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「街の隠れ家カフェ特集…すか?」
殺風景なミーティングルームにマネージャーとディレクターと3人。次に組まれる雑誌の特集に向けた打ち合わせ。
「そう!秋も深まる時期だしカフェって最近オシャレなところも多くて人気を集めているからピックアップにはもってこいだと思うんだよね」
この業界に入った頃からよくお世話になっているサングラスがよく似合うディレクターはパチンと指を鳴らして勇斗を指さす。確かにここ数年でカフェというものが大きく進展して見た目や味で勝負する店、古風な雰囲気を売りにする店など多種多様な進化を遂げている。若者を中心に人気を集めるカフェは各番組でも取り上げることが多く、彼の言うとおり流れに乗るにはもってこいの題材だろう。
「いいと思いますよ。で、候補はあるんすか?」
「勇斗ならのってくれると思った!個人的にこの3つがいいかなって思うんだけど、どう?」
机にはネット情報を印刷したのであろう、紙資料が並べられた。
「まだメディアにあまり取り上げられていない店舗を挙げてるからそこまで資料がなくてね…正直実際の雰囲気とかはその時にならないと掴めないと思うんだけど」
なるほど、確かに並ぶ資料には各店の詳しい情報はなく、店名と外観や内装、簡単なメニューなどしか載っていない。パラパラと資料に目を通しているとふ、とある写真をみて紙を捲る手を止めた。よくあるオープンカウンターに丸椅子が3つ。床とおなじ木目調のテーブルと椅子が並ぶお店はこじんまりとしてはいるものの温かみのある印象だ。ただ、その場に置いてあるひとつのギター。特段浮いている訳ではないけどあまり見ない内装写真に思わず目が惹かれる。
「何か気になるところ、あった?」
「あ、いやカフェにギターあるの珍しいな…って」
「あー確かに。このお店は確かご夫婦で営んでいる自営業のお店だった気がするな。ここ、聞いてみる?」
「そうですね」
ディレクターが電話をかけている間に詳しく情報を漁っていると自宅と然程遠くない事実が判明した。さすが隠れ家、という名目で持ってこられるだけのことがあって長年住んでいる街にも関わらず気が付かなかった。
「勇斗、OK出たぞ!お店の人も柔らかそうな人で期待大、だな。」
にかっと効果音が着くような笑顔を浮かべて携帯を置いたプロデューサーがグッドサインをだす。今まで色々なバラエティやインタビューを受けてきたがカフェ特集とはあまり類を見ない仕事で少し新鮮な感覚を覚える。思ったよりも楽しみにしている自分がいるようだ。
お店と取材の約束を取りつけた2週間後。マネージャーの車に揺られてプロデューサーと3人でカフェの前に立つ。『ゆるり』と書かれた看板が付けられた店は豊かな緑に囲まれて花壇にはきちんと手入れされた咲き誇る花々が目を惹く。街の騒音とは程遠い空気が流れるこの空間はいるだけで心が落ち着いて店名の雰囲気とよく合っている。からんと柔らかい店のベルがなり店から夫婦が勇斗たちを迎えた。
「本日はお忙しい中押しかけてしまい、すみません。私、ご連絡させていただいたーーー」
プロデューサーが挨拶する店主の後ろに覗くひとりの男の子。年齢的には勇斗と同じくらいか、少し年下か。視線に気付いた少年が一瞬驚いて慌てる様子を見せるも会釈をしてくれて、咄嗟に小さく頭を下げ返した。
「ほら勇斗、おじゃまするぞ」
「あ、はい」
優しいメガネをかけた店主に導かれて石段を登って店内へと足を踏み入れる。ふわっと鼻をくすぐる珈琲と優しい料理の匂い。横を見ると写真では写っていなかったが大きな窓が取り付けられていて綺麗な花や畑がよく見える。
「へぇ、よく手入れされた庭ですね、素敵」
「ありがとうございます。料理に使う野菜はこの畑のものを使うことが多くて。」
「そうなんですね」
