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「やぁん、秀(ひで)ちゃんお久しぶりぶりぃ! 最近ジムで逢わなくなったから、すっごく寂しくってぇ!!」
日サロの扉を開けた瞬間、日焼けした体を見せるためなのか、上半身半裸状態の厳つい体をした坊主頭の男が、足音を立てて走り寄ってきた。
そして迷うことなく、大倉さんに抱きつく。そのあまりの迫力に思わず、横に飛び退いてしまった。
「店長、また一回り体がデカくなったな。すごいすごい」
つるっつるの頭を優しく撫でている姿に、うわぁと失笑するしかない。
「秀ちゃんってば、ちゃんとジムに通ってんの? 一緒に背中の洗いっこしたいのに」
「店のほうが忙しくてね。それでも週1か2で通ってるよ。そうそう、彼はウチの新人。これからここに通うことになるから、ヨロシクしてやってくれ」
大倉さんが坊主頭の肩を叩くと、それが合図のように、俺のことをまじまじと見つめた。その視線に、何故だか悪寒が走る。
初めて逢ったとき、大倉さんも似たような視線で見ていたけど、ここまで粘着質な感じじゃなかった。
しかしながら、これから通わなきゃならねぇし、こんなことでビクついていないで、きちんと挨拶しなきゃいけない。
「あの、初めまして。お世話になります、北条と言います」
勇気を振り絞って大きな声を出し、きっちり頭を下げた。
「んまあぁっ、何て可愛いの! 若いのに礼儀正しくって、細身で長身でって……モロに好みなんですけどー! 押し倒して食べてしまいたいわっ!!」
言いながら、俺に向かって伸ばされた太い腕を、素早く掴んで阻止した大倉さん。正直、助かってしまった。
「こらこら。大柄な店長が迫ったら、彼がビビっちゃうから。それにノンケだし、店の大事な商品だからね。唾を付けないでくれよ」
「うぅん……いけずなんだからぁ。んもぅ、お店に通っちゃおうかしら」
「ダーメ。女性客専門だからね、ウチは。他所に行ってくれ」
店長と大倉さんがやり取りしてる間に、気になった言葉をちゃっかりスマホで検索してみる。『ノンケ』って一体何なんだ?
「……ぅげっ!」
「おや、どうしたんだ?」
「いや、その……何でもないです、はい……」
ノンケ――同性愛の“ケ”(その気)がない人を指す隠語って、俺ってば狙われてしまったのか!?
「じゃあ、後は頼んだよ店長。銀行に行ってくるから、30分くらいで戻る」
その言葉にハッとして、大倉さんの腕を慌てて掴んだ。
「さっきからどうした? そんな不安そうな顔して」
「や、だってよぅ……」
恐々と、ハゲた店長の顔を見るしかない。ギラギラした目で、相変わらず俺を見つめているし。
「大丈夫だから。店長の言う通りにして、機械に20分間入ればいいだけだよ。じゃあね」
やんわりと俺の手を振り解き、颯爽と出て行ってしまった背中に伸ばした手が、虚しく空を掴んだ。入れ代わりにお客が入ってくる。
ハゲた店長は怯えまくる俺に近づき、コソッと耳元で囁いた。
「ちょーっとだけ待っててね。優しく教えてあげるから♪」
うふっと口元だけで笑って、新たに入ってきたお客に対し、礼儀正しく頭を下げる。
「いらっしゃいませ! いつもご利用ありがとうございまっする!」
さっきとは180度転換した、野太いオッサンみたいな声で挨拶。見た目と比例している姿を垣間見て、出会い頭との違いに、ただただ驚くしかなかった。
その後、マトモなオッサン声で言われた通り、全身にジェルを塗ったくり、機械の中に入って、光を浴びること20分。日焼けするというので、ヒリヒリするのかと思いきや、そんなことはなく軽く色づいた程度だった。
「48時間、肌を休ませてからまた店に来いよ。あっ山田様、お疲れ様でした!」
ダンディな感じの喋り方に、逆に違和感を感じながらソファに座り、用意されていたウーロン茶を一口飲んだ。大倉さんは用事が終わってないらしく、まだ現れない。
おねぇ店長に何かされるかもという、見えない不安に苛まれていると、テーブルの前に噂の人物がいそいそと座り込んで、俺をじーっと見つめる。
「……な、何でしょうか?」
「お客さん、みんな帰っちゃったし、お話しようか」
いきなり甲高い声の、おねぇ語で話し出すとか、勘弁してほしい。頼むから話だけで終わらせてくれよ、マジで!
