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岸優太、高校1年。
何かと授業をサボって保健室に居座るのが日課。
保健室のまきちゃん先生は癒し系で、男子からダントツの人気を誇っており、休み時間となると多くの男子生徒が保健室に遊びに来ていた。
自分も例外ではなかったこともあるが、授業をサボってまで保健室に居座っていたのは、高校なんて辞めてもいいと自暴自棄になっていたからだった。
というのは、俺は中学を卒業したら就職しようと決めていた。
小学校の時に母親がいなくなって、中学生になった兄が新聞配達で働く姿を見てきた。
そして兄は中学卒業とともに就職して、父親と共に一家を支える存在となった。
だから自分も当然同じ道を歩むものだとばかり思っていた。
それなのに中学3年の冬、兄と父が突然、静学の資料を持ってきた。
静岡学園といえば県内でも有数のサッカー名門校で、サッカー部員を受け入れる寮もある。
確かに俺は勉強よりも体を動かす方が好きだったが、普通の高校生のように楽しく部活などやっている暇はない。
家族の為に、早く自分も力になりたかった。
それなのに親父も兄貴もかなり強引で、最終的には「この寮はかなり格安だから」という理由でしぶしぶ説得させられてしまった。
兄貴は「お前は自分の人生を自由に生きていいんだぞ」と何度も言っていたが、意味がわからない。
俺は好きで家族のために働きたいと思っていたのに。
なんだか無理やり家から追い出されたような気持ちになって、その頃の俺はふてくされていた。
それに何より許せなかったのは、杏奈が俺が家を出て行くことをかなり寂しがっていて、案の定、その寂しさの反動からか、ちょっと非行に走った。
何があっても杏奈のことを守ると約束したのに。
大貴のやつ、何考えてんだよ。
学校の授業なんてどうでもよかった。もし退学になったら、むしろ都合がいい。すぐに働ける。そう思っていた。
無理やり家を出されたものの、週末に俺が帰ることには家族みんな大歓迎で、その日はいつものように金曜日の部活が終わると、電車に乗って隣町の駅に降りた。
商店街を歩いていると、わんわん泣きながら駄々をこねている女の子がいた。
商店街は賑やかで周りの人は全く見向きもせずに通り過ぎていく。
年少さんくらいかな?杏奈も小さい頃はよく大変だった。
母親がしゃがみこんで女の子に目線を合わせ何か説得しているが、女の子の泣き声はヒートアップするばかりで全く泣き止まない。
泣いている女の子よりも、母親の方が可哀想に思えてくる。こうやって公衆の面前で泣きわめかれる辛さをよく知っているから。
どうしようかな、声かけようかな。
迷いながら近づいていくと、母親とバチッと目が合った。
「あれっ!?まきちゃん先生!?」
なんとその母親はまきちゃん先生だった。
「えっ!?えっ!?まきちゃん先生って結婚してたんすか!?俺てっきり独身だと思い込んでた!」
いや、”思い込んでた”んじゃない、確か先生がそう言っていたはず。
いつだったか、他の男子が「まきちゃんって独身だよね?」と質問して、それに対して「独身よ」と答えていたのを確かに聞いたことがある。
男子全員で歓喜したから覚えている。
「ぅえっ!?独身ってあれ、嘘だったの!?」
「嘘なんてついてないわよ。独身かって聞かれたから独身よって答えたけど、子供がいるかって聞かれなかったから言わなかっただけよ」
そう、悪戯っぽく答えた。
え…それって…。
知らなかった、先生ってシングルマザーだったんだ…。
俺たちの会話に一瞬泣くことを忘れていた女の子が、俺とバチっと目が合ったことで「そうだ!私、ママを困らせてる途中だったんだ!」と思い出したとばかりに、また奇声をあげはじめた。
「先生、お子さん、名前なんて言うんすか?」
「え?千夏だけど…?」
「千夏ちゃん、見てごらん?」
俺はハンカチを取り出して簡単な手品をしてみせた。
千夏ちゃんは目を丸くする。
「わー!どうやってやったの!?」
「さあ~どうでしょう~?」
「もう一回!もう一回やって!」
「へ~岸くんって子供の扱いが上手いのね」
先生は驚いた顔で俺を見る。
「妹がいるんで。小さい頃からずっと面倒見てたんで、いろいろ仕込みました!」
すっかり機嫌の直った千夏ちゃんは、大きく手を振りながら先生に連れられて去っていった。
次に偶然二人に会ったのは、商店街を抜けてもう少し自宅に近づいた坂道を歩いていた時。
上からコロコロとリンゴが転がってきた。
「なんだ?」と思って拾って顔を上げると、もう一つ、もう一つ、ころころころころたくさん転がってくる。
え!?え!?いったいこれはどういう光景だ!?
