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「お疲れっしたぁ〜」
「お疲れ様ぁ〜」
「お疲れ様です!」
先輩や後輩に声をかけ、会社を出る。駅までの長くも短くもない距離を音楽を聴きながら歩く。
金曜の夜ということもあり、駅周辺は賑わっていた。
これから飲みに行く人。もう飲んできた人。コンビニで水を買い飲んでいる人。
「なんで水?」
思わず呟く。もちろん酔いを覚ますのに水がいいと聞いたことはある。
でもそれは血中のアルコール濃度を薄めるためらしい。
なら別にオレンジジュースでも紅茶でもいいのではないか。
百歩譲って味付きの水、ほへとすでもいいのではないか。そう思ってしまう。
まあ、そもそもこの話も本当かもわからないが。会社の最寄り駅周辺にも飲み屋はたくさんある。
しかし、そのまま電車に乗って自分の家の最寄り駅まで揺られる。
会社の最寄り駅周辺の飲み屋で飲めばいいのでは?と思うだろうが
今より若い頃、入社してすぐの頃、会社の最寄り駅周辺の飲み屋で飲んでいたときがあった。
すると会社の上司、先輩などが現れ「一緒に飲もうよ」ということになった。
気は遣うし、介抱しないといけないし
そもそもあまり会社のことを考えたくないのに一緒にいる人が会社の人。
嫌でも会社のことが頭にチラついてしまう。それ以来、会社の最寄り駅周辺で飲むのはやめたのだ。
自分の家の最寄り駅のアナウンスが流れ、電車の速度が落ち、止まる。
ホームに降り立ち、改札を通り、外へ。少し歩いてある居酒屋に入る。
暖簾をくぐり、引き戸をカラガラと開ける。
「いらっしゃい!お!海!いらっしゃい!」
「うっす」
この居酒屋「命頂幸」はここ3、4年、毎週金曜に顔を出している行きつけの居酒屋だ。
「食」というのは「命を頂き幸せになる」という意味で
「命頂幸」と書き「ショク」と読むらしい。読めるはずない。
「とりあえずビールね」
「うん。あと」
「テキトー(適当)になんかつまめるもんね」
「うん。よろしく」
いつからかここの主人ともタメ口で話すようになっていた。
昔聞いたがどうやら同い年らしい。若くして自分の店を持つとは…すごい。その一言に尽きる。
スーツのジャケットのボタンを外し、ネクタイを緩める。この瞬間に仕事から解放された気になる。
スマホで、猫動画を再生する。カウンターの壁の部分に立て掛ける。
「はい!とりあえずビールとこれ、ホタテのペペロンチーノね」
「ホタテのペペロンチーノ?そんなのあったっけ?」
「新メニュー予定。食べてみて」
「へぇ~、うまそうだね。ありがと」
「あいあい」
おしぼりで手を拭き、とりあえずビールを流し込む。冷えたビニールが喉を伝う。
麦の香りが鼻から抜ける。半分ほど飲み、グラスを置く。鼻から深呼吸をする。
キマッたようにしばらく動けない。うまい。
箸でホタテのペペロンチーノを口へ運ぶ。ピリリと少し辛みが強く、ニンニクも強い。
自然とビールが欲しくなる。ゴクッっと一口ビールを流し込む。幸せだ。この一瞬だけは仕事を忘れられる。
「どお?」
カウンターに肘をつき、感想を求めてくる主人。
「うん。うまい。酒が進む」
「おぉ!じゃ、レギュラーメニューかな」
「あ、でも辛み強いのとニンニクだから、それはなんか書いといたほうがいいかもよ」
「なるほどね。ん。ありがと」
「ん。ビールおかわり貰っていい?」
「あいあい」
その会話を終え、残りのビールを流し込む。自然と箸がホタテに向かう。食べるとビールが欲しくなる。
「はい!おかわりね」
「ありがと」
