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夜は更けていた。けれど、ふたりとも眠る気にはなれなかった。
静まり返った王の執務室で、ワインの瓶が空になる音が静かに響いた。
その音に、ハイネがはっとして、ゆっくりと身体を離そうとする。
けれどヴィクトールは、その肩をやわらかく引き寄せた。
「……もう少しだけ、こうしていてもいいか?」
「……いけませんよ、陛下」
ハイネの声は、かすかに笑っていた。
「私は王室教師です。公私混同は……厳禁ですから」
「では、教師をやめるか?」
「……っ、それは……」
思わず固まったハイネに、ヴィクトールは珍しく、少しだけ意地悪そうに笑う。
「冗談だ」
「……ヴィクトールは、時折、意地悪くなります。昔から変わりませんね…」
「君にしか見せない顔だ」
「……だから困るんです」
ハイネは目を伏せた。
そのまつげが伏せられる仕草さえ、ヴィクトールには美しく映った。
「……私は、貴方の夢にすがっているのではなく……
たぶん、貴方そのものに囚われているのです」
「ハイネ──」
「どんな言葉でさえ、生ぬるく感じる。
けれど、それ以上の言葉を私は知らない」
「だから……ヴィクトール。今夜だけは、もう少し、この夢に……酔わせてください」
ハイネが、自らヴィクトールの胸元に頬を寄せた。
その手が、震えていた。
そしてヴィクトールは、ただそっとその細い肩を抱きしめた。
守るように。
封じるように。
永遠に、この夜が明けないことを願うように。
「……君のすべてを、閉じ込めてしまいたいよ、ハイネ」
それは、王としての言葉ではなかった。
ただ、一人の男としての、哀しい願いだった。