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男子校に入学して、半年。
朝倉湊には、ひとつだけ大きな不満があった。
「……恋がしたい」
昼休み。
教室の一番後ろの席で、湊は机に突っ伏しながら呟いた。
「また言ってるよ」
隣の席に座っていた友人の高橋が、呆れたように笑う。
「だって高校生だぞ? 高校生っていったら恋愛だろ」
「その理屈、意味分かんない」
「いや、分かるだろ!」
湊は勢いよく顔を上げた。
「放課後に好きな人と一緒に帰ったり、休日に遊びに行ったり、文化祭で二人きりになったり……そういう青春を俺は送りたいんだよ!」
「ここ男子校だけど」
「分かってる!」
それを言われると何も言い返せない。
教室を見回してみる。
窓際では男子数人がスマホを囲んで騒いでいる。
前の方では、弁当を食べながら次のテストの話をしている。
廊下からは、隣のクラスの男子が大声で笑う声。
どこを見ても男子。
当然だ。
ここは男子校なのだから。
「……でもさ」
湊は窓の外を見た。
「男子校だからって、恋ができないって決まったわけじゃないだろ?」
「まあ……そうだけど」
「だろ?」
「お前、男子に恋するつもり?」
「…………」
湊は黙った。
そこまで考えたことはなかった。
自分は普通に女子が好きだと思っている。
少なくとも、中学の頃には好きな女子がいた。
だけど、高校に入ってからというもの、誰かを好きになる機会すらなかった。
女子と会話することもほとんどない。
だからといって、男子を好きになるという発想もなかった。
「……まあ、そのうち彼女できるって」
高橋が笑う。
「そうかな」
「そうだよ」
湊は小さく笑った。
「だといいけどな」
そのときだった。
「朝倉」
背後から声がした。
湊は振り返る。
そこに立っていたのは、神谷朔だった。
「……神谷?」
同じクラス。
席は少し離れている。
成績はいつも上位。
運動もそれなりにできる。
先生から頼まれることも多い。
そして何より――。
「これ」
朔が一枚の紙を差し出した。
「先生から」
「俺に?」
「放課後、委員会の仕事を手伝ってほしいって」
「あー……そういえば言われてた」
紙を受け取る。
「ありがと」
「うん」
朔はそれだけ言って、自分の席へ戻っていった。
湊はその背中を目で追った。
黒い髪。
少し長めの前髪。
普段からあまり表情が変わらない。
けれど、今の声は思ったより優しかった。
「……なあ」
高橋がニヤニヤしている。
「何?」
「神谷って、かっこいいよな」
「……まあ」
「好きになった?」
「なるわけないだろ!」
湊は慌てて否定した。
「何言ってんだよ」
「冗談だって」
「びっくりした……」
そう言いながらも、なぜか湊の胸には妙な感覚が残った。
神谷朔。
今まで、そんなに話したことがない。
それなのに、どうしてだろう。
さっき目が合った瞬間。
少しだけ、心臓が速くなった気がした。
*
放課後。
教室にはほとんど人が残っていなかった。
湊は机の横に鞄を置き、教室の前で先生から渡された資料を整理していた。
「これ、全部?」
「そう。職員室に持っていってくれ」
「了解です」
思ったより量が多い。
湊は資料を抱え直した。
「……重」
「持つよ」
横から声がした。
振り向くと、朔が立っていた。
「神谷?」
「半分」
そう言って、朔は資料の束を受け取った。
「あ、ありがとう」
「別に」
二人で廊下を歩く。
夕方の校舎は静かだった。
昼間なら騒がしい男子たちの声も、今は遠くに聞こえるだけ。
窓から差し込む夕日が、廊下を赤く染めている。
しばらく、二人とも何も話さなかった。
湊は少し気まずくなって、口を開いた。
「神谷って、いつも残ってるの?」
「今日はたまたま」
「そうなんだ」
「朝倉は?」
「俺もたまたま」
「そっか」
また沈黙。
湊は頭の中で必死に話題を探した。