転がってくるりんごの後ろから転がりそうな勢いで千夏ちゃんが駆け下りてきて、その後ろからまきちゃん先生が必死な顔で追いかけてくる。
千夏「待ってー!りんごさーん!」
まきちゃん「チィちゃんー!危ないから止まりなさーい!」
千夏ちゃんの顔が途中から変わったのがわかった。止まりたくても勢いづいてもう止まれないのだ。
今にもりんごと同じように転がりそうになったところで、ギリのところで抱き上げた。
岸「おっと危な~い!」
千夏「あ~!この前のお兄ちゃん!」
千夏ちゃんの顔がぱっと明るくなる。
まきちゃん「安かったから買いすぎちゃってね。テヘッ」
岸「いや、でもこれはちょっと買いすぎでしょう…」
俺は、りんごの入った袋を米俵を抱きかかえるようにして持ち、先生と千夏ちゃんと並んで歩く。
まきちゃん「だってね、タイムセールで詰め放題やってて、ついつい盛り上がっちゃって!」
ちょっと興奮気味に話す。
岸「あ~分かりますね!詰め放題、めっちゃむきになっちゃいますよね!(笑)」
俺も昔はよく杏奈と、スーパーに行った。テーマパークなんて連れて行ってあげられなかったけど、詰め放題は、俺達にとって十分楽しいイベントだった。戦利品を抱えて持ち帰る帰り道は、話が弾んだ。
岸「この道通るってことは、もしかして、家近いんすかね?」
まきちゃん「うん、うち〇〇町。こっからすぐ」
岸「まぁっじっすか!?うちもそっからもうちょっと行ったとこっすよ!じゃあ、通り道なんで、これ運びますよ?」
まきちゃん「でも、悪いから…」
岸「またさっきみたいになったら、どうするんすか!?ここ、あんま人通り多くないから、拾ってくれる人いないですよ?」
まきちゃん「じゃあ、甘えちゃおう…かな?」
結局俺がりんごを家まで運んであげることになった。
まきちゃん「ありがとう~助かっちゃった!お礼にりんご食べてく?剥くよ?」
岸「いえ、大丈夫っす!早く帰って妹たちにメシ作んないと!」
まきちゃん「ほんといいお兄ちゃんなのね(^-^)あ、じゃあちょっと待ってて」
1度家の中に入り、しばらくすると紙袋を持って出てきた。
「はい、これお礼。昨日チィと二人で作ったの。アップルパイ。上手にできたから、また作りたいねって言ってて、それでりんごいっぱい買っちゃったのよ。」
中を覗くと、アルミホイルの包みが入っていた。
岸「ありがとうございます!じゃ遠慮なくいただきます!」
先生と別れて、小腹も空いていたので、歩きながら早速食べた。
岸「うまっ」
そういえば俺、海人の母ちゃん(寮母さん)以外で、人の料理って食べたことなかったっけ。
それからも、金曜日の帰り道、ちょくちょく2人と出くわした。
それはもはや偶然ではなかった。
偶然会った2回で、大体お迎えの時間は決まっているんだと見当がついていたから、わざとそれに近い時間に帰るようにしていた。
ある時はソフトクリームの上を全部落として、コーンだけを握りしめたチィが大声で泣いていて、「集まったアリさんがどこに帰るのか、ついて行ってみよう!」となだめたら、思いの外夢中になってしまい、家に帰らせるのにかなり手こずった。
またある時は、持っていた風船から手を離してしまい、街路樹に引っかかってしまいこれまたチィが大声で泣いていて、俺が木に登って風船を取ってあげて、歩いていた人々から拍手喝采を受けた。
毎回2人は派手な登場をしてきて、まったくもって目が離せない。
もしここで俺がいなかったらどうなってたんだろう?と考えると心配になる。
むしろ今まで二人だけでどうやって生きて来れたのだろうと、不思議なくらいだ。
その日はチィが幼稚園でやった”かごめかごめ”の説明を一生懸命していた。
チィを真ん中にして3人で手を繋いで歩く。
千夏「それでねー!輪っかになるの!ママときしくんも手繋いで!」
岸・まきちゃん「えっ…」
いやいやいや、それはさすがに…!