珈琲、お持ちしますねと奥さんが裏に下がる間に取材の準備が進んでいく。広くは無い机を向かい合わせるようにふたつ付き合わせてディレクターとマスター、勇斗が並ぶ。
「では、早速インタビューさせて頂きます。この様子は録音させていただきますがよろしいですか?」
「大丈夫です」
店主の了承を得てから小型の録音機を机の上に置いてインタビューが始まった。
長くは無いインタビューでこの店は忙しない世の中で少しでも一息つける場であってほしいこと、そのために客とのコミュニティを特に大切にしていることがわかった。店主の喋るテンポや声の暖かみがこのカフェの色を示しているようで心地が良い。喧騒に塗れたご時世の上、自分が位置する場所はあまりにも情報が溢れていて正しく息をつく間もなく日がすぎていく。そんな疲弊した心を休ませる場にしたい、と安直にも思ってしまう、それくらい魅力が詰まったカフェだと感じた。
「看板メニュー…みたいなものはあるんですか?」
「特別掲げているものはないんですけど常連の方からは『あの子』が作るオムライスが人気ですね」
店主が庭へ目を向けた先には先程の少年が畑の手入れをしていた。
「甥っ子なんです。人見知りなんですけどこの店もよく手伝ってくれて、ほんとがんばってくれるいい子なんですよ」
呼んできますね、と席を立ち庭仕事する少年を店に入るよう促す。一瞬動揺をした様子を見せたが特に抵抗することなく店へと戻ってきてそのまま一言二言店主と話したあとキッチンへ向かった。
「もしよろしければ彼の作るオムライス、食べていきませんか?」
「それはもう、ぜひ。そしたらそのメニューと勇斗、写真を撮ろう」
店裏から慣れたテンポで食材を刻む音、炒める音と共に食欲をそそる匂いが広がる。間もなくして皿に綺麗な黄色の卵が輝くオムライスが出てきた。料理を持った少年はどうぞ、と小声で呟いてから勇斗の前に料理を置いて立ち去ろうとする。下を向いたまま言葉を発さない彼は店主の言う通り人見知りのようで上手く顔が見えない。
「ありがとう」
興味本位で表情を見ようとして顔を覗き込むようにしてお礼を告げた。突然の出来事に驚いたのか、ばっと伏せていた顔を上げてようやく視線が合う。その瞬間、思わず息を飲んだ。黒い無造作に伸びた前髪で少し隠れているものの整った鼻筋、大きな瞳とぽってりした唇。覗く耳は少し紅潮していて一瞬で目を惹かれた。
「勇斗。ほらぼーっとしてないでこっち座って。」
「…っあ、はい」
マネージャーの一言で逸らせなかった視線をぱっと外して仕事に戻る。衝撃のせいか、高鳴る鼓動をふぅっと深呼吸ひとつで落ち着かせて木製の椅子に腰かけた。料理を魅せるように掲げた写真、景色がよく映えるように引きで撮る写真、黄昏の表情を意識した写真。数多くの写真撮影の経験を経て得た技術を駆使していく。
「…綺麗な人が写るとこの店の雰囲気も一気に華やかだねぇ」
店主が称賛の言葉を零してくれてつい口角が上がった。ふと視線を移せば名前すら知らない少年もまた席を外すことなく勇斗の撮影を眺めている。
「本日はありがとうございました。素敵な写真がたくさん撮れました」
数刻経った夕方。予定していた撮影とインタビューが終了した。店や店主の雰囲気のおかげか、撮影中も変に緊張することなくありのままを魅せられたし、彼が作ったというオムライスもびっくりするほど美味しくて。個人的に大満足な撮影となった。
「いえいえ、こちらこそ貴重な体験をありがとうございました。」
「そういえば勇斗。おまえ、このお店においてあるギター、気になってたよな」
プロデューサーに言われてハッと思い出す。資料を眺めていた時に見かけたギター、このお店を取材の場所にした決め手となったものだった。
「ああ…あれですか」
店主が視線を向ける先には資料と同じギターが一本、立てかけるように置いてある。よく見るとその近くには資料に映っていなかったスタンドマイクや電子ピアノもあって誰か音楽を嗜む人がいるのは確かだった。
