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2026年3月10日、旭山高校の講堂には独特の緊張感が漂っていました。翌日に15年目の節目を控えたこの日、教壇に立ったのは村雨雄大。五つ子たちや風太郎が見守る中、彼はいつもの鋭い眼光を少しだけ和らげ、静かにマイクを握りました。校長から「生徒たちの心に深く刻まれる話を」と直々に依頼を受けた村雨は、派手な演出を一切排除しました。彼が語り始めたのは、あの日から今日までを生き抜いてきた名もなき人々の、泥臭くも尊い歩みについてです。
「忘れないということは、ただ悲劇を反芻することではない。あの日、誰かが繋ごうとしたバトンを、今ここにいる君たちがどう受け取るかということだ」
その言葉は、最前列で真剣な表情を浮かべる中野家の五つ子たちの心に、それぞれ異なる形で響いていきました。
一花は、女優として「伝える」ことの重みを再確認し、二乃は当たり前にある日常を守ることの尊さを噛み締めます。三玖は歴史の一部としての震災を深く胸に刻み、四葉は自分にできる貢献について考えを巡らせ、五月は教育者を目指す者として村雨の言葉をノートに書き留めていました。
風太郎は、村雨の語る「生きた証」という言葉に、自分の勉強への向き合い方や、家族、そして五つ子たちとの絆を重ね合わせ、静かに目を閉じました。
講演が終わった後、講堂には拍手すら憚られるような、濃密な沈黙が流れました。しかし、それは沈滞ではなく、未来への決意を孕んだ静寂でした。村雨は深々と頭を下げ、舞台を降ります。
放課後、屋上に集まった五つ子たちと風太郎は、夕焼けに染まる街を眺めていました。
「明日、みんなで黙祷しようね」
四葉のその言葉に、全員が深く頷きました。村雨が蒔いた「記憶」という種は、彼女たちの日常の中で、消えることのない灯火となって静かに燃え始めていました。