何か話したい。
でも、何を話せばいいのか分からない。
「……神谷ってさ」
「うん」
「彼女とかいる?」
言った瞬間。
しまった、と思った。
何を聞いてるんだ、自分。
「いないよ」
朔は普通に答えた。
「そうなんだ」
「朝倉は?」
「俺もいない」
「そっか」
そこで終わると思った。
しかし朔は少し考えてから言った。
「……欲しい?」
「え?」
「恋人」
湊は足を止めそうになった。
「ほ、欲しいけど」
「そう」
「神谷は?」
「……俺も」
その答えが、妙に胸に残った。
「意外」
「何が?」
「神谷って、恋愛とか興味なさそうだから」
「よく言われる」
朔が小さく笑った。
「でも、俺だって普通に誰かを好きになってみたいよ」
「……」
湊は黙った。
それは自分も同じだった。
「じゃあさ」
気づけば口にしていた。
「一緒に探さない?」
「何を?」
「恋人」
「……どうやって?」
「それをこれから考える!」
朔が少しだけ目を細めた。
「朝倉らしい」
「何それ」
「勢いだけで進んでる感じ」
「ひどいな!」
初めて見る、朔の笑顔だった。
湊は一瞬、言葉を失った。
笑うんだ。
神谷って。
普段は無表情に近いから、もっと笑わない人だと思っていた。
でも。
笑った顔は、思っていたよりずっと――。
「……朝倉?」
「え?」
「どうした?」
「いや、何でもない」
湊は慌てて前を向いた。
胸が少しだけ熱い。
理由は分からなかった。
*
翌日。
「作戦会議を始めます!」
昼休み。
湊は教室の隅にある机を二つくっつけて、そこにノートを広げた。
「何の?」
朔が聞く。
「恋人を作るための作戦会議!」
「本当にやるんだ」
「もちろん」
ノートの一番上に大きく書く。
『恋人を作るためには』
その下に箇条書き。
一、出会いを増やす。
二、相手と仲良くなる。
三、自分のことを知ってもらう。
四、勇気を出して告白する。
「完璧じゃん」
湊が胸を張る。
「問題は一番目」
「出会い?」
「そう」
朔が教室を見回す。
「男子校だから」
「……そうなんだよ」
二人で沈黙する。
「詰んだ?」
「早い」
湊が笑う。
「でも、学校の外なら女子もいるだろ」
「休日に外へ出ればいい」
「それだ!」
湊はノートに大きく書き込んだ。
『休日に出会いを探す』
「次の土曜日、どこか行かない?」
「二人で?」
「うん」
「……いいよ」
「決まり!」
湊は嬉しくなった。
なぜだか分からない。
ただ、朔と休日に出かけることが楽しみだった。
*
土曜日。
二人は駅前で待ち合わせた。
「お待たせ」
「いや、俺も今来たところ」
湊は私服姿の朔を見て、一瞬固まった。
学校では制服しか見ない。
私服になるだけで、印象が全然違う。
「……何?」
「いや」
湊は視線を逸らした。
「なんか新鮮だなって」
「朝倉も」
「俺?」
「学校より明るい感じ」
「それ褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
二人で笑った。
それから街を歩いた。
カフェに入った。
本屋にも行った。
ゲームセンターにも寄った。
でも、当然ながら都合よく恋人候補が現れるわけではない。
夕方。
二人は駅近くのベンチに座っていた。
「……収穫ゼロ」
湊が呟く。
「そうだね」
「恋人って、どうやってできるんだろうな」
「さあ」
朔が空を見上げる。
「でも」
「ん?」
「今日、楽しかった」
湊は少し驚いた。
「俺も」
「なら、よかった」
その瞬間。
湊の胸がまた跳ねた。
今日、一日ずっと一緒にいた。
くだらない話をして。
笑って。
同じものを見て。
それだけなのに、妙に心地よかった。
「……神谷」
「何?」
「俺さ」
言いかけて、やめた。
「いや、何でもない」
「そう?」
「うん」
まだ言えない。
自分でもよく分からない。
ただ――。
この時間が終わってほしくない。
そう思った。
