テラーノベル
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春は、残酷なほど普通にやってきた。
放課後、一緒に帰る。
自販機で同じ飲み物を買う。
くだらない話をして笑う。
でも、カレンダーには赤丸がついている。
三月二十日。
相馬は、それを見ないふりをしていた。
「準備、進んでるの?」
相馬が聞いたのは、その一度きりだった。
「まあな」
鷹宮は、いつも通りの声で答える。
それ以上は、何も言わない。
引き止めてほしいのか、ほしくないのか。
相馬には、分からなかった。
(……聞くなって顔してる)
だから、聞かなかった。
その日は、やけに静かだった。
教室に残る生徒も少なくて、
夕日が机を長く照らしている。
「今日さ」
鷹宮が、唐突に言った。
「ここで待ち合わせしたの、覚えてる?」
校舎裏。
最初に出会った場所。
「……忘れるわけねーだろ」
二人で、少しだけ笑った。
その笑いが、
もう二度と同じ形では戻らないと知っていて。
駅までの道。
「なあ」
鷹宮が言いかけて、やめる。
「……なんだよ」
「いや」
それだけ。
相馬は、ずっと考えていた。
(行くな)
(残れ)
(一緒にいろ)
でも、どれも言えなかった。
それを言ったら、
先輩の未来を奪う気がして。
電車が来るまで、あと五分。
風が冷たい。
鷹宮は、鞄を持ち替えて言った。
「送らなくてよかったのに」
「……勝手だろ」
沈黙。
発車ベルの音が、遠くで鳴る。
「怖ぇんだよ」
鷹宮が、ぽつりと言った。
「行くのも」
「残るのも」
相馬は、初めて聞く弱い声に、息を詰めた。
「でもさ」
「行かない後悔の方が、もっと怖い」
視線が合う。
「……それでも」
鷹宮は、一瞬だけ言葉を探してから続けた。
「お前が、ここにいるって思えたから」
「行ける」
相馬の胸が、痛いほど締めつけられる。
「……卑怯だろ」
声が、震えた。
「そんな言い方」
「引き止められねーじゃん」
鷹宮は、何も言わない。
ただ、相馬の手を握った。
「引き止めてもいい」
「でも、行く」
その覚悟が、痛いほど伝わってきた。
電車が、ホームに入ってくる。
「なあ」
相馬が、ようやく言った。
「……行ってこいよ」
精一杯の強がり。
鷹宮は、少し笑って言う。
「帰ってくる」
「約束」
「……信じねー」
「だろうな」
でも、手は離さなかった。
ドアが閉まる。
ガラス越しに、視線が合う。
鷹宮は、口を動かした。
――名前。
音は聞こえなかったけど、分かった。
相馬は、唇を噛んで、
それでも小さく口を動かす。
――行ってこい。
電車が、動き出す。
ホームに残った相馬は、
しばらく動けなかった。
胸の奥が、空っぽなのに、重い。
「……ばーか」
そう言って、
初めて泣いた。
でも、スマホが震える。
《着いたら連絡する》
《ちゃんと生きろよ》
相馬は、画面を見つめてから、打ち返す。
《……当たり前だろ》
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