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みぅです、8話読了しました…🥀 水元家の闇が深すぎて、途中何度も息を止めてました。引きこもり10年の愛菜さんと、人形を娘と思い込むお母さん…その“繋がり”を切るために京采くんが必死に人紙を当て続ける場面、心臓がギュッてなりました。あの珠々が弾けた瞬間の“弾かれる感覚”、すごくリアルでゾッとした。 そして柑奈さんが師匠に「許された」と思った瞬間、一緒に泣きそうになりました。地獄の番人との契約、100人の悪霊…まだ2人目なのに、もうこんなに重いものを背負ってるんだなって。 姉弟が揃って「行くか」って言うラスト、痺れました。次が待ち遠しいです。凛道さんの描く“闇の丁寧さ”、本当に尊敬してます🌙
「クチャクチャクチャ」
パソコンを見ながら長くて手入れをされていないボサボサの頭の女が、近くにあった和牛わさび味のスナック菓子を食べている。
周りにはこれでもかという程のゴミが散乱されており、布団に包まりながら食べて居た。
「コンコンコン」
と部屋のドアをノックされた。
最初は無視していたのだが、何度もドアを叩くので
「何?」
と言うとドアを向こう側から
「愛菜(えな)ちゃん、ご飯ここに置いてあるからね。」
と母の声がした。
私はその声を聞くのが嫌だった。
母を最後に見たのはいつだろう。
こうやって引きこもりになったのは、今から10年前。
多分その頃からまともに母とは口をきいていない。
母は食器を乗せたお盆をドアの前に置いたのか、カチャと音がしてそのまま足音がドアから遠ざかっているのが聞こえる。
私は母がドアの前から気配が無くなるのを待って、ノソノソと布団に包まりながら自室のドアを開けた。
ドアの前に置かれていた夕飯を見るとどれも食べ物が腐っていた。
腐卵臭がする。
「何よ、これ。引きこもりだから嫌みでしているっていう訳?」
と怒りの感情に支配されて自室から出て母の元に行こうとした。
(こんな嫌がらせ許せない。何なの?)
と心の中で呟きながら腐卵臭がする腐った食べ物が乗った食器を持ってリビングに行くと
「本当に愛菜ちゃんが元気になってくれて良かったわ~」
と母の声がした。
(私が元気に?)
と思った。
「愛菜ちゃん、あの時の事をずっと一人で苦しんでいたから少しは気分転換が出来たのなら良いのよ。無理をしないで」
と母が涙ぐむ声で言った。
「そうだぞ、愛菜。ゆっくりで良いからまた外に出られるようにしてみなさい。」
と父の声がした。
(二人とも誰と話しているのだろう。)
そう思ってリビングのドアを開けて部屋の中を覗くと両親の前に一人の女が座っていた。
(あの子は誰?)
そう思って少し部屋の中に入ると女が静かにこちらに振り向いた。
いや、チラッと見るくらいならまだ良かったのだがグルリと頭を180度回転させてこちらを見てきた。
その女の顔は無表情で目が漆黒のガラスのようだった。
(あれは人形?)
と思っていると無表情だった人形は口が裂けるのでは無いかという様に、ニコ~と笑った。
私は悲鳴を上げてその場にしゃがみこんだ。
持っていたお盆もヒックリ返ってしまってその場に腐った食べ物が散乱した。
両親は私の悲鳴が聞こえないのかニコニコと笑うその女性に話掛けていた。
「お父さん?お母さん?」
長年声を出さずに生きてきたからか声がかすむ。
でも声を掛けられずには居られなかった。
父と母は私の声が聞こえていないのかこちらを見ようとはしない。
しかし、私の声に気が付いたのか漆黒のガラスの目をした女性がこちらを見て
「誰も貴方を見ないよ。」
と言った。
機械音のようなその声に私は悲鳴を上げた。
何故なら彼女の口からは生ゴミが零れ出て、口の端は目まで裂けるのでは無いかという程だった。
「何コイツ!!」
と思ったが私はその場で腰が抜けてしまい、その場にしゃがみ込んでしまった。
普通じゃ無い。
私はこの女性に家を乗っ取られているのだとすぐに気が付いた。
「いつから?昨日までは普通だったのに」
私の声が本当に届いていないのか混乱して独り言をブツブツ言う私の声に対して父も母も気が付いていなかった。
母は椅子に座ってご飯をクチャクチャと音を立てながら食べながら、首を180度回して私を見てくる女の事を愛菜と愛おしそうに呼んでいる。
口の端から零れるご飯に対して気にする様子も無い三人に私は恐怖を感じ、自室に戻ってきた。
「何なの?本当に何が起きているの?」
そう思うが何をどうしたら良いのか分からない。
誰に相談したら良いの?
想晴(そうは)。どうして私を置いて行ったの?
***
「姉さん!」
京采が慌ただしくキッチンに入ってくる。
「あら、まだ時間早いのにもう起きたのね。」
とお湯を沸かしていた柑奈が火を止めて振り返った。
「もう、八時だよ。そんなに早くないよ。っていうのはどうでも良くて洗濯機壊れたのいつから?」
と両手を胸元に祈るようなポーズで京采が聞いてくる。
「えーと、一昨日からかしら。」
とそれが何か?という顔で柑奈は答えると京采が柑奈の両肩を掴んで
「それまで姉さんどうやって洗濯していたの?」
と迫った。柑奈は少し弟の行動に驚きながらも何も変な事はしていないという顔で
「手洗い洗濯していたけれど。お祖母様が残してくれた手洗い洗濯のタライとかがあったから。それで一つ一つ手で洗っていたのよ。もしかして嫌だった?」
「嫌とかじゃ無くて!姉さんの手が荒れてしまうじゃ無いか!」
「私の手?」
ポカンとした顔で柑奈が答えると京采は当然当たり前の事のようにして
「そうだよ!姉さんの綺麗な手がヒビだらけになるじゃないか!実際にもう手荒れしているし。春だからと言ってまだ寒い日もあるんだから無理しないで!」
「京采有り難う。でも、洗濯機来るまでもう少し時間掛かりそうなの。だからもう少しだけ手洗いするので我慢して欲しいな。コインランドリーも考えたんだけど、駅前の向こう側にあるから少し遠くて。姉が弟の服を手洗いするの気持ち悪いかもしれないけれど、ごめんね。我慢してね。」
「・・・・・姉さんは何も分かっていない!もう!俺が怒っているのはそういう事じゃないのに!」
と言って京采は柑奈の両肩から手を離すとガシガシと頭を掻いた。
「もう!これからは俺が洗濯するから置いといて!」
と言ってリビングに行き
「ご飯食べるね。頂きます!」
と言ってご飯を食べ始めた。
何がいけなかったのか、何がどうしたら良いのか分からない柑奈であった。
***
あの女の存在に気が付いてから三日になる。
三日間何も食べて居ない。
冷蔵庫の物を漁ろうと考えたが、女が音も立てずに傍に来るのでは無いかと思ったら怖くて行けないのだ。
「ぐ~」
とお腹が鳴る。
「このままだと餓死する。」
と言いながらキッチンに向かおうとしていると扉の前に誰かが立って居るような気配がした。
「誰か居るの?」
と声を掛けるが何も返答が無い。
勘違いか?と思いドアノブを回すと扉の隙間から手が入ってきた。
「なっ!」
と思って咄嗟にドアを閉めようとするが力は強く、ご飯を食べて居ない愛菜は力が入らずドアがこじ開けられてしまった。
ドアの向こうには母が立っていた。
「・・・・何?」
と聞くと母は空中に目の焦点を当てながら
「想晴はどこ?」
と聞いて来た。
想晴。私の方が聞きたい。何故母はそんな事を聞いてきたのか私には分からない。
「想晴の居場所なんて知らないよ。何で今更そんな事を聞いてくるの?ねえ、邪魔なんだけど。通して。」
と言って母を無理矢理どかせた。
ドスドスと重い身体を動かしてリビングに行き母の財布から数万円抜き取って、お財布の中に入れた。
「これだったら買い物に行けて食べ物漁らなくても数日は持つわ。」
そう思って玄関の所に行こうとしたら父が丁度帰宅する所だった。
お金を盗んだのがバレたらマズイと思い、咄嗟に隠れようかと思ったが父は家に着いた途端は私と目が合い驚いている様子だったが、暫く焦点が合わなくなったと思ったらボーとし始めて
「母さん、帰ったぞ。」
と言って自室に向かってしまった。
「まるで私を見えて居ないよう。」
ゾッとしたが、あの女が現れる前に買い物に行かなくてはいけない。
私は鍵を持ってお金をポケットに入れて出掛けた。
コンビニに向かうと店員が私の顔を見て歪んだ表情をした。
それはそうだろう。
私は醜く太り、外見も人様に見せられるような格好をしている訳では無い。
ズタボロになったジャージにキャラクター物のTシャツ、クロックスを履いて何処からどう見ても引きこもりの服装をしている。
髪も長く切ってもらっていないからボサボサだ。
店員から目を逸らすように私は店内を見て回ることにした。
キッチンにしか行かないと食べられないお弁当や冷凍物、カップラーメンは覗いてスナック菓子や今日はおにぎり。飲み物を沢山籠に入れていってレジに行くと店員が
「袋いりますか?」
と聞いて来た。
「・・・はい、お願いします。」
と言って詰め込んで貰う。
何気なくコンビニの外を見るとあの女がコンビニのドアに張り付いてこちらを見てきている。
「ヒッ!」
と言うと店員が
「どうかしましたか?」
と言って怪訝な顔をして私が見ているドアを方を見た。
「あの人知り合いっすか?」
と聞かれたので
「知らない人です。」
と咄嗟に嘘を吐いた。
「アンタ、申し訳ないけれど事務所まで来て貰えますか?警察呼ぶんで。」
「え?」
「あれ、どう見てもストーカー類いでしょ。」
と言って私を事務所に連れて行った。
事務所の中はこじんまりとしていて、パソコンが置いてあるくらいで机に椅子、ロッカーが並んでいた。
「どうした?矢島。」
とパソコンと睨めっこしていたおじさんがこちらを見て来た。
「いや~、ストーカーっすね。」
と矢島と呼ばれた男が答えると
「俺が出ようか?」
と言って椅子から立とうとする。
「いや、良いっす。俺だけで大丈夫だと思うんで。その代わりに警察呼んでもらえないっすか?多分あの感じ普通じゃないんで。」
と言って事務所の扉を閉めてレジの方に向かって行った。
「その男どういう人なの?」
と聞かれて私はすぐには答えられなかったが、絞るような声で
「男じゃ無いんです。女なんです。」
と言った。
「女か~何か恨まれる事でもしたの?」
と言って固定電話から警察に電話を掛けようとしている。
「いえ、急に追われるようになって。」
と言うと
「そう。・・・あ~もしもし、警察の方ですか?いえ、こちらコンビニなんですけれど窃盗という訳じゃ無くてストーカー被害を受けている方が居て通報したくて。ええ、そうです。女性の方で。相手も女性なんですけれどバイト君の話だと相当ヤバいっぽくて。ええ、お巡りさんに来て貰いたくて。忙しいのにすみませんね。」
と言って電話対応をしている。