空のジョッキを下げてくれる。すぐさまビールを流し込む。うまい。もう1口目くらいうまい。
猫の動画を見ながら、つまみを食べ、ビールを飲むを繰り返す。たまにスマホが倒れ、直す。
ジョッキが空になる前におかわりを頼み飲み干す。
おつまみもすぐになくなり、焼き鳥などつまめるものを頼む。たまに主人と話し込み時間は過ぎていく。
「大丈夫?」
「大丈夫です大丈夫です。帰ります…」
主人と女性の声がする。だいぶ酔っ払っているらしい。
「送ってく?」
「大丈夫大丈夫。帰れますので」
「そお?」
「すいませーん!」
「はいぃー!ほんとに大丈夫?なんなら少し店落ち着くまで待っててくれたら」
「大丈夫です。ほらお客さん待ってますよ」
「おぉ…ごめんね。くれぐれも気をつけてね」
「はーい。ありがとうございましたー」
カラガラと引き戸が開く音が聞こえる。しかしその会話は右から左。
目の前のスマホの小さく四角い画面の中で動く可愛らしい猫を眺めるので必死なのだ。
家族に迎えてみたいがトイレの砂やらシート、1日3食のご飯。
平日は昼にいないので時間になったらご飯が出る機械。ワクチン代。出費がすごいと思うし
そもそも今住んでいるマンションはペット禁止なのでダメである。大人しく動画を見る。
ビールを飲み、つまみを食べ、それを繰り返しているといつの間にかお腹が膨れた感覚になっていた。
居酒屋の時計を見る。いつの間にか12時を回っていた。
「勝利ー。お会計」
「お!もうそんな時間か!」
「もう12時過ぎてる」
「おぉ!」
お会計を済ませる。
「今日もお仕事お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「土日は休めるんでしょ?」
「たぶんね」
「そっかたまにあるんだもんね。呼び出されること」
「うん。マジダルいからね」
「土日休めますように」
「ありがと」
「じゃ、またねー!」
「はい。ありがとー」
カラガラと引き戸を開けて、暖簾をくぐり外に出る。
少し涼しい外気がアルコールで熱った身体を冷やす。音楽は聞かずに自宅への道を歩く。静かな夜。
でも居酒屋のある周辺は明かりがついており、賑やかな雰囲気に溢れている。
少し歩くとガードレールのパイプ版、車道と歩道の間にある万が一のとき
歩行者を車から守ってくれる役割のガードパイプと呼ばれるところに
女性がもたれかかって項垂れているのが遠目で見て取れた。帰り道なのでその女性に近づく。
するとその女性の足元に嘔吐物があるのがわかった。うわっ。っと思い、自動的に眉間に皺が寄る。
なんとなく空気を吸うのが嫌だったので息を止めて通り過ぎる。少し歩いて、息を吐く。
「ふぅ〜…」
社会人になってから運動をしていないので少し息を止めるのもしんどい。少し歩き振り返る。
変わらずさっきのガードパイプに女性が項垂れていた。そのまま歩いてコンビニに入る。
ドリンクコーナーに行き、ガラスドアを開けて
心の紅茶のレモンティーを手に取る。少し考える。レジに心の紅茶とほへとすを置く。
バーコードを読み取る音が響き渡る。今の今まで無味無臭の水をお金を払って買う理由がわからなかった。
しかし今そんな僕が無味無臭の水を買おうとしている。
ほへとすには味?香り?着きの水が販売されている。みかんや桃。
普通ならそもそも水を買わないが買うとしたらそういったみかんや桃のそれである。
しかし、気まぐれで人に親切をしようとしている今
その人がもしかしたらアレルギーを持っているかもしれない。
もしかしたら果汁は入っていないかもしれないが、アレルギーはわからない。
