうつむいたまま黙りこくっている。
美鈴が、深く頭を下げて言った。
「長い間、玲がお世話になり、本当にありがとうございました。私が至らないばかりに、たくさんご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
頭を下げたままの美鈴に、父が言う。
「どうぞ頭をお上げになってください。玲くんはとてもいい子で、私たちみんな、一緒に暮らして、とても楽しかったですよ。
もっとも、私と上の息子は、忙しくてあまり話もできませんでしたけど」
姉が続ける。
「私は、一緒に過ごす時間が長かったですから、もう一人弟ができたみたいで、ずっとここにいてもらいたいくらいです」
目に涙をためた美鈴が、再び頭を下げながら言った。
「玲にたくさん愛情を注いでいただき、本当にありがとうございました。それから」
美鈴が、仁太のほうを向く。
「仁太くん、玲の力になってくれて、本当にありがとう。あなたのおかげで、玲ともう一度親子になることができました」
二人を見送るため、みんなで玄関の外に出る。
「玲くん、また遊びに来てね。美鈴さんも、ぜひまたいらしてください」
姉の言葉に、ジンジンを抱きしめた玲は、目にいっぱい涙をためてうなずいた。そして、仁太の顔をじっと見つめる。
仁太は涙をこらえて言った。
「明日また、学校でね」
そうだ。すぐにまた会えるのだから、何も泣くことはない。
顔をくしゃくしゃにしながら何度もうなずき、玲は助手席に乗り込んだ。
美鈴がこちらに向かって頭を下げ、車が動き出す。車が敷地内から門の外に出て見えなくなるまで、玲はこちらを見つめていた。