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#ワンナイトラブ
再びベッドの縁に手を置くと顎を乗せて、うーん、と頭の中身を巻き戻す。
そのあと……そうだ現実逃避したくて、お酒飲もうと思って。
店に入るのも面倒で、ちょうど夜桜が綺麗だから、花見がてら公園でいいやって。
それでも花は慰めてはくれないから、一人でいるのが辛くて、誰かに話を聞いて欲しくて、親友の”いっちゃん”に電話を掛けた。…そこまでは何とか記憶を辿れる。
でも、なんで、いっちゃんのかわりにこの人が?
「……ん、」
びくぅ!と、その身動ぎ一つで跳ね上がり、ベッドの脇に隠れた。むっくりと身体を起き上がらせた彼は微睡んだ瞳で辺りを見渡して……私を捕まえた。
カチリ、タレ目がちな幅広の二重の瞳は焦点が合ったみたいで、途端に綺麗な顔に乗る眉間にはシワが寄る。
「…………なにしてんですか」
『…………ますよ、』
あ、れ……?
甘ったるいのに、ちょっぴり掠れたその声を聞いた瞬間、頭の奥で暗号みたいな言葉が蠢いた。
なんだろう、今の…。
「……目ぇ開けたまんま寝てるんですか」
頬杖をついて頭の奥をほじくり返していると、やや強引に現実に引き戻される。
ぼんやりとした月明かりに照らされる、程よい筋肉の付いたしなやかな上半身。それが神々しくて、何故か見てはいけない気がしてうろうろと視線が定まらない。
でも見たい、見たいけど、見れない。
欲望と理性の飽くなきせめぎあいの中、ほんの少しだけ後悔する。写真に映せば良かったと。でもそれをしたら常人に戻れなかっただろう。
「……あ、あの、」
散々頭の中で喚いていると、ふぁ、と大きな欠伸をした彼はスマホを確認すると「まだ三時か」なんてこと無く呟くと再びゴロンと寝転んだ。
スマホの光が彼の輪郭をうっすらと照らす。華奢な指先が興味も無さそうにその画面を操作している。
あの指が、私に触れた……のか?
自分のことなのに疑問を投げ打っていると、タレ目がちな二重の目元に囲われた瞳が、ゆるり、こちらに向かう。
「……覚えてません?」
ズキン、と、誘われる様に頭の奥が鈍く疼いた。
俯いて、膝の上で握りしめた手のひらに力を込める。
「はい。あの……全く」
「……ふぅん、」
「申し訳ありません、多大なご迷惑をおかけした様で…」
消えてしまいたいくらい身をきゅっと縮こませていると、ふと短い息と共にベッドが小刻みに揺れた。
「ど、どうしました?」
「……っ、いや、やっぱ、会社とイメージ違いすぎて」
と、ここで自分の置かれた状況を再確認した。
そ、そそ、そうだ……私、まだ彼氏いる……!
浮気をされて、し返した?
そういうことになっちゃう?
それってどうなの?
別れ話はもちろんするつもり。なのに「浮気したでしょ?(私もしたけど)」に、なっちゃわない?
「あのぅ……」と、声にならない声を出すと、とろんと眠そうな瞳は再び私を映した。
「〜っ、確認なんですけど」
「はい」
「これ、最後まで、……その」
事実確認をと思っても、恥ずかしくてごにょごにょ語尾を汚していると「してませんよ」と、だるそうな声は脳内の悩みを吹き飛ばした。
「っ!本当ですか!?」
しかしマットレスに手を着いて身を乗り出した瞬間、微かに違和感の残る下腹部で我に返る。
待て、じゃあなんでこんなに身体が重いんだ?
ぐ、と、首を傾けて、理解したように手をポンと叩く。
分かった。指だけ!そうかそうか。あー未遂で良かったぁ。
そもそも未遂とは。その定義から考え直すべきかもしれない。
「いや嘘ですけど」
「う、うそ!?どっち!?」
「嘘です、嘘」
どっちだこれ。
突き落としたり、掬われたり。くるくると気持ちを左右させる方がバカみたいな気がして来た。
上体を起き上がらせて、「ふぅ」と、アンニュイなため息を布団に落とした彼を前に臨戦態勢を解く。
「……じゃあ、してないことにします」
「それで良いんじゃない」
面倒そうにTシャツに袖を通す様を目で追いながら、そういうことにしますよ、と、心で反論した。
彼は気持ち良さそうに喉を鳴らし、擽るような笑顔を零した。
あどけなさ、かわいらしさ、攻撃力は無限大。
瞬間、防御力の乏しい私の心臓は一気に撃ち抜かれる。
やばい、可愛い。なにその笑顔……!
て、ダメダメ、私まだ彼氏と別れてない。それなのにこの破壊力って…今の私には少々刺激が強過ぎる。
ベッドから脚をおろし立ち上がった彼はなにやらウォークインクローゼットを漁った。
「着たら?」
言葉と一緒に投げつけられた服。柔軟剤か香水か、甘い香りが鼻腔を擽る。
「ありがとうございます」と、男物の服は初めてじゃないのに、着方を忘れたように上下や前後を幾度となく確認して袖を通した。
やだ、|常葉《ときわ》くんの香り、いい匂いすぎる……!
ダメダメ、彼氏持ち、まだ彼氏持ち!!
自制心と、理性が心の中で大喧嘩。そろそろ静まれぃ。
太腿が隠れるくらいの着丈のTシャツをお借りすると、常葉くんはそのまま部屋を出ていこうとするので素直に後をついていく。
ようやく出迎える白けた電気の灯り。リビングも男の人の部屋なのに散らかっておらず、寧ろお洒落空間で部屋にさえも惚れ惚れする。
アイアン調のアンティークな家具、白い壁紙は四隅だけモノトーンのレンガ造り。なんだろう、インスタで見た気がするけどブルックリン風、だったかな。無機質なのに、観葉植物なんかの細やかな緑が差し色で素敵なお部屋だ。
私が居て汚さないかな、むしろこの背景になりたい。
「あー喉乾いた」
「声掠れてません?風邪ですか?」
「誰のせいだと…」
家主様には嫌そうに目を細めてじろりと見下ろされてしまい、途端に身を縮める。
「も、申し訳ないです!」
「どーぞ」
「ど、どうも……」
グラスを受け取ると、渡された水を一気に飲んでは「ふぅー」と大きく息を零した。
二人揃って下は下着姿。
逸る心はその前に抑えてみせる。27歳。お願いだからこれ以上騒ぐな私。
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