テラーノベル
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絶望する麗霞を他所に、皇后は皇太子妃と目線を合わせて笑みを交わしている。
「もちろん私も、嫁入り前には勉強の為に幾つもそういう絵を見たものよ。何も知らないままいきなり旦那様のお相手をする訳にはいきませんからね」
「はい」
「宮女たちが見るのは構わないのよ。ただそれはひっそりと楽しむものであって、少し目に余るものがあると思ってね。何せ私ですら、宮女三人が春画を見て騒いでいる所に出会したのですから」
「はい」
「問いただせば、絵を描いているのは宮中で働く官女だと言うではないの。街中の書店で買ってきたのならまだしも、まさか官女がと、それはもう驚いたわ」
「はい」
「はい」と言う以外に、何も言葉にできなくなってきた。煜峰にも皇太子妃にも知られているからと気が大きくなっていたのかもしれない。すっかり安心してしまっていた。
「宮中の風紀を乱す行為を、皇后として許すわけにはいかないでしょう? どの官女なのかは直ぐに調べがついたし、罰を与えるつもりだと皇太子妃にたまたま話して聞かせたのよ、ねえ?」
「はい。その話を聞いて、皇后様に貴女のことをお話したのよ。わたくしと暁明様が貴女に助けられたとね」
「そんな話を聞かされては、罰を与える訳には行かなくなってしまったわよ。皇太子妃がこんなに穏やかで満ち足りた顔をしているのを初めて見たわ。入宮してからずっと、大きなプレッシャーの中で生きてきたんですもの。私ですら、この子の心を和らげてあげることは出来なかったというのに。私からも礼を言いましょう」
「恐れ多いことでございます」
妃殿下、ありがとうございます!! 一生あなた様にお仕えいたします!!
と心の中で叫びながらお礼を言う麗霞に皇后は「それでね……」と話を続ける。
「はい」
「私にも絵を描いて貰えないかしら」
「へっ? あ、はい」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
皇后はもうすぐ還暦を迎えるはず。今度皇后の還暦祝いの宴が催されると聞いたし、資料を取りに官吏が既に何度も来ている。
お年を召されてもそういったことに興味があるのかと、麗霞のエロセンサーがピンっと張った。
まだ若い麗霞が体験していない、新たなエロの境地!
「宮女たちから取上げた時はよく見なかったのだけどね、皇太子妃に勧められてよく見たら、ふふふ……。若いっていいわねぇ。不覚にも心ときめいてしまったのよ」
頬に手を当てた皇后は、ほぅっと息をついた。まるで片想いでもしている乙女のようだ。
「私が若い頃に見たどの春画とも違ったわ。第一、勉強の為ではなく自分で楽しむ為になんて、そんな発想はなかったもの。はしたない、ふしだらな女と見られてしまうでしょう? でもね、女にもあるものよね。殿方に愛されたいという欲求は。貴女の絵は、それを代弁してくれているかのようよ」
この国の女性たちの誰よりも高いところにいる御方でも、根本的なところは他の女性と大差ないのかもしれない。皇后だって女なのだ。男に愛されたいと願い、時には妄想したっていいじゃないか。その手助けを出来るというのだから、こんなに名誉なことはない。
「そのように感じて頂けるとは、恐悦至極に存じます。喜んで皇后陛下の為に描かせて頂きます」
皇后の好みを知るために少しだけ質問をさせてもらい、その後皇太子妃の娘たちに書画を教えた麗霞は宮を出た。
今にも雨が降り出しそうに、空はどんよりとして暗い。蒸し暑さも増していて、日暮れが近いというのに涼しくもなく、麗霞は首筋の汗を手巾で拭いながら画院へと続く道を歩いていく。
皇后陛下への春画は、どんなのがいいかしら?
正直言って、年配者向けの春画など描いた事もないしよく分からない。あと40、年をとったとして、どんな房事をしたいだろう。若者のように激しい感じではないわよね。
それとも変に意識しないで描いた方が良いのかも? 皇后陛下に年寄りを馬鹿にしているのかと思われてしまったら心外だし……。
「わっ、ぷっ!!」
考えながら歩いていたら人にぶつかってしまった。謝ろうとすると、見慣れた顔が近くにあった。
「いつ気付くかと待っていたのだが……また妄想に耽っていたのか」
「煜峰殿下、失礼致しました」
「気を付けないと池に落ちるぞ」
「考えながら歩いても画院に辿り着けてしまうほど慣れていますから、大丈夫です」
「どうだか」
気軽なやり取りをしたのは久しぶりのような気がする。狩猟大会のあの事件から、お互い何だかぎこちなかった。事務的な連絡以外は接触を避けられているようで、こうしてまだ話せる仲なのだとほっとする。
「脚の方はもう良さそうだな」
「はい。頂いたお薬のお陰です。それから煜峰殿下の」
「そうか、なら良かった。では」
もう行ってしまうの?
前だったらもっと、言葉を交わしてくれたのに。いつから自分はこんなに欲張りになってしまったんだろう。
去ろうとする煜峰に思わず「あのっ」と声を掛けると、静かに足を止めた。
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コメント
1件
第38話、読み終えました。皇后が「楽しむための春画」を麗霞に依頼する流れ、とても面白かったです。権力の頂点にいる女性も「乙女のように心ときめく」んだという描写に、時代や立場を超えた普遍性を感じました。煜峰とのぎこちない再会も、関係の修復を予感させてホッとしました。次が気になります!