「ん…んー!」
あれから数分後、小春はゆっくりと体を起こした。
思ったよりもぐっすり寝ていたようで、少し目を開くのに躊躇していた。
「ごめんね小春、待たせすぎちゃって。」
「え!ううん!全然!むしろ私が今待たせてたよね!?」
小春は謝る私をみて慌てていた。
その後は互いに待たせたことを謝って、勉強道具を片付け教室を出た。
下駄箱で靴を履き替えていた時、小春が何かを思いついたように話し始めた。
「××!今何時〜?」
「今?6時半だけど…?」
時間を伝えると、小春は嬉しそうに笑顔になった。
「もうすぐで部活…バレー部、終わるかなって…。」
私はまた心臓がはねた。
照れくさそうにモジモジする小春を見て、私は言葉を選んだ。
「見に行く?体育館。」
私は小春に優しく笑いながら提案した。
小春はより嬉しそうな顔をして、やった!と小さくガッツポーズをした。
私は、自分が言った言葉の意味が、小春のためなのか、そうじゃないのか、考えたくなかった。
「やばい、ちょっと緊張するっ…!!」
体育館前まで来た時、私の隣でそうつぶいた小春。
胸をそっと撫でながら深呼吸するその姿からちょっと所の緊張では無いことが読み取れた。
と言いつつも、私は小春とはまた違う緊張を感じた。
私は、この体育館に小春と入って大丈夫なのか。
またさっきみたいに気持ちが溢れてしまうんじゃないか。
それを、小春にもし見られたら。
この思いを知られてしまったら。
考えただけで心が苦しくなる。
こんな可愛い大切な親友を、傷つけたくない。
私はさっきまで高ぶっていた感情を完全に噛み殺した。
小春はそっと体育館の扉から顔を出した。
私はその後ろから小春の様子を見ていた。
体育館の中にあまり視線を向けないように。
小春が少し慌てて私のところまで下がってきた。
「もうモップがけとかしてるっ!孤爪くんと目あったらどうしよう!私倒れたりしないかな!顔、変じゃない!?」
小声だけど、慌てながら話す小春は完全に恋する乙女の顔だった。
「小春、顔真っ赤。大丈夫、可愛いよ。」
私は少し意地悪をした。
小春の顔は恥ずかしさと怒りでさらに赤くなって、頬をプクッとふくらませた。
「もー!意地悪しないで〜!!けど、ありがと!」
小春の声量が少し上がって、なんだか空気が変わるのを感じた。
いや、確実に変わっていた。
「おやおや?男子バレーにお客さんは珍しいですね〜?」
知らない誰かが、小春の後ろでドアに肘をつけながら小春を見下ろす。
私はその身長差に少し驚いたが小春は後ろから声が聞こえた瞬間体が跳ね上がった。
恐る恐る後ろを向いた小春はまるで化け物から逃げるように私の後ろに隠れた。
「えっ、警戒心強っ。」
「えっと…すみません。」
なんだか情報が多くてとりあえず謝ることしか出来なかった。
「いやいや、こちらこそ急に話しかけてわりいな。」
そう優しく笑った黒髪で髪の毛が逆立った人は。
「く、黒尾…先輩っ。」
「え?」
後ろでぼそっと呟いた小春。
小春は、自分が驚いていた人が誰かわかると私の後ろから隠れるのをやめた。
「あれ?もしかして小春ちゃん?」
「はい…お久しぶりです…!」
小春と、黒尾先輩と言われる人が話している横で私はしばらく困惑していた。
「小春ちゃんの友達?どーも黒尾鉄朗と申します〜。」
頭に手を当てて、ペコッと一礼してくれた。
私もそれに合わせるように自己紹介をした。
「本当久々だな、体調は?もう平気なのか?」
「はい、お陰様で!」
前にカフェで聞いた話、結構前に小春は学校で体調が悪くなり、困っていたところを黒尾先輩と、孤爪くんに助けて貰ったのだそう。
小春が孤爪くんを好きになったのもその時だと聞いた。
「おい黒尾さぼんじゃねーよー。」
なんだか聞き覚えのある声が聞こえて私はハッとした。
少し移動して体育館を見ると、少し離れたところで夜久先輩がモップ片手にこちらを見ていた。
目が合い、私だと気づくと、先輩も目を少し見開き、こちらに向かってきた。
「○○、こんなところで何してんだ?」
モップを壁に立てかけ私を見ながら不思議そうな顔をしていた。
「おや、××ちゃんは夜久と知り合いでしたか。」
「えっと、委員会が一緒で。」
「さっき話した子!俺の代わりに生徒会室に書類出してくれたんだ。」
小春はあーさっきの!というように口を開き、人差し指を立てた。
