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授業が終わって、お昼休憩の時間になった。
右隣の席のルイ・ハルアと左隣のファリシア・シルファーはお昼時間を待ちかねていた様で二人して「何食べます?」「何が美味しいのかしら?」と学食のメニューが気になるようだ。
「そうね、とりあえず、学食行こうか」
2人共目を輝かせて息ぴったりで「はい!」とハモるのである。
学食はとても広い空間である。広さを例えるなら、前世で中学校の体育館二つ並べた位かな?
配膳のカウンターに並びメニューを選ぶ。
「へぇ〜…。庶民の料理から貴族の料理まであるのね。この際だから食べ慣れている食事より、庶民の料理がいいわね」と独りごちりながら「白飯の上に肉団子と目玉焼き、野菜が乗ってるのは、ロコモコって感じかしら?」とブツブツ言いながらこれに決めた。
料理をトレーに乗せ運んで、3人が座れる席に座る。
「そう言えば、あの話ししとかなくちゃいけないわね」とお茶を一口飲んでから話す事にした。
「二人に報告があるのよ」
ファリはパスタを口に入れ目をクルッと丸くした。
「エリナーミア様から報告なんて珍しいですわね」
「そうですね。エリナーミア様は私達とは少し距離を置いていると思ってましたよ」
思った事をストレートに言うルイに苦笑いをすると咳払いをして話を戻す。
「私とラルは婚約者する事にしたの」
二人は信じられない表情を浮かべると顔を見合わせて、ニッコリと笑った。
「おめでとうごさいます。それはようございましたね」
「おめでとーございまーす。イーラルド様やっと報われたのですね」
「ラルには悪い事したわ。答えを出すのに時間をかけてしまったし。結局、難しく考えていたのは私で、変なこだわりを捨てたら答えがでたわ」
と言い訳をズラズラ並べていると、生暖かい目で見られているのに気がついた。また咳払いをして、
「そう言う事なので、あの方(王太子)の思い通りにならない様に急がないとと思って、速達でお母様とお父様に手紙を書いたわ。間に合えば良いのだけれど」
ファリは美しい姿勢でティーカップを手に取り、口をつけると言った。
「すでに動かれていらっしゃるなんて流石ですわ。ロイドーラ様も、もしもの為にいろいろ考えていらっしゃいますのでご安心下さい」
「有り難う。それはそうと、ロイド兄様が新任の講師で怪しい人物を演じている理由も、そう言う事でいいのかしら?」
ルイはぷっと吹き出すと、
「アレは笑いましたね。まさかエリナーミア様と一緒でメガネを掛ければどうにかなると思われているのが面白い」
ルイは悪い子では無いのだけれど、なんだか叩きたくなってきたわ。ファリは目を吊り上げて言った。
「まったくルイはエリナーミア様をからかい過ぎるわ」
と悪ノリするルイを強く睨んだ。
「ごめなさぁい」
と言いつつもあまり反省していないみたい。
休憩時間は2時間あり、食事が終わってもまだ休める時間があった。
「二人共先に教室に戻って。私はラルのところへ行ってくるわ」
二人は声を合わせて「ダメです」と言う。
私を一人にしないように、兄二人から言われているようだ。
ラン兄様の命令でルイは私の護衛兼友達でいてくれている。
ルイとの出会いは、今から3年前。ラン兄様とラルの3人で城下街へ念願だったカフェで流行りのコーヒーを飲みに出掛けた時である。そこで人身売買で連れてこられた他国の女性達が乗る荷馬車と出くわしたのだ。
荷馬車の周りに怪しい風貌の男達を見て、私達は堅気じゃないと思った。
ラン兄様はラルに私をたくし、王都の警備兵を呼んでくる様に伝えた。ラン兄様は様子を見ながら荷馬車へ近づく。兄様が心配だけど、言われた通り警備兵を探しに向かった。
暫くして、警備兵を連れてくると、既にラン兄様によって怪しい男達は制圧されていたのだ。
私はラルの静止を振り切って荷馬車の中をのぞくと、鼻をつんざく様な悪臭と共に、うつろな目をして座らせられる女性達を目にした 。
酷い扱いに怒りと悲しみが入り混じった気持ちで お兄様に声を上げた。
「お兄様、この人達全て屋敷に連れてくわ!」
ラン兄様と目が合うとニッコリと頷き、荷馬車ごと屋敷に帰る事にした。
屋敷に帰って我が家のメイド軍団に彼女達の身支度を整えて貰った。
その後、お母様が彼女達と面談をして、自国に帰るか、ボンハーデン家のメイドとして働くか、今後の意向を決めていた。その中に私と同じ歳の少女がいた。彼女は他の女性と違う、全て諦めた表情をしていた。