するとギギギと事務所のドアが開く音がした。私は振り返って先程の矢島という人が戻ってきたのかと思って見るとそこには血だらけになって、口には無理矢理生ゴミを詰められた矢島という青年の姿があった。
「きゃー!!」
という悲鳴に店長も気づき私が見ている方を見ると
「うわー!!!」
と叫び受話器からは
「どうかされたんですか?大丈夫ですか?・・・・・想晴君は何処ですか?」
と機械音が鳴っていた。
***
「それで、どうして碧葉さんが私の所に来ているんですか?」
と柑奈は少し怒り気味で言った。
「本当にすみません。今日は西村さんが来る予定だったのですが、急遽事件が入りまして来られなくなりまして。」
「それは聞きました。それで、西村さんは?」
「だから、今日は来れなくて。」
「は~、せっかくガールズトーク出来ると思ったのに。」
「へ?ガールズトークですか?」
「そうです、なかなかお客さんとはそういう浮いた話なんて出来ませんし。そういうお友達が出来るんじゃ無いかと思ったら楽しみにしていたんです。」
「西村さんはガールズトークなんて出来るタイプでは無いと・・・・」
「そうなんですか?普段はどういう話をされるんですか?」
「普段は事件の話が多いですかね。」
「それは職場関係の人だからでしょ。」
「そう、そうですね。他の女性と話している姿はあまり見たことは無いかもです。」
「そう、そうなんですね。あー、余計に会いたくなりました。」
「柑奈さん、まあ西村先輩の事は放っておいて事件の事を聞いて貰いたくて。」
「事件?また何かありましたか?」
「テレビ見ていないんですか?」
柑奈はお茶を少し啜って飲んだ。今日はほうじ茶のパックが安く手に入ったので大量買いしたのだ。
「ええ、特に天気予報とかは見ますけれど。他はあまり見ないですね。」
「そうでしたか。それだったら無理も無い。実はここ連日テレビでコンビニ殺害事件について取り上げられる事が多くて。」
「コンビニ殺害事件ですか?」
「ええ、実は墨田区にあるコンビニでバイトの子が殺害されたんです。それも刃物や暴行で死んだ訳では無くて内側から破壊されたような死に方で。それを発見したのは水元愛菜さん。鈴木宗一(そういち)さんの二人。鈴木さんに至っては何が何だか分からないただ、バイトの子がドアの所に立ち尽くす形で立って死んでいたとの事。水元さんはストーカーに遭ってたみたいで話を聞いているんだけれどなかなか手強くて。何でも家に女が居てその女が両親を操っているとか。特に何かをされた訳では無いらしいんですけれど。」
「その女が家にいるんですか?何でその女は家でその女性を殺さず他の無関係の人を殺したんでしょうか。」
「それは分かりません。ただ、一つ言える事はその女性は我々には見えないという事です。」
「見えない。」
「ええ、ご両親には娘さんが他の姿で見えているらしいのですが、我々には全く見えなくて。それで被害に遭った女性の事を娘さんですよね?と問いても何を言っているのか分からないという顔をされまして。」
「それは自宅で聞いたのですか?」
「ええ、そうですが。」
「自宅からは出て聴いてはいないのでしょうか?」
「何をですか?」
「娘さんの事です。」
「え?」
「家の外では娘さんを認識していないのかと聞きたいんです。」
「・・・!それは我々は気付いていませんでした。すみません。ご自宅に居る所を伺ったので。」
「水元愛菜さんは外には出られるんですか?」
「それもなかなかで・・・何でも何年も引きこもりの生活をしていたらしく。外の人間とも関わる事は滅多に無かったようで。外の景色さえも怖がる様子は見られて居ます。」
「それは事件が遭ってからそうなったのでしょうか?」
「それは無いとは言い切れません。あの事件があった以降は家には帰りたがらず親戚の家に住んでいるようです。」
「そうですか、その方の家に行くことは可能ですか?」
「これからですか?」
「ええ、まだ昼時ですし時間もまだありますから。」
「ええ、分かりました。車出しますので少し待ってて貰えますか?」
「はい、大丈夫です。」
柑奈は少し考えていた。
水元の家では何が起きているのか。
また地獄に送る悪霊が居るのか。
安芽の事があってから悪霊を地獄に送りたくても、早々そんな出会いなんてない。
師匠、待っていて下さい。
ただ、そう願う柑奈だった。
***
「この家です。」
碧葉の運転で墨田区の一軒家に着いた。
裕福な家庭なのだろう、庭付きで大きな家であった。
「ピンポーン」
車を駐めている間に柑奈が水元の家のチャイムを鳴らした。すぐに
「はい」
と返事がある。
「あの、すみませんが先日起きたコンビニ殺人事件について娘さんの事を聞きたく訪問させて頂きました。お話お伺いする事は可能でしょうか?」
「すみませんが、そう言った話は警察からしないようにと言われているんです。」
「今警察の方も同行しています。何でしたら玄関先で警察の方から直接話を聞いている姿を見させて頂くだけでも結構です。少しでも話を聞かせて頂けたらと。」
「そうですか、それでしたら少し玄関の所に出ますので。」
「有り難うございます。今刑事の方も来るのでお話伺わせたらと思います。」
そう言ってプツンと通話が切れた。
柑奈は今の所霊感で何かを感じる事は無かった。
「何か偶然波数があったとかあったのかしら。」
と思い家の周りを見て回る。
至って普通の家だ。特に変わった様子は見られない。
「柑奈さん、何か異変でも感じますか?」
車を駐め終わった碧葉がこちらに来た。
「いえ、特には異変は感じられません。今回の事って本当に幽霊が関係しているんですかね?」
と言い終わらないうちに玄関の扉が開かれた。
「ザワッ」
身の気がよだつような感覚が柑奈を襲った。
「何、この感覚。」
そう言って身震いをすると
「柑奈さん、大丈夫ですか?」
と碧葉が心配そうな顔をでこちらを見る。
「ええ、すみません。寒気がして。」
「何か感じられたんですか?」
「いえ、特定出来たわけでは無いので。今の所は何とも」
柑奈の様子を伺いながら碧葉は
「そうですか。あ、水元さん急に押しかけてしまってすみません。先日もお会いしたと思うのですが、警視庁の碧葉と言います。こちらは事件の解決に手伝って下さる七星柑奈さんと言います。」
「こんにちは、七星柑奈と申します。急な訪問に大変失礼致しました。」
「いえ、水元愛菜の母でございます。」
「この度は恐ろしい目にお遭いしたようで。」
と柑奈が言うと愛菜の母は少し俯きがちになって
「ええ、誰かの仕業でこんな風になったと娘も悲しんでおります。」
「今は娘さんは。」
「今は散歩に出掛けています。」
と屈託の無い笑顔でそう母は答えた。
柑奈と碧葉は疑問に思ったがその時は何も触れずそのまま話を続けた。
「娘さんはどこの誰だと思うとかは言っていましたか?」
「いえ、そこの刑事さんにもお話したのですが娘は特に知り合いでも無かったと。」
「しかし、娘さんがコンビニに行った際に出くわした女性に対して恐怖心を抱き店員さんに助けを求めたのは事実ですよね?」
「らしいです。しかし、娘は見た事は無いと。」
「見た事が無い?」
「ええ、それが・・・・」
愛菜の母の様子が変だ。何処か空中を見るような仕草に柑奈は不思議に思った。
何かあるのか?柑奈は愛菜の母親に触れようとした。
すると
「バチッ!」
と何かに弾かれた。
「どうかしたのですか?」
と碧葉が聞く。
「いえ、弾かれました。」
「弾かれた?何かされたのですか?」
「いえ、お母さんの様子がおかしいので少し擦ってあげてくれませんか?」
「こうですか?」
と言って碧葉が愛菜の母親の腕を擦る。愛菜の母親は刑事である碧葉に急に擦られたというのにも関わらず、何も反応しない。
「愛菜さんのお母様?あの、聞きたい事が。」
と碧葉は言うが愛菜の母親は空虚の目になっていて普通では無い。
柑奈はすぐに珠々を出しお経を唱えた。
しかし愛菜の母親には効かないのか特に変化があるわけでは無い。
「どうしたら・・・」
碧葉が恐る恐るという顔で柑奈の方を見ようとしたら、柑奈には母親の背後に立つ何かに気が付いた。
柑奈が
「碧葉さん、お母様の後ろに何か居ると思うのですが誰が居るか見えますか?」
と言った。柑奈の所からは死角になって見えないのだ。
「え?お母様の後ろですか?・・・・誰も居ませんけれど。」
と碧葉が不思議そうに柑奈の方を見る。
「そうですか、お母様をこちらに呼び寄せる事は出来ますか?」
「移動ですか?愛菜さんのお母さん、少しお話を聞きたいので署まで同行願えますでしょうか?」
と言うと愛菜の母親は急に白目になって
「愛菜が帰ってきたのでもう失礼しますね!!」
と言って玄関の扉を閉めようとしたのだ。
これ以上は無理かと思ったが碧葉が
「少しだけ少しの時間だけで良いのです、お話させて頂けませんか?」
と言って無理矢理玄関の扉をこじ開けた。
「扉に触れられたわ。」
そう言うか言い終わるか愛菜の母親には失神した。
碧葉がすぐに支えたから良かったものの、あのまま支えも無く玄関で失神してしまっては玄関の下にある階段を転げ落ちる所だっただろう。
「このまま署に同行して貰いましょう。」
そう碧葉が言って柑奈は父親が帰ってきた時に不安に思わないように、置き手紙をして警察署に同行している事、柑奈の携帯電話の番号を書いて玄関の中に放り投げた。
何故放り投げたかと言うと、玄関の中に入ろうとしたらまた何かに弾かれたからだ。
何がそこに住み着いているのか柑奈には全く分からなかった。
庭に咲く木々達が騒ぐ、ここの家を早く浄化しなければ手が付けられなくなると。
***
「愛菜ちゃん、私の可愛い愛菜ちゃん。愛菜ちゃんが一番輝いていたのは想晴君を連れて来た時よね。あの時は一番笑顔が輝いていた。今の貴方はどう?想晴君が見たらどう思うかしら、辛く思うと私は思うのよ。」
「煩い!!お母さんには私の気持ちなんて分からないじゃない!」
「愛菜ちゃん、ごめんね。お母さん何も気付いてあげられなくてごめんね。」
***
「水元さん?」
目を覚ますとそこは警察署だった。
「あの、私。」
ソファに横になっていた身体を起こすとそこには茶髪の茶色の目をした女性が水元の母を覗き込んでいた。
「私は先程もご挨拶させて頂いたのですが、七星柑奈と申します。霊媒師をしております。先程お話しした事は覚えておりますでしょうか?」
「・・・・すみません。全くその時の記憶が無くて。」
「そうですよね、私が思うにあのお家に何か悪い物が取り憑いていると思うのです。そのせいでお母様のご様子が変になっていたと思うのです。」
「悪い物?それは霊とかですか?」
「ええ。」
「すみませんが、私そういう話は結構ですので。」
水元の母は帰ろうと立ち上がった。しかし、急に立ち上がったからか力が上手く入らず尻餅をついてしまった。
「大丈夫ですか?」
そう言って柑奈は水元の母に近寄る。
