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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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巫女ハーミュラーとの謁見は歴史的でも劇的でもなく、形式的な挨拶と他愛もない自己紹介で終わった。ハーミュラーが気にしていたのは来訪目的だけだった。しかしユカリがこのビアーミナ市にやってくるまでにベルニージュが口から出任せを伝えていて、ユカリもまた事前にその話を聞いて、打ち合わせ、話を合わせた。


ユカリたちの旅の目的はクヴラフワ呪災の研究ということになっている。それに加え、メグネイルの街でユカリが思いつくままに話した呪災を解くことが目的だ、という話も織り交ぜた。結局のところ魔導書を手に入れ、解呪していくつもりだから嘘ではない、とユカリは自分に言い聞かせた。


双方魔導書のことには一切触れなかった。ユカリたちが魔導書を求めていることを救済機構が既に知らせているかもしれない。しかしシシュミス教団も魔導書を求めている可能性はあるので情報を不用意に明かすこともないだろう。ライゼン大王国の調査隊もこの街にいる。当面の間は、少なくとも表向きは誰も魔導書について知らぬふりを決め込むだろう。


ラゴーラ領の呪いが解けたことも話したが、魔導書の件を隠したので終始疑われ、鵜呑みにはしてくれなかった。どちらにしてもすぐに分かることだ。

ユカリとしては護女エーミの消息について何か知らないか尋ねたかったが、そのような時間は与えられなかった。

そしてふと気づく。ユビスに一目も会わなかった。きっと大層寂しがっているに違いないというのに。


再び立派な仮住まいに戻って来ると玄関でヘルヌスが待ち受けていた。あいかわらずにやけた顔で、鍛えられた体には似合わないシシュミス教団の神官の祭服を身に着けている。


「そうだった」雑事を思い出した時のようにベルニージュが口を開く。「本当のところの説明がまだだったね」

「久しぶりだね、ユカリちゃん。また背が伸びた?」

ユカリはヘルヌスの溌溂とした適当な挨拶を聞き流し、その能天気な屈託のない笑顔とソラマリアの控えめな顰め面を見比べる。そして思いつくままに言葉にする。「本当に驚きました。何だってシシュミス教団の神官に?」

「詳しいことは後で話させるよ」塵でも払うように言ってベルニージュはヘルヌスの横を通り抜ける。


ユカリも追おうとするとレモニカに手を掴んで引き留められ、ベルニージュだけが屋敷の中に入って行った。


「少々お待ちになってくださいね。すぐに終わりますから」


ユカリは眉根を寄せつつも素直に少々を待つ。しばらくして扉が開き、ベルニージュの許可を得、探るようにして屋敷に足を踏み入れる。


古めかしい屋敷の内装を観察しつつユカリは問いかける。「どうかしたの? ベル。何かあるの?」

「ハウシグ王国の迎賓館と同じだよ。念には念をね」

ユカリは即座にもはや懐かしさを覚える記憶を掘り起こす。「ああ、盗み聞きの呪いね。見つかった?」


ベルニージュは控えめに微笑む。


「残念ながら」

「そっか。……え? どっち?」


そのような呪いはなかったらしい。残念なものか。


広い屋敷には先住者の家具や装飾が残っている。皆が集まった居間では古びた綴れ織りタペストリーや空の花瓶が主の不在を嘆き、各々の座った素朴な椅子は久々の勤めに勇むように軋む。年季の入った樫材の机は既に磨きをかけられて新品同様に艶めいていた。

椅子は余っているがソラマリアとヘルヌスは立ったままだ。ヘルヌスはさておいてソラマリアはいつでも臨戦態勢だ。ゆっくり休めているのだろうか、とユカリはいつも心配になる。


「それで、ヘルヌスさんはどうしてここに? 何してるんですか?」

「そうだな。どこから話そうか。まずはユカリちゃんに俺の身の上話でも話そうかな。俺のことが気になってるみたいだしね」

「許可なく口を開くな」とソラマリアが硬い声で命じる。


「悪いがもうシャリュ……、あんたの部下じゃない」ヘルヌスは胸を張って皮肉っぽい薄笑いを浮かべる。「一体どんな言い訳を用意してユカリちゃんにくみしてるのか知らないけど、大王国に歯向かおうなんて考えない方が良いぜ?」

