ある日、放課後の図書室で。静かにページをめくる音と、机に落ちる陽の音だけが聞こえる空間。
すみれが突然、小さな声で言った。
「……私、絵を描くの、好きなんだ」
私は少し驚いて、顔を向ける。
「え? そうだったの?」
「うん。誰にも言ってなかったけど、
小さい頃から、夢の景色とか、心に残ったものを描いてて」
すみれは、照れくさそうに笑った。
でもその笑みは、どこか決意のようなものを含んでいた。
「ねえ――あなたの写真、見せてくれない?」
私は少しだけ戸惑ったけれど、
カメラの画面を開いて、最近撮った写真を見せた。
夕暮れに染まる校舎。
雨上がりの道端に落ちていた菫の花。
窓越しの逆光に浮かぶ誰かの背中。
すみれは、画面をじっと見つめていた。
まるで、一枚一枚の奥にある時間に触れるように。
「……やっぱり、好きだな。
この視線。あなたが見てる世界、ちゃんと写ってる」
私はうれしくて、でも少し恥ずかしくて、視線を逸らした。
「もしよかったら、その写真……絵にしてもいい?」
「え?」
「あなたが撮ってくれた景色を、
私が描いてみたいの。
ふたりでひとつのもの、作ってみたいなって」
その提案に、胸がじんわりとあたたかくなった。
「……うん。描いてほしい。
すみれの手で、私の世界を残してくれたら……すごくうれしい」
すみれは小さくうなずいて、
そのとき、ほんの少しだけ、頬を染めた。