緊張した面持ちで、おねぇ店長の顔をちらりと見たら、意味深な笑みを浮かべてたので、思わず視線を外すと、はーっとため息をつき、「あのね」と話し出した。
「まだ入ったばかりの北条くんに頼むのは、とっても荷が重く感じるかもしれないけれど、秀ちゃんのことを頼むわね」
「はあ……」
「あんなにイケメンなのに、それまでの苦労を全然見せないで頑張る姿を見てるだけで、涙が出てきちゃってね。ちょっと、ちゃんと話を聞きなさいよ!」
「きっ、聞いてます。大丈夫ですから! 大倉さんが苦労人だっていう話……」
身の危険をひしひしと感じ、必死になって答えると、おねぇ店長は満面の笑みを浮かべ、いろいろ教えてくれた。大倉さんの身の上話を聞くだけで、どうしてこんなに冷や汗をかかなきゃならないんだか。
「秀ちゃんね、とある有名どころの店のホストで、ナンバーツーだった人なの。ナンバーワンになれなかったのは、そうね……欲がないっていうのかしら。だからといって偉ぶる感じでもないし、誰にでも人当たりが良くってね。怒ったところを未だに、見たことがないわ。泣いたところも」
「人当たりがいいのは、分かります……」
人当たりがいいというよりも、馴れ馴れしいと思った。それをウザいなと感じたのだが、常に笑顔を崩さず接してきたから結果、好印象になっちまったんだ。
「ところがね、店に通っていた女とデキちゃったのよ。実際見たけど、そこまでキレイな女でもなかったんだけどねー。何でか秀ちゃん、その女にめちゃめちゃ惚れ込んじゃって、店を辞めて結婚した挙句、女の夢だっていう喫茶店、自分のお金を使って開いたのよ」
「……っ、情熱的というか、すごいっすね」
変な反応をしたら怒られそうなので、返事をするのにも必死だった。
「でしょー、でしょー! だから秀ちゃんのために、喫茶店に足繁く通ったのよ。落したてのコーヒーも美味しかったけど、秀ちゃん特製のレモネードが、これまた絶品でね。どっかから、わざわざ取り寄せてるっていう国産のレモンを、ひとつひとつ手で絞って、わざわざ作ってくれたのが、本当に美味しかったのよ」
両手を組んで、何故だか天井を仰ぎ見ている店長に、声がかけ辛い。
「だけどねー、喫茶店にお客さんが入らなかったの。原因はことあるごとに女が、秀ちゃんにケンカを吹っかけて来て、店の雰囲気をダメにしていたから。『さっきの女性客に、色目を使ってたでしょ!?』なぁんて言って、秀ちゃんが否定しても聞く耳持たずで、苦労しっぱなしだったわ。見ていて胸が痛くなったもの」
「大変っすね……」
「そうなの。その大変さをなくすべく秀ちゃん、昔馴染みのお客さんに、声をかけまくったらしいのよ。まさに自ら、火に油を注ぐっていうのにね」
「昔馴染みの客って、ホストをしていた時の――」
想像するだに恐ろしい。奥さんの嫉妬心に、ドバドバと油を注いでいるようなものじゃないか。
「女心を掴むのが得意なクセに、その後のアフターケアがなっていないのよ、残念ね。結果、店は一時的に繁盛したけど、女とは離婚。店も閉めることになったワケ」
「……そうなんですか。へぇ……」
「ひとりぼっちになった秀ちゃんに、知り合いが声をかけて、今のお店の店長になったのよ。店が軌道に乗ったのと同時に、恋の軌道にも乗ったみたいなんだけど、二兎追うもの一兎も得ずで、ちょっと前に男と別れたって聞いたわ」
「ぉ、男ぉっ!?」
それまで低いテンションで返事していた俺が、素っ頓狂な声をあげたので、相当ビックリしたらしい。音を出すくらい、デカイ体を思いきりビクつかせた。
「んもぅ、可愛い顔して変な声をあげないでちょうだい。いいじゃないのよ、ゲイのひとりやふたり」
「はぃ……すみません。ちょっと驚いてしまって」
「だけどさ女性不振になった男が、女性を相手にする仕事をするって、大変なことだと思うのよ。だからアナタに支えてほしくて、秀ちゃんの特異体質を教えたんだからね。全力で尽くしてあげてよ!」
尽くせって……従業員としてという意味だと思いたい!
おねぇ店長がガハハと男らしく笑いながら、困惑しまくりの俺の頭をぐちゃぐちゃと撫でまくった。その時、日サロの扉が開いて、大倉さんが顔を覗かせる。
「待たせてしまって悪かったね。銀行が思ってた以上に混雑していて。さぁ次は美容室に行こうか」
「あ、はい。じゃあ俺、行きます」
ソファから腰を上げて、目の前にいるおねぇ店長に頭を下げた。
「秀ちゃん、焼き具合いい感じでしょ? キッチリと仕事を果たしたからね」
歩み寄った俺の顔をじっと見て、ニッコリと微笑む大倉さん。
「さすがは店長だ、安心して任せられる」
「報酬は?」
「勿論後日、現生の特上品を、ね――」
「毎度どうも!!」
俺の背中を押しながら扉を開ける後ろ姿に、おねぇ店長の大きな声がかけられた。
「あの……日サロのお代は」
「ああ、心配しなくていいよ。従業員に対しての、設備投資なんだからね。どうしても返したいと思うのなら、レインくんが頑張って稼いで、お店に貢献してくれたらいいだけの話だし」
日サロを出て、すぐ傍にある大通りを大倉さんと並んで歩く。思いきって気になることを口にしてみると、心配要らないさと言って、安心させるように肩をぽんぽん叩いた。
その後、見るからに敷居の高そうな美容室に連れられ、キレイな顔の男性美容師によって、髪の毛を渋い感じの金髪にチェンジ。鏡の中の自分の変わりように、うわぁと驚いているところに、大倉さんがやって来て、ステキだねと呟いてくれたのだが。
言い知れぬ不安を感じたのは、鏡を見つめる眼差しが、さっきまでとは何かが違っているように思えたから。
そんなオドオドを隠しきれない俺を、これから働くという職場に連れて行ってくれたのだった。
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さてここから、バツイチ元ホスト店長がレインくんを堕とすべく多分、全力で頑張りますよ!!
しかしながら間違いなく、全力で逃げるであろうレインくんにもご注目!
(「  ̄ー ̄) ドレドレ・・・
ホストが日常で使うワザを総動員して迫るのですが、思うようにいかないのは、何でなんだ!?と頭を抱える大倉さんを、バカだなと思いながら読んでもらえると嬉しいです。
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