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――ガルルルゥゥゥ
唸り声を上げて周囲を威嚇する見上げるほど大きな漆黒の獣。毛を逆立てている姿は一見すると犬のような形態をしています。ですが、その黒い獣はそんな可愛らしい存在ではありません。
全身は闇夜のごとく漆黒で、顔は醜く歪みおぞましく見た者を威圧するのです。彼の唯一白い部分である口から覗く牙は、恐ろしい程に太く、鋭く、あれに噛まれれば痛いでは済まないでしょう。
「ちっ、なんて巨大なヤツだ!」
「おい、うかつに近づくな!」
「分かってる。だが、このままだと囲いを突破されるぞ!!」
この黒くおぞましい存在を町の男たちが手に持つ武器で牽制して囲んでいます。ですが、それ以上は何の手も打てずにいたのでした。
それも仕方がないでしょう。
これ程の大物は、ここ辺境の地『リアフローデン』でも滅多にお目に掛かれません。
これ程に強大な『魔』を内包した獣――
「ホントに禍々しい黒だぜ」
「出てくる『魔』の瘴気が半端じゃない!!」
「くそっ、忌々しい『魔獣』めっ!」
――そう『魔獣』は……
この犬型の真っ黒な獣は『魔獣』と呼ばれる存在です。
自然界の獣とは違う摂理に生きており、この世界の理から外れた生物。いえ、もしかしたら彼らは生物ですらないのかもしれません。
魔獣は母から生まれず、生まれながらにして強靭な力を持ち、寝る事も、愛する事も、子をなす事もなく、ただ生への憎しみだけをまき散らして活動する魔が形を持った存在。
その身に大量の『魔』を取り込み、それが故に全身を闇の如く漆黒に染めた忌むべき存在。
だから、魔獣と人とはけっして相いれない存在なのです。私はそんな彼らを滅し、魔を払わなければなりません。
それが私の義務だから。
「遅くなって申し訳ありません」
「シスター・ミレ!」
男たちと魔獣が睨み合う緊迫した状況にふさわしくない軽い挨拶を述べ、私は魔獣の方へと歩みを進めました。
「近づき過ぎだ!」
「幾らあんたでも危険だ!」
彼らが心配するのはもっともでしょう。これ程の魔獣ですから相当に強力であるのは間違いありません。
「大丈夫です。後はお任せ下さい――」
彼らを安心させるために、私はにこりと微笑んでみせました。魔獣は私のそんな態度を隙だと思ったのでしょう。警戒して上体を沈めて構えながら威嚇のうなりを上げていた魔獣が、解き放たれた矢のように一気に襲いかかってきました。
「――直ぐに済みますから」
ですが、私がスッと手を前にかざすと、襲い来る魔獣の前に地面から光の壁が音も無く立ち昇りました。その光の壁は魔獣の突進を難なく阻みびくともしません。私が事前に詠唱していた『神聖術』の結界です。
――グガアァァァァァア!!!
光の壁は形を変えると魔獣を包み込みました。その光に圧迫され断末魔とも取れるような凄まじい咆哮を魔獣は上げましたが、もう彼にはどうする事もできません。
「すげぇ!」
「こんな巨大で強そうな魔獣が手も足もでないのかよ」
「これが『聖女』の力……」
『聖女』――
かつて私はその名で呼ばれていました。ですが、それも昔のことです。今の私にはふさわしくはない形容詞でしょう。
今の私は元聖女。それでも神聖術は使えますし、実際にその力で目の前の魔獣の動きを抑えています。その魔獣は煙のような黒い瘴気を噴き出し始めました。聖なる光により内包していた魔が浄化されているのです。
「終わりです……」
そして、魔獣はその存在を徐々に失い、ついには消え去ったのでした……