橙桃です。本人様とは関係ありません。
地雷だよって方、通報される方は見ないようにしてください。
桃side
幼い頃から耳が聞こえなかった。
難病で、一生治らないとまで言われた。
だから幼いうちから手話を家族と必死に覚えて、少しでも楽しく過ごせるようにとずっと笑顔で過ごしてきた。
そんな事も今では遠い昔の話だ。
高校3年生の秋。
昼休みはみんな屋上に行くので俺は人気が少ない中庭に足を運ぶ。
小学生までは良かった。みんな俺の事を思って自由帳を使って話しかけてくれたり、先生も授業の一環として簡単な手話の授業をしてくれたりと、とても過ごしやすかった。
でも、中学に入った途端そんな日常は壊れた。
いじめなんて当たり前。罵声を浴びることも多かった。どうせ聞こえもしないのに。
だから義務教育が終わる中学卒業までは不登校だった。
高校に入ってからもまるで生き地獄だ。
中学のようないじめは無かったものの、空気のように扱われる。先生もハズレだった。声なんて出るはずもないのに、わざわざ当ててきて笑い者にされる。苦痛で仕方がなかった。
俺…これからどうなるんだろう。
同じ人間じゃないか。耳が聞こえないだけでなんで俺は苦しんでいるのだろう。
そう考えながら味を感じられないパンを食べ終わり、立ち上がる。
まぁ、あと少しの辛抱だ。もう数ヶ月でこの地獄も終わる。
下を向きながら角を曲がった。
ドンッッッ
痛っ……誰かとぶつかってしまったのだろう。
すぐに謝らないと…
桃「ッ!」
眼の前には俺よりも少し身長が高くてガタイの良い男の子がいた。如何にもチャラそうなオレンジがかった茶髪にライトグリーンの目。おまけにピアスもあけている。そして…凄い睨んでくる。
あぁ…ヤバい。何か言っている。どうしよう……。
俺がわなわなしていると彼は剣幕を変えて疑問の表情を見せた。
俺は母音しか話せないし、どうすることもできない。紙やペンも持ってないし……。
俺が顔を上げると、彼はとある方を見つめていた。
そして少し経ったあと、俺の方にゆっくりと振り向いて
『ごめんなさい』
桃「!!!」
手話をした。
なんで、手話を……。
いや、今はそんな事考えている場合ではないな。
桃『いえ、こちらこそごめんなさい』
分かるかな…?と不安になりながら手話で返す。
『俺は大丈夫です。お怪我はありませんか?』
桃『大丈夫です。丁寧にありがとうございます』
凄い…この人、手話出来るんだ…。
家族以外の人と手話でこんなに話したのは初めてだ。
『では、俺はこれで』
彼はそう言うと去っていってしまった。
橙side
昼休みが終わる頃、授業をサボりたくて中庭に向かっていた途中に1人の男とぶつかった。
すぐに謝ってこないし、ずっと「あ…う…」とかしか言わないし、何なんだこいつと疑問に思ったときだった。
モ1「うーわ、見ろよあれ」
モ2「ジェルじゃん。てか彼奴って3年のクソ陰キャのやつじゃね?www」
モ3「あーwあの無口な暗いやつねw謝ることも出来ねーのかよwww」
無口…?でもこいつの場合、母音は発してるし…。
それに……
俺が振り向くと、瑠璃色の瞳をした彼が不安そうに見つめていた。
もしかしたら…こいつ
橙『ごめんなさい』
「!!!」
あぁ、思ったとおり。
耳が聞こえないんだ。
手話だけだったが彼はきっと優しい人なのだろう。
去り際に見せてくれた笑顔が何故か可愛く思えてしまった。
桃side
桃「!」
翌日、下駄箱で靴を履き替えているとポンッと肩に手を置かれた。
振り向くと、昨日の彼がいた。
『おはようございます』
桃『おはようございます』
こんな会話…小学生の頃でもしてなかった。
初めての経験に嬉しすぎて笑みが溢れる。
教室に向かうまでに彼と沢山会話をした。