千夏「早くー!」
まきちゃん「チィちゃん、ママたちはいいのよ」
千夏「なんでー?」
まきちゃん「うーん、先生と生徒は普通手を繋いだりしないのよ」
千夏「なんでー?チィ、先生とお手て繋ぐよー?」
だんだんと不穏な空気になってくる。
まきちゃん「うっそれはそうだけど…。高校生と先生は普通つながないの!」
千夏「なんでー?高校生になると先生と仲良くなくなっちゃうのー?仲良しさんはみんな手つなぐんだよー?みんなと仲良くしなくちゃいけないんだよー!?( p′︵‵。)」
やばい、泣く。
俺と先生は顔を見合わせる。
何も言わなくても、”もうすぐあの駄々っ子が始まるぞ”、と意志疎通できる。
千夏「ヤダヤダ~!みんなでかごめかごめやるのー!><みんな仲良しなのー!」
岸「わぁ~かったわかった!ママと仲良しするから!ね?」
ここは男の俺の方から潔く…!
俺がおっきくパーにして手を出すと、そこにそっと先生が自分の手を重ねた。
自分の全神経が、その左手に集中しているのを感じていた…。
まきちゃん「最近、岸くん楽しそうね。留年しちゃった時は本当に私責任感じてどうしようかと思ったけど…。でも、いい仲間と出会えて本当によかったわ!」
岸「別に先生が責任感じることないじゃん。だって俺が試験すっぽかしたから留年したんだし」
廉「そやねん~。留年したのは、こいつの頭が悪いせいなんやから、まきちゃんが責任感じることないでぇ~?」
岸「お前、頭悪いとかゆーな!俺、一応年上だぞ!敬え!」
廉「だってホンマにアホなんやもん~。でも、そこが優太のかわいいとこやで?」
廉が肩に手をまわしてくる。まったくこいつは人との距離が近い。そして、俺のことが大好きらしい。
紫耀「岸くんがバカだったおかげで、俺らと出会えたんだもんなー!岸くんの幸せもーん!」
岸「だからバカってゆーな!」
紫耀も横からちょっかいを出してくる。
1年の冬、成績がヤバすぎて進級できないかもしれないと担任に言われ、先生が「私が絶対に進級させる!」と言って、保健室で毎日個人指導をしてくれた。
だけど、結局追試当日、また杏奈が学校を飛び出したと連絡が入り、俺は追試をすっぽかし杏奈の中学に向かい、結果留年した。
俺は新しく入ってきた1年生と一緒の学年になり、そこで紫耀と廉に出会った。なぜだか二人にすごく気に入られたようで、2人ともやけに人懐っこく俺に構ってきた。
そんな出会いもあって、高校に入った頃はふてくされていた俺が、今では確かに楽しく学校に通っている。授業をサボって保健室に来ることもなくなり、今は他の生徒と同じように休み時間にしか保健室に来ていないので、先生と二人で話す機会は減ってしまったのだが。
まきちゃん「二人とも、岸くんのことお願いね(^^)」
紫耀・廉「はーい!」
岸「だから、俺のが年上!」
まきちゃん「ふふ。岸くんが留年したのって、2人に出会うためだったのかもしれないわね」
廉「岸くん、俺らと出会ったの運命やって!」
岸「んな、おおげさな」
まきちゃん「そうかな?私、人との出会い方とか、どういう関係性で出会うかって、必ず意味があってのことだと思うのよね。それこそ運命。
先輩と後輩として出会ってたら、こんなふうに仲良くはなれてなかったと思うから、岸くん、留年してよかったんだよ!」
岸「先生さては、そうやって自分の罪悪感を軽くしようとしてますね?」
まきちゃん「あ、バレた…?(笑)」
岸「いや、冗談っす!(笑)ほんと、留年したのは先生のせいじゃないし!」
