テラーノベル
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1月に作ったお話です。
オチはかなり成人向けです😅
黒色の着物を引きずり、豪華な髪飾りを揺らして、紫陽は西の階段を上がってきた。反対側からは、東の主である葵が、冷徹な視線を投げかけながら歩いてくる。
最上階の踊り場で二人が対峙した瞬間、周囲に控える雛たちが、びりびりと肌を刺すような緊張感に息を呑んだ。
「……またその香水の匂いか。鼻が曲がりそうだな」
葵が扇で口元を覆い、吐き捨てるように言う。
「お前のような品のない客ばかりを相手にしていると、感覚も鈍るのだろうな、葵」
紫陽の低い声が、冷たく廊下に響く。
二人は一歩も引かず、互いの肩が触れるほどの距離で睨み合った。その視線は鋭く、まるで刃物で相手を切り刻もうとしているかのようだ。
「お前のその薄汚い座敷など、すぐに空室にしてやる」
「ふっ。貴様こそ、いつまでその座に居座れるか見ものだな」
すれ違う刹那、互いの衣が擦れる音が、宣戦布告のように高く鳴った。
ーーー
十年前。俺たちは同じ日に、この地獄のような廓に売られてきた。
ーーー
「俺が、紫陽を守る」
そう決めたのは、アイツが座敷に上がる日が決まった夜だった。
公家出身のアイツは、泥に塗れた廓の中でも、一人だけ月のように透き通っていた。
ある夜、俺は兄様に酷く打たれた。
「…また兄様に殴られたのか。要領が悪いなお前…」
紫陽はそう言って俺の背中にできたアザに濡れた手ぬぐいを当てた。
「チッ…アイツ…客の鬱憤を俺で晴らすんだ。上客が来ねえのはテメーが下手だからだろ!」
俺の愚痴に紫陽は呆れたように薄く笑う。
「あまり、体に傷をつけるなよ。大事な商品なんだから…」
俺は紫陽を睨みつけ、胸ぐら掴んむと勢いよく着物を剥いた。
紫陽の肌は男同士でもドキッとするほど白くて綺麗だった。しかし、そこに残る赤黒いアザ。
「お前だって、兄様に殴られてるじゃねぇか!」
俺の言葉に紫陽は黙って眉を寄せながら苦笑いをする。
「私の兄様は、私の存在が気に入らないんだ…」
それは、そうだろ…。
こんな妖艶な雛が近くにいたら、兄様たちは自分たちの客が取られないか気が気じゃない。
「お前こそ、座敷に上がる日が決まってんだから、体大事にしろよ…」
俺のアザを冷やしていた濡れ手ぬぐいを紫陽から取り上げると俺は、桶の冷水につけて絞り、今度は紫陽のアザを冷やす。
「ありがとう…」
消え入るような声で紫陽が言った。その時、アイツが俺の袖をぎゅっと掴んだんだ。
「…怖いんだ。いつか私たちが、バラバラに売られて、誰だか分からない男に壊される日が来るのが」
俺は、紫陽の細い手を力一杯握り返した。
「…そうだ、合図を決めよう。離れていても、壁があっても、俺が生きてるって伝える合図を」
俺は壁を指の背で、ト・ト・トン、と三回叩いた。
「三回だ。元気、とか、生きてる、とか、そういう意味全部込めて。俺がこれを叩いたら、お前も返せ」
紫陽は、初めて花が綻ぶように笑った。
「…三回。」
紫陽花が咲く頃、先にアイツが座敷に上がった。
ーーー
葵は、私にとって太陽そのものだった。
武家育ちの粗野な振る舞いは、最初こそ鼻についたが、その瞳の奥にある真っ直ぐな熱量に、私は救われていた。
兄様に打たれ、泥を這うような日々。
絶望して舌を噛み切ろうとした夜、葵だけが私の体を労った。
「お前こそ、体大事にしろよ…」
そう言って、乱暴だが温かい手で私の傷に手ぬぐいを当てる葵。その手の温もりが、私が「モノ」ではなく「人」であることを思い出させてくれた唯一の瞬間だった。
「……葵、怖いんだ」
本音を漏らしたのは、後にも先にもあの夜だけだ。
葵は私の手を握り、壁を三回、力強く叩いた。
「ト・ト・トン。三回だ。……俺が生きてるって伝える合図だ」
二ヶ月後、葵が座敷に上がったという知らせを聞いた時、私は絶望で膝を突いた。
あんなに眩しかった葵が、私と同じように汚れていく…。
その夜、私はとても客を取る気になれず、自室にこもっていた。
あの日の約束を思い出し、そっと壁を三回叩いてみる。
ト・ト・トン…
すると小さく返事が返ってきた。
ト・ト・トン…
雛時代を思い出し思わず顔がほころんだ。
2人だけの秘密の合図。
ーー
「西の紫陽御前、東の葵御前。華幻宮の二大双璧」
それから数年もすると2人は、大人たちが作り上げた看板を背負い、互いに客を取り合った。
