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勇 斗と幾つかやり取りを交わした後に通話を切り、身支度を整えようと立ち上がる仁 人の背後から、「いくの?」と柔 太朗が訊ねる。
振り返り、仁 人は「うん」と頷いた。
「勇 斗が仕事終わったら、家まで迎えに来てくれるって」
「そうなんだ。……仁 人」
「なに?」
「気をつけて」
真剣な面持ちの柔 太朗を見つめ返す。そして仁 人は穏やかに微笑んだ。
「分かってるよ」
◇
時刻は23時過ぎ。
勇 斗から「今から出る」との連絡を受けて仁 人は家を出た。到着するにはまだ早いが、マンションの下で待つことにする。
外に出てみると、日中はまだ汗ばむほどの気温も、夜の闇に包まれると随分と過ごしやすくなった。こうして外で待っていても時折頬を撫でる夜風が心地良い。
勇 斗と出会ってから、ひと月半ほど。静かな季節の変化を感じさせた。
まだ暑さが厳しい頃、勇 斗と出会って、ましてやこうして二人で会うなんて想像もしていなかった。肩の力を抜き仁 人はぼんやりと夜空を眺める。新月の周辺に星が幾つか瞬いていた。
しばらく手持ち無沙汰にスマホを眺めていると勇 斗からの通知が届く。視線を上げれば近くに大きな車体の車が一台停まっていた。
ととっと仁 人は小走りで車体に近寄る。勇 斗の顔が見えると、フロントガラス越しに手を振っているのが分かった。
「お待たせ。遅くなってごめんね」
「全然。仕事お疲れ様」
左ハンドルの車の助手席に乗り込み言葉を交わす。
勇 斗は仁 人がシートベルトを締めたのを確認してから、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
車内に流れる音楽、慣れない車内で二人きりの空間に、仁 人はどうしたら良いか分からず窓の外を見遣る。
車は詳しくないが、この頑丈そうな車体は勇 斗によく似合っている。レッスン中では練習用の音源を流していたから、初めて勇 斗の選ぶ音楽を聴く。
「仁 人、喉とか渇いてない?」
「うん大丈夫。どこ行くの?」
「んー、ちょっとだけドライブさせて。記念すべき仁ちゃんとの初ドライブデートだしっ」
「ふっ、大袈裟」
いつもの口調で軽口を叩く勇 斗に仁 人は思わず笑う。隣で笑った仁 人に、勇 斗も口角を上げた。
「いやいやマジで。今日のことは一生絶対忘れないね」
「一生絶対って、軽々しく使うなよ」
「軽々しくは無いんだけどな」
勇 斗はウィンカーを出しながら呟く。仁 人は言葉が見つからず口を閉ざした。
「俺も」
この一言が言える夜になるのかどうか。車が進むにつれビル群を抜け変わっていく景色を眺めながら、仁 人は詰めていた息を細く吐いた。
勇 斗が車を停めたのは、都内からしばらく走らせた静かな高台だった。
車から出た仁 人は促されるまま、少し離れた場所まで歩く。「ここだよ」と足を止めた先には煌めく夜景が広がっていた。見上げれば、仁 人のマンション下から見えた星も更に数が増えて鮮やかに輝いている。
「綺麗だね」
「いいでしょ。俺のお気に入りの場所」
「よく来るの?」
「たまに。少し時間があった時にここに来て景色眺めて、俺、この夜景の一部で頑張ってんだなって思ってる」
夜景を眺めながら、そんなこと考えてるなんて。新しい一面を知り、仁 人は勇 斗の整った横顔に目を向けた。
「俺はさ、こうして高い所から星や街並みを眺めるのが好きなんだけど、仁 人は好き?」