「私、霊とか信じないんです。もし、霊が居るのであれば会わせてあげたい人が居るんです。本当にいるのなら・・・・」
そう言って水元の母は肩を震わせながら涙を流した。
「会いたい人が居るのですね。大変申し訳無いのですが、私にはそんな力は・・・」
「良いんです。今までそうやって会いたい人に会えるからお金を払って欲しいとか壺を買ったら極楽浄土で会えるとかそういうの、沢山してきたんです。でもどれも、嘘っぱちでした。」
「人の弱みに付け込む人間は地獄に落ちるべきです。」
「柑奈さん?」
「私はお金は頂きませんし、そういう壺を買わせる事は全く無いので安心して下さい。ただ、貴方の、貴方のご家族が抱える問題を解決させて下さい。」
「そんな甘い話が!」
「それがあるのです。」
そう言って柑奈は水元の母の手を掴み目を大きく開かせて訴えた。
「触れた。」
そう言って柑奈は何度も手を握り直す。
「あの・・・」
「ああ、すみません。先程お家でお話を伺った時には触れられなかったので、今は触れられるんだという事に感動してしまって・・・」
「はあ・・・」
「あの、娘さんが家に帰ってきていると言っていましたが、今娘さん親戚のお家にいらっしゃるんですよね?」
「私、娘が帰ってきたって言ったんですか?何処から帰って来るというの?家にずっと居る人間が。」
と驚愕した様な顔で水元の母は言う。
「散歩から帰って来ると言っていましたが。」
「そんな!娘はずっと長年部屋に引きこもって出てきた事が無いんです!お風呂も長年入って居ませんし、トイレに行く時は2階のトイレを使っているからかリビングで顔を合わす事が無いんです!それが散歩から帰って来るって私言ったのですか?」
「ええ、しかし今は親戚の家にいらっしゃいます。刑事さんの話だと毎食ちゃんと食べてお風呂にも入って居ると。」
「・・・・・そう、そうなんですね。」
「お母様、あの時家に居ると言ったのは何者を指したのですか?」
水元の母は少し言いずらそうに下を見る。
「何を指していたのですか?・・・・言いたく無いのであれば私が代わりに言いますが。」
「・・・・・・それは・・・・・」
「・・・人形ですよね。あの家には人形が居るのですよね?」
「・・・・・はい。夫と一緒に買った人形がいます。愛菜が、娘が引き込もる様になって私の精神的なダメージが思ったよりも大きく、私が不安定になっていたら夫が娘の代わりに出来る人形を買おうと言いだし人形屋さんに実際に見に行って買ったんです。それが」
「ええ、それが今回の事件の解決になると思います。」
「人形ですよ?本当に女の子の人形。それが動くと?」
「人形も良い人形でしたら思いを受け止めてくれると思いますが、時には作った人の想いを受け止めて永年生きる人形も居るのです。ただ、身体の持ち具合もあるのでその辺は永年と言って良いのか分かりませんが。」
「あの、私はどうしたら・・・・」
「あの家には帰らないで下さい。あの家には居てはいけません。今回無事に家から連れ出すことが出来ましたが、次はこんなチャンス無いかもしれません。」
「あの、夫は今は。」
碧葉が手帳を広げながら
「今職場に確認した所、ちゃんと仕事をしているようですよ。」
「良かった。」
「先程、旦那さんに伝言で今日は家に帰らず警視庁に出向くように伝えました。」
「そうですか。娘には会えるんですか?」
「今は難しいと思います。親戚の家では少し話せるようにはなってきているようですが、まだ何か思い詰めているような感じはあるかと。」
「きっと想晴の事ね。」
碧葉の話を聞いて母親はそう一言呟いた。
何かのヒントになるかもしれない、そう思った柑奈は
「想晴さんって誰ですか?」
と聞いた。
「想晴は娘の婚約者だったんです。でも、十年前に交通事故で亡くなりまして。」
「そうですか、娘さんはそれから引きこもりに?」
「ええ、想晴と結婚式を挙げる予定まであったのに。お兄さんと車でドライブ中に交通事故に遭って。シートベルトしてたのに、お兄さんはシートベルトしていなかったから窓から放り出されて怪我だけで済んだのに。想晴は・・・」
そう言いながら水元愛菜の母親は涙を流しながら悔しそうに言った。
「シートベルトを付けるのは義務ですが、お兄さんは無事だったんですね。」
「ええ、確かにこのご時世ではシートベルトを付けないといけないのですが、お兄さんはたまたま外していたんです。山道だったから人通りも少なく発見も遅く、もう少し発見が早かったら想晴は助かったかもしれないのに。」
嗚咽のようにして泣く母親の姿を見て、碧葉は心臓が締め付けられる思いだった。
碧葉は今は特殊捜査官をしているが、本当は交通安全課に行きたかった。
白バイに憧れて警察官になったのだが、希望が通らず交通安全課に行けなかった。
年齢的に無理だがもし自分が白バイになって想晴さんを助けられていたら、愛菜さんのような苦しくて悔しい思いをしなくて済んだのでは?と思うと心苦しくなる。
「あの、一つだけ聞いても良いですか?」
そう柑奈が言う。
「今の愛菜さんと昔の愛菜さん印象はとても違いますか?」
「・・・ええ、それはもう。愛菜は昔から明るい子でした。人には優しく親切で母親である私が言うのは変ですが、どこに嫁に出しても恥ずかしく無いくらいな子だったんです。特に想晴と付き合い初めてからはもっと磨きがかかったように、キラキラした笑顔で毎日送っていたんです。それがあの日警察から電話が掛かってきて想晴が事故死した事を知った時の愛菜の様子ときたら・・・もう思い出したく無いくらい酷く叫び声を挙げて泣いていました。
それから、暫くしてから部屋にある綺麗なアクセサリーや服をビリビリに破いてゴミ箱に捨てたかと思ったら、今まで着たりしなかったダルダルの服装に変わり、お風呂にも入らなくなって私達とも話す事は無くなりました。」
「そうでしたか。教えて頂き有り難うございます。」
「いえ、あの気になるのですが娘は本当に家から出てきたんですか?」
母親はハンカチで涙を拭きながら碧葉に聞いた。碧葉は冷静に
「ええ、そう聞いております。何度かお話させて頂きましたが、あの日愛菜さんはお財布を持って近くのコンビニに行きそこで会計をしている最中に扉付近に立った女性。監視カメラには映っていなかったのですが、亡くなった矢島さんと愛菜さんの証言から女性がドアに張り付いて凝視しているのを発見し、矢島さんの提案で事務室に愛菜さんを匿い矢島さんお一人でその女性の所に行った事で何らかの怪奇現象に遭い、殺されたと警察は見ています。」
「愛菜が一人でコンビニに。他には愛菜の事を何か言っていませんでしたか?」
「店長の鈴木宗一が警察に電話していた際、最後の方に想晴はどこですか?と言われた気がすると言っていました。」
「想晴がどこですかなんて、そんなこと・・・」
「ええ、こちらも悪戯にしては悪徳すぎますし第一愛菜さん自身恨みを買うような行動は取っていない。もし、恨みを買っているとしたら長年顔を合わせて居なかった両親だろうと言っていました。」
「私達はそんな事していません。確かに娘に似た人形を買うなり、宗教に入ったりしましたが想晴の事は誰にも話していません。きっと愛菜が聞いたら嫌がるだろうと思って。宗教でも入会した時は、娘が殻に閉じこもっている為助けてあげたい。ただそれしか申し上げていません。」
「ええ、こちらでも入会された宗教に問い合わせて確認していましたが、先程仰っていた理由で間違いありませんでした。」
「ええ、それ以外に理由なんてありませんでしたから。それに愛菜はとても戦っていた事は私達は分かっています。ただ、私が弱いせいで等身大の人形を買うことになって。」
「お母様は精神科に通院中との事でしたが、その時に処方された薬とかで一時的に気を失う事はありませんでしたか?」
「そういう事はありません。精神科の薬も夜と頓服くらいしか飲みませんし、眠くなるだけで意識を失うほど大量に摂取することはありません。」
「教えて頂きありがとうございます。柑奈さんは何か聞きたい事はありませんか?」
碧葉が柑奈に言うと少し考えた上で
「先程等身大の人形を買ったと言っていましたが、今は何処にあるのですか?」
と聞いた。母親はビックリした様子で
「家にありますが。」
と答えた。その答えに碧葉が
「いえ、家の中からはそのような人形は見つかりませんでしたよ。」
そう答えると母親は真っ青な顔になり
「うそ・・・」
と呟いたのだった。
***
「七星~、現哉さん俺に対してキツくない?」
テーブルを拭き開店準備をしている最中で栗原が聞いて来た。
栗原は先日時給が良いアルバイトを探している中で京采が働いている所に偶然受かり、取っている授業も同じ事が多いためバイトのシフトも重なることが多かった。
店長である現哉の元彼に似ているという事で受かった仕事だが、現哉は栗原の姿を見る度に
「やっぱりここが違う。」
「あの人はこんな髪型じゃなかった。」
「足の長さが全然違う。」
等と栗原を減点方式で採点し
「あの時は元彼に似ていると思ったけれど、全くの別人じゃない。騙された気分だわ。」
と言って雑用を栗原に押し付けることが多かった。
「別人って俺元々別人で、勝手にあっちが勘違いしただけなのに、酷くない?」
半泣きで愚痴を言う栗原に俺は
「だったら、辞めて違う仕事探しなよ。」
と冷たくあしらった。
「七星、冷た!ひどくね?友人にそんな態度は酷すぎるだろう!」
と抗議の声が挙がったが俺は気にせず開店準備をしていた。
そんな時カランコロンと扉が開く音がした。
栗原が扉付近に居たのもあり、開いた扉に向かって
「開店時間まだなので外で並んでお待ちください。」
と言った。
「あの・・・」
低い男の人の声が聞こえた。その時だった、左手に付けていた珠々が壊れたのだ。
何も無しに独りでにパンッと弾かれるように珠々が壊れ、床に飛び散った。
***
「愛菜、大丈夫。一人にはしないよ。もう頑張らなくても良いんだ。僕が傍に居るよ。愛菜。」
ハッと目が覚める。
あれからどれくらいの年数が経ったのだろう。
十年経ってもまだ昨日の事のように、想晴の姿や癖、匂い声の低さ全てを思い出す事が出来る。
HYというアーティストが昔失恋ソングを出していた気がする。
随分昔に聴いたからあまり覚えていないのだけれど。
そう思って私はスマホを操作する。
イントロで私は、ああこういう始まりだった。
懐かしい、最初に聴いたときはこんな恋愛経験しないと思っていた。
でも、今は違う。
想晴会いたい。
「会いたいよ、想晴」
コンコン
「はい、今扉開けます。」
「・・・・想晴はどこですか?」
***
「あの・・・大丈夫ですか?」
一人の男の人が店の扉に立っていた。
京采は何か黒い煙がその人間だと思われるモノに覆い被さっているのしか見えない。
「おい、七星。」
俺は咄嗟に珠々を拾おうとした。しかし
「パチン!」
と弾かれるようにして珠々の玉が指先から落ちた。
何が起きているんだ?
