私は、空になったお弁当箱を風呂敷に包んだ。
無事完食し終えたけれど、私の心臓はバクバクとなり続けている。
孤爪くんがスマホで時間を確認する。
「あと20分。どうする、1回だけ…通す?」
そう聞かれ、ドキッとした。
私は、本番だけで勘弁してくれと思ったが、せっかく練習したし、孤爪くんにも迷惑かけたくないから、孤爪くんの顔を見て頷いた。
「さっき広瀬に会って、謝り行った時、聞いたんだけど。」
孤爪くんがスマホで曲を探しながらそう言った。
心臓がはねる。
「××、ダンス練習頑張ったんだってね。めっちゃ上手いって言ってたから、俺のハードル上がっちゃうな。」
「…上手いなんて…そんな。」
だけどそう言ってくれて少し自信がついて、安心する自分がいた。
「あった。じゃあ、流すよ。」
私は大きく深呼吸した。
_______♪
曲が静かな空間に広がる。
緊張するから孤爪くんの顔はなるべく見ない。
広瀬くんと踊った時と同じように、練習してきた通りに。
視線を逸らしながら、孤爪くんの顔を見ないように。
孤爪くん、どんな顔してるかな。
何を思って、踊ってるんだろう。
すると突然、私の脳に囁くような言葉が聞こえてきた。
『ありがとう、研磨。』
「っ….。」
私は残り3分の1というところで急に足が止まる。
孤爪くんも困惑したように足を止めた。
孤爪くんのスマホから、曲だけが流れる。
「××…どうしたの、?振り、飛んだ?」
私は言葉が出なかった。
急に頭の中に、あの女の子と、孤爪くんの顔が焼き付けられる。
練習止めてごめんって、謝りたいのに、唇が小刻みに揺れる。
自分は、何を勘違いしてたんだろう。
孤爪くんは、私は、あくまで代役。
孤爪くんは…きっとあの子と踊りたいはずだった。
放課後あーやって、練習するくらいだもん。
頭には、女の子の顔と、孤爪くん、小春の泣きじゃくる顔が何度も巡回している。
そうか、孤爪くんが踊りたい人は…。
孤爪くんが、好きな人は….。
「あ。そういえば、話してなかった。」
俯いててよくは分からないけど、孤爪くんはポケットからスマホを取りだして、曲を止め、私の前に立っている。
何か思い出したように話し続けた孤爪くん。
「俺、元々このダンス、やらないつもりだった。」
私は孤爪くんの言葉に俯いたまま目を見開く。
「クラスに仲良い女子とかいないから本当にペア決めとか地獄だった。」
私はますます訳が分からなくなる。
「それで話しかけてくれたのがさ。」
孤爪くんがそう言った瞬間目をぎゅっと瞑る。
できることなら耳も塞ぎたかった。
「それで話しかけてくれたのがさ、まぁ、先生なんだけど…。」
「ぇ。」
思わず声が漏れてしまった。
「先生が、「まだ男子で組めてないの孤爪だけか?」って聞いてさ、わざわざみんなの前で聞かなくてもわかるでしょ何このポンコツ…とか思ってさ。相当恥ずかしかったよね。」
孤爪くんはそう話しながら花壇に戻って座った。
「座りなよ。」
孤爪くんも笑って花壇をポンポンと叩く。
私は俯いて、ゆっくり孤爪くんの隣に座った。
「それでその後、一応はいって言って、そしたら勝手に相手指名されて焦った。俺が指名された子、学校来てなくて、顔もあんま見たことない子だったから。」
私は息が詰まった気がした。
正直、孤爪くんの言うことがはっきりと理解できなかった。
「「体育祭は出るかもしれないから練習しに学校に来たら放課後にでも顔合わせてくれ」って。気進まなかったけど、適当に頷いて、その日からその子が来るの何となく待ってた。」
「けど、結局練習に来たのは1回だけ、放課後に顔合わせだけに学校来てくれて。誰とも会いたくないって言うからどっか遠い空き教室に入って練習してた。」
私はあの時の情景と重なった。
「ふつーに練習してたんだけど、なんか無性にその女子馴れ馴れしくてさ、突然呼び捨てしたり、正直もうやめたかった。」
孤爪くんが話す度、どんどん心が軽くなるのを感じる。
「その日からずっと学校来なくて、悪いけど、本番も休んでくれないかなとか思った。それで俺もダンスはバックれようと思った。元々踊りとか恥ずかしいし。」
孤爪くんは俯いて手をいじりながら話してくれた。
私は感情が複雑で、ぐちゃぐちゃだった。
だけど、少しずつ目元がかわいてきたところで、やっと口が開く。
「…ごめんね。せっかく踊らなくて済んだのに…。」
「私なんかが相手でと、」顔を上げて、孤爪くんに眉を下げて笑いかける。
孤爪くんはしばらく私を見たあと、真剣な顔で言った。
「××さ、俺とあの子が練習してるの見て、どう思った?」
「え?」
思わず聞き返す。
そうだった、あの時、一瞬孤爪くんと目が合ったんだ。
気づいてないかもとか思ってたけど、ちゃんと私って気づかれてた。
どう、思ったか。
そんなの、辛かったに決まってる。
苦しかったに決まってる。
だけどそんなこといったら…。
「嫌….だった。」
「え?」
私の心と口は、本当に言うことを聞かない。
こんなこと孤爪くんに言ったら、絶対困らせるに決まってるのに。
胸が締め付けられるぐらい痛かった。
「….そっか。」
孤爪くんはそれ以上何も言わない。
その後は、集合時刻10分前の放送が聞こえて、私たちはその場を後にした。
賑わう校庭に戻って来るまでの記憶は、ほとんどない。
だけど別れ際に「ダンス、頑張ろうね。」。
そう私に微笑みかけてくれた孤爪くんの言葉は、深く私の心に焼き付いた。
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