「これはすべて甥の趣味です。この子、音楽が本当に好きで常連の方からリクエストなど頂いたときに披露させていただいていて。」
「へぇ、彼が…!それって我々にも聞かせて頂くことは可能なのでしょうか」
「私は構いませんが、彼がいいといえば…」
一気にここにいる人の視線が彼に集まり明らかに動揺している。
「え、っと本当に趣味でやっているだけだからそんなに上手くないし…」
「趣味が音楽なんて素敵だよ。無理強いはしないけどもしよかったら、少しだけ聞かせてもらえないかな」
泳ぐ視線が止まることを知らず相変わらず揺れ動く。瞬間ばち、と視線が合って思わず微笑んだ。すぐ逸らされたものの、また目が合う。意図的なのか分からないけどまるで勇斗の意思をうかがうような視線。
「俺も、聞いてみたいです」
本音を告げた勇斗に瞳をくっと丸くして何かを考えるように口元に指を当てた。
「……撮影は、しないでもらえますか」
「もちろんキミが望むなら撮影はしない」
「それならすこし、だけ…」
意を決したように息を吐いて立ち上がった。スタンドマイクを折るようにして高さを合わせてから丸椅子に腰をかける。ギターを構えてピッチを調整していく姿なサマになっていて思わず背筋が伸びた。準備が整ったのだろう、綺麗なギターの和音が響いて控えめに顔をあげる。
「……あまり、期待はしないでくださいね…」
謙虚な前置きをこぼした後に聞いてください、と呼吸をひとつはいてゆっくりとギターの優しい音が鳴り響く。細く、枯れそうだけど心にしっかりと貼り付いてくる音。小さく吸った息が静寂な空間によく聞こえた。瞬間、ギターの音に乗せられる透き通った声。喋り声よりも幾分か音が高くて、心を鷲掴みにしてくるような衝撃。
ーーー綺麗
素人ながらにそう思ったし、呟いたかもしれない。一瞬だけ彼と目が合う。ちらりと前髪の隙間から見える瞳は熱情に溢れていて気を抜くと魂ごと持っていかれそうな感覚を覚えた。音楽で感動するなんて、大袈裟な表現だなんて思っていたけどいま、体感しているこの感覚がそれなんだとまざまざと実感させられる。紡がれる歌詞の言葉ひとつひとつが強く刺さり自然と目頭が熱くなった。
ギターの最後の音がキュッと細く鳴って音楽が終焉を迎える。一瞬のように感じた演奏は勇斗を興奮させるのには十分すぎて呼吸が整わない。
「いや、すごいものを見た。本当にすごい、聴き入っちゃったよ」
ぱちぱち、と立ち上がりながらプロデューサーが少年に向かって歩み寄る。肩を震わせたようにも見えた少年は1歩下がってから小さく頭を下げた。
「ありがとう…ございます」
先程の自信に満ちた歌声とは裏腹に絞り出たようなか細い声。瞳には熱の余韻からか、少し潤みを含んでいてどきんとする。
「こんなに素敵なのにどうして人前で歌わないの?」
「……たくさんの人に見られてると思うと緊張しちゃって」
苦笑混じりに告げた彼の眼差しは少し寂しげにも見えて。なぜだか分からないけどもっと近づきたい、と思ってしまった。
「よし、そろそろお暇するか、勇斗も支度して」
なんて声をかけようか、思案をしている所でプロデューサーから撤退の呼びかけが入る。あ、はい、と生返事を飛ばしてちらりと少年を見ると使用した楽器やマイクの後片付けをしていた。ケースを持ち上げて裏手に引っ込むのを見て勇斗も身支度を整える。店主に挨拶をして車を走らせると想像以上の収穫を得た興奮が冷めることなくふたりの会話は途切れることがない。
特集の組み方、写真の取り入れ方、インタビューのPU箇所。仕事の会話を交わすやり取りを他所に勇斗の頭にはやけにあの歌声と、顔と表情がこびりついている。
「……名前くらい、聞けばよかった」
ぼそっと呟かれた言葉は拾われることなく勇斗のいる後部座席にだけ響いていた。
「……」
