テラーノベル
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リビングの明かりは落とされ、畳の上では浴衣姿の弟たちが静かに眠っていた。
こさめも、いるまも、みことも――安らかな寝顔で。
その隣の部屋、薄暗い照明の下で、両親と兄たちは囲むように座っていた。
「……さっきの事だが、話しておきたいことがある」
父が低く、落ち着いた声で切り出す。
すち、らん、ひまなつ、そして母が視線を向けると、 父はゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺はな……本当の父親じゃないんだ」
3人は一瞬、息を呑むように固まった。
「昔、あいつらの母親は旦那から暴力を受けていたんだ…何度も、何度もだ。結局離婚して……その後、母親は心を病んで、自ら命を絶った」
母は静かに目を伏せる。
「三人はそれぞれ親戚に預けられ、たらい回しにされた。俺のところに来たのは、こさめだった。まだ小さくてな……誰にでも笑顔を向けていたが、あれはただ顔色を伺っていただけだ。痛々しかったよ」
父の声は震えていた。
「ある日、こさめが泣きながら言ったんだ。『いるまとみことと一緒にいたい』って……。そのとき俺は決めた。仕事も安定してたし、独り身で自由もあったから、2人を引き取ることにしたんだ」
らんが拳を膝の上で強く握りしめる。
「だが……その時にはもう遅かったのかもしれない。いるまは誰彼かまわず威嚇して、殴りかかろうとしていた。みことは……今よりもずっと酷かった。声も出せず、頷くことすらできない。頭を撫でようとすると、怯えてるのか蹲っていた」
父の言葉に、しんとした沈黙が落ちる。
すちは震える声で呟いた。
「……それでも、ここまで笑えるようになったのは……お父さんが、引き取ってくれたからです」
ひまなつも、らんも、無言のまま頷いていた。
母は涙を堪えながら父の手に自分の手を重ねる。
「……ありがとう。あなたがいてくれたから、あの子たちは……今ここにいるのね」
畳の向こうで、子どもたちの寝息が重なる。
その音に救われるように、父は目を閉じた。
重苦しい空気の中、父の言葉が一段落すると、静かな沈黙が訪れた。
ぽつりと声を上げたのはらんだった。
「……俺、正直なところ……あの3人がどんな過去を背負ってるのか聞けなかった。笑ってるこさめしか知らなくて、それで充分だって思ってた。でも……全部、見ないふりしてただけだったんだな」
隣でひまなつが、珍しく真剣な顔をしていた。
「……俺も、なんとなく察してた。いるまが、時々目の奥で泣いてるみたいな顔してたから。……でも、からかったり、茶化したりして誤魔化してきたんだ」
彼は長いため息をつき、目を閉じる。
「いるまに関しては……これからも俺にできることは全部やる。あいつが一人で抱え込まないように、隣にいてやる」
すちは両手を膝に置き、真っ直ぐ前を見据える。
「……俺は、みことが可愛くて仕方ないです。最近表情も綻んできて……」
声が震え、拳をぎゅっと握る。
「……俺にできることはまだ少ないですけど……必ず守ります。」
兄たちの決意を聞き、父と母は目を潤ませていた。
父は深く頷き、ゆっくりと絞り出すように言葉を返す。
「……ありがとう。あの子たちは……もう孤独じゃないんだな」
畳の上で寝息を立てる小さな背中たちを見守りながら、大人たちは静かに夜を過ごした。
父はしばらく迷った末、静かに切り出した。
「……来週、あの子たちの誕生日なんだ……いつも簡単に済ませてきたけど。今年は……君たちと一緒に、家族でちゃんとお祝いしてやりたい。どうだろうか」
らんが真っ先に笑顔で頷く。
「もちろん! そんなの当然だよ」
「俺も賛成」
ひまなつが軽く手を挙げる。
「……ただ、プレゼントはちゃんと欲しいものリサーチしないとな。サプライズで変なものあげたら気まずいし」
「ケーキは俺が作ります」
すちが穏やかに声を上げた。
「市販のより、絶対に喜ぶと思うんです。3人の好きなフルーツとか、デザインも工夫して」
「いいじゃん。飾り付けとかもな」
ひまなつが楽しそうに乗っかる。
笑い合う声が畳に溶け、夜の静けさをやわらげた。
眠る3人の寝息を背景に、両親と兄たちは次第に胸の奥から温かさが広がっていくのを感じていた。
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