彼の名前はジェル。学年は俺より1つ下の2年生。
周りからはヤンキーのように見られることが多いが、別にそのつもりはないらしい。
そして、彼のお父さんも俺のように耳が聞こえないらしく、だから手話が出来るということも聞いた。
桃『俺、こんなふうに誰かと話したの初めてだから、凄く嬉しい!』
橙『それは良かった。俺で良ければいつでも話し相手になるよ』
手話では現れないらしいが、彼は関西弁で話すのだという。いつか聞いてみたいななんて思ったり。
時はあっという間に冬休み。
俺とジェルはすっかり仲良くなって一緒にいる機会も多くなった。
今日も2人でファミレスに来て雑談。
ジェルは本当に面白いやつで、どの話も思わず吹き出してしまうようなものばかり。店内で笑いを耐えることが大変だ。
橙『さとみは何で補聴器をつけないの?』
桃『つけようと思ってたんだけどね。俺の耳に合うものは結構な値段がするの。親も頑張って働いてくれていたんだけど、父さんが足の病気で動かなくなっちゃって。その介護とかにお金を回したら母さんたちの貯金もだいぶ削られちゃってね……。それに俺の場合は両方聞こえないから余計にお金がかかるしね。』
橙『…そうなんだ』
何処か悲しい表情を見せるジェル。
本当に優しい子なんだなぁ…。
桃『ジェルは趣味とかある?』
橙『趣味か……歌うことかな』
桃『歌、上手なの?』
橙『うーん、まぁまぁw』
桃『いつか、ジェルの歌声聞いてみたいな』
橙「ッ!//」
桃「?」
ジェル…顔赤いけど大丈夫かな?
橙side
時が過ぎるのは本当に一瞬だ。
今日はさとみの卒業式。学校にさとみが居なくなるのは寂しいななんて、俺らしくないな。
少しずつ、俺のさとみに対する気持ちがただの友情とは違う気がしてきた。最初は、話し相手がいないからと気を遣っただけだったけれど、さとみは俺の話をじっくりと聞いてくれて、耳が聞こえないのにいつも笑顔を絶やさなかった。俺が少しボケるだけで笑ってくれるのが何より嬉しかった。
もしかしたら…これは恋というやつなのかもしれないな。
式が終わってさとみを探していると、聞き覚えのある声が裏庭から聞こえてきた。
モ1「お前さぁっ生意気なんだよ!」
モ2「何か言ったらどうですかーwww」
橙「は…ッ?」
モブたちに囲まれていたのは紛れもなく俺が探していたさとみだった。
桃side
卒業式が終わり、ジェルを探しているとまたもや誰かとぶつかってしまった。
モ1「いってぇなぁ…何処見てんだよ」
モ2「あれ、こいつあの陰キャじゃんw」
モ3「なんか最近ジェルと一緒に居るけど調子のってね?w」
桃「あ…う…ぇ…」
どうしよう……。なんて言ってるんだろう。
ジェルのときは…そうだ手話で話してくれたんだよな。
でも、手話できる人なんて少ないし、ましてやこの人たちは出来なそうというのがひと目でわかる。
どうすればいいんだろう…………。
モ1「お前、謝ることも出来ねぇのかよ」
モ2「人間としてどうかしてんだろw」
モ3「ほら、早く謝れよw」
聞こえない。何て言っているの?
聞こえない。聞こえない。聞こえない。
助けて…助けて。誰か。
ジェル………。
モ1「お前さぁっ生意気なんだよ!」
モ2「何か言ったらどうですかーwww」
その瞬間、視界が明るくなった。
俺が恐る恐る目を開けると、怯えた表情の男の子たちとジェルがいた。
ジェルは何か言ってる。
俺の前に庇うように立っているから表情は見えないけれど、怒っている空気がピリピリと伝わってきた。
男の子たちは顔を真っ青にして去っていった。
そしてジェルは俺の方に振り向くと、優しく抱きしめてくれた。
桃「…?」
橙「ごめんっごめんなぁ…怖かったなぁ」
ジェル…泣いてる……?