ソラマリアは若輩の剣技をあしらうように鼻で笑う。「勘繰るだけ無駄だ。帰国の途上に過ぎん」

「いえ、特に帰国の予定はないわ」とレモニカは正直に喋ってしまう。「まずはこの身の呪いを解くための旅です。そのついでにユカリさまのお手伝いをしているのですよ」


「私もレモニカの目的を手伝うから、お互い様だからね」ユカリは励ますような口調で伝える。

レモニカは口角を上げて頷きつつも再び味気ない表情へと戻る。「ソラマリアは、つまり護衛よ。彼女の本国における役職を忘れてはいないわね?」

「議会の命令は魔導書の捜索と奪取ですよ」とヘルヌスは素早く食い下がる。


「そもそもわたくしが大王家の一員であることを忘れたのかしら?」レモニカは冷たく断じる。「大王家の親衛隊は大王家の私兵。許可なく動かしたことがそもそもの間違いよ」

「もちろん分かっています。言ってませんでしたか。俺も殿下の兄君の、不滅公の親衛隊ですよ。そして許可も不滅公からいただいていますし。そうでなくても、そもそもソラマリア自身がこの作戦に志願したのです。つまり議会の指揮下に自ら下ったようなものです」


不滅公というのはライゼン大王国の王子、つまるところレモニカの兄にあたる人物だということをユカリは以前に教えてもらっていた。

ヘルヌスの説明した内容を聞かされていなかったのか、レモニカは壁際に佇むソラマリアの方を振り返って責めるような眼差しを向ける。ソラマリアは氷の如き眼差しでヘルヌスを見つめている。


ほんの暫くの沈黙の後、ユカリは熱を上げた者たちを宥める。「大王国の事情はよく分かりませんが、ヘルヌスさんの立場と目的を聞かせてください。それとあの後、一体何があったのか。確かどこかで三つ巴の戦いになって……」


ユカリとモディーハンナ、シャリューレことソラマリアとヘルヌス、聖女アルメノン率いる救済機構の僧兵たちで魔導書とレモニカの奪い合いになったのだ。レモニカを取り返し、何とか嵐の海を逃げ果せたが、ユカリは酷い怪我をした。『神助の秘扇』のおかげで容易く治癒したが。


「ああ、最後に俺がユカリちゃんを見たのはその時か」ヘルヌスは思い返しながらぽつぽつと説明する。「あの後、なんだかんだあって任務を終えた俺は大王国に帰還しようとしたんだ。が、途中で不滅公から新たな任務を授かった。それがシシュミス教団への潜入ってわけだ。一般信徒と変わらない雑用係だけど、こうしてユカリちゃんたちに接触できたのは下っ端だからでもあるわけよ」


「私たちにそんな話しても大丈夫なんですか?」とユカリは心配していないが心配している風に尋ねる。

「もちろん。大丈夫な範囲しか話してないよ」


不滅公の騎士の武勲を得たかのような自慢げな笑みに対し、レモニカは確固とした口調で命じる。


「わたくしたちにも教団の情報を流すようになさい」

「ええっと、その……」とヘルヌスは口籠る。

ベルニージュが俯いてくすくすと笑う。「教団に潜入してるんだから話せない範囲は教団のことに決まってるよね。でも大王国と利害が一致する範囲はあるかもか」


「実際のところどうなのかしら?」レモニカはヘルヌスとソラマリアを見比べる。「大王家の者に矛盾する命令を下された場合、親衛隊はどのように判断するの?」

それにはソラマリアが答える。「大王家の親衛隊と言っても、現在はさらに三つの部隊に分かれています。大王陛下の征伐隊。兄殿下の不滅隊。レモニカ様の……私」一瞬妙な空気が流れたがソラマリアは続ける。「原則的に護衛対象が指揮官であり、その命令が絶対です」

「ではわたくしが不滅隊に属するヘルヌスに教団のことを教えろと命じても、指揮命令系統的に彼は従う必要がない、と。残念だわ」


「じゃあ取引で良いんじゃない?」とユカリは提案する。「こっちだって教団の情報はある程度手に入るし、できる範囲で共有すればいい。まずはクヴラフワの現在の状況を知っておきたいんだよね。巨大な壁を建設するほど恐れられている呪いの割には、辛く苦しいなりに生活できているみたいだし。入った途端に即死するのかと思ってたよ」


「安全なのはあくまでクヴラフワの中心、グレームル領だけだってば」とベルニージュが指摘する。「機構や大王国がそれぞれに呪いを突破する方法を確立したみたいだけど、それでも他の土地は通り抜けることに全力を尽くして精一杯。でしょ?」。

「まあね」ヘルヌスは素直に頷く。「どうやってるのか。詳しいところはうちの魔術師にでも聞かないと分からないけどな」


「ラゴーラ領にも生活はあったよ」ユカリはメグネイルの街の苦しみに喘ぐ人々のことを思い返し、穴の空いた胸の奥に痛みを思い出す。「こちらに比べると大変な状況ではあったけど、教団の神官が多少物資を融通してるらしくて」


とはいえ教団の神官以外全員の目が塞がれている生活だった。数十年を生き延びただけでも大したことなのかもしれない。そして今ではそれらの苦しみから解放されたのだ。ユカリは偶然とはいえ解呪できたことを誇りに思う。