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「俺は……、こういう所にあまり来たことないから、今日勇 斗に連れてきてもらえて嬉しい。綺麗だし、好きかも」
素直な気持ちを口にすると、勇 斗がぐっと息を飲み込んだ。照れたようにくしゃりと髪を掻き混ぜる。
「そっか。こういうちょっと高台のところもだし、山とかさ、登ったりも好きなんだよね。空気めっちゃ綺麗だし、高い所から見る景色は絶景だよ」
「へぇ、そうなんだ」
「登山とか興味ない? 仁 人、アウトドアって感じではないもんな。海とかも違うか」
「アウトドアではない。でも、山か海かって言われたら海かも」
「海なんだ。どうして?」
「ん、前に読んだ本に、月明かりが黒い水面を照らすって描写があって綺麗だなと思ったのと、海ってどこまでも広くて世界に繋がってるでしょ。そう考えたら、いま俺が悩んでることも少し、薄れて紛れてく感じがするから」
と言っても、そこまで考えたことなかったわ。
はぐらかすように笑うと、勇 斗がじっと見つめていることに気づく。
薄く口角を上げて微笑んでいる様子に仁 人は目が離せなくなった。
「仁 人の新しいとこ、また知った。桃や果物が好き、ダンスが好きで仕事熱心。子供に優しい。高台で夜景見るの好きかも。そして山か海かと言われれば海」
「……俺も、勇 斗が山が好きって初めて知った」
「海も好きだよ。泳げるしね」
「俺は泳がないよ」
「なんそれ。泳がないのに海派なの?」
「見てるだけでも良いだろ!」
ぶはっと笑う勇 斗に仁 人は頬を膨らませる。
「確かにね。それもアリか。今度は海に行く?」
「行くなら夜の海がいいな。水面に月が映るの見てみたい」
「いいね」
ふわりと心地の良い時間が流れる。
しかし、夜が深まった時間の冷ややかな空気に仁 人は思わず腕をさすった。それに気づいた勇 斗が「寒くなってきたから車に戻ろうか」と促す。この時間が終わってしまう。仁 人は咄嗟に腕を伸ばして、踵を返そうとする勇 斗の上着の裾を握った。
「っ、あのさ、さっきも話したけどドラマ観たよ。勇 斗、俺たちの教えたこと全部吸収して表現していて凄かった。本当にカッコ良かったよ」
仁 人の言葉に勇 斗が破顔する。
「そう見えてたなら良かった。めっちゃ緊張したわ。絶対失敗したくなかったから」
「そうだよね。勇 斗、練習頑張ってたもん」
「それもだけど。仁 人にカッコ悪いとこ見せたくなかった」
「え?」
「仁 人に見て。って言おうと決めてたから、成功させてやるって思えたし、頑張れたんだよ」
「勇 斗……」
向き合う勇 斗が仁 人を真っ直ぐ見つめる。
「仁 人、クレジットの名前の掲載許可くれて有難う。ダンスパートは先生と仁 人のおかげだから無かったことにしたくなかったし、仁 人を評価してもらいたかった」
「あ、あれ、ドラマ終わるのと同時くらいに太 智たちや知人とかから一気に連絡きてビックリした」
それだけではない。
勇 斗を待っている間、太 智と舜 太に返信していると、業務連絡として仕事のスケジュールを公開しているアカウントにも続々とDMが届いていた。
「もし迷惑な事とか困った事あったら言って。俺が全力で守るから」
「今のとこ大丈夫そうだよ。みんな好意的なメッセージばかりだし。でもTVの影響って凄いね」
「まぁね。それを自分の価値と勘違いしてる奴もいるのは知ってる」
「え、どういう……」
「ごめん、太智たちから少し聞いた。昔、業界人に嫌な目に遭ったって」
仁 人が息を呑んだ。勇 斗は眉根を寄せて苦しげな表情を浮かべている。