匂いだけで錯覚して反応してしまうかもしれない。なので無味無臭の水にした。
もし今この目の前の店員さんが僕と同じことを思っている人なら
なんでこの人水買ってんだろう。と思われているかもしれない。
スマホで決済を済ませ、ビニール袋を受け取る。コンビニを出て、今来た道を引き返す。
少し歩くと変わらずガードパイプに女性が項垂れていた。
この周辺は治安良くて良かったですね。と心の中で思う。
それとも足元の嘔吐物がそういう男たちからのガードの役割を果たしてくれているのだろうか。
近寄り、嘔吐物を避け、触っていいものかと少し躊躇ったが、肩をトントンと叩き
「あの、大丈夫ですか?」
と声をかける。
「あ…はい…大丈夫です…すいません…」
力弱く手を挙げる女性。明らかに大丈夫ではない。
「これ。水飲んだ方がいいですよ」
ビニール袋から水を出し、差し出す。
「あ、すいません…ありがとうございます…」
僕の手から水を受け取り、バリバリとキャップを開ける。
水を飲むため顔を上げた。めちゃくちゃ美人とかめちゃくちゃ可愛いわけではなく
失礼ながら極普通の女性だった。
中学や高校で分かれるグループを仮に「目立つグループ」「普通のグループ」
「静かなグループ」この3つに分けるとしたら
「普通のグループ」か「静かなグループ」の一番目立つ子という感じだ。
「帰れます?家近いですか?」
「あ、はい…。あのすぐそこなので」
治安は良いとはいえ、関わってしまったので、この後なにかあっても寝覚めが悪い。
少し酔いが覚めるまで近くにいることにした。ガードパイプに座り
心の紅茶レモンティーを飲み、スマホをいじる。ポツッターを開き、ただただスクロールする。
ニャンスタグラムでは友達が彼女との写真をあげていたり
MyPipeで猫動画を見ている人のアカウントをフォローしており
可愛らしく愛らしい猫の動画やイラストが投稿されている。しばらくそれらを眺めていると
「あの…」
と開いているのか開いていないのか分からないくらいの目を開け
ふらふらと小指1本でチョンっとしただけで倒れそうになりながら女性が立っていた。
「すいません…お世話になりました…」
とふらふらしながらペコッっと頭を下げ、水を片手に歩いて行った。
別に下心はないがちゃんと帰れるまで少し後から着いていくことにした。
ふらふらとしながらもマンションのエントランスに入って行った。
さすがに部屋まで入るのを見るのはどうかと思ったのでそこで帰ることにした。
予定外に遠回りをするはめになってしまった。
マンションのエントランスの鍵穴に鍵を差し、ガラスのスライドドアを開ける。
部屋の鍵を開け、中に入る。玄関の照明をつける。真っ暗な部屋。
たまに寂しくなったりもするがこれが日常だ。スーツを脱ぐ。
Yシャツだけを洗濯機の中に入れ、スーツはハンガーに干して除菌消臭スプレーを吹きかける。
テキトーなTシャツとスウェットパンツを履き、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
カペリプシュッ。プルタブを開け、飲み口からビールを流し込む。うまい。
鼻から深呼吸をする。テレビをつけ、なんでもないテレビを見る。
缶ビールを飲み終えたところで缶を潰し、キッチンのゴミ袋に入れる。
溜まった缶に缶がぶつかる音がする。テレビを消し、リビングの照明を消し、眠りについた。
土曜でスマホのアラームもかけていないというのに朝7時に目が覚める。
平日と同じようにテレビをつけ、ニュースを流す。
ニュースを見ながら歯を磨き、洗面所に戻って口を濯いで顔を洗う。