「あ、そうだ、俺○○にお礼しなきゃな!」
「えっ、あれ本気だったんですか!?別にお礼なんていいんですよ!」
「いーや良くない。この後時間ある?もうすぐ部活終わるからちょっとまっててくれねーか?」
「え、えーっと…。」
横目で小春をそーっと見ると、落ち着かない様子で、体育館のあちこちに目を向けていた。
今帰ったら、小春、悲しむよね。
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。」
私は眉を寄せて微笑み、部活が終わるのを待つことにした。
黒尾先輩と、夜久先輩が片付けに戻り、再び小春と2人きりになった。
小春は孤爪くんを探すのに苦労しているようだった。
何度も扉から顔を出したり引いたりして、落ち着かない様子。
私は、何となく体育館の外に出た。
小春に少し意地悪しようかなってくらいに。
それと、私の気持ちが溢れないように。
小春のいるところから死角になっている階段に腰をかけた。
横を見ると、手すりにタオルがかかっていた。
誰かの忘れ物かなと、名前を確認したが書いていなかった。
場所的にバレー部の人のかと思ったから、後で夜久先輩に確認してもらおうと、手に取った。
体制を直し、ふと、こんなことを考えた。
もし、小春と孤爪くんが仲良くなっていったら、私はちゃんと笑って応援できるのかな。
小春は可愛い。
1年生の時からモテモテで、人気者だった。
きっと、誰だって小春を好きになる。
その時、私は、どう思うんだろう。
私は無意識に手に持っていたタオルをぎゅっと握った。
「あの…。」
体育館の中の音が聞こえてないぐらい1人の世界に入っていた私の耳に言葉が入ってきた。
私は声がした方に顔を向けた途端、言葉が出なくなった。
初めて土手で君を見た時と、同じ気持ち。
猫背だけれど、きっと私より背が高い。
そして初めてはっきりと君の顔を見た。
猫のようなつり目で髪と同じくらい綺麗な瞳。
色白で、童顔。
今まで見ていたのは、ずっと遠くにいた時の君。
その人が数メートル先にたっている。
多分、私と、孤爪くんが目を合わせていたのはわずか数秒のことかもしれない。
けど、私にはその瞬間がとてもスローモーションに感じた。
「えっと…そのタオル…。」
先に口を開いたのは孤爪くんだった。
初めて聞いた彼の声は、少し細くて、か弱かった。
私が持っていたタオルを、震える指で指していた。
「あっ…えっと、ごめんなさい、!」
私もやっと自分の口を動かした。
ちゃんと喋れていたかは定かではない。
俯いたまま両手でタオルを差し出した。
孤爪くんは少し私に近づいた。
心臓の音がだんだんうるさくなる。
孤爪くんが私から優しくタオルを受け取ったとき、私はそっと顔を上げた。
孤爪くんは、吸い込まれそうな瞳で、私を見ていた。
私の心臓は大きく跳ね上がる。
その後すぐ目を逸らした孤爪くんは小さくお辞儀をして体育館に入っていった。
私はしばらく突っ立って動けなかった。
世界が、とても遅く感じた。
「ありがとうございましたー!」
体育館とは反対のグラウンドの方からそんな声が聞こえて我に返る。
ふと、孤爪くんが小春のいる入口から体育館に入っていったのを思い出す。
きっと、小春もそれにきっと気づくはず。
体が勝手に体育館の方に向かっていた。
私はその時、何を考えてたんだろう。
「えっと…この間はありがと…。」
「あー…大丈夫、だった?」
「う、うん!無事帰れたよ、!」
「そっか。良かった。」
頑張って孤爪くんの顔を見ているから、顔がいつもに増して赤くなって、少し震えながら話す小春。
さっき取ったタオルを片手に、小春をみてほんの少しだけ口角を上げる孤爪くん。
そして心做しか、さっきの細い声が、はっきりとしたように聞こえた。
しばらく話した後、孤爪くんがみんなに呼ばれ、小春が小さく手を振った。
孤爪くんが見えなくなったあと、小春はその場でしゃがんで顔を手で覆っていた。
私は、今、何を考えているんだろう。
二人を見て、どう思ったんだろう。
今自分は、どんな顔をしている?
この気持ちは、抑えなきゃ行けないのに。
どんどん気持ちは昂っている。
気づいたら、胸が締め付けられるぐらい痛かった。
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