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#成り上がり
aohana
1,109
#魔法
彼岸花
38
崩落と障壁の向こうを抜けた先で、最初に感じたのは静けさだった。
ダンジョンの中なのに、妙に音が薄い。
いや、正確には逆かもしれない。
足音そのものはきちんと響いている――理央の踏み込みも、花宮が端末を握り直した時の衣擦れも、透花の浅い呼吸も、全部この空間ではやけに輪郭を持って返ってくる。
そのクセ、肝心の“生きた気配”が少なすぎた。
俺たち四人は、細い通路を抜けて少し開けた空間へ出ていた。
そこで足を止める。
「……何、ここ」
花宮が、ほとんど独り言みたいに言った。
無理もない。
壁面の色が、さっきまでいた浅層と明らかに違う。
学校実習で歩かされていたエリアは、もっと乾いた灰色の岩肌だった。
粗く削れた通路で、人の手が入っている形跡も見えやすかった。
――だがここは違う。
壁は黒に近い青灰色で、ところどころ鈍い金属光沢みたいなものが混じっている。
自然石というより、何か古い遺構が地層ごと露出したような質感だった。
触れれば冷たそうなのに、空気自体は妙に重く、息をするたび魔力が肺へまとわりつくような感覚がある。
魔力濃度が高い。
はっきりそう分かる程度には、空気が変わっていた。
「実習ダンジョンの浅層って、こんなんだっけ」
「――違う」
理央の言葉に対し、俺は即答する。
「少なくとも学校が想定してる安全圏じゃないぞ」
それを聞いて、透花が小さく息を呑む。
怖いのだろう。
間違いなく、顔色は明らかに悪い。
けれど、それでも完全には崩れていない。
自分の呼吸を整えようとしているのが分かる。偉い方だ。
「久城くん……戻れないの?」
「戻り道が安定してる保証が全くない」
「保証って……」
花宮が端末を見ながら顔をしかめる。
「こっちのマップ、もうほとんど死んでる。教師側の位置同期も切れてるし、さっき通った通路もちゃんと残ってるか分かんないや……あーどうしろって言うの!」
通信はまだ完全には死んでいない。
だが、拾える情報が細切れすぎる。
ビーコンも位置を固定できずに揺れている。
この空間そのものが、外のシステムと相性が悪いのだろう。
理央が一歩前へ出る。
「だったら俺が先見てくるから久城は二人を見ていてくれ」
「おい、待て」
「でも立ち止まってても仕方ねえだろ?」
「そうじゃない。一人で出るな」
俺の言葉に理央が舌打ちしかけて止まる。
反発したいのは分かる。
前へ出て状況を切り開きたい性格なのも分かっている。
だが、こういう場所でそれをやらせるわけにはいかない。
――この空間はおかしい。
魔物の気配が不自然なくらい少ない。
浅層なら、小型がどこかしらで蠢いていて当然だ。
多少の物音や魔力に反応して、散るように動く気配がある。
だがここには、それがない。
静かすぎる。
何もいないのではない、むしろ逆だ。
『主』
内側からルクスの低い声が響く。
『この場は好ましくありません』
『ああ、言われなくても分かる』
『なら、なおさら人間どもを前へ出すべきではない』
その意見には同意する。
『魔力濃度、継続上昇』
今度はリゼットの声が重なる。
『通常浅層基準を大幅逸脱』
『エリア分類不明。簡易的に“隠匿領域相当”と推定します』
隠匿領域――つまり、通常導線の外側にある未知エリア。
意図して隠されていたか、偶発的に切り離されたかはまだ分からない。
つまり、危険な場所だと言う事だ。俺以外で。
花宮が端末から顔を上げる。
「――ねえ、これ、授業の範囲じゃないよね、もう……」
軽口を叩く余裕がほとんど消えていた。
本気でそう思っている顔をしている。
「ああ、そうだな。完全に外れてる」
「ええ、やっぱり!?」
花宮がびっくりした顔で叫び、透花が小さく身を縮める。
理央は前へ出たい衝動を抑えているのか、拳を握ったまま通路の先を睨んでいた。