俺の肩にぽつりぽつりと彼が零した涙の跡が出来る。
橙「もうっ…辛い思いなんてさせないから…俺がさとみのこと守るからッ……」
何て言っているの?何を伝えたいの?
何で俺は耳が聞こえないのだろう。
彼の言葉、彼の声をこの耳で聞いてあげたいのに………ッ。
俺たちは暫くの間抱きしめ合いながら涙を流した。
高校卒業後、俺は知り合いが週に3回行っている手話教室のお手伝いとして働くことになった。殆どの人が耳が聞こえなく、話せない状態のため、俺にとっては居心地のいい場所だ。
ジェルとは今でも毎日のようにメールのやり取りしている。たまにビデオ通話で話すときもあるが、やはり彼と話しているときが1番幸せに感じる。
俺、ジェルのこと大好きだなぁと微笑ましいぐらいにジェルが頭から離れない。
桃「!!!」
橙『久しぶり』
桃『久しぶり!』
今日は久しぶりにジェルと会う日。
いつもより身だしなみに力を入れて、まるでデートに行くかのようにはしゃいでしまった。
ジェルは少し背が伸びてていつ見ても俺より大人っぽい。
桃『ジェルはいつ見てもかっこいいね!』
橙「ッ!!///」
『どうしたの…急に』
桃『?思ったこと言っただけだよ?』
橙『そっか…』
その後は俺の仕事の話とか、ジェルの学校の話をして楽しんだ。
桃『やっぱりジェルと話すの楽しいね。毎日会いたいぐらい』
橙『毎日でも会えるよ』
桃『でも流石に受験生でしょ?勉強しなくて大丈夫?』
橙『俺、大学行かないから』
桃『え、そうなの?』
橙『俺の親戚に企業持ってる人がいて、丁度人手が足りていなかったから俺がそこに就職することになったんだ』
桃『そうだったんだね』
ジェルは凄いなぁ……高校卒業してすぐに就職なんて、やっぱりかっこいい。
それなら会える日も増えるんだと考えて思わず口角が上がってしまう。
橙「待っとってな…さとみ」
そんな声は俺の耳には届くわけも無かった。
数年後
ジェルも卒業して、俺もしっかりこの仕事に慣れてきた。
女『さとみくん、今日はもうあがっていいよ』
桃『ありがとうございます。お先に失礼します』
今日は、いつもより授業数が少なくて早めに仕事を終えることが出来た。
このあとどうしようかなと考えながら階段を降りると、窓の外に見覚えのある姿があった。
ドアを思いっきり開けたからか、彼の肩がビクリと跳ねたのが面白くて思わず笑ってしまった。
桃『突然どうしたの?仕事、もう終わったの?』
橙『今日は早くあがらせてもらったの。さとみも終わり?』
桃『そうだよ、奇遇だね!』
橙『なら良かった。これからついてきて欲しいところがあるんだけど、時間大丈夫?』
桃『うん!』
そう会話するとジェルは俺に目隠しをつけてきた。
聴覚が既に失われている状態で視覚を奪われるのは結構怖かったが、ジェルがずっと手を繋いでくれていたから安心できた。
目的地に着いたのか、ジェルは俺の目隠しを取ってくれた。
桃「???」
そこは俺が通っていた病院。
何故病院に?と頭の中が“?”でいっぱいになっていると診察室に呼ばれたのかジェルが手を引いて歩き出した。
そして、診察室に入ると俺が幼い頃からお世話になっている先生が笑顔で待っていた。
未だに理解できていない俺は、先生とジェルを交互に見ることしかできなかった。
すると、ジェルがくすくすと笑った後に少し真剣な表情になり、手話を始めた。
橙『これは、俺からのプレゼント。受け取って欲しいな』
