この学園は一般科、騎士科、宗教科、社交科と別れていて、学びたいところを希望しクラスが決まる。一般科は国の歴史、経済学、文系、理系などを学ぶ。騎士科は剣術や戦術など戦う事のいろはを学べる。宗教科は教会に縁のある人達や教会の歴史のあり方など学ぶ場所である。社交科は貴族の礼儀、マナー、嗜み、馬術、護身術など社交界で必要なスキルを向上させる。
騎士科のAクラスがイーラルド・ララドールのクラスである。優秀な人材順にクラスわけしておりAクラスが一番優秀である。
今の時間は剣術の実技。クラス全員の実力テストをするところである。
「次、イーラルド・ララドール」
担任のバルド・ティンバーが名簿を見ながらイーラルドを呼んだ。
イーラルドは腕を伸ばしストレッチをする。
そして木剣を手に取ると、手合わせの相手担任のバルドの前に立ち木剣を構えた。
「はじめ!」
その声でイーラルドの木剣がブンッと音をたてると、鋭くバルドに突きたてる。バルドはその件をはらうが、重みを感じ痺れが手に伝わり木剣を床に落としてしまった。その瞬間、周囲の尊敬の声を一身に受けた。
「流石はイーラルドだ。剣が重くて痺れたぞ」
バルドは痺れた手をフリフリしながら、名簿を手に取り、
「次はクラハム・ハスラナ」
と呼ぶ。イーラルドは軽く頭を下げると控えの広場に歩いて行った。それと交代でクラハム・ハスラナとすれちがうが、クラハムは足を止め振り返り、イーラルドに何か言いかけて口をつぐんだ。
クラハム・ハスラナはエリナーミアに恩がある。子供の頃最悪な義姉達に井戸に落とされた事があり、半日を井戸で過ごした。極寒の水の中は体温と生命力を奪う。もう駄目だと思った時、井戸の上から声が聞こえた。
「アルシス先生。ハスラナ家の先祖はエルフだったって言う話聞いた事があるのですが、本当なんですか?」
その声は女の子の声で、近くを歩いているようだ。
「エリナお嬢様、ハスラナ家の始まりは、その頃王族だったララドール家の王弟陛下がハスラナと名乗り大公として爵位を賜り、エルフ族の姫を大公夫人として迎え入れたところから始まります。その後生まれて来た男子はハーフエルフとなり、何代も癒しの力を使えました。しかし、今はその血も薄れてしまい、消えてしまったのかもしれません」
「アルシス先生、ララドールが王政を担っていたなんて驚きです」
アルシスは微笑みながら、
「あなたの関心は、ララドール家なのですね」
「はい。時代が時代だったら、ラルが王子様だったんですよ〜。驚きです」
そんな話し声が近くで聞こえるのに、声を上げる事ができない。
クラハムが諦めかけた時だった。
「エリナお嬢様、人の気配がします。もしかしたら、おそらく井戸の中…」
と彼に聞こえたかどうか分からないが、クラハムは運良く見つたかった。エルフ族のアルシスの魔法で井戸から救い上げられた。幸いにしてこの日はハスラナ家のお茶会で人の数も多く、この二人も招待状されたのだ。クラハムの事をこの家の者に伝えると メイド達が慌てて体を温める毛布を取りに動いていた。
彼はグッタリとした体に表情は血流が悪く顔色は青白い。その顔をみてエリナと呼ばれた少女は怖くなった。
「アルシス先生、お願いします。彼を助けてあげて」
とエリナはアルシスの腕を引っ張った。アルシスは目尻を下げて、
「心配いりませんよ」
とクラハムの頭に手をかざし、癒しの力を使った。クラハムの青白くなっていた顔や唇は薄いピンクへ変化が起き、頬に赤みが戻ってきた。
アルシスはエリナの頭を軽く撫でると、
「エリナお嬢様。彼のおでこにキスをしてあなたの生命力を分けてあげて下さい。あなたには人を生かす素晴らしい力があります」
「私の力…。お役に立てるのなら」
彼女はクラハムのおでこに、小さな唇を当てると、黄金の光が彼女から流れて行く。
こうしてクラハムは命をとりとめた。そして、数週間して回復したクラハムは、ハスラナ家の屋敷から暫く姿を消す事になる。
バルドの木剣がクラハムの木剣を叩き飛ばした。
「クラハム・ハスラナ、型は悪くない」
バルドは手合わせして彼の努力を知った。自分が振った剣を絶妙なタイミングでかわす。静かな動きの中に、巧妙な叩き角度が受けた側の剣を震わせる。何度か取られそうになったけれど、バルドの経験が上だったので落ちる事は無かった。
クラハムは頭を下げると広場へ戻る。イーラルド・ララドールは離れたところからクラハムの様子を見ていた。
クラハムがハスラナ家の屋敷から消えた後、クラハムはボンハーデン家の屋敷の離れで、アルシスと暮らしていた。アルシスの年齢は人間より長生きである。その為、医者でありながら色々な知識を持っていた。
クラハムは元々地頭も良いのだが、秀才と呼ばれるようになったのは、アルシスの知識が彼を育てたのである。
イーラルドはクラスメイトの手合わせが終わるまで木剣を振っていた。
使い慣れた自分の剣は肌身離さず持っていたいものだが、入学式以降男子寮に置いてある。
とにかく、今は剣を振る事に集中しなければ、気が緩んだ途端に昨日の事を思い出してしまう。「一旦忘れろ、一旦忘れろ…」と呪文の様に胸の中で繰り返す。
エリナーミアに突然胸ぐらを掴まれた。「何?!」と思っている間に引き寄せられ、スローモーションの様に唇を奪われた。驚き過ぎて、目を閉じる余裕も無かった。
キスを味わうどころか、婚約の申し込みが成功した嬉しさと、奪われた唇に恥ずかしさが込み上げて来て、エリナーミアから目をそむけた。
嬉しい事は自分を異性として見てくれていた事。付き合いが長いから幼馴染で終わると思っていた。いろいろ抑えがきかなくなって、イーラルドはエリナーミアの頬を撫でると、エリナーミアの唇を求め被せる様にふさいだ。
唇が離れ難い気持ちで離れると、エリナーミアの額に自分の額をつけて、
「エリナーミア。愛している」
そう言った後今度は濃厚な口付けをしたのだった。
意識がエリナーミアに傾いた瞬間、深いキスを思い出し、顔から火が出るんじゃないかと思うほど真っ赤になった。
心の中で「ヤバイヤバイ…可愛かった。あの顔は可愛過ぎた」思い出してはまた胸をドキドキさせ、幸せを噛み締めていた。
そんなイーラルドの元にクラハム・ハスラナがやって来て言った。
「イーラルド・ララドール、頼みがあるのだが」
クラハムは真剣な眼差しである。
イーラルドは咳払いを一つして、色ボケした思考を払い飛ばすと答える。
「頼み?」
「エリナーミア嬢に会わせてほしい」
「それで?」
「彼女は恩人だ。恩を返したい」
「そうか。ではお前のその頭脳をエリナーミアの為に使え」
イーラルドはそう言うとクラハムの肩を叩いて、授業が終了したのを確認してから剣術場を後にした。そんなイーラルドの背中を見つめるクラハムは握り拳を強く握ったのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!