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とよ
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日を改めて、数日後。
喫茶店の、質のいいソファの座り心地を確かめる。紅茶はもう冷えかけているのにも関わらず、先生は曖昧に頷く少女との話に夢中になっていた。
隣に座っているのは例の少女だ。かなり茶に近い黒髪が目に入る。美容院で整えられただけで最初に会った時とかなり様子が違うように思えた。
リツキという珍しい名前を持つ彼女は、ほとんどこの国の事情を知らないようで外の様子に驚くことが多い。
ただし、その驚き方は少し変わっていた。たとえば最近庶民にも手が届くようになった通信機器に驚いた様子を見せる。でもそれはそのもの自体の技術にではなく、まるで今ここに存在していることに驚いているような態度だった。
「ルカさんも、 ラティさんとこの間まで温泉地にいたんですよね」
急に話を振られる。もう少し気楽な話し方でいいと伝えた。かしこまった接しられ方が苦手なのは周りに年下がほぼ居らず、正式な意味では学校にも通った経験も同様にほとんどないからかもしれない。
「え? えーっと、分かりました。ルカくん? でいいかな? いきなり呼び捨てはちょっと緊張しちゃって」
困ったように眉を下げたまま、はにかみながらリツキさんはもう一度オレの名前を呟いた。嫌がられてはいない、はずだ。
それ以外の感情も多分ない。はにかんでいたように見えたのだってきっと思い込み。
「それで、温泉はどうだった?」
「まあ、それなり」
自分でも面白くない返しをするやつだと思った。とは言え、本当にそうだったのだから仕方がない。肩こりは軽くなった気がするけど。
あの温泉地は特に魔法絡みではなかったこともあり、印象があまりない。ついでに言うなら若者受けも悪いだろう。そう言うところもある程度年齢のいった人にとっては良いところなのだとは思うけど。
「あ、えと、そうなんだね。そうだ、魔法学園ってどんなところなの?」
返答に詰まる。オレも知らない。先生も”生徒として”は知らないだろう。オレ達師弟は時代遅れの魔法使いと言わざるを得ない。
「あー、ごめんね。あたしもこの子も古い魔法使いだからさ。その辺わからないの」
リツキさんは不思議そうな顔をする。ここまでの話に不可解なことはあっただろうか。
「ラティさんは魔女じゃないんですか?」
「魔女? なんで?」
リツキさんは慌ててなんでもないです、と疑問を取り下げた。
今魔女と言えば「古い村の生垣の側に住まう、薬草の知識や素朴な魔法に長けた老女」という定番のイメージしか出てこないだろう。それならオレのルーツこそ確かに魔女的ではあるけれど、先生とは離れすぎている。
「ふうん。……リツキは自分のこと、どこまで覚えてるの?」
何を聞いているんだと先生を見る。悪意がないこと自体は知っているけれど、それでもいきなりすぎた。
「わたしは……その。名前くらいしか」
目を伏せてリツキさんは答える。……多分、嘘だ。直感的にそう思った。
態々もっと覚えていることがあるんじゃないか、と聞けるわけもなく先生に目を向けた。先生は彼女の言葉に不自然なものを見出さなかったようで、興味深そうにリツキさんを見ている。
オレの気のせいなのかもしれない。直感なんて所詮そんなものだ。
「家族も過去もぜーんぶゼロから、なんだね。うーん、大変だ。何かあったら頼ってね。ルカもでしょ?」
「もちろん。僕も何かあったら手伝う」
記憶の有無は置いておいて、少なくとも今の彼女の状況は放っておけるようなものではない。それは仕事だからだけではなく、ある程度本心でもあった。
「……ありがとうございます!」
柔らかな微笑みを中心にわずかに上下していた彼女の表情や声のトーンが大きく喜びに振り切れたような、そんな笑顔だった。
正直、嬉しい気持ちを抱いたのは否定できない。それくらい気持ちのいい笑顔と声だった。
「うんうん。素直がよろしいよ。うちの弟子にも見習わせたい」
「僕が素直じゃなかったことは……」
じとーっとした目で先生がオレを見る。確かに心から素直だとは言えないが、それでも先生が思うより捻くれてはないはずだ。
「本当かなぁ。ま、でも素直か。あたしの弟子やれてるくらいだし」
「えへへ、素敵な師弟関係なんですね」
オレたちのやりとりを見てリツキさんはくすくすと笑う。
先生からの思ったより直接的な褒め言葉と、”微笑ましい師匠と弟子のやり取り”を見られた恥ずかしさで頬が少し熱い。
「そろそろ出なくていいんですか? まだ買うものはたくさんありますよ」
照れ隠しだの誤魔化してるだの揶揄われることを覚悟で話を切り替える。これ以上あの流れを続けるのは苦しかったのは勿論、それとは関係なく少し休憩し過ぎているのではという気掛かりもあった。
なんだかんだで二人分の準備がいる。オレの分は適当に用意してくれればよかったのだけど。好みもあるだろうと気を利かせてくれたのかもしれない。
「んー、そっか。真面目だよね、あんたは」
カップの紅茶を飲み干して先生は窓の外を見る。つられて外を見ると、少し薄暗くなっていた。雨が降るかもしれない。