俺が呆然としているとスタッフルームから現哉が出てきた。
「もう、何?まだ開店時間前よ?七星ちゃん達対応しているんじゃないの?・・・・あら、七星ちゃんどうしたの?そんな中腰で。」
と言われて京采は目が覚める感覚がした。
「すみません。」
そう言って店の入り口を見ると、ヨレヨレのスーツを着た細身の中年男性が立っていた。
「あの・・・」
申し訳なさそうにその男性は口を開いた。
「私水元愛菜の父親で、コンビニ殺害事件について相談したくここに着たのですが七星京采さんはいらっしゃいますか?」
「七星京采は俺の事ですが。」
なんだ、先程までの黒いモヤモヤした煙はどこに行ったんだ?
もしかして、姉さんが前に言っていた悪霊の怨念が人を呪うときに付く煙なのか?
「何だ、七星ちゃんのお客様だったのね。それはそうと七星ちゃんこの珠々早く拾いなさい。開店までもうすぐなんだから。」
そう言って現哉はスタッフルームに消えていった。
京采は急いで珠々を拾うと先程までは弾けて触れなかった珠々が、ヒョイッと触る事が出来、簡単に拾えた。
先程の現象は何だったのだろうか。
あの黒いモヤモヤと関係しているのか。
「七星さん、開店時間前ですが話を聞いて貰う事は可能ですか?」
水元と名乗った男性が京采に近づく。少し警戒しながら京采は空いている席に案内した。
「お水です~どうぞ~」
栗原が席に着いた水元にお冷やを出す。
「あ、有り難うございます。」
京采は集めきった珠々をジップロックに入れながら
「それで俺に何の用なんですか?」
と聞いた。
「おい!せっかく来てくれた人にそんな態度は無いだろう?」
と栗原は言うが水元は
「良いんです。急に押しかけたのは自分ですから。」
と言った。
「全く・・・それで水元さんは何で七星の所に来たんですか?」
栗原が喰い気味に聞く。
京采は栗原邪魔だな~と思いながら、そのまま仲介をさせた。
「実は娘がコンビニ殺害事件に巻き込まれまして。」
「ああ、あの連日報道されてる事件の」
と栗原が納得した顔で言う。
「なんだ、その事件。」
と京采が言うと、京采の顔を見ながら凄い形相で
「え?七星観てないの?毎日報道で言われているじゃん。何でも墨田区のコンビニで怪奇現象でも起きたのか変死体が見つかったって。まだ犯人捕まっていないから、目撃情報を求める報道毎日しているじゃん。」
「知らん。」
「ええ~。七星の家ってテレビあったよね?あれで観ないの?」
「あまり付けないんだ。天気予報くらいしか観ない。後はサザエさんとかドラえもんとかそういうアニメは観るけれど。」
「おいおいおい、七星のファンがいたら発狂するだろうな。こんなレオナルドディカプリオに似たイケメンがサザエさんやドラえもん観ているだなんて、好感度上がりまくりだろう。女子がここにいなくて本当に良かった。七星、これからはテレビの事を聞かれてもサザエさんとか観てるって言うなよ。七星のファンがもっと増える。」
「分かった。」
京采は何でそんな事を言われなくちゃいけないのか、分からなかったが女子に面倒な印象を与えない方が良いという事は分かった。
「それで、その墨田区のコンビニで起きた事件なのですが、報道されているストーカーに遭われていると言われている女性が私の娘なんです。」
「水元愛菜さんでしたっけ?」
と栗原が言う。
コイツなんやかんやで記憶力はとても良いんだよな。と京采は感心していた。
「はい。ただ現在娘とは面会出来る状態では無く、先程警察から電話が掛かってきまして家には帰るなという伝言を頂きまして。折り返し電話したところ、今回の怪奇現象である事件と自宅が何らかの繋がりがあるとか・・・」
「なんだ?そんなフワフワした内容は!」
と栗原が言う。俺も同じ事を思った。犯人が家の中に居るのならまだ分かるが、そんなフワフワした理由で家に帰させないのは無理がある。
「それで私聞いたんです。碧葉さんという刑事から詳しく教えてくださいと。そうしたら、このBARを教えられて。碧葉と柑奈という名前を出して七星京采に話を聞いてみて下さいと。私もさっぱり分からなくて。」
「・・・なるほど。姉さんの指示ですか。」
「柑奈さんは京采さんのお姉さんなんですか?」
「はい、私の姉です。姉は今どこに居るんですか?」
「碧葉さんは何も言っていなくて・・・」
「すみません。一瞬外に出ても良いですか?」
「ええ、構いませんけれど・・・・」
水元に断りを入れて京采は店の外に出た。
「きゃああああ!!」
と黄色い悲鳴が挙がる。店の前に出来ていた京采のファンの子達だ。
七星のシフトの日は必ず開店時間一時間前から並び、今か今かと待っているのである。
現哉の話だと真冬でもそうらしいから、京采としては何故こんなに人が集まるのかは分からなかった。
黄色い悲鳴を挙げる群れに、京采は人差し指を口に当てて
「しー」
と言った。
黄色い声が一瞬で静かになった。
そして、京采は近くにあった木を見つめて風の音を聞いた。
「・・・・姉さんはビジネスホテルに水元愛菜の母親と一緒に居る。」
そう言って、また店の中に入った。
「あの、大丈夫ですか?」
そう聞くのは気弱そうな水元愛菜の父親である。
「ええ、大丈夫です。」
そう言って京采は父親の前に座った。
「奥さんですが今姉とビジネスホテルに居るようです。暫くはそこに滞在するかと。」
「ビジネスホテルですか。そうですか。私はどうしたら良いのでしょうか?」
「多分、姉は結界の中に入れないと判断したんだと思います。水元さんは自覚が無いかもしれませんが、水元さん自身から何かしらの力で結界を張っているんです。その力が先程からビシビシ伝わってくる。その結界に心辺りはありませんか?」
「結界ですか?何の話をしているのか・・・・」
「ああ、碧葉さんそこまで話をしていなかったんですね。俺は霊媒師をしているんです。姉も霊媒師をしておりまして、警察に協力して事件を解決へと導いているんです。
今回姉が奥様と接触した時に何らかの霊の力を感じたんでしょう。奥様をご自宅に留まらせておくのは危険と判断し、ビジネスホテルに泊まることを決めたんだと思います。」
「なるほど。私は霊などあまり信じない方なので、妻が宗教とかに入ったことは知っていますが・・・。」
「最近、奥様に何か大事な物とかは渡された事はありませんか?」
「形見ですか?・・・・そんな物は・・・ただ、娘が婚約者を事故で失ってから引きこもりになってしまいまして、娘がまた元気になってくれるようにと手を尽くし頑張ってきたのですが、妻が最近は心を病んでしまい娘に似た等身大の人形を買った位で・・・」
「多分それでしょう。その人形に情を持って接しませんでしたか?」
「まあ、娘に似ていたので娘に接するようにしていましたが。一応線引きはしていましたよ。妻も私も、あくまでこれは人形であって娘本人では無い事は分かっていました。それでも、少しでも妻が元気になってくれるのであればと大事に接してしまったのは事実です。」
「きっと娘さんを思う気持ちがその人形に強く伝わったんでしょうね。」
「私はどうしたら・・・」
「ん~同じくビジネスホテルでも良いですが・・・」
悩む京采に栗原が
「なら、おじさん俺の家に来れば?」
と言った。
急な申し出にビックリした京采が
「いや、そんな事出来ないだろう。」
と言うと何が変なの?という顔をして
「だって、ビジネスホテルなんてお金勿体無いじゃん。それに七星も一緒に来たら良いじゃん。俺この間引っ越しして広い部屋になって物も全然置いていないから、三人くらい余裕で雑魚寝出来るよ。」
「あのな~」
と京采は言いかけたが、確かにビジネスホテルに泊まるにしてもいつまで泊まるかと聞かれても分からない。
むしろ、姉よりも状況が分からない以上下手に動けないのが現状である。
「私ビジネスホテルくらいお金出せますよ。これでも働いて居ますし。」
と水元は言うが京采は
「いえ、ここは栗原の家に泊まることとしましょう。そこで結界を張ります。水元さんに被害が及ばないように俺が結界を張ります。」
と言った。
「おう!俺なら全然構わないからな!」
と栗原が言う。
「良いんですか・・・すみません。」
と頭を下げる水元に京采が
「いえ、良いんです。ただ着替えとかは無いので栗原の家に行く時にコンビニで買ってきて貰うことは可能でしょうか?」
「ええ、それは大丈夫ですが。」
京采の言い方に怪訝に思ったのか栗原が
「何だよ、七星は一緒に行かないのかよ。」
と言った。
「行くけれど、結界を張るために必要な珠々が壊れたから一度家に帰ってから合流するよ。」
「確かに。その壊れた珠々だったら結界張れないしな。じゃあ、水元さんと買い物しながら俺の家に向かうから合流できそうだったらその時電話して。」
「分かった。水元さん、そういう事なので俺達のシフトが終わるまでここで待っていて貰っても良いですか?」
「ええ、勿論。」
「じゃあ、開店時間まで後少しだけど後の作業は栗原頼んだぞ。」
「うん、分かった・・・て何でだよ!七星もしろよ!」
「悪い、姉さんにどういう状況なのか聞いた方が良いと思って。裏で姉さんに電話してくるわ。」
「なんだよ~畜生。分かったよ、開店時間までには電話終わらせて戻ってこいよ。」
そう栗原は言うと残りの準備に取りかかった。
京采は水元に一言言ってから席を離れ、スタッフルームに戻るとロッカーに入れておいた荷物からスマホを取り出し姉である柑奈に電話をかけた。
「あ、もしもし姉さん?俺だけど。京采だけど、今時間良い?」
***
「想晴はどこですか?」
扉の向こうからそう声がする。
「誰」
そう言いたいが声が出ない。
一時的にお世話になっている親戚の人の声では無い。
感情が籠もっていない声がする。
「想晴はどこですか?」
私が知りたい。
私が知りたい。
不思議と怖くなかった。
扉に手をかけようとすると何かに腕を捕まれて扉に触れない。
貴方は誰?