*
月曜日。
教室に入ると、いつもと少し違う空気が流れていた。
「朝倉!」
高橋が駆け寄ってくる。
「土曜日、神谷と出かけただろ?」
「え?」
「見たっていうやつがいる」
「……」
湊の心臓が止まりそうになった。
「別にいいだろ。友達と出かけただけだよ」
「まあな」
高橋はニヤニヤする。
「でも珍しいじゃん。お前ら、最近よく一緒にいるし」
「そうかな」
「そうだよ」
湊は何も答えなかった。
教室の反対側を見る。
朔が席に座っている。
こちらを見ていた。
目が合う。
朔は小さく笑った。
湊も笑い返した。
それだけのことなのに。
なぜか胸が温かくなった。
*
それから二人は、少しずつ一緒にいる時間が増えた。
昼休み。
放課後。
委員会。
休日。
特別なことは何もない。
ただ、一緒にいる。
それだけ。
そして、いつの間にか。
湊にとって、朔と過ごすことが当たり前になっていた。
「朝倉」
「ん?」
「今日、一緒に帰る?」
「もちろん」
そんな会話をすることが増えた。
ある日の放課後。
二人で校門を出たところで、朔が言った。
「朝倉って、好きな人できた?」
「え?」
「前に恋人が欲しいって言ってただろ」
「ああ……」
湊は少し考えた。
「分かんない」
「分からない?」
「うん」
「なんで?」
「最近、誰かといると楽しいんだよ」
「誰?」
聞かれて、湊は朔を見る。
答えが出てしまった。
でも、口にするのが怖かった。
「……秘密」
「そっか」
朔はそれ以上聞かなかった。
少し寂しそうに見えた。
湊は胸が痛くなった。
「神谷は?」
「俺?」
「好きな人、いる?」
「……いる」
湊の足が止まった。
「え」
「いるよ」
「……誰?」
聞くのが怖い。
それでも聞いてしまう。
朔は少しだけ困ったように笑った。
「まだ秘密」
「なんだよ、それ」
湊は笑おうとした。
でも、うまく笑えなかった。
*
その夜。
湊は自分の部屋でベッドに寝転がっていた。
「……好きな人、いるんだ」
朔の言葉が頭から離れない。
誰だろう。
クラスの女子?
中学からの知り合い?
それとも、最近知り合った誰か?
考えれば考えるほど胸が苦しくなる。
「……なんで俺、こんな気になるんだ?」
答えは出ない。
でも、ひとつだけ分かったことがある。
朔に好きな人がいると聞いたとき。
嫌だった。
すごく嫌だった。
自分でも驚くくらい。
翌朝。
学校へ向かう途中で、湊は決心した。
今日、朔に聞こう。
誰が好きなのか。
そして――。
自分の気持ちも確かめよう。
*
放課後。
いつものように二人で教室に残った。
窓の外は夕焼け。
湊は意を決して口を開いた。
「神谷」
「うん?」
「昨日の話なんだけど」
「好きな人?」
「うん」
朔は黙った。
「誰なの?」
しばらくして。
「……朝倉」
「え?」
「俺が好きなのは」
朔がこちらを見る。
真っ直ぐな目だった。
「朝倉だよ」
時間が止まったような気がした。
「……俺?」
「うん」
湊は何も言えなかった。
頭の中が真っ白になる。
「迷惑なら、忘れて」
「違う!」
思わず声が出た。
「違うんだ」
「……じゃあ」
「俺も」
声が震えた。
「俺も、神谷のことが好き」
言ってしまった。
ずっと胸の中にあったものが、一気に溢れた。
怖かった。
でも、不思議と後悔はなかった。
朔はしばらく黙っていた。
そして。
「……本当に?」
「うん」
「俺でいいの?」
「神谷がいい」
朔の目が少しだけ潤んだように見えた。
それから、優しく笑った。
「じゃあ」
一歩近づく。
「俺たち、付き合ってみる?」
湊は頷いた。
「うん」
二人は笑った。
男子校で恋ができるなんて、思っていなかった。
ましてや、自分が男の子を好きになるなんて。
少し前までの自分なら、きっと信じなかった。
でも今は違う。
好きになった。
神谷朔を。
そして、朔も自分を選んでくれた。
それだけで十分だった。