「ラゴーラ領を通り抜けたのか? どうやって?」ヘルヌスは身を乗り出して問う。

「やり方は、そっちのやり方も教えてくれた時に教えるよ」とユカリは断る。


教えたところで魔法少女か首飾りの魔導書を持つ者以外の誰にも真似できない。少しあくどいだろうか。


「そうそう、それと、入って来れるなら出ていけるんじゃないの? このクヴラフワから。あるいはこの呪いなきグレームル領へ」とユカリは皆に疑問を呈する。「大移動も移民もそれはもちろん大変だろうけど、何十年もあの環境で生活するよりはずっと楽なはず」

「閉じ込める呪いがあるんだよ」ベルニージュが説明する。「このクヴラフワには数えきれない種類の呪いが渦巻いているんだけど大きく分けて三つに分かれる。一つはグレームル領の周囲にある八つの元侯国領にそれぞれ吹き溜まってる八種の呪い。特に強力で、他の呪いさえ退ける」


残りは七つだ、とユカリは頭の中で呟く。


ベルニージュは続ける。「で、それぞれの呪いが膨らんだ泡のようになっていて、その呪いと呪いの境界面に小さいけど数えきれない呪いが渦巻いている。これは残留呪帯と呼ばれてる。現実的にはこっちの方が厄介で対処が難しい」


残留呪帯とはそういう意味だったのか、とユカリは合点がいく。ならば残留呪帯に行き当たらなかったのは、単に魔法少女の守りのおかげということだろうか。あるいは『這い闇の奇計』を解呪したことで境界が無くなり、霧散したのかもしれない。


ベルニージュはさらに続ける。「ここまではクヴラフワ衝突の直接の置き土産。残りの一つは土地から出ていけなくなる呪い。これは正体不明。一説によると呪いによってそれぞれの土地神が祟り神に変質した結果だとされてる」


それがマルガ洞だろうか、とユカリは思いを馳せる。


ユカリは一つ一つ思い返して語る。「ラゴーラ領では黒い煙みたいな『這い闇の奇計』っていう呪いがあったんだけど、それを退け続けたら魔導書が手に入ったんだよね」

ヘルヌスはぽかんと口を開いて何も言えないようで、代わりにベルニージュが呆れた風に苦言を呈する。「それは黙っておいた方が良かった範囲じゃない? 巫女にさえ言ってなかったよね? というかワタシも聞いてない」


「今気づいたんだよ」とユカリは弁解する。「あの時は夢中だったからなんで突然魔導書が手に入ったのか分からなかったけど、思い返すと呪いに立ち向かったことがきっかけな気がする。それに苦しんでいる人たちがいるんだからまずは呪いを解かなきゃ。解呪するのは誰だって良い。その後で機構相手でも大王国相手でも魔導書を奪取するしかない」

「正直な話、それ以上に価値のある情報は持ってないよ」とヘルヌスは苦笑いを浮かべる。


ふと思いつき、「エーミのことは知らない?」とユカリは尋ねる。「まだ子供の、元護女なんだけど」

「子供か。それなら一つ教団内で噂を聞いたぞ」とヘルヌスが少し嬉しそうに話す。「そのエーミだって保証はないが、幼い少女がこのクヴラフワで一人旅をしているらしい」


それは魔法少女のことではなかろうか、とユカリは思ったが口を挟まない。


「確か、クヴラフワ南西、海狸の巣モーブン領での目撃情報だ」


西部のラゴーラ領の隣ということになるがユカリは立ち寄っていない。であれば、エーミかもしれない。


その時、突然、どこかから哀調を帯びた旋律と共に何者かの歌声が聞こえてきて、ユカリは飛び上がる。まるで部屋のどこかで歌っているかのように聞こえる。しかし辺りを見回しても歌っている者などいない。染みだらけの壁や埃の詰まった絨毯が歌っている気配もない。


どこか悲しげで強い思いを秘めた嘆き歌だ。日暮れ前に乞食が慈悲を乞うような、凶行に遭った巡礼者が奇跡を願うような、飢えた母に赤子が乳をねだるような、切迫した感情が伝わってくる。

瞬く間にユカリの魂は濃霧の中に放り出され、そよぎの旋律と滴りの律動の向こうから訴えが聞こえてくる。一歩一歩着実に踏み出すような足音が、途切れ途切れ響いてくる。重い足取り。小さな呻き。

それでいて全てが色硝子を散りばめて描かれた絵のように輝いている。重々しい感情を美しい声で歌い上げている。それは固い決意をうたった歌だ。覚悟と献身の歌だ。


「この声、ハーミュラーさん?」


ユカリは不安な面持ちで事情を知っている者を探す。その表情を見るに、どうやらユカリ以外全員知っているようだった。


「ごめん。これも話してなかったね」ベルニージュが愛嬌を交えて謝る。「『星降る夜の讃歌』って曲だそうだよ。夜を告げる時報みたいなもの。この国の太陽は頼りにならないからね」

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