「……じゃあどうするんだ?来た道を戻るのも危ないんだろ」
「ああ」
「進むのも危ない」
「そうだ」
「詰んでないか、それ」
理央と花宮の言葉は正しい。
戻るにも、進むにも危険がある。
なら何を基準に選ぶかといえば、“まだましな方”だ。
俺は再度、周囲を見る。
広間は円形に近い。
左手に崩れた柱状の岩塊。右手には細い通路が一つ。
正面奥には、半分埋もれた巨大な扉のようなものが見える。
扉自体は閉じているように見えるが、完全な人工物かは分からない。
天井は高い。
視界は悪くないが、見通しがいいことが安全には繋がらない空間だ。
伏せられる場所が少なく、何かに見下ろされた時の逃げ場が限られる。
戻るより、まず安全な場所を探す――それが現実的な判断だった。
「ここに留まる方が危ない」
俺はそのように呟く。
「少なくとも、遮蔽と退路の取れる場所を探すぞ」
「先に安全地帯を確保するってこと?」
「そうだ」
「戻るんじゃなくて?」
「戻り道の方が罠の可能性が高い」
理央が顔をしかめた。
「何で分かるんだ?」
「分断した後に、同じ道をそのまま返してくれるほど親切なら最初から落とさないよ」
そのように言いながら、自分でも口調が硬くなっているのが分かった。
それを聞いて、理央は少しだけ黙る。
反論したい顔はしていたが、理屈としては飲み込んだらしい。
花宮が端末を胸元へ抱え直す。
「その言い方、本当に学校の授業じゃないんだけど」
「もう授業だと思うなよ、花宮」
「うわ、言い切った!」
「実際そうだろうが」
そこで、遠くのどこかから低い振動音がした。
地鳴りではない――もっと深いところで、何か大きなものが息をしたみたいな、ごく微細な震え。
透花の肩がびくっと揺れる。
理央は反射的に前へ出て、半歩だけ透花の位置を庇うように立った。
花宮も口をつぐみ、ようやく本格的に冗談を言う気をなくした顔になる。
(……連携は、とれているな)
そのように感じながら、視線を向ける。
少なくとも三人とも、危機感を共有し始めている。
ここから先、曖昧な空気で動かれる方が困る。
俺は三人を順番に見た。
理央。前へ出るが、出すぎる。
透花。怖がるが、指示は聞ける。
花宮。軽口は多いが、状況把握は早い。
使える――信用はしないが、動けない連中でもない。
だからこそ、今ここで線を引く必要があった。
「――理央」
「何だよ?」
「先走るな。前を見るのはいいが、俺の声が聞こえる位置から外れるなよ」
「ああ……分かった」
「透花、異変に気づいたら小さくても口に出せ。判断はこっちでする」
「う、うん」
「花宮、端末ログは切るな。反応が飛んでも記録だけは残せ」
「うん、了解」
そこで一度、息を区切る。
三人ともこっちを見ていた。
戸惑いと緊張と、それでも従うしかないという理解が混ざった顔だ。
なら、もう曖昧にする意味はない。
俺は低く、はっきり言った。
「ここからは俺の指示に従ってくれ」
空気がわずかに張る。
理央が目を細める。
透花は緊張したまま頷き、花宮は一瞬だけ何か言いかけて、結局飲み込んだ。
たぶん三人とも思っている。
”久城乃亜”って言う男は、こんなやつだったか、と。
しかし、それよりも、この空間では、違和感より生存の方が優先だ。
俺は細い通路の奥へ視線を向けた。
黒ずんだ壁の向こうで、重たい静けさが待っている。
まだ何も見えていない。
だからこそ、余計に気に入らなかった。
コメント
1件
第51話、めっちゃ緊張感あって一気に引き込まれたよ…!! 魔力濃度が高い異空間の描写がすごく丁寧で、音の返り方とか空気の重さまで伝わってきてゾワゾワした〜💦 「ここからは俺の指示に従ってくれ」の久城の一線、めちゃくちゃカッコよかった…! 三人の反応の違いがリアルで、連携取れてるのが心強い反面、隠匿領域って響きがもう怖すぎる😭 続きが気になって仕方ないよ〜!次も楽しみにしてるね⋆♡