そういうと、先生がとある物を取り出して俺に手渡してきた。
桃「ッ?!?!」
俺が受け取ったのは
両耳用の補聴器。
思わずジェルの方を振り返ると、ジェルはまるで愛する人を見つめるような目で見つめてきた。
桃『なんで…ジェルが?』
橙『ずっと渡したかった。高校生のときにさとみと出会って絶対に俺が補聴器をプレゼントするんだって心に決めたんだ』
桃『そんなっ…こんなに高いもの、受け取れない』
橙『俺が働いた理由はこれなんだ。お願い、受け取って』
目に涙が溜まるのが分かる。俺なんかの為に、ここまでしてくれるなんて…思ってもいなかった。
先生も優しく微笑んでくれた。
先生『さとみさん、彼は私のところに来てさとみさんの病気のことを1から学んでいたんだよ。彼がここまでしたのは君のことを心から想っているからだよ。私からも、どうか受け取って欲しいな』
桃「ッ…!!!」
『……、分かりました。俺、補聴器つけます』
橙「やった…ッ」
先生から注意事項を聞いて、遂に補聴器をつけるときが来た。
もし、この補聴器をつけても聞こえなかったとしたら。もし、ジェルをガッカリさせてしまうことになったら。そう考えると不安でしかないけれど…。
この補聴器をつけたら
ジェルの声を聞くことが出来るかもしれない
そう考えるとつけるしかない。
耳に補聴器を取り付ける。
先生がONのボタンを押す。
……あれ、?聞こえない…?
「………………さとみ、?」
桃「ッ!!!!!」
橙「……さとみ、聞こえた…?」
桃「う、…う!!!」
橙「ほんまに…?ほんまに聞こえたん、?」
桃「う…、う…!!!!」
橙「よかったッよかったぁ…」
あぁ…やっと聞けた。大好きな人の声。
ジェルと俺は泣きながら微笑みあった。
病院を後にして街を歩く。
車の音。信号の音。人の声、歩く音。
鳥のさえずり。風の音。
初めて聞く音はどれも想像を絶する音だった。
街の高い所にある展望台まで歩いてきた。
ずっとずっと、ジェルとは手を繋いだまま。
桃『世界ってうるさいんだねw』
橙「…そうやなぁ…うるさいなぁw」
桃『ジェルの声、聞けて嬉しいよ。本当にありがとう。何かお礼がしたいな』
橙「お礼なんて…そんなんいらへんわ」
桃『でも、…』
橙「………ずっと我慢してきたことがあったんよ」
桃「?」
橙「絶対にさとみの耳に直接伝えたくて、ずっとずーっと我慢してた!…だから、聞いてもらってええ?」
桃『……うん』
橙「さとみのこと、ずっと幸せにします。
俺と付き合ってください」
桃「ッ!!!……ポロポロッ」
橙「ええっ!!!ど、どしたん?!」
桃『ごめ、…嬉しくて』
橙「えっと…じゃあ、」
桃「よ、ろし…く、おね…がい、し…ます…!」
この世界に俺の居場所なんてないと思ってた。
でも、それは違ったんだ。
俺の居場所は彼の隣だから。
俺の答えを聞いて抱きしめてくれたジェルは
俺の耳元でそっと囁いた。
橙「愛してるで、さとみ」
それはまるで
暖かく、優しく包んでくれているような
太陽のような声だった。
コメント
7件
凄い感動しました ほんとてんさんの橙桃好きです あと橙くんの純粋な気持ちがめっちゃ刺さりました、w
う、うわぁぁっ…めちゃくちゃ最高っ…!! 頑張って働いてお金を貯めてる橙くんに、声が聞こえた時の桃くんの反応に、声が聞こえるまで告白をするの我慢してた所にも全部全部感動して少し泣いちゃった… てんさんはやっぱり神作品しか作らないですね(´TωT`)✨
最高!