テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ホテルに着いたのは,夜もだいぶ遅くなってからだった。
ロビーは静かで,照明がやけに明るい。
チェックインを済ませて,カードキーを受け取る。
廊下に出ると,絨毯の足音がやけに静かに響く。
私の部屋は角。
中野の部屋は,そこから数室離れていた。
「ほな」
立ち止まって,軽く手を上げる。
「今日はもう,ゆっくり休め」
「中野もね」
「試験お疲れさん」
それだけ言って,背を向ける。
ドアが閉まる音が,二つ,少し間を空けて響いた。
部屋に入ると,一気に現実に戻る。
ビジネスホテルらしい,必要最低限の空間。
ベッド,デスク,小さなテレビ。
鞄を置いて,靴を脱ぐ。
「……疲れた」
独り言が,やけに大きく聞こえる。
シャワーを浴びて,髪を乾かす。
鏡に映る自分は,いつもと変わらないはずなのに,どこか落ち着かない。
ベッドに腰掛けて,スマホを確認する。
通知はない。
……来るわけないのに。
自分で自分に呆れて,画面を伏せた。
電気を落とす。
天井を見上げながら,今日一日のことを思い返す。
試験。
中野の視線。
駅前の街灯。
近づいた距離。
「……何もない」
そう言い聞かせるみたいに,小さく息を吐く。
隣の部屋からは,物音一つ聞こえない。
それが,少しだけ意外で,少しだけ安心だった。
目を閉じる。
今日は,本当に,それだけで終わる夜。
何事もなく。
ただ,静かに。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!