*
翌日。
教室に入る。
「おはよう、朝倉」
「おはよう、神谷」
いつもと同じ挨拶。
いつもと同じ教室。
なのに、何もかも違って見える。
目が合うだけで嬉しい。
名前を呼ばれるだけで嬉しい。
そんな自分が少し恥ずかしくて、湊は笑った。
「何?」
朔が聞く。
「なんでもない」
「変なの」
「神谷も笑ってるじゃん」
「……朝倉が笑ってるから」
「それ、ずるい」
「何が?」
「何でもない!」
二人で笑う。
その光景を、少し離れたところから見ている男子がいた。
「……最近、あいつら仲良すぎない?」
別の男子が答える。
「確かにな」
「付き合ってたりして」
「まさか」
二人には聞こえていない。
けれど。
これから先。
二人の関係は、少しずつ周囲にも知られていくことになる。
友達。
クラスメイト。
先生。
そして、家族。
楽しいことだけではない。
すれ違うこともある。
傷つくこともある。
好きだからこそ、怖くなる日もある。
それでも。
あの日、夕焼けの教室で交わした言葉だけは。
二人とも、忘れなかった。
「俺も、神谷のことが好き」
その一言が。
二人の高校生活を変える、最初の一歩だった。
付き合い始めてから、三日。
朝倉湊には、ひとつ困っていることがあった。
「……どうしよう」
朝の教室。
自分の席に座ったまま、湊は机に突っ伏した。
「何が?」
隣から声がする。
顔を上げると、神谷朔が立っていた。
「神谷……」
「おはよう」
「お、おはよう」
それだけで胸が跳ねる。
今までなら普通に返せていた挨拶なのに。
今は違う。
昨日までただの「クラスメイト」だった相手が、今日からは「恋人」なのだ。
そう考えるだけで、顔が熱くなる。
「……何?」
「いや」
「さっきから見てるけど」
「見てない」
「見てた」
「見てないって」
朔が少し笑う。
「朝倉、分かりやすいね」
「うるさい」
湊は顔を伏せた。
付き合うって、もっと劇的なものだと思っていた。
何かが大きく変わって。
昨日までとは全然違う毎日になる。
そう思っていた。
でも実際は――。
学校は何も変わらない。
同じ教室。
同じ制服。
同じ先生。
同じ授業。
そして、同じように昼休みがやってくる。
変わったのは。
二人の間だけだった。
「朝倉」
「ん?」
「昼、一緒に食べる?」
「……もちろん」
その一言だけで、嬉しくなる。
*
昼休み。
二人はいつものように教室の隅に座っていた。
「いただきます」
「いただきます」
湊は弁当箱を開ける。
今日の弁当には、母親が作った卵焼きが入っていた。
「それ、美味しそう」
「食べる?」
「いいの?」
「一個だけな」
箸で卵焼きを取る。
朔の弁当箱へ入れる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
それだけのやり取り。
なのに、なぜか嬉しい。
「……恋人って、こういう感じなのかな」
湊が呟いた。
「何が?」
「いや、こうやって一緒に飯食べたり」
「たぶん」
「なんか普通だな」
「普通がいいんじゃない?」
朔はそう言って笑った。
「普通?」
「うん」
「どういう意味?」
「恋人だからって、急に何か特別なことをしなくてもいいと思う」
湊は少し考えた。
「……確かに」
好きな人と同じ時間を過ごせる。
それだけで十分なのかもしれない。
そう思った。
*
しかし。
二人が付き合い始めてから一週間ほど経った頃。
少しずつ問題が出てきた。
「最近、神谷と朝倉って一緒にいること多くね?」
休み時間。
教室の後ろで、男子数人が話している。
湊には聞こえていた。
「前から仲良かったっけ?」
「いや、そんなでもなかっただろ」
「最近急にじゃない?」
「確かに」
湊は机の上の教科書を見つめた。
心臓が速くなる。
隣を見る。
朔も聞こえているらしい。
目が合った。
何も言わない。
でも、その目だけで分かった。
――どうする?