***
「そうなの、仕事中にごめんね。急遽その家から離れた方が良いと判断して、行く場所が無かったからビジネスホテルに泊まることにしたのよ。隣の部屋には西村さんが泊まってくれているから安心だし。」
そうスマホの向こうにいる相手に優しい微笑みを浮かべながら話すのは七星柑奈。
お昼過ぎに会ったという刑事と一緒に自宅に来たらしいが、私は覚えていない。
何でもここ最近の記憶が飛んでいる。
家で何をしていたのか全く覚えていないのだ。
外出した時の記憶はまだらにあるので、病院に行って症状を伝えたりとかは出来ているのだが、自宅に引きこもる娘の事を何て話していたか覚えていない。
ただ、先程西村と名乗った女性刑事が私は精神科の診察で娘は最近リビングルームに出て来て話をしてくれていると言っていたらしい。
実際は、あの日事故が起きた時から娘の愛菜とは口を聞いていない。
姿もろくに見ていない。
十年間ずっと自室に籠もっている愛菜は、何を考え何を感じていたのだろう。
ああ、私が弱いばかりに精神科で妄想を言ってしまったのか。
なんて情けないんだ。
愛菜・・・
「珠々はそうね、お祖母様のタンスの引き出しに糸があるわ。私の珠々も壊れたらそれで修復しているからそれを使いなさい。後は珠々を繋げたら塩水に浸して清めたら良いわ。後、私の部屋にある木の籠に沢山人型に切った紙が置いてあるから持って行きなさい。」
この女性は聡明な人なのだと私は感心した。
娘より年下であろう柑奈さんは、先程から電話向こうの相手にテキパキと指示を出している。
何でも柑奈さんは有名な霊媒師らしく、警察と協力して事件を解決しているとか・・・
あれだけ霊や宗教にのめり込んでいた私だが、柑奈さんの事までは知らなかった。
私が最初に霊媒師に会ったのは、娘の婚約者だった想晴が死んでからだった。
衰弱していく娘の姿を見ていられず、もし一目でも彼にもう一度会えるのであれば会わせてあげたいと思ったのだ。
しかし、私が見つけ出した霊媒師は悉く失敗に終わり偽物を引かされたのだと気付くまでに随分時間がかかった。
想晴のお母さんに止められても、霊媒師を探すことを止める事が出来ずあるインチキ霊媒師の自宅に伺っている時に想晴のお兄さんとお母さんに力尽くで連れ戻され、二人が泣きながら
「水元さん、こんな事しても想晴は帰ってこないんです。お願いだから目を覚まして。」
と言われて霊媒師通いは止めた。
買わされた壺も珠々も水晶も全部偽物だった。
メルカリで売ってしまえ!と主人に怒られたが、出品しても誰も買わなかった。
それもそのはず、その手の商品は沢山出回っているのである。
ああ、なんて馬鹿な事をしてきたのだろう。
霊媒師通いを止めた私は、今度は宗教に入会するようになった。
その頃には想晴のお母さんやお兄さんとは連絡取らなくなっていた。
宗教に入会した事は伝えては居なかったが、風の噂でも耳にしたのだろう。
連絡が来ることは無かった。
主人に止められても私は娘の為に、一%でも可能性があるのならと思って辞めなかった。
何個か入っては辞めてを繰り返し、家にはその時の信者の人が来るようになった。
あるとき、信者の一人が家に来た時に二階から大きな声で
「出て行け!殺すぞ!」
とフライパンを振り回して信者を追い帰す愛菜の姿があった。
信者はその姿を見て驚き急いで帰っていった。
私は数年ぶりに見る愛菜の姿に驚愕した。
髪が油で張り付きボサボサになった姿に、動かなくなったからなのかスリムだった体型が肥満体型になり顔はニキビだらけになっていた。
「愛菜・・・」
それでも私の愛おしい娘。
私は手を伸ばして触れようとしたが、愛菜はフライパンを私の足元に投げつけてまた自室に籠もってしまった。
フライパンは昨晩のご飯のカスが付いていた。
私は溢れる涙を止める事は出来なかった。
あんなに変わってしまった娘。
大事な娘。
でも彼女は私が宗教に入っている事を許してくれなかった。
私は何をしてあげられる?
どうしたらもう一度キラキラした貴方を見れる?
そう思いにふけっていると
「水元さん大丈夫ですか?」
と目の前に茶色の瞳を輝かせて聞いて来た。
「あ、ごめんなさい。娘の事を考えたら涙が止まらなくて。」
「そうですよね。娘さんは今安全な所に・・・」
と言ってホテルのドアに歩き出し、ドアを大きく開くと足早に何処かに行ってしまった。
私は何が起きたのか分からず扉が閉まる音がして私は後を追いに行こうと思い立ち上がると、ドシン!という音と共に外から悲鳴が挙がる。
急いでホテルの部屋の窓を開けると一カ所に人が集まっている。
まさか・・・
そう思って私はホテルの部屋から出て今すぐ確認すべきだと思った。
しかし、扉の向こうから声が聞こえる。
「想晴はどこですか?」
この声は・・・
私はその場にしゃがみ込んでしまった。
***
「姉さんは大丈夫なんですよね?」
その声が響き渡る。
病院に来ている訳では無いのだろう。
声が小さい。
電話か?
そう思うが目が重くて開かない。
この声はきっと京采なんだろうな。ああ、起きなければ。
そう思うがなかなか目が開かない。
そんな時扉が開く音がした。
「すみません」
この声は・・・私は気が遠くなるような気がした。
ああ、また眠ってしまうのだろうか。
でも、目を覚まして水元さんの所に行かなくては。
あの人を守らなくては。
今回はきっと地獄に送れる悪霊が居る。
そうすれば師匠の腕を取り戻すことが出来る。
黄泉の国に取られてしまった師匠の両腕。
取り戻さなくては・・・
そう思っていると
「柑奈、起きなさい。」
優しい声がする。
「柑奈、起きなさい。寝てたら駄目よ。起きなさい。」
私は瞼が軽くなるのが分かった。
ゆっくり目を開けると
「柑奈おはよう。」
「お母さん・・・・」
母が私の顔を覗き込んでいた。
「碧葉さん、もう大丈夫よ。お願いだけれど看護師さん呼んできて貰えるかしら?」
そう近くに居た碧葉に母は命じた。
「分かりました。」
碧葉は柑奈の意識を確認すると病室を出た。
「柑奈、今回はお母さんも出るわ。」
駄目、それは駄目・・・・私は目を左右に動かし拒否する。
口は運良く動くらしくパクパクと出来るが声が出ない。
「大丈夫よ。木々達から全部聞いたわ。それに貴方の師匠さんからもご連絡頂いてね、母が子を思う気持ちが大きすぎて柑奈には凄く重荷だと仰っていたの。きっと今回ホテルから飛び降りたのも母が子を思う気持ちが貴方を拒絶したのでは?て言っていたわ。安心して水元さんは今師匠さんの所に居るわ。厳重に結界を張って貰って居るから退院したらそこに行きましょう。後ね、師匠さんの指示で京采君の所にもお弟子さんが居るわ。結界を張って貰うんだそうよ。お父様はお母様ほど娘さんに熱心に思っていないだろうと。お母様は霊媒師や宗教にのめり込むくらいだったのだから相当な思い入れがあったに違い無いわ。」
「おかあ・・・さん。」
「声出るの?」
「う・・・ん」
掠れ声だが何とか声が出せる。
「無理はしないで。貴方が引き受けた事よ。最後まで責任持って出来るように余力は溜めておきなさい。」
コクと頷いた。
「龍王寺さん、大丈夫ですか?」
看護師さんが部屋に入ってきた。
母の姿で周りが見えていなかったが、どうやら個室の病室に居るらしい。
看護師さんがこちらに話掛けてくる。
私はただ頷く事しか出来ない。
「柑奈さん大丈夫ですか?」
後ろからスマホを片手に碧葉さんが声を掛けて来た。
コクと頷くと安堵した様子で、スマホの向こう側の人に何かを伝えている。
「龍王寺さん、先生がもう少ししたら来ますのでゆっくりしてて下さいね。」
私は再度頷くと看護師さんは私から離れて点滴に目線を移した。
「柑奈さん、京采さんと電話繋がっています。出られますか?」
「はい」
そう言うと私は左手を挙げた。
階が低かったからなのか軽傷で済んだらしい。
ただ頭を強く打っていたらしく入院になったのだろう。
私は電話を受け取るまでの短い瞬間に今の状況を理解した。
「も・・しもし」
「姉さん?大丈夫?」
「うん」
「飛び降りたって聞いたけれど、大丈夫?」
「うん」
「姉さん、俺やっぱり心配だから今すぐ病院に行くよ。待ってて」
止めようとした所に京采の背後から若い男の声がした。
「七星止めろって。今回お姉さんは碧葉さんっていう刑事も一緒だし、それに俺達が行ったらヤバいんだろ?結界がどうのこうのって・・・」
この声は栗原君?何故京采と一緒に居るの?
