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『まずは隔離区のドラゴン達と接触して、協力関係を築く。……外側から、この街を飲み込むの』
ニイナの声音から一切の揺らぎが消える。それは、深い井戸に落ちる水滴のように、規則正しく、そして救いようのない無機質さで響いた。
「ドラゴン達と接触ですか……、ですが、ニイナ様。それには幾つか障害がございます」
Vの声は、困り果てたようにつき上がっている。しかし、その奥底には隠し切れない熱のような愉悦が脈打っていた。
Vは機械的に淡々と、障壁について述べていく。
「まず、『隔離区の厳重な監視』です。評議会は隔離区を24時間体制で監視しています。その目的は魔法生物達の動向を把握し、反乱の目を早期に摘むことにあります。評議会の「お飾り」として存在している貴方が不用意に接触すれば、すぐに評議会に察知されてしまいますよ」
わざとらしく強調された『お飾り』という言葉。それは、今の彼女に力が欠けていることを慈しむような、残酷な響きを伴っていた。
「次に「ドラゴン達が抱える不信感」です。長年の迫害により、ドラゴン達は人間を深く憎んでいます。特に、評議会に名を連ねるものなど、もってのほかでしょう。そして、彼らは独自の言語を話し、人間とは異なる価値観を持っています。ドラゴン同士で結託されて仕舞えば、逆に襲われてしまうかもしれません」
「以上の点から、あなた様には「隠密行動の手段」「ドラゴン達への信頼の証。交渉材料」を手に入れる必要がございます。……いかがなさいますか?」
ひとしきり説明を終えたVの気配を背に、冷え切った壁へと沈み込む。
剥き出しのコンクリートから這い上がる冷気が、感触が彼女の背中からじわりと、熱を奪い、彼女の体温を塗りつぶしていく。
「ご丁寧な解説をどうもありがとう、V。わかっているわ。「隠密行動」については少し心当たりがあるわ。」
「ほう、心当たりですか。」
感心したVの声が頭に響く。
「この街にはね、一度だけ上層区民になれるチャンスが来るのよ。評議会が行う『適正試験』。それに合格すれば、上層区民の特権が得られる。実際は、評議会の実験道具にされるだけだけどね。何年か前に、知能指数は申し分なかったんだけど、体が弱かったから、実験に使えないってことで「不合格」とされ、下層区民送りにされた子供がいたのよ。まだ生きていれば、15歳くらいかしら。その子に監視カメラをハッキングさせて見ようと思うの。使える駒ならそのまま、監視カメラなどから評議会の動きを監視させる。期待外れだったら『使い捨てれば良いのよ』。同じような駒はまだ何個かあるし 」
温度を無くしたニイナの声が、部屋の隅々へと吸い込まれていく。それは触れるもの全てを壊死させるほどに冷たく、残酷だった。吐息の吐く位置から順に世界が白く結晶化し、静止していくような、死の静寂がそこにあった。ニイナは机の引き出しから、古びて垢まみれの紙の束を引き出す。その中には、かつて評議会の適正試験を受けた子供達の経歴が記されていた。
「合格」「不合格」
パラパラと紙を捲り、ニイナは、不合格の中でも知能指数が高いものを選別していく。あるページが開かれた時、規則正しい音がピタリと止んだ。
『番号;2170 名前;ミズノ スコア;190/200満点中 出生;母親は健康、父親は過酷な労働により精神疾患を患っている。 持病に心臓病がある。』
スコアは最高得点、しかし写真にうつる少女は病弱そのもの。痩せこけた頬、色のない唇、ボサボサの髪……健康的な「実験体」が欲しい評議会にとって彼女は何の魅力も持ち合わせていなかった。
「その子ですか。ふふ、まだ生きているでしょうか?それに、評議会がそんな非人道的な実験を行なっているとは知りませんでした。実験体は魔法生物だけではなかったのですか?」
「ふふ、V。人間はね、「飽きる」のよ。毎日同じものを食べ続けたら、退屈になって、捨てちゃいたくなるか……弄って遊びたくなっちゃう。評議会は魔法生物のこと調べ尽くしてもう飽きてしまったの。だから、次に向かった。…実験内容知りたい?今度見せてあげるわ」
澄み渡るほどに純粋で、それでいてひび割れたように残酷なその双眸は、甘美な狂気を孕んで爛々と輝いていた。それは見るものの理性を蝕み、心地よい絶望へと誘う悪魔の宝石だった。
「それに、生きていると思うわ。だってーーーー」
ニイナは大切な絵本の1ページを愛でるように、優しく紙を抱きしめる。
「彼女の番号、『2170(ニイナ)』だもの」