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「○○、どうかした?」
「えっ?」
隣には少し心配そうに顔を覗かせる夜久先輩の姿があった。
私は長い夢から目が覚めたような感覚だった。
我に返ったとき、自分は今コンビニにいることに気がついた。
レジ横の揚げ物コーナーには黒尾先輩に、孤爪くん、そして小春もいる。
「すみません、ぼーっとしてました。今日、色々あって、少し疲れてたみたいです。」
私は何とか笑顔を作り微笑んだ。
夜久先輩は一瞬不服そうに私を見たが、すぐに笑顔になった。
「そっ…か!なら甘いものでも食って糖分補給しねーとな!あ、ここのサラダチキンもおすすめだぜ!」
先輩はスイーツの棚と、サラダの棚を交互に見て、おすすめの物を教えてくれた。
こんなに失礼な態度をとった私にも、優しく接してくれた先輩を、改めて尊敬した。
自分の視界の奥には小春たちが話してるのが見える。
でも、これがきっとあるべき状況だから、私は目を瞑った。
「すみません、奢らせてしまって。」
「だーかーらー、これは○○へのお礼だってばー。むしろこんなことしか出来なくて俺の方こそごめんな。」
私よりもさらに申し訳なさそうにする先輩の顔を見て失礼とわかっていても、少し笑ってしまった。
「えっ?俺、なんか面白いこと言った??」
夜久先輩は困ったように笑いかけた。
「いえ、。先輩、ありがとうございます。先輩のおかげで、元気出ました。」
さっきの作った笑顔とは違い、今度は自然に笑顔になれた。
夜久先輩は少し驚いた表情だったが、「それなら良かった!」と100点の笑顔を見せた。
その後、バレー部たちの皆さんとコンビニで話しながら買ったものを食べていた。
もうそろパンクしそうな小春は、一旦孤爪くんとは離れ、私の隣に座って、私の裾をがしっと掴んでいた。
孤爪くんと話すのに相当な勇気を振り絞ったらしく小春のドキドキがこちらにも伝わってきそうだった。
「沢山話せてたじゃん。良かったね小春。」
私は少しにやにやしながら小春に小声で話しかけた。
小春の顔は隠れててよく見えなかったが、耳は真っ赤で、小さく頷いたのがわかった。
私は、さっきみたいな重い気持ちにはならなかった。
夜久先輩が安らげてくれたおかげなのか、今は小春のことを、心の底から応援したいと思った。
夜久先輩と、黒尾先輩を挟んで1番端にいる孤爪くんは、小型のゲームに夢中だった。
孤爪くんはゲームがとても好きで得意らしい。
暇さえあればゲームをしているという。
小春はあまりゲームには詳しくないそうで、少ししょぼんとした顔になった。
上がったり下がったり、そんなところも小春は可愛らしい。
しばらく話したあと、そろそろ解散ということになり、私はあまり聞きたくないことを耳にしてしまった。
「えっ、黒尾先輩たち、こっちなんですか?」
「おう、俺たち最寄り□□駅なんだよ。」
黒尾先輩の言う言葉に私は固まってしまった。
黒尾先輩の横ではゲームに夢中の孤爪くんが待っていた。
夜久先輩と小春が私たちに手を振っていた。
私と孤爪くんは、同じ最寄り駅だった。
小春とは最寄りの駅が違うからいつもここで別れていた。
小春は「また明日ねー!」と笑顔で手を振っていたが少し悲しそうにも見えた。
孤爪くんも小春をみて小さくお辞儀した。
それに気づいて小春は振っていた手をそっと止めて、胸に手を当てていた。
私はそんな小春を見て、どうしようも無いまま、2人と駅に向かった。
駅までの道、孤爪くんは歩きながらもゲームをしていて、黒尾先輩もそれには慣れている感じだった。
孤爪くんは集中してあまり話さなかったけれど、黒尾先輩は私と気まずくならないように話を振ってくれた。
最初見た時、怖そうな人と思ったけれど、話やすいし思ったよりも優しい人だった。
孤爪くんと同じ駅なのを聞いた時、動揺で胸が高鳴ったけど、黒尾先輩がいてくれて少しは安心できた。
「あーわりぃ先ホーム行っててくれ、トイレ行ってくるわ。」
「えっ。」
駅に着いた時、黒尾先輩が言った。
孤爪くんはゲームから目を離し「うん」と短く返事をした後、ホームの方に向かったので私も自然とあとを追っかけるかたちになった。
ホームで黒尾先輩を待つ。
こんなところで孤爪くんと2人きりになるなんて考えてもいなかったので、緊張でどうしたらいいか分からなくなっていた。
さっき夜久先輩のおかげで落ち着けたばっかりなのに。
こういう時に限って神様は自分に味方をしてくれない。
ピコピコと鳴るゲーム音と、人気の無いホームで響くアナウンス。
私は俯いてできるだけ孤爪くんに気にされないように黒尾先輩を待とうと思った、その時。
「あの、さっきは、ありがとう。」
ゲームの電源を切り、カバンにしまいながら孤爪くんは言葉を発した。
私は今、孤爪くんに、話しかけられた。
驚きのあまり頭が真っ白になり、口を半開きにしたまま硬直してしまった。
さっき、?さっきって、えっと、なんだっけ。
頭の回転がいつもの倍鈍い。
「タオル、持っててくれて。」
タオル、?あ、さっきの、か。
私は、何もしてない。
その場にあったものを渡しただけ。
感謝されるようなことはしてない。
私は何とか頷くことはできたけれど、言葉を発することは出来なかった。
どんな顔をしたらいいかわからなくて、孤爪くんの方は見えなかった。
「俺、3組の孤爪研磨。」
私は自然と頭が軽くなり、顔を上げた。
その時の孤爪くんの表情は優しくて、また吸い込まれそうな瞳と目が合った。
か細いけれど、ちゃんと顔を見て話してくれた君に、私はどんな顔をしていたのかな。
「1組の…○○、××…です。」
緊張で声がぶるっぶるだった。
でも、孤爪くん気にした様子もなく、穏やかな笑みをうかべた。
その後、私たちは言葉を交わすことは無かった。
静かなホームでの沈黙。
隣に立っている孤爪くんに、心臓の音が聞こえてしまいそうだった。