俺を進級させられなかったことに責任を感じていた先生が、紫耀や廉と楽しそうにやっている俺を見てほっとしてくれているなら、そういうことにしといてもいい。
だけど、俺が学校が楽しくなったのも、ちゃんと授業に出るようになったのも、それだけが理由ではなかった。
入学したての頃は、「学校なんて辞めて、早く働きたい」と本気で思っていたけど、今は少しでも長く、この学校にいたいと思っている。
だって、学校にいなきゃ、先生と会えないから。
俺と先生は、教師と生徒以外の何者でもないから。
だけど、学校の教師と生徒でいる限り、俺と先生の関係はそこ止まりだ。
河合「お前ら~!また保健室にたむろしてんのか!?もう授業始まるから教室戻れ!」
突然ふみふみが入ってきた。
「だいたいなぁ、具合も悪くないのに保健室ばっか来るなお前らは!さぁ、早く帰った帰った!シッ!シッ!」
犬を追い払うように俺たちは追い出された。
平野「ちぇ~!なんだよ!ふみふみだってしょっちゅう来てるじゃんか!」
廉「ふみふみもまきちゃんのこと好きだったりしてなぁ~!?」
平野「ありえる!」
笑いながら教室へと帰っていく二人から一歩遅れて、俺は振り返った。
河合「あ、先生、これこないだの職員会議の…」
まきちゃん「あぁ!ありがとうございます~」
ふみふみとまきちゃん先生が顔を突き合わせるように同じ資料に目を落としている。
もし同僚だったら、あんなふうに対等に仕事の話とかして、時には仕事で助けたりなんかしちゃって。
教師同士の職場結婚ってすごく多いらしいし…。
まさか、ふみふみ、本当にまきちゃん先生のこと狙ってんじゃないだろうな…?ガルガルと闘争本能がうずく。
先生の言うように、「どんな関係性で出会うかは、理由がある」のだとすると、
先生、俺たちはどうして教師と生徒という関係性で出会ってしまったんですか…?
「わぁ~やっべぇ!遅刻だよ!!」
猛ダッシュして、横断歩道の前で急停止する。
うわっ!苦手な押しボタン式の横断歩道…!!(岸くんは押しボタン式信号が苦手設定は1話参照)
でも、今日ばかりは車さん、ごめん…!止めちゃうよ!!
迷わずボタンを押す。
停まった車にペコペコとおじぎしながら横断歩道を渡りきると、また猛ダッシュ。
最後の角を曲がる前に、ショーウィンドウを覗き込んで前髪を直す。
「さーせっ!!遅れましたっ!!」
振り向いたまきちゃん先生が、ふわっと微笑む。
「岸くん、おはよ」
マジ、女神じゃん…。
「きしく~ん!」
先生に見惚れている俺にチィが飛びついて喜び、それを見た先生はまた嬉しそうに微笑んだ。
その日、初めて俺たちは”待ち合わせ”をした。
今までは偶然(を装って)会うだけだったが、今日は正真正銘のデートだ。
と思ってるのは、きっと俺だけだと思うけど…。
実は今日はチィの誕生日で、チィが俺と一緒に遊園地に行きたいと駄々をこねてくれたことで、このデートが実現した。
困ってる先生を救うような顔して、「全然いいっすよ!」なんて引き受けて”あげた”風を装ったけど、心の中ではガッツポーズ!
チィ!よく言ってくれた!ナイスアシストだぜ!!
先生は最後まで「生徒にそんなことさせられない」と困っていたけど、「誕生日くらいわがまま聞いてあげようよ」と強行的に話を進めた。
「チィ!来るぞ来るぞ!」
結局、チィの身長制限があるから、絶叫系の乗り物はすべて乗れない。
なので、見て楽しむことにした。
ジェットコースターが水上に落ち、豪快な水しぶきをあげるアトラクションだ。
その水しぶきが迫ってくる迫力ある様子を見れるように、水の上に橋が用意されている。
ザッブーーーーン!!!!!
