テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「今日ね、前の職場のお給料日なの」
(そういや、今日は二十日か)
チラリと自分のスマートフォンに視線を送りながら、「で?」と問い掛けた佐山である。
「銀行に振り込まれるから……ATMに行かないとお金が引き出せないの。だから……」
「ああ」
なるほどな、と思った。
「けどわざわざ下ろさなくても小遣いぐらい――」
「京ちゃんにいつまでもおんぶにだっこはイヤなの! 出来ればいま持たされているお金も、使わせてもらった分も含めてきっちり返したいって思ってる」
ルームミラー越し、後部シートから強い眼差しでこちらをじっと見詰めてくる芽生に、(ポヤッとしているように見えて案外しっかりしてるじゃねぇか)と思った佐山は、「で、俺にお願いって何だよ」と、答えなんて分かり切っているくせに問い掛けてしまって、「帰りにATM、寄りたい」と言われて(だよなぁー)と頭を抱えたくなった。
「俺、カシラから寄り道禁止って言われてんだけど」
「だから……そこをなんとか! ってお願いしてるんじゃない」
そういうことは前もって伝えてくれていればいいものを、当日になって言うとか。実は結構策士なんじゃないかと思って芽生をジトッとした目で見詰めたら、悪びれもせず「ダメ?」と大きな目でじっと見返されて小首を傾げられた。
ここで気まずげに視線を逸らされたら「別に給料日当日じゃなくてもいいだろ。カシラの許可取ってからな」と突っぱねることも出来たのだが、真っすぐに見詰め返されたうえ、「お願い、ブンブン」とそっと後部シートから顔を近付けられて肩口に触れられた佐山は、ヒッと飛び上がりそうになった。
それじゃなくても組の中で変な噂を立てられていて弱っているのだ。これ以上スキャンダルになりそうなことは避けたい。
「金! 下ろしに寄るだけだぞ?」
自由になる金が出来たから買い物に付き合って欲しいとか、そういうのは無しだ、と言外に含ませたら「えぇっ」と瞳を見開かれた。やはり、金を下ろしたらその足で買い物を、とか考えていたんだと思ったら盛大に吐息が漏れた。
「ンなことしたら俺がカシラに殺されちまうわ」
芽生の持っている携帯電話のGPSが、京介によってモニタリングされていることは本人だって知っているだろうに、マジで勘弁して欲しい。
もちろん、いつもの行き帰りのルートを外れてATMに寄っているところをカシラに見咎められないという保証だってないけれど、それでも抱えるリスクは最小限に食い止めたいのだ。
「ブンブンが京ちゃんから酷い目に遭わされるのはイヤだ」
小さく吐息を落としながらも、芽生がATMに寄って金を引き出すだけで納得してくれたことに、佐山は安堵の吐息を落とした。
***
芽生も一応に自分に気を遣ってくれているんだろう。長谷川社長に頼んで、今日は寄り道する時間を考慮して、一時間ほど早く上がらせてもらえるようお願いすると約束してくれた。
帰宅時刻を見計らって京介から定時連絡があるのを知っているからだろう。
ATMに寄るぐらいで一時間はオーバーだと思ったが、まぁ大事を取るに越したことはない。
芽生が仕事へ戻ってから、暇つぶしのため毎朝事務所から持ち出させてもらっている地方紙を広げた佐山は、経済面の片隅に『さかえグループ』社長・田畑栄蔵の容体が芳しくないと載っているのを見つけた。
さかえグループは国内で三本の指に入る大企業だが、本社が東京でなく栄蔵の出身地だというこの辺りにあることで、地元への貢献度とともに市民からの好感度・興味関心ともに高い会社である。
実際、そんなに経済に精通していない佐山もそれとなく色々情報を知っているくらいだ。
何十年も前に当時副社長だった現社長・栄蔵の息子・栄一郎が突然死を遂げたこともセンセーショナルに騒がれたのを覚えている。
結局結婚もしておらず、跡取りを残していなかった息子に代わり、今に至るまでずっと栄蔵がワンマンで会社を引っ張ってきたはずだが、その男が死にかけているとは。
鷹槻れん

33,297
#極道
鷹槻れん

14,261
鷹槻れん

15,717
月詠 涼
867
(何か荒れそうだな)
ふとそんなことを思いながら、そう言えばうちの姐さん(候補)に付き纏っていた細波とかいう男もさかえグループの人間だったなと思い出した佐山だ。
社長と血縁とか言ってた割に、こんな一大事に女の尻を追い掛けてるとかバカなのか? と思って。もしあの男しか後継者になれないとしたらさかえグループも終わりかなと我知らず吐息を落とす。
直接的に相良組やその上の一次団体に影響があるとは思えないが、あれだけの企業だ。なにかあればどんな余波があるか分からない。
そんなこと、下っ端の自分にだって分かるというのに――。
「マジで細波ってヤローはクソだな」
佐山は、誰にともなくつぶやいていた。
***
今日は十二月二十日だ。
京介の家に居候をするようになって以来、何だかんだで外出がままならない状態の芽生は、例年ほどクリスマスムードを満喫出来ていない。だが、佐山が運転する車の外を流れていく街の景色は、そこかしこがクリスマスめいていてワクワクする。
なのに、ツリーもリースもない京介の家の殺風景さに、芽生はちょっぴり不満を抱いていた。
大手通販サイト『JUNGLE』を利用したくても、住所が分からなくてお届け先入力画面で立ち止まってしまった芽生は、今日ATMでお金を降ろしたら、ついでにちょっぴり街を散策してみるつもりでいる。
京介には内緒でクリスマスパーティーの準備をしたいので、マンションの住所を聞くのはそれが終わってからにするつもりだ。
(ケーキの予約、間に合うかな?)