「もしもし?柑奈さん?栗原です!今七星を水元さんとお弟子さんで止めているので安心して下さい!あのお師匠様という方からの伝言で今お師匠様の力で結界を張っているらしく、夫婦は一緒には居ないようにとの事です。後は愛菜さんなんですが電話にも出ないし、親戚の人の家にお師匠様のお弟子さんが行ったらしいんですが、もぬけの殻だったそうです。詳しくは碧葉さんから聞いた方が良いと思います。それじゃあ、早く元気になって下さいね。失礼します!!」
「おい!栗原!!」
京采の叫び声を最後に電話は切られてしまった。
栗原君が京采の傍に居てくれて良かった。
きっと水元愛菜さんのお父様だけでは力尽くでこちらに来てしまうだろうし。
「京采君相当心配されていましたよ。」
碧葉さんにスマホを返すと少し苦笑いしながら言った。
「今回の事はお師匠様からも言われているので強く言えませんが、結界を一早く作るべきだったと思います。」
私は大きく目を見開いた。
「その驚く気持ちはよく分かります。ただ、お師匠様は結界の跡が全く無かった。こんなんだといつでも掛かって来いと呼んでいるものだと。」
違う・・・私は掠れた、小さい声で言った。
「違う・・・結界は完璧だった。」
そう、私はビジネスホテルに着いてすぐに結界を何重としたのだ。
だが、言っていて一つだけ嫌な予感がした。
そう、私の結界は完璧だった。
ただ、内側からを除けば・・・・
***
「愛菜ちゃん、想晴だよ。ほら、お母さんが連れて来たよ。」
私はお母さんが連れて来た人を見て驚愕した。
「想晴?想晴なの?」
優しい微笑み、切れ長の一重、小さくシュッとした鼻。
ああ、この香水は想晴だ。
「ほら、想晴。愛菜ちゃんだよ。ずっと貴方の帰りを待っていたんだから。」
お母さんが私の手を持ち上げて想晴の手と繋げようとする。
ああ、想晴会いたかった。会いたかったよ。
私は涙が止まらない。
想晴の事を考えない日なんて無かった。
毎日あの日から、警察から電話があったあの時からずっと想晴の事を考えていた。
何で私を置いて死んでしまったの?
どうしてお兄さんは助かって、貴方は死んでしまったの?
貴方は最期何を思ったの?
どうして、どうして・・・
でもやっと会えたんだもの。
想晴会いたかった。
想晴の指に触れるその瞬間想晴の指がチョコレートのように溶けていく。
「想晴?」
私は駄々っ子のようにして想晴の身体に触れようとする。
しかし、触れるところからどんどん溶けていって顔が崩れていく。
「想晴!いや!置いて行かないで!!」
私はそう叫ぶが想晴の身体は溶けてしまった。
跡形も無くなってしまった空間をただジッと見つめるしか無かった。
「お母さん・・・」
そうお母さんの姿を見回すが、先程まで居たお母さんの姿はない。
「お母さん、想晴。どこに居るの?お願い。出てきて。」
気が付けば周りは真っ暗な暗闇だ。
ここはどこ?
ねえ、私はどこに居るの?
想晴、ここは何処?
***
「結界は完璧だったと?」
「ええ」
少し水を飲んだら声が出やすくなり、柑奈は普通に話せるようになった。
まあ、元々打撲というだけの軽傷だったのだからこれくらいの回復力は当たり前なのかもしれないが。
「それでは何故お師匠様は結界の痕跡が無いと仰っていたのでしょうか?」
「きっと破った人が居るんです。」
「それは?」
「ですよね、西村さん。」
扉の向こうに立つ影がユラリと動き、扉を開けて中に入ってきた。
「わ、私が何故。」
「西村さん、話してくれませんか?想晴さんの事を。」
「ちょっと、待ってください。想晴さんは亡くなっているんですよ。」
そう話を遮る碧葉の姿も目には入らないように、西村の方を柑奈は見る。
「その辺の話聞かせて貰えませんか?」
「何を証拠に・・・」
「黒いモヤですよ。貴方の心臓付近をずっとグルグル回っている。」
「モヤ?それが何だって言うの?」
「そのモヤは悪霊が何かしようとする時に現れる煙みたいなものです。ビジネスホテルに居た時にはそんなモヤが無かったのですが、今はハッキリ見える。貴方人を殺したことがありますね?」
碧葉が
「そんなはずは無い!西村先輩は警察一筋の人だ!そんな事は絶対にしない!」
そう叫ぶが西村はフッと嫌な笑みを浮かべると
「碧葉良いんだよ。きっとこの人の事だ、きっと視えているんでしょ?想晴さんそっくりの杵築(きづき)という男の霊を。」
「ええ、初めてお会いしたときは視えませんでしたが、今はハッキリ見える。貴方の首の後ろから顔を覗かせて貴方を睨み付けている。」
「あら、怖い」
そうおどけたように西村は両手を挙げた。
「きっと最初に会った時にはお守りでも持っていたんでしょう。」
「ええ、そうよ。賭けだったけれどね。霊媒師として名を挙げている貴方に会うとなった時に、少し有名な霊媒師に頼んでお守りを作って貰ったの。でも、一回で壊れちゃった。貴方の結界を破った時に壊れちゃった。でも、結界が壊れるくらい強力だったのも凄い事よね。」
「その杵築さんという方を殺したのは事実ですか?」
「ええ、まあ死刑囚だったから簡単に殺せたわ。私ね、刑務所の人と繋がりがあるの。まあ警察をしていたらムショの人と繋がりは持てるんだけれど、私が繋がったのは死刑囚の方。
なかなかそんな繋がりは出来ない。でも私は天の導きによって出来た。
あの時私がもっと早く想晴と出会っていたら違ったのに。」
何かに取り憑かれているように西村は話す。
身振り手振りを交えて話す姿は今までの西村とは違った様子なのだろう。
碧葉がこの部屋の中で一番驚愕している。
「西村さん、想晴さんと出会ったのはいつ頃ですか?」
「想晴と出会ったのはまだ愛菜さんと付き合って間もない頃だったと思うわ。私、想晴のお兄さんと当時付き合って居たのよ。まだあどけない姿の愛菜さんに想晴だけじゃなくて、アイツも夢中になっていた。想晴の兄だからそれが口癖の如く何かあっては、愛菜さんの所に行くようになった。私は仕事があったしあまり依存しないようにして居たけれど、それが駄目だったようね。アイツは愛菜さんを手に入れる為に想晴を事故死するように仕向けたの。その話を私にしてきてね、私その時には想晴の事が好きだったから止めようと思って事故現場の所にいたの。」
「未然には防げなかったのですか?」
私が聞くと
「だって、アイツには想晴が死んだって思わせた方が良いじゃ無い。」
「なるほど。それで医者に口止め料を払って・・・っていうよくドラマである展開ですか?」
「まあね、でももっと良い展開があるの。想晴は記憶を無くした。」
「記憶喪失どっかの国でもよくあるパターンですよね。」
「でも、そんな日も長くは続かなかった。臓器移植したんだけれど感染病を起こしてね。呆気なく死んだわ。」
「あら~それはお気の毒様。」
私はこの夢少女のような痛々しい姿に拍手を送ってあげた。
「事故に遭ってからずっと入院生活だったけれど、あの日々私は忘れないわ。それで?この事は話したけれど、私をどうしたいの?」
「それだけですか?」
「は?」
「だからそれだけかと聞いているんです。」
「そうだけれど。それが?」
「お人形は関係ないのですか?」
「・・・・ああ、そういえばそんな話あったね。でもねそれは私、関係ないわ。だってあの人形を送ったのは霊媒師本人なんだもの。」
「その霊媒師は誰ですか?」
「知らないし、教えないわ。だってたまたま警察のパソコンにメールが来て郵送でお守り送ってきたんだもの。会ったこと無いわ。」
「そうですか。その人が誰か分かれば良いのですが、もう西村さんは用済みですね。」
「用済みってアンタ!」
そう言い終わらないうちに柑奈は両手をパンと胸元の高さで叩いた。
すると糸が切れたように西村の身体が横たわる。
碧葉が急いで駆け寄る。
「息はしています。無事です。」
と安堵の頃が返ってきた。
「そうでしょう。私は生きている人間を地獄に送ったりはしませんから。ただ少し痛い思いはして貰います。悪霊は祓わずに放置しておきましょうね。少し懲りたら自分から言い出すでしょう。」
「柑奈さんはどうして西村さんが結界を破ったと思ったんですか?」
「それは簡単です。私達があの時あのビジネスホテルを使うと知っていたのは西村さんだけでしたから。それに、結界は完璧でしたが私も盲点でした。味方に敵が居ることを懸念しておりました。」
「それだけで西村さんが今回の犯人だと思ったんですか?」
「いえ、今回の犯人は全くの別人です。本人は無意識なんでしょうが。」
そう言い終わると柑奈は足を動かして、ベッドから下ろすとサンダルを履いて立とうとした。
「柑奈さん、まだ動いては・・・・」
「大丈夫ですよ、そもそも私の怪我は打撲でしたし。動けます。」
「医者に診て貰った方が・・・」
「ああ、この空間結界張っていたんだった。忘れていました~」
そう言ってまた商手をパンと叩くと空気が変わった。
先程までは周りの音が全くしなかったのに対して、結界を解くと一気に騒音が響く。
「これが結界・・・」
「そうよ、お母さん。私こういう仕事をしているのよ。」
「お母さんには全く分からない世界だわ。誰に似たんだか・・・・」
そう言ってお母さんが柑奈を優しく抱きしめた。
「来てくれて有り難う、お母さん。でもね、これからの方が大変かな。目を覚まさせる必要があるから。私行かないと。」
「そう、でも今回は私も同席するわ。その方が良いとお師匠様が言って居たからね。」
「分かった。でも無理はしないで。今日は京采が居ないし、守りながらは少しキツイ状況になるかもしれないから。」
「大丈夫よ。貴方なら出来るわ。」
ガラガラガラ
「やっと開いた。七星さん勝手に施錠しないでください。」
そう言って医者が入って来た。
人形はどこからやって来たのか分からない。その答えを知っているのは購入者である水元愛菜の母親だけである。
***
「あの、お師匠様私はどうしたら良いのでしょうか。」
「・・・・・」
ここに閉じ込められてから私は何度かお師匠様だと思われている人に話掛けるが、一向に返事が返ってこない。
ああ、今もあの子は危険な目に遭っているのにこんな所で私は閉じこもっている訳にはいかないのに。
愛菜今何をして何を考えているのだろう。
あの人形は私が宗教に入った時にある信者から勧められて買った物である。
魂を宿し、周りを幸せにするドール。
そう言われて買った人形を私は娘と重ねて接して居た。
ただそれが度を過ぎたのか妄想と現実が分からなくなっていた。
精神科で妄想のドールとの生活をあたかも、現実に起きた事として話していたなんてゾッとする。
私やっぱり可笑しいのかしら。
光の道端。
それが宗教の名だった。
色んな宗教に入ったがどれも嘘ばかりで、高いお金を払うように言われてきた。
