テラーノベル
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monologue 1
神様を、信じますか。
運命を、信じますか。
俺に文学的な才能も、感性も、スピリチュアルに伏す程の信仰もないのだけど、でもそんな夢物語みたいなものに似た感情を知っている。
元貴に出会わなかったら、どう生きていたか、想像できない。
元貴に出会わなくても、俺はギタリストになっていたのかな。
元貴に出会わなかったら、今の俺はどんな人間になっていたのかな。
あんまり考え事をするのは得意じゃない。
でも、たまに思うんだ。
こんなに人生を賭けてしまう出会いを、人を、感情を、なんて呼べばいいんだろう。
眩しいほどの光と、胃を震わす程の歓声の中で、俺は今日も貴方の隣で掻き鳴らす。
貴方の声が、耳にこびりついて、離れない。
どうしても、離れたくない。
どうしても、貴方と生きたい。
どうしても、貴方の人生の一部で在りたい。
貴方の世界で生きていないと、生きられない。
貴方の側にいないと、息の仕方がわからない。
貴方の隣にいるのが、俺で在りたい。
俺は、元貴の人生に殉じたい。
いつも、俺の後ろの席は空いていた。
新学年を迎えてからずっと空いていた。
特に気に留めたことはなく、何かしらの事情があるのかなとか、そこまで考えを巡らせることもなかった。
プリントを後ろの人に配る時にいちいち腕を伸ばして渡すのにようやく慣れてきた頃、彼は突然学校にやってきた。
13歳にしてはすっと高い体躯の彼。
大きめの眼鏡をかけていて、無言で俺の後ろの席にに座った。
クラスの皆がコソコソと彼の存在に言及してるのを遠くに聞きながら、少しだけ彼に目を配った。
始業する直前にようやくやって来た彼の上履きは俺の踵を踏み潰されたものよりずっと白く、おろしたてに見えるシャツは、ほんの少しだけ汗ばんでいた。
「ねえ!あの、俺若井、若井滉斗!初めましてだよね。えっと、名前、大森…げんきくんだっけ」
何か声をかけてみようかと思ったけど名前が出てこなくて、彼の机の上に置いてあるノートを一瞥した。
ふっ、と少し小馬鹿にしたような鼻で笑うような声を聞いて目線をノートから上げる。
「もときね。もとき、って読むの」
名前を読み間違えた恥ずかしさを一瞬ばかり感じたのも束の間、その瞳に目を奪われた。
今思えば、あの瞬間から元貴は周りとは明らかに違う何かを纏っていたのかもしれない。
あまり文学的な感性もない何もない俺だけど、あの瞬間にはなにかの琴線に触れた。
少し長めの睫毛、少し不敵に見える小馬鹿にしたような微笑によって膨らんだ涙袋。
そしてその奥の瞳は、そこらのクラスメイトとは異なる瞳をしていた。
強い目ではなかった。
でも弱い目でもなくて。
野生の鹿とか。すごく静かな森の中でたまたま目があったら、思わず息を呑んでしまうだろうと、そんな雰囲気に近いのかもしれない。
そこに言葉による説明が幾つも重なってるわけでもないのに重みを感じてしまうような。
“見られてる”“見透かされる”ような目。
「若井だっけ、よろしく」
たった一瞬のあの時間に、俺が何故息を呑んでしまったのかは、今考えても、よくわからない。
元貴は滅多に学校に来なかったが、たまに来ると、退屈そうに授業を聞いて、後ろの席から馴れ馴れしくちょっかいをかけてきた。
ちょっかいをかけてくるから応じようとしてみても、振り返った時には彼の興味はもう俺から移っていて、窓の外をつまらなそうに見ていた。
あまりにも自分勝手で、奔放で、気まぐれで、なのにどうしてか腹が立つこともなく、魅せられていた。
話しかけてみたらみたで、「ふぅん」と適当な相槌を打つばかり。
あの頃の俺と元貴は全然同じコミュニティではなかったし、コミュニティというか、もはや元貴はどこにも属してなどいなかった。
今でこそ元貴はよく笑うし、人懐っこい顔をするけれど、あの時の元貴は冷めたようなツラをして、 あの窓際の席で、有線のイヤホンをしているばかりだった。
目立ちたがり屋のクソガキだった俺は、マイケルジャクソンのモノマネを仲良いメンツの前で披露するのが十八番だった。
俺がふざければ、いつだって皆笑って囃し立てていたからそんなものだと思っていたのだけれど。
廊下で踊ってふざけている俺の横をたまたま通りかかった元貴と目が合うと、心底どうでも良さそうに一瞥だけを寄越して自分の席についた。
おふざけばかりの俺にとって、兄や母親に呆れた顔をされるのは慣れたことだったのだけど、あの時ばかりは何故か異常に恥ずかしくなって、同時に、謎の火照りを覚えた。
恥ずかしさとも入り混じって名前を濁した、どうしようもない熱を含んでいた。
あの時、季節は、夏だった。
いやに、蝉のうるさい夏だった。
コメント
1件
うわ、めっちゃいい……!こういう「後ろの席が空いてる」って導入、好きです。日常ものかと思いきや、元貴の登場の仕方とその瞳の描写に一気に引き込まれました。「見透かされるような目」って表現、すごく鮮やかで印象に残る。主人公がふざけてる自分を急に恥ずかしく感じるシーン、あの夏の蝉の音が効いてるなあ……。続きがすごく気になります!