……
今宵も二人は、中央の踊り場で立ち止まり、互いの連れを「鑑定」するように見つめ合う。
紫陽は、扇で口元を隠し、葵の連れている公家の男をじろりと眺める。
「おや葵。今日は随分と……品の良さそうな、お公家様を捕まえたものだ。お前のような野良犬の遠吠えを、わざわざ聞きに来てくださる酔狂な方もいらっしゃるのだね」
それに葵は、ハッと鼻で笑い応える。
「お前こそ。そんな粗野で暑苦しい侍に、その細い指を折られてしまいそうじゃないか」
二人の間に、ビリビリと空気を震わせる火花が飛ぶ。
今や「華幻宮」の夜を彩る最高潮の演目とも称される、二大双璧の対峙。
その気配を察した瞬間、座敷にいた他の客も、酌をしていた娼男たちも、吸い寄せられるように回廊へと姿を現した。
そこは、選ばれた者しか観劇を許されない「静かなる戦場」という名の舞台だ。
「極上の猛獣」たちが剥き出しの牙をぶつけ合うその中心で、二人の上客だけが、まるで王座に君臨するような法悦に浸っていた。
彼らにとって、これほど贅沢な余興が他にあるだろうか。
華幻宮が誇る美しき傑作たちが、自分ひとりのために、その誇りを懸けて美貌を歪め、憎しみを滾らせている。
その視線の、その罵声の、全てのトリガーを自分が引いているのだという歪んだ自負。
周囲から注がれる羨望と畏怖の視線を浴びながら、上客たちはさも自分が劇の主役であるかのように、昂然と胸を張り、扇を弄ぶ。
お互い競うように階段を上がるとサッと東西に別れ、二人がそれぞれの座敷に入ると、先ほどまでの喧騒もまた静まり返り、皆それぞれの座敷に戻っていった。
ーーー
華やかな宴会が終わり、客が満足して寝入った後…
特別な客との激しい情事が始まる。
「華幻宮」の夜は、どこまでも深く、重い。
紫陽は、自分を組み敷く若侍の荒い吐息を耳にしながら、虚空を見つめていた。
背中に回された無骨な腕、肌を叩く熱気。
それはかつて、自分の傷を冷やしてくれた葵の体温をなぞるようでもあった。
(……ああ、葵。今、お前もそこにいるのか)
壁に付いた指先で3回壁を叩く。
葵は、腕の中にいる色白な公家の男を抱き寄せながら、瞳を固く閉じていた。
首筋をなぞる冷たい指先、ゆったりとした優雅な言葉責め。そのすべてを紫陽の面影にすり替え、狂おしいほどの愛しさを爆発させる。
一人が壁に手を伸ばし壁を3回叩く
肉体が他者に蹂躙されていようとも、心だけは奪わせない。
ト・ト・トン
壁の向こうから、震えるような振動が伝わる。
それは、十年前の屋根裏部屋で交わした、命の約束。
(……愛している)
(……俺だけを見ろ)
言葉にできないすべての想いを、その三回に込めて…。
絶頂の波が二人を飲み込もうとした瞬間、現実の客の顔は霞み、二人の脳裏にはただ一人、壁の向こうにいる相手の姿だけが鮮烈に浮かび上がる。
脳を焼くような恍惚の中で、二人は同時に、心の中で叫んだ。
「なぁ……今、お前を抱いているのは誰だ」
客の腕に抱かれ、絶望的な悦びに身を震わせながら。紫陽は涙を流し、葵は唇を噛み切り、確信を持って応える。
(今、私を抱いているのは)
(今、俺が抱いているのは)
「お前だ……」
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西の看板:紫陽(しやう)
「氷の微笑で客を翻弄する、美しき絶望」
出自: 元・公家(没落により売られる)。
性格: 冷静沈着でプライドが高い。客には甘い言葉を囁くが、心は一切許さない。教養が高く、和歌や香道、横笛に秀でている。
客の好み:無骨な若侍や、声の低い男を指名することが多い。
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東の看板:葵(あおい)
「向日葵の如き輝きで闇を照らす、猛き太陽」
出自: 元・武家(家督争いの末に売られる)。
性格: 直情的で情に厚い。かつては人懐っこかったが、華幻宮で生き抜くために不遜な態度を身につけた。立ち振る舞いは力強く、三味線や舞を得意とする。
客の好み: 上品な言葉遣いの公家風の男や、冷たい目をした客を好んで相手にする。
コメント
2件
えへへ…コメントありがとう💖😆 結構いろいろ考えて作ったので嬉しいです。
客は観客であり、煽る燃料であり、 同時に二人の愛情確認装置でもある…そんな存在な気がしました。 壁越しなのに、存在の距離は誰よりも近くて心がギュッとなっちゃいました (、._. )、