「超高級ホテルを世界中にいくつも経営してるあの鳳条グループの御曹司が、さっきまで私の目の前にいたなんて信じられないわ。どおりで洗練された人だと思ったのよ。ねえ、すぐに龍聖さんを私にきちんと紹介して」
涼香姉さんは、反対側に席を変え、前のめりに体を突き出して私に迫った。
「それは無理だよ。私だって今日たまたま会ったんだし。わざわざ龍聖君に涼香姉さんを紹介するのは難しいよ。それに、今すごく仕事が忙しいみたいだし」
色々と言い訳を並べてみたけれど……
「少しぐらいなら時間取れるでしょ? 姉のお願いが聞けないの? 家族がとんでもなく幸せになるかも知れないのよ」
「……でも……」
「頼んだわよ。連絡、待ってるから」
そう言って、まだ残っていたケーキを美味しそうに頬張った。
涼香姉さんは言い出したら聞かない。
どうしよう……
紹介なんてできない……
絶対にしたくなかった。
「ごめん。とりあえず、今日はもう帰るね。じゃあ、仕事頑張って」
私はお父さんのプレゼントを抱え、逃げ出すようにカフェを後にした。
3年ぶりの龍聖君との偶然の再会は、胸が踊るような気持ちで本当に嬉しかった。なのに、何だか心に灰色の雲がかかったような気分になる。
私が高校の時、姉さんは大学生で、早々と家を出て一人暮らしをしていた。だから、龍聖君をはじめ、私の友達のことはほとんど知らない。
わざわざ友達を紹介することもしなかったし、向こうも関わりたくないと思っていたはず。
今日、偶然にもこんな風に出会ってしまって……
姉さんは、龍聖君のことをどうするつもりなの?
それに、綾井店長のことはもういいのだろうか、わざわざ店まで押しかけて迷惑をかけたのに。
どうすればそんなにもコロコロと想いを変えられるのだろうか?
私には涼香姉さんの気持ちがわからない。
やっぱり、龍聖君にだけは会わせたくない。
青春時代の大切な思い出の中に、土足でズケズケと入ってきてほしくない。でも、それができるのが姉さん。
昔から……何も変わっていない。
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