テラーノベル
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放課後、ふたりで少し遠回りして歩いた。いつか夢で見たような、
現実なのにどこかおぼろげな風景のなか。
あの丘の小道にたどり着くと、
やわらかな風に揺られて――
紫の小さなすみれの花が、今年も咲いていた。
私たちはしばらく何も言わず、ただそこに座って花を眺めていた。
「やっぱりここ、いいね」
「……うん。すみれって、すみれって名前の子に似てると思う」
「それ、前にも言ってたね」
ふたりで小さく笑った。
そして私は、ほんの少し勇気を出して、問いかけた。
「すみれって、本当は……なんて名前なの?」
すみれは少しだけ目を伏せて、
そしてまたいつものように、ふんわり笑った。
「秘密。
だって、まだ“幻の中”なんでしょ、私たち」
その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。
でも、私はそれでいいと思った。
名前なんか知らなくても、
この時間だけは確かにふたりのものだから。
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