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 第三話 実験の娘
 シーザー・クラウンの研究所は、いつも通り薬品のにおいと爆発音に包まれていた。
巨大なガラスの試験管や、得体の知れない液体が渦を巻く装置が並ぶ中で、シーザーは狂ったような笑い声を上げていた。
 「シュロロロ……! もうすぐだ……! この実験が成功すれば、俺様の名は新たな科学の歴史に刻まれる……!」
 実験台の上には、まだ幼い少女が寝かされていた。
彼女の名前はセリナ。シーザーのたった一人の娘である。
小さな胸が上下し、まだ意識はなかったが、腕には奇妙な装置が取り付けられており、管の中を液体が流れ込んでいる。
 シーザーはそれを見下ろしながら、うっとりとつぶやく。
 「俺様の娘なら、この程度の実験には耐えられる……! 新しい人類の第一号……世界は俺様にひざまずくんだ……!」
 そのとき――。
 バンッ!
 研究所の扉が勢いよく開かれた。
現れたのは、シーザーの妻、リリアだった。
長い黒髪が揺れ、瞳は怒りに燃えている。
 「シーザー!! 何をしているの!!」
 シーザーは舌打ちをした。
 「ちっ……また来やがったか、リリア。邪魔をするんじゃねェ!」
 リリアは駆け寄り、実験台の娘を抱きしめようとした。
しかしシーザーがそれを遮る。
 「触るな! 実験はもう始まってんだ!」
 「子供はじっけんどうぐじゃないのよ!」
リリアは泣き叫んだ。「この子は……あなたの、そして私の……大事な娘なのよ!!」
 シーザーは一瞬だけ表情を曇らせた。
しかし、すぐに狂気の笑みを浮かべる。
 「だから何だ? 俺様の娘だろうが……関係ねェんだよ! こいつは世界を変える材料なんだ!」
 リリアは震えた。
目の前の男が、かつて愛した夫であることが信じられなかった。
彼の目は科学への執念と、狂気で濁っている。
 「シーザー……もうあなたは……人じゃない……」
 リリアは決意したように娘を抱きかかえようとした。
その瞬間――
 ドンッ!
 鈍い音と共に、リリアの胸をシーザーの銃口が撃ち抜いた。
 「……うるせェんだよ、リリア」
シーザーの声は冷たかった。「俺様の研究を邪魔する奴は……誰であろうと、殺す」
 リリアは血を吐き、娘の名を呼ぼうとしたが、言葉にならず、ゆっくりと崩れ落ちた。
彼女の瞳は最後まで娘を見つめていた。
 研究室に、静寂が戻る。
 シーザーは深くため息をつき、血まみれの床を見下ろした。
だが、心は一片も痛まなかった。
 「……これで邪魔者はいねェ。さぁ、セリナ……お前は世界で初めて、俺様の科学で生まれ変わるんだ……!」
 彼は再び実験装置に向かう。
妻の亡骸を無視し、装置のスイッチを入れた。
 ゴゴゴゴゴ……!
 部屋全体が振動し、ガラス管に雷のようなエネルギーが走る。
セリナの体は光に包まれ、やがて――彼女は目を開けた。
 「……とう、さん……?」
 小さな声。
その瞳には、母を求める不安が浮かんでいた。
 だが、そこに母の姿はもうない。
血の跡だけが残っている。
 「セリナ……! よく目を覚ましたな!」
シーザーは歓喜に震えた。「お前は、俺様の最高傑作だ!」
 娘は、母のいないことに気付くと、怯えたように泣きだした。
 「……おかあ、さん……どこ……?」
 シーザーは笑うだけだった。
 「シュロロロ!! そんなもんはもういねェ! お前は俺様だけの娘だ……! 世界最強の、俺様の証明だァ!!」
 しかしそのとき――。
 実験装置の警報が鳴り響いた。
 ――ピーピーピーッ!!
 「な……にィ!? エネルギーが逆流してやがる……!」
 装置は制御を失い、激しい爆発音が研究室に響いた。
シーザーは咄嗟に娘を抱え、後ろに飛んだ。
 ドオオオオォォン!!
 炎と煙が研究所を包み込む。
妻の亡骸も、シーザーの誇りも、すべてが火に飲まれていった。
 数日後。
焦げた研究所の片隅で、シーザーは生き残った娘を抱えていた。
セリナは母を失ったショックで、言葉を失っていた。
 「……大丈夫だ、セリナ……俺様がいる……」
シーザーは嗤いながら娘の髪を撫でた。
「お前は、俺様の実験の娘だ……これからもずっと……なぁ……!」
 こうして――。
シーザーの狂気と、失われた母の愛の中で、実験の娘の運命は静かに動き始めたのだった。