平日の朝であればシェイビングフォームを口周りにつけ
電動髭剃りで髭を剃るのだが、土日。チクチク伸びた髭を触るものの、そのままにする。
せっかく朝早く起きたので1週間溜め込んだ洗濯物を洗濯する。
8時になる直前の星座占いを見て、運勢が10位だったので、また眠ることにした。
まあ、運勢が良かったとしても寝ていたが。12時前に起きて、シャワーを浴びる。
どこかアルコールの残った身体にシャワーは素晴らしい。
頭からシャワーを浴びると、足元に流れる水と共に体内のアルコールが流れていく気がする。
ドライヤーで髪をある程度乾かし、洗濯と乾燥が終わった洗濯物をハンガーにかけ
部屋にかける。Yシャツは皺を伸ばすため、スチームアイロンをあてる。
お昼ご飯を食べ、nyAmaZonプライムで映画や見逃したドラマ、アニメを見て
夜ご飯の買い出しに行って、夜ご飯を食べ
ダラダラテレビを見たり、スマホをいじったりし、お風呂に入り、缶ビールを飲んで、眠りについた。
日曜日も同じ。なぜかスマホのアラームもかけていないのに朝7時に起き、ニュースを見て
土曜日に洗濯はしたのでそのまま二度寝をしてお昼ご飯を買いに出て
お昼ご飯のついでに夜ご飯も買い、その後は家から出ることなく過ごした。
夜21時のドラマを楽しみにしていたものの、日曜夜21時ということは
もうすぐそこに月曜日が迫っているということでもあった。楽しみでありつつ苦痛でもある。
あっという間にドラマが終わり、面白かったなぁ〜という感想と共に現実が押し寄せ、ベッドに倒れ込む。
そのままスマホで猫動画を見て、日曜の夜はビールを飲むことなく12時前には眠りについた。
朝忌まわしいけたたましいアラームの音で目が覚める。
土日はアラームなしでも朝目が覚めたというのに、なぜか月曜日はアラームに起こされる。
テレビをつけ、洗面所に行き、歯ブラシを濡らし、歯磨き粉を乗せる。ニュースを見ながら歯を磨く。
ニュースで「月曜日」や天気予報で「きょう」の次の「火」を見ると
歯を磨きながら自然と肩が落ちる。洗面所へ戻り、口を濯いで顔を洗う。
たった2日、土日の2日髭を剃らなかっただけなのに、そこそこ伸びていて「髭」の生命力に感心する。
シェービングフォームを手に出し、洗顔をするようにやる気のない目で頬に塗り込む。
泡立ってきたところで電動髭剃りのスイッチを押す。電動髭剃りが震える。
モーター音に月曜日を感じ「はぁ…」とため息が出る。
髭を剃り終え、口周りのシェービングフォームを洗い流す。
鏡に映る髭のない自分。またため息が出そうになり、天井を見て鼻から息を吐き出す。
ハンガーにかけたスーツと対峙する。「仕事」という言葉が頭を埋め尽くす。
嫌で吐きそうになる。といってもうちの会社は良い会社だ。
上司や先輩も良い方ばかりだし、後輩も良い子たちばかりだ。
なので出社さえしてしまえば気持ち良く仕事ができる。
しかし、スーツに腕を通すまで。バッグを持つまで。革靴を履くまで。
玄関の扉開き、外に1歩踏み出すまで。そのどれもが苦痛なのだ。
Yシャツに腕を通し、スーツに足を通す。ネクタイを締めて、スーツに腕を通す。
バッグを持って玄関で革靴を履く。玄関のドアノブに手をかけ、扉を開ける。
やけにいい天気。それがまた仕事に行くということを憂鬱にさせる。
扉が閉まり、バッグからキーケースを取り出し、鍵を閉める。駅へと歩き出す。
改札には学生やスーツ姿の社会人がピッピッピッピとけたたましい音を鳴らしている。
僕もその後に続いてスマホを改札にあて、ホームに入る。
