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ぽす、と枕に顔を埋める。佐伯は今日見た宇佐美の姿に動悸が止まらなかった。
なんか、見たことないくらいスマートだった。
ダンスが上手いのは知っていた。だけど、なにかこう、踊っている最中の彼はいつにも増して安心感というか、包容力があった。体が大きいからかリードする側が様になる。それなのに身の運びは軽やかで思わず見入ってしまった。
だからこそ、東堂や周央とペアを組んで踊っているのを見た時に納得した。
ああ、これが正解なんだな、と。
不思議と負の感情は抱かなかった。これがあるべき姿だと素直に思えた。
彼へ諦めの気持ちのつけ方が分からず辟易していたが、ようやく分かった気がする。セレモニーの日に誰かに誘われて、もしくは彼から誰かを誘って踊っているのを見たらきっとこれを諦めていける。
ごろんと布団の上で仰向けになってスマホを取り出す。今日だけで社交ダンスについて色々調べたからおすすめが社交ダンス一色だ。
スクロールしていけばとある動画が目にとまった。男性2人が向き合って踊ろうとしているサムネイル。
画質が悪いが無断転載された古い洋画のワンシーンだろうか。タイトルは英語ではない外国語のため読むことが出来ない。でも、踊ろうとしているのは服装からして多分、社交的ダンス。
こういうダンスの場面で男性同士が組んでいると相手の女性がいない、いわゆる余りもの同士が仕方なく踊るものとしてコミカルに描写されるものだが、この画面からはそういったギャグシーンの雰囲気は感じない。
惹かれるようにタップした。
数日後、佐伯は宇佐美と2人で社交ダンスの最初で最後の確認をしていた。
お互い空いていた日は今日しかなく、明後日のセレモニーに向けて不安が残ることのないように確認をしていく。
「大分いい感じなんじゃない?」
通しでの確認が終わると宇佐美は満足気に言った。
会場で踊ることになったとして、下手すぎて浮くなんてことはないくらいの出来だと思う。
「これで安心して会場に行けるね」
「ま、本当に踊るなんてことないと思うけどさ」
「分かんないよ?東堂さんが言ってたみたいに踊らない人の方が少なくて目立ったりしたら踊りに行かざるおえないかもしれないし」
もしかしたらお誘い受けるかもしれないし、と冗談めかして宇佐美が付け足す。
「俺はないだろうけどリト君はあるかもね」
「え?テツだってあるかもしれないでしょ?」
「いやー、初対面の人とあんな至近距離で踊るなんて無理だよ」
「はは、まぁ確かにな。ある程度仲良い東堂さんと周央さんと踊った時すらドギマギしたからな」
あまりにもぎこちなさすぎた4人を思い出して笑う。ふう、と一息ついてから宇佐美は言った。
「一回、2人で踊ってみる?」
社交ダンスの経験があって、舞台が好きな宇佐美なら知っているはずだ。男性同士で踊るのは余りもの同士のその場しのぎのものだと。余りものになった時の練習?なんて冗談めかして言おうと口を開いて、彼の顔を見て固まった。
彼はふざける訳でもなく、ただ静かにこちらを見て返事を待っていた。
「なん、で?」
その表情に声が掠れた。
おふざけじゃないなら、なんでそんなこと提案するの?
脳裏にこびりついたあの古い映画のワンシーンが蘇る。男同士でなんて、踊っちゃいけないものなのに。
「一応男性同士でも踊れるものでしょ、この種類の社交ダンスって。若干組む手の形が男女の時とは違うけど。最終確認しようよ」
彼はいたって真面目にそう返した。心臓がうるさくなっていた。
全く動揺するところじゃない。そうだろう。必死に自分を落ち着かせるように言い聞かせた。
「分かった」
心を決めて、そっと彼のそばに寄った。