テラーノベル
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様子がおかしいままの彼だったけれど、風呂を出ると、いつもと変わらず、優しく僕の身体をタオルで優しく拭き、新しい浴衣まで着せてくれた。
そのまま僕は手を引かれて、静かに部屋へと戻る。
部屋に戻ると、しゅんは僕をドレッサーの前に座らせ、今度はドライヤーで濡れた髪の毛を乾かし始めてくれた。
髪の隙間に滑り込んでくる彼の手は、骨張っていてゴツゴツしている男の人の手なんだけど、僕を傷つけないようにと、とてつもなく優しい。
ドライヤーの駆動音だけが響く中、ふたりの間には無言の時間が延々と続いていた。
鏡越しに、彼の顔をそっと盗み見る。
しゅんは、何かを深く考え込んでいる様子で、眉間にくっきりと皺が寄っていた。
「ねぇしゅん、どうかした?」
「んー? なにが?」
ドライヤーのスイッチを切り、しゅんが僕の髪に触れたまま生返事を返す。
「……いや、ずっと黙ってるし。眉間、すごい皺寄ってるよ?」
「あー……ごめんな?」
しゅんは力なく眉を下げて笑ったけれど、何とも歯切れが悪い返答だった。
だって、いつもの彼なら、すぐに「なんでもないで!」って大袈裟に笑い飛ばすはずなのに。
彼のその態度の理由に、僕には、痛いほどの心当たりがあった。
いくら僕のことを大切に思ってくれている優しい彼でも、あんな汚い過去を聞かされた後に、傷だらけの醜い身体を見たら、やっぱりどこかで引いてしまってもしかたない…。
むしろそれが自然だ。
そんな考えが、黒い霧のように胸の奥に広がっていく。
昨日、お風呂場でこの傷を初めて見られてしまった時は、まだこの傷がどうやってできたのか知らなかったから…。
だから変わらず優しくしてくれただけ。
左の脇腹。
10センチほどの切り傷が、赤黒くケロイドのようになって醜く盛り上がっている。
あの夜は恐怖のせいで感覚が麻痺していて、痛みにもだいぶ鈍くなっていたから、ここまで深い傷だとは思っていなかった。
事件の後、お医者さんはきれいに治るようにと丁寧に縫合してくれたのだが、遠藤にナイフで深く切り裂かれてから、激しい動きを繰り返したこと。
路地裏の砂や土、汗、それに、あいつの汚い体液……いろんなものが傷口に付着して、化膿してしまっていたこと。
そんな最悪な条件が重なったせいで、僕の傷は綺麗に治ることなく、今も身体に残り続けている。
もう、二度と元通りにはならない。
自分でも、心底汚いと思うよ。
無理矢理ヤられた、汚された身体。
その身体に一生消えない罰のように刻まれた、この醜い傷痕。
鏡でそれが目に入るたびに、あの日アスファルトに押し付けられた記憶が、フラッシュバックのように鮮明に呼び起こされる。
僕は普段、その傷を「見ないこと」でなんとか自分をごまかしてきたし、もう何年も付き合ってきたからやっと見慣れてきてもいた。
でも、しゅんはそうはいかないだろう。
これから先、僕のこの傷を見るたびに、彼は毎回、僕を汚した「他の男の影」を感じながら抱かなければいけないのだ。
僕が彼の立場だったとしても、きっと同じように苦しんで、考えてしまう。
こんな悍ましい現実を、丸ごと受け入れろだなんて、誰にとっても難しいはずだ。
頭では、そんなの当たり前だって分かってはいたけれど。
分かっていればいるほど、胸の奥が鋭い刃物で抉られるように傷ついていく。
こんな身体……
いっそのこと、全部捨ててしまいたい。
誰にも触られていない、”真っ新な身体”に戻りたい。
一一綺麗な身体のままで、愛されたかった。
「……っ、……」
どうしようもない絶望と悔しさで胸が詰まり、ボロボロと涙が溢れて視界が激しくぼやけていく。
「え、じゅう……っ?」
僕が急に泣き出したことに、しゅんは驚いた様子で困惑の声を上げた。
泣きたくないのに、彼を困らせたくないのに、勝手に頬を伝う涙。
それは堰を切ったように、次から次へと零れ落ちて止まらない。
「なぁ? どうしたんよ、じゅう……」
しゅんは大慌てで僕の前に回り込み、床に膝をついて、温かい両手で僕の頬に流れる涙をそっと拭った。
その手のあたたかさが、余計に僕の心を惨めにする。
「こんな汚い体……やっぱり、嫌だよね、?」
「……へ? なんでそんなこと思ったん? じゅうのどこが汚いんよ。めちゃくちゃ綺麗やよ?」
「いいって……もう……」
僕を傷つけないようにと、彼が必死に気を使って優しい嘘を言ってくれているようにしか感じられなくて、僕は心を閉ざすように視線を逸らした。
嘘の優しさなんて、今の僕には、余計に虚しくて悲しいだけだったから。
to be continued…….
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