通学通勤ラッシュの中揉まれながら電車に揺られ、会社の最寄り駅で降りる。
会社の入っているビルに入り、エレベーターに乗り、自分のデスクのある階で降りる。
「おはよーございます」
この言葉で仕事をする平日の1週間が幕を開ける。
月曜日から1週間、平日金曜日まで、スマホのアラームに起こされ、嫌々歯を磨き
すべての朝の動作、出勤までの準備が重く
でも出社すれば良い上司、先輩、後輩に囲まれ、気持ち良く仕事ができる。
大きなミスもしなければ、みんなで飛んで喜び抱き合うなんていうこともない。
ただただパソコンと向き合い、資料をプリントし、誤字脱字を確認され、あれば直し、会議。
そんななんでもない1週間が過ぎた。
過ぎるまでは長くてしょうがなかったが、過ぎてしまえば、あっという間にだった。
「お疲れっしたぁ〜」
「おぉ、お疲れ様」
「お疲れ様です!」
エレベーターでワイヤレスイヤホンを耳に入れる。音楽アプリでテキトーに音楽を流す。
会社の入っているビルから出て一直線に駅へと歩く。電車に揺られながら自分の家の最寄り駅で降りる。
いつもも道を行き、いつもの暖簾をくぐり、カラガラと引き戸を開ける。
「いらっしゃい〜お!海ぃ〜おつかれぇ〜」
「ん。お疲れぇ〜」
「とりあえずビールね。あとこないだのホタテでい?」
「うん。ありがと。お願い」
「あいぃ〜!」
バッグを置き、スーツのジャケットのボタンを外し、ネクタイを緩める。
「っ…ふぅ〜」
仕事から解放されてる感覚に思わず息が漏れる。
「はいぃ〜とりあえずビールとホタテのペペロンね」
「ありがと〜」
「ういっす!」
おしぼりで手を拭く。
「っ…ふぅ〜」
息を吐き、ジョッキの取手を握り、ビールを喉の奥へ流し込む。
ゴクゴクと喉を鳴らすほどに飲む。冷たさと炭酸とこのビールの爽やかな感じが
1週間の疲れを炭酸と共に弾き飛ばしてくれる気がする。
「っ…ふぅ〜…」
クラクラするほどうまい。ホタテのペペロンチーノをいただく。
ピリリと辛い。ニンニクのパンチも相変わらず効いている。メニューを見る。
ホタテのペペロンチーノ風480円。その上に「少し辛めでニンニクパンチ強めです!」と書いてあった。
おぉ〜オレの感想が反映されてる
と少し感動する。スマホを出し、いつも通りカウンターの壁に立てかけ、猫の動画を流す。
日々の疲れをビールと美味しいつまみと可愛い猫の癒しで溶かしていく。
「お会計お願いします」
「お!うきちゃん、こないだ大丈夫だった?」
「あ、すいません。ご心配おかけしまして」
「いやいや、全然いいんだけど。大丈夫だったかなぁ〜って。あ、千円ね」
「はい。親切な方のお陰で無事帰れました。いつもすいません。はい。千円」
「ううん全然大丈夫よ。頑張ってる子は応援したいから。
ほんとはタダでーって言いたいとこだけどね。はい。ちょうどね。いやぁ〜良かったよ無事で。
ここら辺はそんな治安悪いってわけじゃないけど、潰れた女の子はやっぱ心配だからね」
「すいません」
「いやほんと全然いいのよ!人には潰れたいときあるしね。
そんなときにうちに来てくれてオレは嬉しいからさ。
これからもどうぞご贔屓に。はい500円のお釣りね」
「はい。これからも夜ご飯食べに通わせていただきます」
「お待ちしております!じゃ!ありがとうございました!またねぇ〜!」
「こちらこそありがとうございました!また!」
カラガラと引き戸が開く音が聞こえる。会話は聞こえてはいたものの内容は右から左。
主人特製の美味しいおつまみに舌鼓を打ちながらビールを飲み
猫動画で癒しをいただいている。他の人の会話に集中する暇は今の僕にはない。