インタビューから間もない日が経った夕暮れ時。仕事終わりの足で向かったのは自宅ではなく相変わらず綺麗に咲く緑や花々が目を惹く小さなカフェ。あの日のことがあまりにも強く記憶を支配していて、どうしても彼との繋がりを断ち切りたくなくて。堂々と客として店に入ってしまえばいいのに来店目的が店ではなく『少年』という部分に僅かな罪悪感が残り、踏み切れない。店周りが閑散とした街で助かった。こんなに店前でウロウロとしていればそのうち通報されかねない。悶々と頭を悩ませている時、カランと小さなベル音が鳴り人の気配がした。思わず肩を震わせるも、その存在に思わず頬が緩んだ。
出てきたのが箒とちりとりを持った、あの少年だったから。
少年は少し離れたところにいる勇斗には目もくれず散らばった草や飛ばされてきたゴミを丁寧に集める。ひとしきり掃除が済んだのか、スっと花壇にしゃがみこんで花の手入れをしはじめた。
「……今日もいちにち頑張ったねぇ」
えらいえらい、と独り言を零す彼に思わず身体のバランスが崩れる。物音に気がついた少年がばっと、立ち上がりこちらを見ることで目が合った。
「……っ、なん、いつ…から」
見られてるとは思っていなかったのだろう、明らかに動揺をする少年が警戒するようにちいさく声をあげる。
「ご、ごめん盗み見るつもりとかそんなのなくて…」
カッと顔を赤らめた彼は駆け足で店内に戻ろうとした。その姿を見て思わず口が開く。
「っ、この間の歌!本当に凄かった!」
ここを逃せば会える機会はない、そう直感が叫んで大きな声をあげるとぴたり、と足を止めてゆっくり振り返る。
「、から…その、仲良く、なりたくて」
「…は」
おかしなことを言ってる自覚はある。目の前にいる彼だって丸い瞳をパチパチと瞬かせて言葉を失ってしまった。
「歌…あ。あなたこの間の、」
「っ、そうそう勇斗。佐野、勇斗っていうんだけど」
「佐野…さん」
「そんな固くならなくていいよ、勇斗って呼んで」
不意に思い出したように勇斗の顔を眺めてくる。不審者だ、と叫ばれなかったことに安堵して笑って見せた。そんな勇斗に飛ばされるのは苦笑いだけで、心を開いて貰えるまでに相当時間がかかることを察する。まぁいい、長期戦は得意分野だ。まずは名前から聞き出さないと。
「…俺、君と仲良くなりたい。ね、君の名前は?」
「…っ」
名前を聞いた瞬間、何かに怯えたようにも見える表情を見せて言葉を詰まらせた。唇を震わせて沈黙が走る。
……なにか、まずいことでも聞いただろか
そう、思わざるを得ない静寂に言葉をかけようとした時だった。
「…っ、ちょっとあんたなにしてるの」
肩をぐっと掴まれて後ろから自分とあまり身長差がない男に睨まれる。
「ぇ、俺?」
「…この子に、なんの用事」
カフェの少年に言いよっているようにでも見えたのだうか、勇斗をみる視線は警戒心という言葉がいちばんよく似合っていて、肩を掴む手もギリっと1段階力が籠められる。
「…っ、違う。大丈夫だから、柔太朗」
柔太朗、と呼ばれた青年は少年の言葉を聞いて小さく舌を打って肩から手を離す。
「……行こ、畑の仕事まだ残ってんでしょ」
「ぁ、うん…」
散りばった箒とちりとりを回収して優しく抱くように肩を掴んで店に入るよう促した。ちらりと、勇斗を見る彼と目が合う。またね、と小さく手を振ると震えた唇が言葉をゆっくり紡いだ。
「……じ、仁人」
「え」
「吉田、仁人…です。またね、…勇斗」
一瞬だけ見せた和らげな眉をくしゃりと垂れさせて笑う彼に思わず言葉を失った。ぱたん、と閉まる扉を無言で眺めることしか出来なくて。ただ名前を教えてもらった一瞬の出来事なのに昂る気持ちを抑え込むようにしゃがむと脈打つ鼓動がやけにうるさい。
これが、人気俳優・佐野勇斗と吉田仁人の出会い。
まだ少し、幼い心が残る19歳の秋のことだった。
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