病院の廊下は、普段なら落ち着いた空気が漂う場所だ。
けれど今日は違った。
看護師や医師が慌ただしく動き回り、
ささやき声があちこちで飛び交っている。
「若井先生……!大丈夫ですか!」
誰かが叫ぶ声に、元貴の心臓は早鐘のように打った。
体調がまだ万全じゃないのに、
自然とベッドから起き上がろうとする。
隣の涼ちゃんも眉をひそめ、
ベッドの上で体を起こす。
「元貴、無理するな!ここは俺たちが何とかする」
涼ちゃんの声は低く、でも力強い。
俺はその言葉に少し安心したけれど、
胸の奥のざわつきは収まらない。
廊下の向こうから、白衣姿の若井が走ってくる。
表情は険しく、普段の余裕ある笑顔はどこにもない。
「若井……どうしたんだ……」
思わず声をかけようとした瞬間、
若井の足元に機材が倒れ、軽く転びかけた。
看護師が駆け寄るが、若井は慌てて立ち上がる。
「危ない……!」
涼ちゃんが俺の肩を掴み、押さえ込む。
「落ち着け、元貴!今は見守るんだ」
でも目の前の若井は、
まるで戦場に立つ将軍のように緊張感をまとっている。
普段のカリスマ的な自信が、
今日は逆に危うさを感じさせる。
若井は医師としての判断を迅速に下すが、
彼の背後で何かが爆発する音がした。
機械の故障らしい。
看護師たちは慌て、患者たちはざわつく。
その瞬間、元貴の胸はぎゅうっと締め付けられる。
心臓が早く打ちすぎて、また体調が悪化しそうになる。
「元貴、俺は大丈夫だから……」
若井の声は低く響き、
俺だけに向けられているように感じた。
体はまだつらいのに、自然と涙が滲む。
涼ちゃんがすぐそばに寄り添い、手を握る。
「元貴、落ち着け。俺たちがついてる」
若井は機材の異常を自分で片付けようとするが、
俺たちに背中を向けたその一瞬、危険が迫る。
金属の端が揺れて、ぶつかりそうになる。
「やめろっ!」
思わず涼ちゃんと一緒に叫ぶ。
若井ははっとして振り返り、俺たちに気づく。
俺の手は思わず若井の腕に触れて、
力なくしがみついてしまう。
「……元貴……?」
若井の瞳が一瞬、驚きと心配で大きく開く。
「大丈夫……じゃない……でも……守りたい……」
体はまだ弱いけれど、言葉に力を込める。
若井の存在は俺の全てで、
今、心の底から守りたいと思った。
若井はすぐに俺を抱き寄せ、背中をさすりながら耳元で囁く。
「元貴……危なかったな。もう大丈夫だ、俺がついてる」
その言葉で、少しだけ体の緊張が解ける。
涼ちゃんも横で安堵の笑みを浮かべながら、
「ほら、俺もいるだろ?元貴」と肩を叩く。
俺は二人の温もりに包まれ、つい涙をこぼした。
甘さと緊張が混ざり合って、
呼吸がうまくできないくらい胸がいっぱいになる。
「俺……若井……好きだ……!」
咄嗟に口走った言葉は、危険と緊張の中で自然と溢れた。
若井は少し驚いた顔をしたが、
すぐに笑みを浮かべ、額にそっとキスをする。
「俺もだ、元貴。絶対に守る」
廊下の騒ぎはまだ続いているけれど、俺たち三人の世界は一瞬止まった。
体はまだ弱いけれど、心は二人に守られ、そして愛されている。
その余韻に浸りながら、俺は小さく息をついた。
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