「あなたお名前は?」
最初はこんな声掛けであった気がする。
「…」
反応が無いわ。私から名乗るべきだったわね。
「私はエリナーミア・ボンハーデン。この屋敷の娘よ」
「…」
うーん、どうしたもんだろうか。と悩んでいると、
「私…」
「?」
やっと声を発する彼女の怯え震える姿に切なくなる。
「もう…死にたい…」
その一言に私は彼女を抱きしめた。
「ごめんね。何もしてあげられなくて、本当にごめん」
私は気の利いた言葉も掛けられず、彼女を抱きしめる事しか出来ないでいた。
そんな日から数日。時薬とは良く言ったもので、彼女ルイは明るさを取り戻しはじめていた。
「ルイ元気になって嬉しいよ」
私達は離れに近い東屋でお茶をしている。
折角なので来月に家に帰ってしまう、クラハム・ハスラナにも声を掛けて、彼もテーブルについている。
「はい。ランドリュース様のお仕事をさせて頂いて、そろそろこのお屋敷を出ようとかと思っています」
「それは何よりね。お兄様の仕事ってどんなお仕事なの?」
「はい、情報を収集しています」
話には聞いていた。彼女は他国のスパイで、最初に怯えていたのは演技だったと。スパイと気がついたのはラン兄様で、彼女と二人きりの時その場で斬りつける予定でいたらしい。ショックだったけど、ラン兄様は取引をしたらしい。
ルイは顔色を変えず淡々と話す。
「エリナーミア様の人柄を利用して、情報だけ抜き取って逃げようとしました」
その言葉に、クラハム・ハスラナはテーブルを叩いて立ち上がった。
「君は、エリナーミア様を利用するなんて!」
私はため息をついて、クラハムの上着の袖を引っ張った。
「待ってクラハム。彼女は生きる為だったのよ。あなたも同じ立場であればやっていたかもしれない。あなただけじゃ無い、私もそうであればやってる事よ」
クラハムは苦々しい顔で椅子に座る。
「エリナーミア様、私を殺して下さい」
「なんて事!?」
ルイは涙を浮かべると、
「ランドリュース様との取引で、エリナーミア様を裏切ったら殺す。生かす代わりに、ターゲットの情報を手に入れろと」
私は 彼女の肩を掴むと、
「あなたにとってその取引はどう思った?」
「これて済むなら、ランドリュース様の言うとうりに動いてもいいです。もともとは隣国でスパイでした。どこに居てもこれしか出来ない」
「確かにあなたが生きられる方法は、ラン兄様の元で働く事だと思うわ。それに隣国からの刺客からあなたを守れるのもラン兄様だと思う」
「エリナーミア様…」
ルイは大粒の涙をポロポロとこぼし泣く。これは彼女の本心か分からないけれど、スパイを生業にしているのは好きこのんでやっているわけでは無い。
きっと荷馬車で出会ったのはたまたまだったと思う。まさかボンハーデンの屋敷につれて来られるなんて彼女も予想外だったのだろう。とりあえず、不幸な娘を演じる事で一旦落ち着いて事を見て、頃合いを見計らって抜け出す算段だったのだろう。私の情報を手に入れてから逃げる前にラル兄様に捕まった。
私の情報とは……
「教えて欲しいのだけれど、私の情報ってなんだったのかしら?」
彼女は私の胸元を指差した。
「これ?」
私の胸元にラン兄様から貰った黒い石のペンダントがある。ラン兄様は「肌身離さずもっていろ」とあんなに真剣に言うので、ずっと着けている。
「エリナーミア様はそのペンダントの石が無いと、魅了の力で人を操る能力が溢れてしまう」
「え…?なにそれ」
私の反応にルイは驚いた顔で言う。
「ご存知なかったのですか?」
クラハムも驚いた顔で私を見ている。
「エリナーミア様は、ご自分を知るべきです」
心配した顔でクラハムは言う。
そうか私はまだ自分を分かっていないのね。命を救う力と人を操る力、他にもあるのかしら。
「分かったわ、有り難う」
私は二人に微笑むと自分の願いを口にする。
「ルイは好きに生きて。ラン兄様の元では全部が自由とは言えないけど」
クラハムには
「お茶会にクラハムを誘ったのは、家族に負けず、生きて欲しいの。もう直ぐ、クラハムもアルシス先生もここを去ってしまう。きっと乗り越えるキッカケがどこかにあるわ」
私の言葉にクラハムは頷いた。
きっと乗り越えるのは大変だろう。だけど、逃げていても、今の状況は変わらない。変えるには、勇気を持って自分から突っ込む。何か得られるかもしれない…,
ルイは立ち上がって言う。
「エリナーミア様、どうして私を問い詰めないのですか?!もっと怒って下さい!」