水しぶきが上がるほんの数秒前、先生が「岸くん、そこは…っ!!」と声を上げたが時すでに遅し…。
俺は頭から水しぶきをかぶり、全身びしょぬれになっていた。
先生とチィが「・・・」となりながら、呆然としている。
まきちゃん「あ~ぁ、もう大丈夫~~~?」
先生がタオルでわしゃわしゃと拭いてくれる。
チィ「きしくん、びしょぬれー!」
チィがキャッキャとはしゃいでいる。
まきちゃん「もう~、なんであんなとこに立ってたのよぉ~」
橋の上には透明なトンネルになっている部分があり、塗れたくない人はそこから見物する。
トンネルがないところは”びしょ濡れゾーン”となっていた。
岸「気づかなかったぁ~~~!!」
まきちゃん「えぇ~?だって、あそこは床がびしょ濡れだったでしょー?普通わかるじゃない、もう~岸くんは!」
先生が「やれやれ」と呆れ笑いで、今度は体を拭いてくれる。
はぁ…、俺マジでだっせぇ…。
まきちゃん「チィちゃんの着替えは持ってきてるけど、さすがに岸くんのはないからなぁ」
俺、5歳児扱いされてる気がする…。
「大丈夫です。すぐ乾きますから!暑いからちょうどいいっす!」
シャツは脱いでタンクトップ1枚になった。
「あ!チィ!暑いからソフトクリーム食べるか!」
この情けない状況を誤魔化すために、チィを抱き上げ逃走。
まきちゃん「えっ?じゃあ、岸くん、お金お金!」
店員「あらー、若いパパは元気がいいわね!いい体で見惚れちゃうわ~!」
ソフトクリーム屋のおばちゃんがタンクトップ一枚でチィを肩車している俺を見て、セクハラ発言ついでになんだか爆弾発言をした。
パパ…?
俺と先生は固まって、チィだけがキョトンとしていた。
「パパじゃないです!」と見ず知らずの人に弁明しても話がややこしくなりそうなので、スルーしていると、おばちゃんは何度も「はい!じゃあパパは何味かな?」「はい、これはパパの分ね~!」「はい、パパ!これサービス!」などと何度もパパ、パパと連呼した。
チィ「パパ!パパ!きしくんパパだってー!」
すっかりチィがパパという呼び名を気にいってしまい、俺と先生はなんだかギクシャクしながらソフトクリームを無言で食べた。
なんか、話さなきゃ…。
岸「俺って制服着てないと、チィの父親くらいの年齢に見えるんですかね?(笑)」
まきちゃん「岸くんって、なんか子供いっぱいいそうだもんね」
岸「それ、老けてるって言ってます?」
まきちゃん「あー!それ、子供いる年齢の人が”老けてる”っていうの、微妙に私に失礼なんだけど~?」
岸「うわぁ~、違います違います!そういう意味じゃなくて…おろおろ:(´ºωº`):」
まきちゃん「嘘嘘(笑)いい意味で岸くんは年齢よりもしっかりして見えるよってこと!面倒見がいいの、内面から溢れ出てる」
岸「うん、俺も、年齢より上に見られるの全然嫌じゃないっす。ガキに見られるの嫌なんで!
チィのパパに見えたってことは、先生と俺は夫婦に見えたってことですよね?それなら嬉しいっす!」
まきちゃん「え…?」
帰り道、すっかり疲れて寝てしまったチィをおぶって歩く。
「あっれ~?なになに?すっげえ若い男連れてんじゃねーか!まき、趣味変わった?」
突然、ガラの悪い男が現れて、先生に話しかける。横を見ると、先生は青ざめた顔をしている。
まきちゃん「また来たの!?今度は何よ!?」
瞬時に「守らなければ!」という本能が働き、先生と男の間に立つ。
岸「先生に何の用ですか?」
男「先生?マジかよ!お前、まきの学校の生徒なのかよ!?それ、ちょっとやべえんじゃねえの?」
男の顔がとたんにニヤつく。
パシャッ。
突然、男が俺と先生の写真を携帯で撮った。
男「これでまた新しいネタができたな。今回のはちょっとでかいネタだから、金額はずんでもらわないとな。ゆっくり考えてまた連絡するよ」
そう言ってニタニタしながら、男は去っていった。
岸「先生、今の誰?ネタって?金額って何?」
まきちゃん「…あれ、チィの父親なの」
岸「えっ!?あんなガラ悪いのが!?」
先生って男の趣味、超悪いじゃん…。
まきちゃん「かばうわけじゃないけど、昔はね、あんなじゃなかったの、学生の頃にチィができちゃって、私は休学して出産することになって、彼はすぐにでも大学を辞めて仕事を見つけて家族を養う!って張り切ってたんだけど、なかなか就職が決まらなくて。
そうこうしているうちに、私は出産して、両親の助けもあって復学して、1年遅れたけど無事教師になれて。
私に追い抜かれた気持ちになってやさぐれちゃったのかなぁ…。就活もやめちゃって、それどころがギャンブルにハマって借金作って、どんどん落ちてっちゃった。
うちの親もそんな彼との結婚に反対したし、私自身がどんどん卑屈になっていく彼をもう愛せなくなってしまったこともあって、結局籍を入れないうちに破局…。
私が教師として生活安定してからは、時々現れてはお金をせびりに来るの」
岸「えぇっ!?それで、先生、それに応じてるの!?」
まきちゃん「別に脅されるようなことは何もないけど、教師って聖人君子でいなければいけないみたいなところあるじゃない?