湊も目で返す。
――分からない。
先生が教室に入ってきたことで、その会話は終わった。
けれど。
湊の胸には不安が残った。
*
放課後。
校門を出たところで、湊は朔に聞いた。
「……どうしよう」
「何が?」
「今日の話」
「気にしなくていい」
「でも」
「俺たちは何も悪いことしてないよ」
朔は落ち着いていた。
湊とは違う。
「そうだけど……」
「朝倉は、知られたら嫌?」
湊は答えに詰まった。
嫌。
でも、朔と付き合っていること自体が嫌なわけじゃない。
むしろ逆だ。
「……神谷と付き合ってることは、嫌じゃない」
「うん」
「ただ」
湊は俯いた。
「みんなに何か言われるのが怖い」
「そっか」
朔は少し考えてから言った。
「じゃあ、無理に言わなくていい」
「……いいの?」
「うん」
「でも、隠してるみたいで」
「今は、俺たちがどうしたいかを一番に考えよう」
湊は顔を上げた。
「神谷って、こういうとき強いよな」
「そう?」
「俺だったら、絶対パニックになる」
「朝倉は考えすぎ」
「それ褒めてないだろ」
「褒めてない」
「ひどい」
二人で笑う。
少しだけ、心が軽くなった。
*
その週の金曜日。
事件が起きた。
「朝倉、これ落としたぞ」
「え?」
高橋が拾ったのは、一枚の紙だった。
そこには、湊が授業中に書いたメモ。
――土曜日、神谷と駅前。
その文字を見た瞬間。
湊の顔が青くなった。
「……これ」
「神谷と遊ぶの?」
「えっと……」
「最近ほんと仲良いよな」
高橋が笑う。
「付き合ってんの?」
冗談だった。
たぶん。
けれど湊は笑えなかった。
「……」
教室が静かになったように感じた。
何人かがこちらを見ている。
湊は何も言えなかった。
「……冗談だよ」
高橋が笑ってごまかす。
「そんな顔すんなって」
「……うん」
高橋が離れていく。
湊は深く息を吐いた。
怖かった。
もし今。
「そうだよ」と言っていたら。
何が起きていたんだろう。
*
放課後。
湊は一人で校舎裏にいた。
そこは人が少ない。
夕方の風が冷たい。
「朝倉」
振り返る。
朔だった。
「……来てたんだ」
「探した」
「ごめん」
「何があった?」
湊は少し迷ってから、昼間のことを話した。
朔は黙って聞いていた。
「……怖かった」
「うん」
「神谷と付き合ってることを否定するのも嫌だった」
「うん」
「でも、言うのも怖い」
湊の声が震える。
「俺、どうすればいいのかな」
朔はすぐには答えなかった。
そして。
「何もしなくていい」
「え?」
「今すぐ答えを出さなくてもいい」
「……」
「俺は、朝倉と付き合えたことを後悔してない」
湊は顔を上げた。
「だから、急がなくていい」
「神谷……」
「俺たちはまだ高校生だし」
朔が少し笑った。
「これからいくらでも考える時間はある」
その言葉に、湊の目が少し熱くなった。
「……ありがとう」
「うん」
「俺、神谷のこと好きでよかった」
朔が少し驚いた顔をした。
「急に言わないで」
「なんで?」
「嬉しすぎるから」
湊は笑った。
*
土曜日。
二人は約束通り、駅前で会った。
前回とは違う。
今回は「恋人として」の休日だ。
けれど。
二人とも、何をすればいいのか分からない。
「……どこ行く?」
湊が聞く。
「朝倉が決めていいよ」
「じゃあ映画」