「なぜ怒らなくてはならないの?あなたはまだ悪い事していないじゃない。私の秘密とか、私自身がよく分かってないし、ラン兄様がいろいろ聡くこうなる事を見越して私にペンダントをくれた。私に知らせなかったのは、私の自由を守ってくれた事。他にもあるかも知れない力に怯えないようにしてくれているのは、そのままの私で生きていいと言う事。それを知れるきっかけを貴方がくれた。怒る事なんて何も無いわ」
「エリナーミア様、私にもあなた様を守らせて下さい」
ルイは柔らかく微笑むと椅子から
立ち上がり、私の前で片膝をついて、誓いを立てた。
あの時助けた女性、30名の内半分はうちのメイドとなって働いてくれている。残りの女性10名は国へ帰国、5名は街のお店に住み込みで働いている。ルイは明るく元気になり、そろそろ今後の事を考える事になる。あの日に警備をしていた警備兵、警備団の団長ソルド・ハルアは妻と12歳になる娘がいた。2年前に商店街で起きた荒くれ者達の喧嘩死傷事件があり、それに巻き込まれ死亡したのだ。それからと言うもの、ソルド・ハルアは以前のハツラツとした雰囲気を失ってしまった。
以前の様にとはいかないが、今よりも良い状態になればとルイを養女に考えているのだ。
それに関しては私では力不足で、ラン兄様に養女の件をお願いした。
ソルド・ハルアはなんと言ったのかは分からないが、ルイはハルア家に養女として暮らす事が決まった。
「やっぱりだめ?」
二人の友人の首を縦に振らせる事が出来ない。
「エリナーミア様諦めて私達に守られて下さい」
とルイは鼻息荒く更に言う。
「さぁ行きますよ!」
ファリもフンフン鼻息を荒くしている。
「二人共、分かったから」
「分かって貰えればヨシです」
「そうですわよ、時間が勿体無いのでいきますよ」
こうして、3人でラルの教室まで行く事になったのだが、 騎士科と一般科の間にあるガラス張りの渡り廊下で、筋肉ムキムキのどう見ても学生には見えないだろうと突っ込みたくなる男二人が待ち構えていた。
これはいかにもな展開?と思いながら、右腕にルイ、左腕にファリという、只今連行中な感じだけれど、彼らはお構いなく私達の前に立ち道を塞いだ。
「エリナーミア・ボンハーデン、偉大なお方がこちらの部屋でお待ちになっている」
私は大きなため息をつくと、この有りがちな展開に、小声でルイに言う。
「ねぇ、ここで魅了の力使っていい?」
ルイは小さく笑ってから
「面白そうですね」
それをファリが小声でありながら強めに、
「お止めになって。使ったところで解除の仕方分からないのですよね?」
「そうでした」
「でも魅了でエリナーミア様がマッチョーズに襲われそうになっているのを イーラルド様が見て慌てる姿を想像したら、見てみたい」
「ルイ、気持ちは分かりますわ。でもエリナーミア様意外と武道派ですわよ。勝ってしまわれないか、相手の方が気の毒」
「二人共、私とラルを想像世界でいじらないでくれるかしら?それにマッチョーズだなんて直ぐにあだ名つけて」
「いえいえ、まだ足りませんよ。マッチョーズなんて見たまま分かりやすいあだ名だと思いますよ」
「ええ、私、エリナーミア様が幸せなら、いじり倒しますわ。マッチョーズなんてマヨネーズ見たいなネーミングですわよね」
とヒソヒソ話していると、マッチョーズは痺れを切らして言った。
「エリナーミア・ボンハーデン、聞こえているか?」
あぁ〜嫌だ。正直、彼氏に会いに行くのになんで障害を乗り越えて行かなくちゃならないわけ?
昭和の彼氏からの家電に電話が掛かって来て父親が出ちゃって彼氏を威嚇する的な障害じゃあるまいし、自分のタイミングで合わせてくれよとか思ってしまう。
私は二人の腕を外すと、二人の静止を無視してマッチョーズの前に仁王立ちで対峙した。
「人の」
私は呼吸を整えて、
「恋路を」
マッチョーズAの足三里辺りにローキックを入れる。
「邪魔する奴は」
上手くツボに当たり、足が浮腫んでいるのも助けて痛みを与え膝を折って床についた。
「馬に蹴られて死んじまえ、ですわ」
と油断した左手を取って、クルンと振り回し小手返しを決めた。
マッチョーズAは床に投げられて持たれた腕の関節がキリキリと痛む。イタタタタッと声を上げる彼に、
「ごめんあそばせ。ほんの八つ当たりですわよ。偉大なお方と言う方に会ってやろうじゃないの」
私は手を離してやるとため息混じりに言った。
「案内してちょうだい」
そして振り返えって二人には、
「ラルに迎えに来るように伝えてちょうだい」
と言ってから、言われた扉の方へ歩いていった。