テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ピピピピ。
瞼がひらく。
アラームの音と共に、溶けていた私の輪郭が戻っていく。
夢を見ていた。
内容はもう、ぼんやりとしか思い出せない。
天井の白さと、眠気だけが、ゆっくりと頭を埋め尽くしていく。
それなのに。
ただひとつだけ。
『宇宙の外』
その言葉だけが、異様なほど鮮明に、頭の奥へ焼き付いて離れなかった。
私はゆっくりと体を起こす。
時刻は7時10分。
「…遅刻だ。」
眠気は一瞬で消え、夢の余韻は現実へと引き戻された。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
いつもより少し乱れた前髪を整えながら、ぎりぎり間に合った駅のホームで電車を待つ。
朝の駅は、いつも通り人で溢れていた。
制服姿の学生。
仕事へ向かう大人。
眠そうにスマホを見る人。
私はその中に立ちながら、ぼんやりと周囲を眺める。
鉄納戸、梅鼠、クリームイエローに薄緑 。
駅のホームは色とりどりだ。
けれど、足元に落ちている小石を蹴ったと同時に 駅の空気が変わった。
人の声が重なり、足音が乱れる。
何かが起きたのだと、少し遅れて理解する。
私は周囲につられて視線を向けた。
「人が落ちた!」「だれか非常停止ボタン!」 「なんだなんだ」「線路に落ちた」「どうしたの?」「なんの騒ぎ?」「誰か引き上げろ!」 「きゃーっ」「早く登ってきなさい!」「誰か!!」「電車止めろ!」「なになに?」「人だ、人が落ちた」「だれか!」「何があったの?」「飛び降りだ!」
さっきまで整然と並んでいた人の流れが崩れていく。
みんなの叫びは到着を知らせる電車の音に紛れ、ただの雑音となる。大きな金属音。プシューっと急ブレーキを踏む音。
それらの行為は無下となり、止まることなく電車は突進した。
駅員の案内が響く。
『ただいま、宮の坂駅で発生した事象の影響により、運転を見合わせております。運転再開まで時間がかかる見込みです。振替輸送をご利用ください』
朝、あれほど急いだ意味がなかったみたい。
人々は急いで別の改札へ向かい、スマホを片手に連絡を取っている。
私はその流れについていく。
別の路線へ乗り換えて、いつもとは違う道を通る。
見慣れない景色。
いつもより遅い時間。
結局、学校に着いたのは朝のホームルームが終わった後だった。
そこからはいつも通り。朝での出来事の衝撃も薄くなっていき、早くも帰りのホームルームの時間になっていた。
いつもなら明日の予定や連絡事項だけで終わる時間だった。
けれど、その日は違った。
担任は教卓の前に立ったまま、しばらく口を開かなかった。
教室を見回し、一度だけ小さく息を吐く。
「……今朝、宮の坂駅で発生した人身事故について、話します。」
ざわめいていた教室が静まる。
「亡くなったのは、鍵宮明日香さんでした。」
その一言だけで、教室の空気が止まった。
「え……」
か細い声が漏れ、教室のあちこちからすすり泣きが聞こえ始める。
顔を覆う人もいれば、 机に突っ伏す人も居るし、 信じ られないというように、ただ前を見つめる人も居る。
私は、ただ先生の顔を見つめていた。
朝の、あの時に飛び降りてしまったのはあすかちゃん。
そう理解しても、実感はなかった。
話したことはほとんどない。
席も離れていて、名前を呼ぶ機会もなかった。
だからだろうか。
悲しい、という感情より先に、
(同じ教室にいた人だったんだ)
という事実だけが、頭の中に静かに落ちてきた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ホームルームが終わり、帰路に着く。
電車はもう稼働している。
私はぼんやりと、電車の窓から外を見る。
電線が、上下に揺れて見えた。
今日、あすかちゃんは死んだ。
もうこの世界にはいない。
ふと、胸の奥でひとつの考えが浮かぶ。
もしかしたら、あの子は宇宙の外へ行ったのではないだろうか。
あすかちゃんは、宇宙の外の存在を確かめようとしたのかもしれない。
赤ん坊が、母親のお腹の中だけが世界のすべてだと思ったまま、生まれることが終わりだと勘違いしたまま、生まれてくるように。
あすかちゃんも『宇宙の外』を信じて、人類が思っている『終わり』の先に旅立ったのではないか。
『宇宙の外』へ行く条件は、『死』なのではないか?
コメント
1件
「宇宙の外」かあ…。あのフレーズ、めちゃくちゃ頭に残るわ。朝の駅の喧騒から一転、あすかちゃんの死が告げられたときの空気の止まり方、すごくリアルだった。話したことない同級生の突然の死って、悲しみより「同じ教室にいたんだ」っていう他人事みたいな感覚が先に来るの、すごくわかる。ラストの赤ん坊の例えが不気味で美しくて、続きが気になりすぎる!
沙桜
142
49