「レッスン見学してた時、太 智たちが芸能界の奴は信用できない。だから仁 人に近づくなって言うから聞いた」
「……そう」
「太 智と舜 太は『詳しいことは言わない。でも、俺たちが昔、芸能界の道を目指してたこと。仁 人が業界人に嫌な目に遭ってそれで傷ついて道を閉ざしたことだけ伝える』って。聞いたのは俺だから、太 智たちは悪くない」
「別にそれはいいよ。もう、昔のことだから」
「だけど、仁 人が傷ついたのは事実だ。今だって、そうだろ」
言われて俯きかけたその時、勇 斗の頬から涙が伝うのを見て仁 人は思わず目を瞠った。
「勇 斗っ?」
「俺、もっと早く仁 人に出会っていれば良かった。そしたら守れたかもしれないのに」
「何言ってんだよ」
「分かってる。馬鹿な話してるよな。でも、悔しい。そいつらのせいで仁 人が傷ついた。業界全体も誤解を受けた。そりゃそうだよ。そんな事あったら不信感しかないよな。本当にごめん」
勇 斗の言葉に仁 人は唇を噛む。
たられば話は好きじゃない。
Ωじゃなかったら。あの時イベントに参加していなかったら。あの業界人に出会っていなかったら。
挙げればキリがない。
でも、こうして目の前で「悔しい」と目頭を抑えて涙を堪える勇 斗の姿を見ていると、仁人もつんと鼻の奥が熱くなるのを感じた。
もしあの時。勇 斗がいてくれたら。
もしかしたら、助けてくれたかもしれない。そもそも危険な目にも遭わず、勇 斗や太 智たちと芸能の道へ進んでいたかもしれない。一緒にステージに立っていたかもしれない。
……あり得ない話だ。でも、あの時の自分が少し、救われたような気がした。
「馬鹿だねぇ、勇 斗」
仁 人は目の縁を赤くしながら勇 斗の腕を掴んだ。そのまま頭を寄せる。
「何でそんなこと考えるの。どこまで背負う気なの」
「仁 人の全部」
「俺の全部って過去も丸ごとってことなの? ふふっ、重すぎ」
「そう、全部ちょうだい。仁 人の全部が好き」
勇 斗の肩口に埋めていた視線を上げれば、鼻の頭を赤くした勇 斗の顔が見えた。きっと自分も似たような有様なのだろう。
頬に流れ落ちる涙を指の腹で拭ってやると、そのまま手首を捉えられる。振り払うことなく、仁 人は勇 斗に笑いかけた。
「俺も、勇 斗のことが好きだよ」
瞬間、また勇 斗の瞳にじわりと涙が滲んだ。
「ほんとに?」
「うん。俺も勇 斗が好き。だから、俺にも勇 斗をちょうだい」
「いいよ。全部やる。これ言質取ったから。撤回なしね」
「こわっ」
つい反応してしまうと、「仁 人」と名を呼ばれて、くしゃりと泣き顔をほころばせた勇 斗から両手の平を差し伸べられる。
その手を取るかどうか、ここにきた時点で答えは決まっていた。
勇 斗の大きな手は、きっと仁 人に安心を与えてくれる。それを確信した今、取るべき行動はたった一つだった。
仁 人は迷うことなく自身の手を重ねる。そのまま引き寄せられるように胸に飛び込むことも躊躇わなかった。勇 斗が抱き留めてくれることが分かっていたから。
勇 斗の両腕がしっかりと背中に回り込んできて、夜の冷気から守ってくれる。じんわりと伝わってくる体温の心地良さに身体の力が抜けていく。
「めっちゃ幸せだわ」
「……うん」
「仁 人から好きって言ってもらえるだけで、もう、何でも出来ちゃいそう」
ずっと鼻を啜る音が耳元で聞こえて、仁 人は頬を緩めた。
「勇 斗は結構泣き虫だね」
「ごめ、ほんとカッコ悪い。もっとちゃんと決める筈だったのに、仁 人を前にしたら無理だった。一目惚れなんだ。出会った瞬間から好きだった」