どんな宗教に入っても私の気持ちは晴れなかった。
こんな所じゃ駄目よ。もっとしっかりした所に。
そう思って色んな所に入会したが、どこも同じだった。
そんな時に出会ったのが光の道端だった。
最初はなんだ、この変な名前は・・・と思った。
宗教らしくないと言ったら怒られるかもしれないが、何とかの会とか何とかの輪というような名前が多い中で、道端は無いだろうと思った。
しかし、話を聞くだけ。ただそう思って聞きに行ったのだ。
場所はそんなに遠くは無かった。新幹線で行かなくてはいけない宗教もあったが、この宗教は車で行ける距離だった。
「お母さん、ちょっと出掛けてくるからね!」
そう二階に居る愛菜に声を掛けるが返事が無い。
いつもの事だ。そう思って私は出掛けた。
車で走ること一時間の場所にその宗教の地域に着いた。
何でもこの宗教は地域として密集した所に存在しているのである。
マンションは綺麗なマンションだった。
普通の都心に立っているようなマンションよりかは、少し団地っぽい感じだったが入居者はかなり居そうだ。
私はマンションを見上げていると
「こちらに引っ越される方ですか?」
と老人に声を掛けられた。
「いえ、今日は話を聞きに来ただけで。」
「そうですか、私もね主人が亡くなってから身寄りが無い者でここに来たんだけれどね、本当に良い人達ばかりでね。」
あ、この人女の人だったんだ。そう思ったのは秘密である。
「そうなんですね。ここには長く住んで?」
「いえ、数年前に引っ越してきたのよ。長野から。」
「それは遠くから来ましたね。」
「ええ、最後の力をと思ってね。家を売ってこのマンションに引っ越してきたのよ。」
「そうでしたか。あのここの宗教はどんな感じなんですか?」
「特に変わった事はしないわ。お祈りもしないし、お金だって家賃と光熱費電気代、普通のマンションと変わらないわ。私はデイサービスを利用しているけれど。」
「デイサービスもあるんですね。」
「ええ、ここは年寄りも多いですからね。それでお宅はどこから来たの?」
「墨田区です。」
「そう~それでこれからお話を伺いに?」
「ええ、でも何処から入ったら良いのか。」
「あら、そういう事だったら私が案内するわ。きっと迎え入れてくれると思うわ。」
そう言ってお婆さんは私の手を引っ張って行った。
その宗教は本当に何も私に買わせようとしなかった。
ただ、一つ。
約束だけは守ってください。
それだけは言われた。
でももう覚えていない。あの言葉の続きは何だったのだろう。
私は考えようにもモヤがかかっているようで、思い出せない。
***
「西村は柑奈さんが使っていた部屋を特別に使用して見張りも付けました。
これで動けます。」
少し時間がかかったが碧葉が柑奈に向かって言う。柑奈と柑奈の母親は病室の外に居た。
「京采の方も準備は出来ていますか?」
「ええ、先程言われた通りに伝えました。」
「そうしたら、お師匠様のところに急ぎましょう。これ以上愛菜さんを昏睡状態にしておけないわ。」
そう言って柑奈達は碧葉の車が駐めてある駐車場に急いだ。
「それでも、柑奈さんどうして愛菜さんが昏睡状態にあるって気が付いたんですか?」
「名乗り上げてくれた親戚の名前を出しても愛菜さんのお母さん顔色も動かさなかったのよ。多分あれは聞こえなかったのよ。きっと宗教の人なんだと私は睨んだの。
愛菜さんのお母さんが入信した宗教は光の道端で間違い無いですよね?」
歩きながらでも慣れているのか胸ポケットにある手帳を広げながら、碧葉は
「そうです。最近少し名が売れてきたのか浸透しつつある宗教です。我々も注視しておりました。」
「そうですか。しかし、今回その宗教が強く絡んでいると思います。きっと西村さんの言っていた霊媒師の正体もそこで分かるかと。」
「霊媒師が関係しているんですか?」
「ええ、きっと。」
車を見つけるとキュイキュイという音をさせながら、碧葉がロックを解除した。
三人は滑り込むように車に運転席に碧葉、助手席に柑奈、後部座席に柑奈の母親が乗った。
エンジンをかけると碧葉はゆっくり車を動かした。
「あの、西村の言っていた霊媒師は何で近づいたんでしょうか?」
「それは私の勘が働けば何でも相談。SNSで評判になっていた質問箱に投稿していたんじゃないかしら。」
「質問箱?」
「ええ、何でも相談に乗ってくれるんです。家庭内の事や婚約者の話。また不倫とか。」
「そんなのが流行っているなんて。」
「珍しくないですよ。SNSは匿名で誰でもが相談出来る。京采のSNSにも相談箱を付けろというDMがよく来ているそうですから。かなりの利用者さん、いえ匿名で質問をしたい人が多いんでしょうね。」
「なるほど。そういえば何で西村の殺した相手が杵築だと気が付いたんですか?」
「ああ、それは脱獄したという話を昔耳にしていたのを記憶に残っていたんです。愛菜さんのお母様とビジネスホテルに居たときに想晴さんの映った写真を見せて貰いまして、その時に誰かに似ているなと思ったんです。それで検索機能に付いている写真カメラで検索したらSNSで指名手配犯として呼び掛けられていた杵築の写真が類似の顔として出てきたんです。」
「なるほど。それでさっきの病室で西村に憑いている霊の顔を見て確信したんですね?」
「ええ、ただ結構西村さんっておっちょこちょいなのか自分から自白してくれたので説明が省けて助かりました。あの時まだ長く話すのにはキツかったので。」
「同じ警察官として恥ずかしい限りです。」
「同じ警察官でも隣の人の事まで分かるわけ無いですよ。」
「そうですね。しかし、どうして愛菜さんが昏睡状態に居ると分かるんですか?」
「ああ、それは木々達が騒いでいたから。」
「窓開けていなかったですよ?」
「私は耳が良いんです。建物内でも木々達の声が分かるんです。」
「じゃあ、ホテルから身を乗り出して落ちたときに木々達の声を聞きに行ったのは?」
「もうあの時から操られていたんだと思います。恥ずかしながら。」
「そうだったんですね。木々達は愛菜さんは何処に居ると・・・・」
「愛菜さんのお家です。」
キキー碧葉が急ブレーキをかけた。
後ろの車は危うくぶつかりそうになったのか、驚いてクラクションを鳴らし通り過ぎ際に
「あぶねーだろ!気を付けろ!」
と怒鳴りつけた。しかし、運転席に座っている碧葉の耳には入ってない。
「愛菜さん、親戚の家にいるんじゃないんですか?愛菜さんの家に居るんですか?どうして!」
「まあまあ、碧葉さん落ち着いて。路肩に寄せた方が良いと思いますよ。」
「あ、そうだった。すぐに路肩に駐めます。」
そう言って碧葉は運転をヨロヨロとしながら、路肩に駐めた。
路肩に駐めて車内の明かりを付ける。
「それでどういう事なんですか?」
「簡単な話ですよ。愛菜さんのお母様が買ってきた人形に人間の皮膚が使われているんですよ。」
「人間の皮膚・・・」
「ええ、もちろん腐らないように施しているんでしょうけれど。」
「どうしてそんな事が。」
「宗教で言われたのと違うんでしょうか。臓器と皮膚を提供するように。」
「臓器も?!」
「ええ、愛菜さんのお母様は酷く青白くなっていました。操られていたからなのかと思っていたのですが、どこか可笑しい。そう思い京采にお父様から宗教の事を聞くように指示していたんです。」
「それで?」
「何でも、その宗教はお金は取らない主義らしく壺やお札も買わせない。じゃあ何であの宗教は儲かっているのかと調べたところ人形を売りつける信者がいるのと、何か秘密毎を契約されるらしいんです。」
「秘密毎?」
「ええ、それがその秘密を覚えている人は居ないようで。」
「それじゃあ、なんで臓器と皮膚だなんて分かったんですか?」
「匿名の質問箱ですよ。」
「え?」
「京采のSNSで匿名の質問箱を設置したんです。そこで質問をしたんです。光の道端を知っていますか?と」
「それは調べたら出てくるんじゃ・・・」
「いえ、光の道端はSNSやホームページは無いみたいなんです。」
「じゃあ、どうして水元さんは光の道端を知ったのですか?」
「それはその宗教の霊媒師の人に聞いたら分かると思いますよ。」
「わざわざ、接触しに行ったと?」
「ええ、そうです。きっと西村さんの事をきっかけに今回の事を計画立てたんでしょう。」
「西村にはどうして接触したんだか。」
「それは私の単なる憶測ですが、死刑囚の臓器と皮膚をその宗教は貰って居たのではないでしょうか?」
「死刑囚の?」
「ええ、多分ですがこの宗教は警察内部の人間と濃く繋がっているのでは無いかと私は考えます。」
「西村は何かの方法で死刑囚を看守する警察官と繋がりを持った。そこで光の道端のトップと思われる霊媒師に繋がったと?」
「ええ、だからお金が要らないんです。他の宗教とは違って貢がなくても経営は成り立つ。それに大事になっても警察が揉み消してくれる。」
「それじゃあ、西村の件は・・・」
「きっと自主退職という形で終わらせるでしょうね。」
「え!!」
「だって、光の道端に関している人達は沢山居る。西村さんを咎めれば今までの事も明るみになってしまう。臭い物には蓋をしろ。そういう事です。」
「・・・・頭が追いついていませんが、何とか理解します。それで京采君のSNSにはどんな投稿があったんですか?」
「光の道端は臓器、皮膚を提供する事で入信したとみなされるそうです。」
「なるほど、お金は掛からないけれどリスクは負う。しかも暗示にかけられるのかその時の事を覚えていないと。でも傷口や健康診断で分かるもんなんじゃ。」
「ええ、でも入信者には特別な価格で健康診断を受けられると書いている人が居ましたが、それは嘘でしょうね。きっと入居者は特定の病院で受けるように指示し、他県に住んでいるや遠方の人には警察が管理している病院で検査をするようにしていると思います。勿論、私は精神科も怪しいと思っていますけれど。」
「それは水元さんが通院している精神科ですか?」
「ええ、そうです。その精神科、みはらしハートクリニックではありませんか?」
「ちょっと待ってください。」
そう言って碧葉は胸元にある手帳を開き確認する。
「そうです!みはらしハートクリニック!そこです!」
「その精神科も質問箱に書かれていました。その精神科に誘導されると。確か水元さんと話をしている時に同じ精神科に通院していると話していたので、京采から聞かされて間違い無いと推測したんです。」
「こんなに広い範囲で・・・」
「驚きますよね、でも地域毎宗教に入信させるのであれば政治や病院を巻き込むことは容易いと思うんです。」
「この宗教を潰す事は・・・」
「出来ないでしょうね。」
フーと溜め息をつきながら柑奈は言った。
「それじゃあ、何が正義かなんて分からないじゃ無いですか。」
「正義なんてあっても無いものですよ。」