実は二十五日は芽生の誕生日だが、この時期は基本的にクリスマスケーキしかない。今まで京介以外からクリスマス仕様以外のケーキで祝われたことのない芽生には誕生日ケーキという発想自体がないのだ。
佐山には却下されてしまったけれど、車から降りられさえすれば何とかなるんじゃないだろうか。
「ぶんぶん、私が利用している銀行のATMね、この近くだとワオンモールの中にしかないの」
「はぁっ!? 入金先、郵便局とかじゃねぇのかよ」
「ごめんね。お金が振り込まれるの、縁海原信用金庫なの。あっ、カムカムの近くになら支店があるんだけど……」
「あそこらはダメだ」
元の勤め先であるファミリーレストラン『カムカム』の近隣に、カムカムがメインバンクにしていた南支店があるのだが、細波に見つからないためだろう。京介の指示であの辺りには近付いてはいけないと言われている。
もちろん、芽生だってそんなことは先刻承知。却下されるのが分かっていてわざと南支店の存在を示唆したのだ。こういう話し方をすれば、ATM行きを約束してくれた佐山は、芽生をワオンモールに連れて行くしかないと見越してのことだ。
(ごめんね、ぶんぶん)
小賢しい真似をしている自覚はあるし、良くしてくれる佐山の裏をかこうとしていることに罪悪感がないわけじゃない。
でも――。
京介にクリスマスプレゼントを買いたいのは当然として、良くしてくれる長谷川建設や相良組のみんな、それからいつも送り迎えしてくれている佐山にも何かを渡せたらと思っている。
それとは別、小さな卓上ツリーを買って、食卓の上に置くのもテンションが上がっていいかもしれない。
古い一軒家に住んでいた時も、芽生は百円ショップで三百円商品として売られていた手のひらサイズの小さなガラス製のツリーを買って飾っていた。お手頃価格の割に、ボタン電池でイルミネーションも点る可愛いツリーだった。
(あれも焼けちゃった……)
考えたら悲しくなりそうで、芽生はフルフルと頭を振って沈みかけた心を追い出すと、(ワオンモールには百円ショップも入っていたよね。せっかくだから新調しよう!)と気持ちを切り替える。
窓外を流れていく景色を眺めながら、芽生はこぶしをギュッと握り締めた。
***
ワオンモールの平面駐車場は満車だったので、立体駐車場に車を停めた。
沢山の車がひしめき合う駐車場内は人の往来も結構あるし、防犯カメラもあちこちに設置されているから車を離れても大丈夫だと判断したらしい。あろうことか、佐山が芽生についてくると言う。
「えっ。大丈夫だよ? ササッと行って帰ってくるから」
ソワソワと芽生が瞳を泳がせるのを目ざとく見つけた佐山が、「お前、何か企んでんだろ。一人に出来るかよ」と吐息を落とした。
(ブンブン、察しが良すぎ!)