「いいよ。そのままの勇 斗見せて」
ぎゅうと互いを抱きしめる力を込める。
「俺は、仁人が見たいもの見てみたいよ。もっと知りたい、仁人のこと」
「俺も、勇斗のことが知りたい。勇斗が綺麗だと思うもの全部、一緒に見てみたい。連れてってくれる?」
「勿論! どこでも連れてく!」
「ありがとう」
勇 斗の腰に回した手で服を掴みぐっと伸び上がると、仁 人は勇 斗の頬に唇を押し当てた。目を見開き驚いた勇 斗の力が緩んだ瞬間、脇の下から両腕を抜いて、撫でるように勇 斗の頬に手を添える。唇が重なる寸前まで近づき、仁 人は囁いた。
「ねぇ、意識してる?」
「……覚えてたんだ」
「そりゃね、あんな事言われたら忘れられないでしょ」
初めて出会った翌日。キスしたことを謝罪しに来たのに、次は意識してキスしたいから、自分のこと意識して欲しいだなんて。
くすくすと可笑しそうに笑う仁 人の手に勇 斗は自らの手を重ねて白い指先を包み込んだ。コツンと額をぶつける。
「俺はずっと意識してたよ。仁 人はさ、今めっちゃ意識してくれてる?」
「うん」
「すこし指冷たいね。寒い? それとも緊張してるから?」
「……分かってるなら聞かないで」
「ごめん、可愛いすぎて」
軽く唇が重なる。ちゅ、ちゅ、と何度か啄むようなキスをして離れた。
抱き合ったまま仁 人の黒目がちな瞳が勇 斗をじっと見つめる。その視線に勇 斗はふと口元を緩めた。
「……なに、仁 人。そんな顔されちゃうと、もっとキスしたくなっちゃうんだけど」
「いいよ。して」
仁 人の両腕が勇 斗の首の裏に回り、下から掬い上げるように勇 斗にキスをする。途端、勇 斗の手が仁 人の後頭部に伸び、髪の毛に指が差し込まれた。もう片方の腕は腰を支え、逃さないとばかりに力強く引き寄せてくる。
「……ふっ、ンっ……っ」
何度も角度を変え、互いの唇を重ねあう。舌先で唇を辿り、口内に勇 斗の舌が潜り込むと仁 人はそれを迎え入れた。歯列をなぞり上顎をくすぐられて、堪らずくぐもった声をあげると、その動きは更に激しくなる。舌先を絡め飲みきれなくなった唾液が仁 人の口端から伝うと、それを勇 斗が唇で辿っていく。顎から更に下、首筋まで唇が降りてきて吸い上げられた。敏感な箇所への刺激に、仁 人は首を反らし「あっ」とかすかに喘いだ。
「……仁 人っ」
逃がすまいとさらに首筋を傾げさせられ、勇 斗の鼻先が耳裏へ潜る。そのまま口が大きく開くのを感じ取った仁 人は思わず肩をすくめて阻んだ。両手で強く突っぱねる。
「やっ、待っ……」
「あ、ごめんっ。仁 人。怖がらせた」
Ωの本能的にうなじ付近への刺激は逃げを打ってしまう。仁 人の拒否に勇 斗は慌てて謝り、その身体を両腕で包み込んで優しく撫でた。
「怖かったよな。ごめん、ごめん、仁 人」
「ううん。勇 斗が嫌なわけじゃないよ。でもその場所はまだ……」
「分かってる。俺が悪い。噛むつもりじゃなかったけど誤解させた。浮かれて夢中になってた」
仁 人の頭を抱き寄せ、勇 斗が何度も謝りながら頬を押し当ててくる。仁 人も応えるようにすりと頬を擦り寄せた。
「仁 人のこと大切にしたいから、これからも、ダメなことはちゃんと俺に言って」
「うん」
「約束な」
「うん、約束する」
力強い抱擁に身を委ねて、仁 人は瞼を閉じた。大丈夫。勇 斗となら、きっと乗り越えられる。
再び目を開けた時、勇 斗の肩越しに広がる星空を、仁 人は一生忘れないだろうと思った。
コメント
2件
わぁ遂に…!🫶😭🫶 更新ありがとうございます!
ああ、なんて素敵な… 幸せあふれてます こちらませ幸せ😀