「ビールおかわりお願ぁ〜い」
「あいあい!なに?また猫動画見てんの?」
主人がカウンターから覗き込んでスマホを見る。
「そうそう。癒しよ」
「猫派なの?」
「そうね。実家にもいるし」
「あ、そうなんだ。今んとこでは飼わないの?あ、はい。おかわりね」
「お、ありがと。今んとこね。ペット禁止なのよ」
「あ、そうなんだ?でもあれじゃない?ペットじゃありません!歴とした家族です!って言えばいいじゃん」
「その主張が通ればいいけどね。ふつーに出て行ってくださいって言われると思うよ」
「まあ、そっか」
その後もビールを飲み、おつまみを食べ、気づけば12時を回り、お腹も膨れたので
「勝利。お会計お願い」
「お、もう帰る?」
「うん」
「今日もお仕事お疲れ様でした」
「ありがとうございます。勝利もお疲れ様です」
「ありがとうございます」
お互いにお辞儀をして顔を上げたときに目が合って笑った。
お会計を済ませて、お財布をバッグにしまい、バッグを持って
「んじゃ、また来るわ」
「ん!待ってますよ!ありがとうございました。またね!」
「ん。またね」
カラガラと引き戸を開け、暖簾をくぐり外に出る。
少し冷たい外気がアルコールで熱った身体を少し冷やす。音楽を聴かずに帰り道を歩く。
しばらく歩くと白のガードパイプが並んでいるところに来た。
先のほうにガードパイプに腰掛けてる女性の人が目に入った。私服だ。
飲み終わりで2軒目に行くために誰かを待っているのだろうか。
そう思って歩いているとその女性に近づいてきた。
ジロジロ見るのもあれなので視線を真正面に向けてその女性の横を通り過ぎる。
そういえば先週ここでゲロ吐いてる女性に水買ったなぁ〜。と思い出す。すると
「あっ、あのっ!」
っとすぐ近くで女性の声がする。自分に掛けられている声にも聞こえたが
自分じゃなかったら恥ずかしいので、声のほうと逆のほうをわざと向き
なにかを探すような視線で声のほうを向く。
すると先程のガードパイプに腰掛けていた女性が僕に声をかけていた。
「ん?はい?オレ?ですか?」
「はい!」
「はい。なんでしょうか…」
「あのですね…」
女性の顔をマジマジと見るのもあれかと思ったが
胸を見るわけにもいかないし、足を見るのも変なので結局目を見ることにした。
しかしどこか見覚えがある。芸能人?
「間違っていたら申し訳ないんですが、先週水を…」
その言葉で思い出した。
「あぁ!はいはい!酔い潰れてた」
「はい…。その説はすいませんでした」
「あぁ、いえいえ。ご無事なようでなによりです」
「お陰様で無事でした」
会話が一段落して、変な無言の時間が訪れた。足元を見る。
1週間経っているので当たり前といえば当たり前だが、嘔吐物は綺麗さっぱり無くなっていた。
掃除してくれた方、嫌だったでしょうに。お疲れ様でした。と心の中で掃除してくれた方を労う。
「あの!」
不意なそこそこ大きな声に心臓が跳ねる。
「はい」
「お礼がしたいので、夜空いてる日ありませんか?」
正直嬉しかった。下心もあったが助けた人がすごく良い人だった。それが嬉しかった。
リアル鶴の恩返しだ。と思った。しかし嬉しかった反面、空いてる夜…と考える。
正直土日はゲームしたりテレビ観たりして、いつのまにか寝てるというのが幸せなのだ。
かといって平日の夜はもっと嫌だ。速攻家に帰って缶ビール飲み干して寝たい。となると
「土曜日であれば大丈夫です」
ということになった。
「土曜日ですね。じゃ、明日とかどうでしょうか」
「明日ですね。はい。大丈夫です」
「あのぉ〜じゃあLIME教えて貰っていいですか?