私のこっそりお買い物計画が! と心の中で悲鳴を上げる芽生の半歩後ろを、佐山がぴったりと張り付いてくる。
「あ、あの……ブンブン。一緒に行くんなら、せめて横を歩いて欲しい」
そう言ってみたけれど、佐山は「背後から見てる方がガードしやすいんだよ」とか、わけの分からないことを言って芽生の提案を拒んだ。
実際には下手に姐さん(候補)の横を歩いて、万が一にも組の人間に見られたりしたら面倒なことになるという配慮からだったのだが、京介以外を異性と認識していない芽生は微塵も気付けなかった。
佐山にあとを付けられるようにして歩きながら、芽生は頭の中でアレコレと思いを巡らせる。
(ブンブンが一緒ってことは、ATMにアッサリ辿り着いちゃったらそこで終わりだよね?)
色々悩んで苦肉の策。ウィンドウショッピングの要領を採用しようと、わざと道を外れようとしたら「おい。そっちからだと遠回りになる」と呆気なく軌道修正されて――。
(くぅー、手強い!)
結局、その後もよそへそれようとするたび、佐山から物言いがついて、あっという間に最短ルートでATMへ到着してしまった。
さすがに暗証番号などを入力するシーンでは少し離れたところにいてくれた佐山だったけれど、視線はガッツリと芽生の背中を捉えて離さない。それを痛いくらいにひしひしと感じながら、芽生は金を下ろした。
「ほら、用が済んだなら帰るぞ」
「あ、あの……ブンブン、私……」
「あ? 寄り道はしねぇぞ?」
まだ何も言っていないのに、と思った芽生だったけれど、歩きながらふと見上げた標識に、名案を思い付いた。
「寄り道っていうか……私、トイレに行きたい」
異性に告げるにはちょっと恥ずかしい内容だけれど、相手が京介じゃなければ大抵は無問題だ。
立ち止まって弱り顔で佐山を見詰めたら、「便所なら会社出る時に行っただろ」とか。
(はい、その通りです。でも、ここで負けるわけにはいかないのです)
「えっと、寒くて冷えたのかも。その……お腹が……痛いの」
あえて恥ずかしそうに。行きたいのは小さい方ではなく大きい方だと眉根を寄せて訴えれば、佐山が「マジか……」とつぶやいた。
さすがに腹痛の人間に我慢しろとは言えなかったんだろう。佐山はサッと辺りを見回して、トイレまでの最短ルートを模索してくれて。
「行くぞ」
今までは一定の距離を保って離れていた芽生の手を引いて歩き出した。
余りに速足で歩く佐山に「あ、あのっ、ブンブン、速い」と小走りしながら抗議すれば、「すまん」と速度を緩めてくれる。腹痛の人間を走らせるのは良くないと思ってくれたんだろう。
(ごめんね。ホントはお腹、痛くないの)
心の中で謝りながらも、芽生は懸命に腹痛の演技をしながら佐山のあとを追った。
「ほら、ここで待ってるからさっさと行ってこい」
ややしてトイレにたどり着いたのだが、さすがの佐山も余り近くまで付いて行くのは配慮に欠けると思ってくれたんだろう。
奥に行けばトイレ、という場所まで芽生を連れて行くと、そう言って壁にもたれ掛かった。
芽生はそんな佐山を横目に見つつ、はやる気持ちを押さえながら、ゆっくりゆっくりトイレを目指した。
ここのトイレ、実は佐山が待っている側とは反対側からも外へ出られる構造になっている。要するにトイレを挟む形で売り場が二分されているのだ。
芽生は女子トイレの前を素通りすると、小走りで佐山がいる側とは逆サイドを目指す。
一応、売り場に出る手前で一旦立ち止まると、そぉっと先の様子をうかがって、佐山がいないことを確認した。
不幸中の幸いと言うべきか、佐山は芽生が腹痛でトイレに籠城中だと思ってくれている。彼が『……にしても余りに遅くねぇか?』と感じて行動を起こすまでには、結構時間を稼げるはずだ。恥をかいた甲斐がある。
(ブンブン、ごめんね。お買い物がすんだらちゃんと連絡するし、しっかり叱らるのも覚悟するから。今はちょっとだけ許して?)
下ろしたての現金が入った鞄をギュッと握りしめながら、芽生は心の中で佐山に謝罪した。
コメント
2件
めいちゃん策士だけど、大丈夫なの!?
芽生ちゃん、案外したたかで笑った😂「ごめんね」って謝りながらトイレ演技でかわすの、策士すぎて好き。佐山さん、ブンブン呼びで振り回されてて気の毒だけど、二人のやり取りが微笑ましかったです。クリスマスプレゼントの計画、うまくいくといいな🎄