あんなガラの悪い男に付きまとわられていること自体、学校にバレたくなくて…。
言うこと聞かなかったら、学校に嫌がらせしかねないと思って、言いなりになっちゃった私が悪いの…」
岸「確認しますけど、先生はもうあの男のこと、全然好きじゃないんですね?」
まきちゃん「もちろん…!縁を切りたいのに切れなくて、もうどうしたらいいのか…」
岸「わかりました!ちょっと、チィお願いします」
おぶっていたチィを先生に受け渡す。
岸「ちょっと、待ってください…!」
ダッシュで男を追いかけた。
男「あぁ?んだよ?」
岸「”次”とか、ないですから!もう先生に会いに来ないでください!」
男「はぁ~!?」
男があざ笑う。
男「お前さぁ、この写真学校にバラまいたら、どうなるかわかってる?愛しのまき先生、クビだよ?」
岸「別に、俺と先生は、変な関係じゃないですから!」
男「そんなん通用すると思う?教師と生徒がプライベートで休日に会ってて。生徒に子供までおんぶさせてて?誰が見てもそう思うだろ?
それに、事実がどうかなんて関係ないんだよ。変な噂が立つこと自体がダメージなんだよ。教師って窮屈な仕事だよなぁ~?些細なことでも叩かれるから、いつだって正しくいなきゃいけないんだもんなぁ。俺みたいなのに無茶言われても、拒むこともできずに言いなり!事を荒立てられない立場って、弱いよなぁ~!ハハハハ!」
シュッ!
次の瞬間、男の顔の目の前で拳を寸止めする。男が息をのむ音が聞こえた。
岸「さっきの写真、削除してください!それで、もう二度と先生の前に現れないでください!」
男はびびりながらも、精いっぱい威嚇してくる。
男「お前…、こんなことしてただですむと思ってんのか!?まきとのこと、学校にバラしてやる!停学、いや退学になるぞ!」
岸「どうぞご自由に!俺、もともと学校なんてやめてやるって思ってたんで、退学とか全然怖くないんで!
あんたの言う通り、ステイタスのある社会人は窮屈だ。
でも、俺、ガキなんで!失うものないから怖いものなしなんすよ!
言っときますけど俺、空手やってたんで強いですよ?もちろん、今まで試合以外で人を殴ったことはないですけどね。俺の人生初のパンチ、行っちゃっていいっすか?」
男「わ、わかったよ…!」
男は超びびって、携帯を取り出して写真を削除して見せた。
男「こ、これでいいんだろ!?ケッ!」
唾を吐き捨てて、転がるように逃げて行った。
岸「人の出会い方に意味があるとしたら、どうして俺と先生は、生徒と教師という関係で出会ってしまったんだろうって、ずっと思ってました。
でも、やっとわかりました。
先生を守るためです!
俺、ガキで頼りないかもしれないけど、ガキだからこそ、捨て身で先生を守れます!」
まきちゃん「岸くん…」
それから先生は「ありがとう」と言って、泣きそうになりながら微笑んだ。
またチィを受け取った俺は、チィをおぶって片手でお尻を支え、もう片方の手は所在なさげにブラブラ揺れる。
隣を歩く先生の手が、大幅の揺れに合わせてチョン、チョンとかすかに触れた。
どちらからともなくそっと手を重ねた。
2人とも自然にそうしたはずなのに不自然に無言で、やはりその片手に全身系が集中しているのがわかった。
並んで歩く二人の長く伸びた影が、まるで♡の形のように地面に揺れていた。