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#ワンナイトラブ
「……あの、他に、一体どのような粗相を…」
ソファーにお邪魔すると、漸く私は切り出した。
膝を立てて座る常葉くんは「うーん」と目線を上げ、緩やかにその二重の視線が戻る。
甘い、タレ目がちな二重の瞳は黒目が大きくて、気が緩むと吸い込まれそう。だから普段の癖で、顔の筋肉をきゅっと強ばらせた。
「公園で、熱燗飲まされました」
「そ、そんなことを……他は?」
「勝手に電話掛けてきて勝手に喋ってましたよ」
そ、そんな醜態を後輩の前でするなんて……!!
恥ずかしくて合わせる顔が見当たらず、俯くと両手で
顔を覆い隠した。
「で、散々駄々こねて、」
だけど常葉くんの声はこう続ける。
「すげぇ泣いてました」
事実だけを、告げられると
嫌でも胸は軋んだ音を鳴らした。
あんな事をされていたのに、まだ心の中には痛む部分が残っている。なんて、厄介なんだろう。
息とともに言葉を漏らすと、常葉くんも長い溜息を落とした。
「ま、覚えてないならそれはそれでいーんじゃない」
「でも……なんで常葉くんが」
「知りませんよ。電話かけてきたのそっちじゃないですか」
「嘘だ〜どうして私が常葉くんに電話を掛けるんですか」
と、軽口を叩いて自分のスマホを操作した。嫌でも目に映る着信履歴。すぐにスクロールすれば、日付と時間、紛れもない常葉くんの名前が載っているので口はあんぐりと丸くなる。
「……ほんとだ」
な、なんで常葉くんといっちゃんを間違えるんだ…?
「かけようとしたのは誰ですか?」
「親友です。確か暫く電話してなかったから履歴探すの面倒で、電話帳から探してて……」
「その人の名前は?」
「|津本祈莉《つもといのり》です」
「じゃあ俺の名前と順続きじゃないんですか」
確認すると、本当にそうだ。
だからかぁ!?
にしても、間違えるか普通!
「本当に申し訳ありませんでした。……えぇっと、とりあえず帰りますね」
「帰るって?」
常葉くんの静かな抑揚が私を捉える。
「同棲中の彼氏が浮気してたんでしょ?」
うろうろと視線が泳いで、惨めに握るしか出来ない拳に落ちる。
「企画の|本間《ほんま》さん。相手は受付の|柿原《かきはら》さん」
そこまで話したんだ。
社内恋愛がばれると冷やかされるのが嫌だからって、ずっと内緒にしてたんだけどな。
たった半年だけど、それでもこの年齢の半年って、前に比べるとものすごい期間だったのにな。
「どこに帰るの?浮気相手と一緒にいる家に?」
「……それは、合鍵置いてきたから、」
「じゃあどこに?」
「……ネットカフェでも」
「で。寂しくなって泣いて、別の男呼んで同じことします?」
「……あ、そ、れは……」
返す言葉が見付からずに静かに口を噛み締めると、常葉くんは静かに立ち上がった。
「こっち、どうぞ」
出てきた扉と反対方向の扉が開け放たれると、家具の少ない部屋が現れた。
指差しながら、高い位置の顔を見上げる。
「はい?」
「……部屋、使って良いですよ」
「え?」
「だから、俺ん家に居ればって」
「い、いやいやそこまでお世話になろうとは、」
「金、ないんですよね」
内部事情を言い当てられるとドキリ、心臓が冷や汗をかいた。
「……そ、そんな事まで話しました?」
「おそらく、八、九割は聞いてます」
プライベートな八、九割って、一体どのくらいなんだろう。
この様子じゃ確実に恋愛以上の悩みもぶちまけている気がする。
あぁ、情けない……。なのに、この藁にしがみつけると思えばとても有難いのだから、首を横に振れない。
「…………いいんですか?」
「取り敢えず、次住むところの金が貯まるまでは良いですよ」
「さ、早急にそうさせて頂きます」
「だからと言って金借りたり変なところで仕事しなくて良いですからね」
ズバリと言い当てられてしまい、言葉を飲み込んだ。
「しようとしてましたよね」
口角の端をにやりと歪んだように上げられる。そんな表情もあざと可愛いのだから、言いかけた反論は消えてしまう。
…でも、なんでここまで優しくしてくれるんだろう。
嬉しいけど、もしかして、常葉くんって私の事……
「好きじゃないですよ」
「へ!?」
「思ってましたよね」
「いや、え、あ、思い、ました」
「めでたいくらい頭湧いてますね」
うぅ、やっぱり言い返せない。
「……あの、私どれだけ話してます?」
再度、内部事情を確認するように問いかける。
すると、長い指先が私の顎を持ち上げて強引に顔が対面した。
「だから、ほぼ全部。こっちが素なのも聞きましたよ」
ふ、と鼻で笑われてしまい、顎を乗せた手を振り払った。
「し、職場の人には言わないでくださいね!」
「なんで?」
「今更素なんてさらけ出せるわけないです……!」
「まぁ、いいですけど。俺の家に居ることも黙っててくださいね」
「了解です。女性社員の恨み買いそうなので、絶対言いふらしません」
しかしまあ、あれだな。
いっちゃんと掛け間違えたのは不幸中の幸いってやつかもしれない。
だって他の同僚に内部事情がバレたら次の日笑いものになっていただろう。
常葉くんはそんな事しないと思う。少しの間、近くで見ていたって理由もあるけれど、何より私に毛ほども興味無さそうだし。
て、待って?私、社内ナンバーワンのイケメンとひとつ屋根の下って事だよね、それに秘密って……。
「やっぱ言いふらしても良いですよ」
「え!?な、なんで!?私が虐められてもいいと!?」
「穂波さんを虐めれる人居ないんじゃないすか。それに、秘密共有できてうれしーとか思ってそうですし」
「うっ…そこまで見透かすこと無いでしょ…」
はいはい、乾いた返事を返すと、常葉くんは何か丸まったものを探し当てた。
「こういうの平気なら、使って下さい」
それを広げると、現れたのは寝袋だった。
「寝袋!私、興味あったんです〜!だれのですか!?もしかしてとき」
「友達が1回使って置いてったやつです。ちゃんと洗濯して除菌済です」
鉄壁のガード力!凄い、少しだけ勉強になる。
「そ、そうですか……でも、常葉くんの友達もイケメンですよね……」
「イケメン以外の友達くらい、いますけど」
説明を受けながら、気になっていたそれにすっぽりと入った。
なるほど、内側にファスナーが付いているんだ。
それを締め終えると中は驚きのフィット感。やばい、癖になりそう。
内側のフリースも滑らかで、丁度いい着心地?寝心地?とにかく一瞬で気に入ると、安心感からかすぐに瞼が重くなる。
「…………で、寝るんだ」
あ、明日何時に起きればいいんだろう。
「……いつも……何時に起きてます?」
「………………8時半に家を出たら間に合います」
そういえばここ最近、新年度が始まってからというもの残業続きで寝る暇もあんましとれてなかった。
旺くんと全然会話が出来てなかったからこうなったのかな。
やっと開いている視界の端で、もう随分と見慣れた常葉くんの姿が映る。
私の頭付近で中座りをして、じぃっと見下ろしていた。
何、見てるんだろ。
だけど、誘われるような睡魔に勝てなかった。
夢と現実の狭間で、声が聞こえた。
「だるそうなの、拾っちゃったな」
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