あのあれです!全然必要なければ、消してもらって構わないので」
「あ、はあ。全然教えるのはいいですけど」
QRコードを出し読み取ってもらう。友達追加をしたのは今の後輩が新卒で会社に来たとき以来だ。
今年も新人が入ってきたが、僕が面倒を見る後輩ではないのでLIMEは知らない。
女性からスタンプが送られてきて「追加」のボタンをタップする。
「よろしくお願いします」
女性の方が頭を下げる。
「あ、はい。こちらこそ」
僕も頭を下げる。頭を上げるとその女性と目が合い少し気まずい。
名前を見る。「海綺」なんて読むんだろう。と思ったが聞くのはやめておいた。
「じゃ、明日よろしくお願いします。会えて良かったです!」
そう言ってまた頭を下げて、小走りで去って行った。
新しい出会いに少し高揚していたのか、はたまたアルコールのせいか
いつもより気分が軽く、心臓が活発に動き、身体が温かい気がした。
コンビニに寄り、心の紅茶のレモンティーを買い、飲みながら家に帰った。
エントランスで鍵穴に鍵を差し、玄関の鍵穴に鍵を差し、ドアを開ける。真っ暗。
カーテンの閉まった奥のベランダに行くガラス戸から
街灯の灯りがほんの少し入ってきているだけ。玄関の明かりをつけ、靴を脱ぐ。
スーツのジャケットを脱ぎハンガーにかける。ネクタイも外してハンガーの柄に回しかける。
スーツのパンツからスマホを取り出す。画面をタップする。
いつもは来ないLIMEの通知が1件。先程の女性からだった。
「明日、何時頃がいいでしょうか?待ち合わせは駅でいいですか?」
返事はせずにスマホをベッドに放る。
Yシャツを脱ぎ、ぽっかり空いた洗濯機の口の中へ放る。スーツのパンツもハンガーにかける。
除菌消臭スプレーを吹きかける。部屋着に着替え、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プルタブを開ける。
一口飲み、ベッドの上のスマホを拾い上げる。
ソファーに腰を下ろし、テレビをつけ、スマホもつける。通知をタップし、トーク画面へ行く。
「明日、何時頃がいいでしょうか?待ち合わせは駅でいいですか?」
明日。というか今日だ。約束してしまった。楽しみである反面少しめんどくさい。
キーボードをタップし、返信を打ち込む。
「19時頃でいかがでしょうか。はい。駅で大丈夫です。」
送信ボタンをタップする。真新しいトーク画面。
まだメッセージは2つだけ。スタンプも含めると3つ。なぜか少しいいなと思ってしまう。
すると送ったメッセージに既読がついた。すぐにトーク一覧の画面に戻る。
そもそもひさしぶりにLIMEを開いた。最後にLIMEしたのは4月のアタマ。
実家からいろいろと届いたので、それに関するお礼を父母にしたのと
姉ともその送られてきたものに関して話した。それくらいだ。
うちの会社はそんなに早急な直しが必要なものはないし、会社の人とやり取りしたのは
ちょっと付き合ってくれと言われ
ひさしぶりに3月終わりに先輩と飲みに行ったときのお礼のLIMEが最後だった。
「海綺」の名前の横に数字が出る。
「わかりました!7時に駅前。よろしくお願…」
全文は表示されていなかったが「よろしくお願いします」だろうと思った。
すると数字が「2」に変わった。
「おやすみなさい!」
なぜか心臓が跳ねた。「おやすみなさい」いつ振りだろう。人から「おやすみ」と言われたのは。
なぜかドキドキが鳴り止まない。深呼吸を繰り返す。少し落ち着き缶ビールを飲む。少し緩くなっていた。
夜中のバラエティー番組を観ながら缶ビールを飲み
1缶空いたら缶を潰し、キッチンのゴミ袋に入れる。溜まった缶に缶がぶつかる。
テレビを消し、部屋の明かりもリモコンで消す。真っ暗な中スマホの画面をタップする。
自分の周りがスマホの明かりで照らされる。777922。ロックを解除する。
「海綺」の名前をタップし、トーク画面へ入る。
「わかりました!7時に駅前。よろしくお願いします!」
「おやすみなさい!」
キーボードをタップし返信を打ち込む。
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
「おやすみなさい」
トーク画面に自分の送信したメッセージが表示される。
トーク一覧に戻りニャンスタグラムを開く。猫動画を見ているうちにあくびが出て
スマホを充電コードに繋いで、布団に潜り込んだ。目を瞑って深呼吸を繰り返す。
仕事の疲れと1週間が終わった安堵とアルコールと変な気を遣ったお陰でスッと眠りに落ちた。