「いいよ」
二人で映画館へ向かう。
映画を見て。
昼食を食べて。
本屋へ行く。
やっていることは普通の友達と変わらない。
でも。
ふとした瞬間。
湊は思う。
隣にいるのが朔でよかった。
「神谷」
「ん?」
「今日、楽しい?」
「うん」
「俺も」
朔が笑った。
「じゃあ成功だね」
「何が?」
「恋人としての初めての休日」
「……そうだな」
二人は歩きながら笑った。
*
夕方。
駅へ戻る途中。
突然、朔が足を止めた。
「朝倉」
「ん?」
「少しだけ、こっち来て」
「?」
人通りの少ない場所へ移動する。
「どうした?」
「……昨日のこと」
「昨日?」
「俺たちのことを知られるのが怖いって言ってただろ」
「うん」
「俺も、怖いよ」
湊は驚いた。
「神谷も?」
「うん」
「全然そう見えなかった」
「平気なふりしてただけ」
朔は少し俯いた。
「俺だって、朝倉と離れたくない」
湊の胸が締め付けられた。
「……離れないよ」
「本当に?」
「うん」
「約束?」
「約束」
湊は笑った。
朔も笑う。
二人の間に、少しだけ安心した空気が流れた。
*
月曜日。
学校へ行くと、教室の空気がいつもと違っていた。
「なあ」
高橋が近づいてくる。
「昨日、神谷と一緒に駅いた?」
「……見たの?」
「偶然な」
湊は黙った。
高橋は少し考えるようにしてから言った。
「朝倉」
「何?」
「別に、俺は何も言わないから」
「……」
「神谷と仲良くしたいなら、それでいいんじゃね?」
湊は驚いた。
「高橋……」
「ただ」
高橋は笑う。
「俺に相談くらいしろよ」
「……ありがとう」
「友達だろ」
その一言が嬉しかった。
全員が理解してくれるわけじゃない。
全員に話せるわけでもない。
それでも。
一人でも味方がいる。
それだけで、少しだけ前を向ける。
*
放課後。
湊は朔にそのことを話した。
「よかったね」
「うん」
「朝倉にはいい友達がいる」
「神谷もいるだろ」
「俺?」
「俺の恋人」
朔が一瞬固まった。
「……そういうこと、普通に言うんだ」
「だって本当だろ?」
「そうだけど」
「顔赤い」
「赤くない」
「赤いって」
二人で笑った。
まだ何も解決していない。
これからもっと難しいことが起きるかもしれない。
それでも。
二人は少しずつ進んでいく。
誰かに決められた答えではなく。
二人自身で選んだ道を。
その日。
帰り道の夕焼けを見ながら、湊は思った。
恋人ができることが、青春なんじゃない。
好きな人と一緒に、悩んだり、笑ったり、迷ったりすること。
その全部が。
きっと青春なんだ。
そして――。
この恋は、まだ始まったばかりだった。
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うわあ……読み終わって、じわじわと胸が温かくなってる🥺💘 湊くんの「恋がしたい」から始まった男子校ラブ、まさか自分が男の子を好きになるとは思ってなかったっていう気づきの流れがすごく自然で、読んでてこっちまでドキドキしました。 夕焼けの教室で“俺も好き”って言い合うシーン、何度も読み返したくなる美しさだった……! まだ始まったばかりって感じで、これからの二人の関係がどう変わっていくのかすごく気になります。続き、楽しみにしてますね🌙