「警察官は正義で無ければいけない存在なんです。だから・・・」
「碧葉さん、忠告しておきます。これ以上は首を突っ込まない方が良いです。これから愛菜さんのお母様にお会いして除霊します。その後に愛菜さんを助けに行きます。そしてこれ以上はこの宗教には関わらない。そう約束してください。」
「しかし・・・」
「私、碧葉さん以外の警察は信じていないので居なくなられたら嫌なんです。」
そう訴える柑奈に碧葉は観念したように額に手を当てて
「分かりました。しかし、表にバレないようにこちらも動かせてください。西村みたいな刑事が一人でも減るようにしたいんです。」
「まあ、そう言うだろうと思って私と京采は全面協力いたします。こちらはお祖母様の代から警察には協力していますからね。それに師匠も警察や政治家と繋がりがありますから、碧葉さん一人では出来ない事も力尽くで出来ると思いますし。」
「有り難うございます。」
碧葉は泣きそうな顔で言った。
柑奈は本当の理由は伏せておこうと思った。
今回の霊媒師こそ地獄に送るべき人だ。
そうすれば地獄の番人の契約に結びつけられる。
碧葉は知らない。柑奈が地獄の番人と契約した事を。
「それじゃあ、そろそろ向かいましょうか。師匠も待っていると思いますし。」
***
「パーン」
師匠の家に着くなり師匠の弟子に柑奈は頬を叩かれた。
「不躾にすみません。ただこの意味は分かるとお師匠様が仰って居ました。」
そう言って礼をする。
柑奈は叩かれた頬を擦りながら
「お師匠様の耳も相変わらず良いんですね。」
そう言って笑った。
柑奈の母親も碧葉も予期せぬ出来事に何も言えない。
「あの・・・」
柑奈の頬を叩いた弟子が少し恐る恐る柑奈の様子を見ると
「貴方は悪い事は何もしていません。もし師匠の両腕があったらもっと痛かったと思うので。」
「すみません。・・・あ、お師匠様なら中でお待ちしています。案内いたします。」
そう言って先導を切った。
「あの、柑奈さんお師匠様が機嫌が悪くなるような事をしたんですか?」
「ええ、まあ。」
「柑奈大丈夫なの?」
柑奈の母が柑奈の顔を覗き込む。
「お母さん、大丈夫よ。大丈夫」
柑奈はそう言って先導を歩く弟子の後を追って歩き始めた。
石の階段を昇り庭園を通り暫く歩くと師匠がいる部屋に着いた。
師匠は両腕を失ってから寺を後継者に譲り、近くの場所に家を建てたのだ。
隠居と言っていたが、未だに弟子を周囲に置いているという事はまだ現役なのだろう。
柑奈は師匠が両腕を失ってからこの家に来るのは初めてだった。
いや、両腕を失ってから一度もお会いしていない。
気にするなと言われたが、それでも自分にもっと力があったら。
もっと経験があったのならあんな結果にならなかったのでは無いかと思ってしまうのである。
「こちらの部屋でお待ちください。お師匠様をお呼びいたします。」
そう言って襖を開けて部屋の中に柑奈達を案内すると、弟子は師匠を呼びに外に出て行ってしまった。
部屋の中は畳の部屋に紺色の座布団が人数分敷かれている。
柑奈達は座布団の上に正座で座ると師匠が来るまで一言も話さなかった。
というよりも柑奈が話す隙を与えなかったのである。
久しぶりに会う師匠。
どんな顔をしてお会いしたら良いのか分からない。
きっと地獄の門番との契約も分かっているはず。
勿論今回結界を破られた事も分かっているはず。
こんな不出来な弟子を持って後悔しているのかもしれない。
そう思うと今すぐこの場から去りたくなった。
しかしそんな事を考えていると足音がスッスッスッと聞こえ始め、この部屋に近づいてきた。
そして襖を開ける音がする。
柑奈は師匠の顔を見ずただ額を床に付けるように礼をした。
碧葉も母も柑奈と同じ体勢を取る。
師匠は正面に座ると
「頭を上げなさい。」
そう言った。
柑奈は恐る恐る顔を上げると紫色の着物を着た師匠の姿があった。
「し、師匠。」
師匠の顔を見た時に不安になっていた気持ちが爆発したのか、柑奈は両目からボロボロと涙を流し再び頭を下げた。
「すみません、すみません。」
「柑奈、泣くな。頭を上げなさい。」
「しかし・・・・」
「お前がやっていることは決して褒められる事では無い事は分かっているね。それでも、私を思ってしてくれている事だ。私は怒りはしていない、勿論失望もな。ただ言わせて欲しいそれ程私の両腕は価値があるとお前は思っているのか?」
「それは、もちろ・・・・」
「あの家族を守る為に失った両腕に価値なんぞあると思っているのか?人の命よりも価値があると。」
柑奈はその言葉聞いて黙ることしか出来なかった。
人の命ほど大切な物は無い。
しかし、師匠の両腕は健在であればもっともっと人を救えたはずなのだ。
「師匠、仰りたい事は分かります。しかし、師匠はまだ人を救えたはずです。両腕を無くしてしまっては人を救いたくても救えません。師匠がこの先誰かをあったはずの両腕で救いたいと思っても、救えないのです。私は悔しいのです。あの時からずっと後悔しております。だから・・・だから・・・・
「だから地獄の番人と契約を結んだと?」
「はい。」
「お前がこれほど愚かな娘だとは思わなかった。私は教えたはずだぞ。命より大切な物は無いと。そしてその力に頼りすぎてはいけないと。」
師匠はゆっくり立ちそして柑奈の前に座った。
「頭をお上げ。お前がした事に私は感謝もしているのだ。私を思っての事だろうとすぐに分かった。しかし大事な弟子にこれ以上苦労をさせたくないのが本音だ。しかし、一度契約してしまった事は最後までやり遂げなくてはならない。しかし、人を誤って地獄に送っては駄目だ。その分別は肝に銘じるように。」
柑奈は涙を流しながら顔を上げて師匠の顔を見る。
師匠は怒って等居なかった。
微笑んでいたのである。
最初に出会った時のような優しい顔で柑奈を見つめていた。
柑奈は救われたと思った。
ああ、許されたのだと。
勝手にした行動を師匠は許してくれたのだ。
そしてまた改めて教えを下さった。
「ありがとうございます。」
そう言うと
「うむ。」
と言ってまた立って三人の正面に来るように正座をした。
「それで今回は水元さんの事で来たんだったな。」
そう言うと碧葉が
「ええ、そうです。今水元さんは?」
「あの人は薬物依存があったのか幻覚が見えて居るようだ。今は物置に閉じ込めて結界を張って出てこないようにしているが・・・」
「うおぉぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉぉ!!!うああああああああああ!!」
「なに、これ。獣のような叫び?」
柑奈の母親が怯えた様子で襖の方を見る。
「水元愛菜の母親の声ですよ。こうして定期的に叫び声をあげるんです。精神科から貰って居たという薬はこちらに。鑑識を呼んで貰って検査して貰ってください。」
「はい、今連絡取ってみます。」
そう言って碧葉は席を離れ部屋の端でスマホを取り出し電話を掛け始めた。
「何故それが違法薬物だと?」
柑奈が聞くと師匠は
「ここに来たと時は大人しかったんだ。しかし、結界の中に入った途端豹変してね。最初は憑きものでも居るのかと思ったのだが、どうもあれは違う。そして師匠である私に薬をくれと頼み込んできたんだ。持病でもあるのかと思っていたが、その様子は無い。精神科の薬だからキツイ薬では無いから一日飲まなくても平気だろうと思っていたのだが、様子が変でな。弟子達に交代制で見張って貰って居るのだが、誰かと会話をしているようなのだ。これは違法薬物を使用している人の症状だと思ってね。ただ碧葉君の連絡先を知らないし、柑奈は寝てしまっていて連絡は取れないし。京采君に連絡したら旦那さんはそんな薬は飲んでいないとの事だったので一応弟子と共に警察で尿検査を受けているはずだよ。後はあのお母さんを尿検査させてちゃんとした病院で入院したら回復するだろうね。ただ、薬物を使用してから大分時が経っているのと思うからダルクには通わなくてはいけないね。」
ダルクとは違法薬物を使った人が薬物を使わなくても生活が出来るように、団体で更生していく施設の事である。
「やはりあの宗教が関係しているのでしょうか?」
電話を終えた碧葉が座り直しながら師匠に聞いて来た。
「だろうなとは私は思っているよ。私も今までそういう宗教の入信者と接触した事があってね。盲信している人も居れば薬物で善悪が分からなくしていく所もあれば、マインドコントロールをして信じさせる所もある。ただ水元さんは盲信している程宗教に貢いでいない事や、マインドコントロールをされているのかと考えると父親の話しぶりでは当てはまらなかった。ただ精神科を紹介されたと言っていただけだったからな。父親も一緒に精神科に通院していたらしいが、特に父親が豹変する事は無いという事は消去法で薬物だろうと。」
「なるほど。それで・・・・今電話をしたら鑑識が十五分ほどで到着するようなので私は入り口の所で待っていようかと思うのですが。」
「分かった。弟子に案内させるから付いて行きなさい。」
碧葉は一度礼をして廊下で待っていた弟子と一緒に玄関まで行ってしまった。
「あの、何故私は呼ばれたのでしょうか?」
柑奈の母親は師匠に問いかけた。
「簡単ですよ。母親の無償の愛を柑奈は貰っているだけで意識して誰かに与えたことは無い。今回お呼びしたのも柑奈一人では水元愛菜のお母さんを呼び戻すことが出来ないと判断したからです。それでは一緒に水元愛菜さんのお母さんの所に行きましょうか。」
そう言って師匠は立ち上がるとスッスッと歩き始めた。
柑奈も柑奈の母親も後をついで部屋から出た。
***
ここは何処?
なんで私は涙が止まらないの?
ねえ、教えて愛菜。
お母さんの何が駄目だった?
お母さんはただ愛菜の笑顔をもう一度見たかったの。
愛菜。
私の可愛い娘。
想晴と結婚が決まった時、嬉しそうに写真を送ってきてビデオ電話したよね。
あの時の笑顔私今まで見た事が無いくらいに輝いている姿を見て、お父さんとこれで安心だねって話していたのよ。
想晴が亡くなったときは、受話器を持ったまま泣き崩れる愛菜を見て私は心が凍り付くような感覚だった。
愛菜はもっと辛い感覚だったよね。
身が引き裂かれる思い出もしたような泣き声を上げる貴方を私はただ背中を擦ってあげる事しか出来なかった。
それから十年。
愛菜の姿を見たのは一度だけ。
最後に入信した宗教の信者が家に来てくれたとき、愛菜がフライパンを振り回して追い返したね。
十年と会っていなかった娘に会って私は驚愕した。
あんなにお洒落だった愛菜が、あんなに美容に夢中になって化粧品や美容用品を買っていた愛菜が。
全くの別人になっていた。
それから間もなくしてから信者からある荷物が届いた。
それがドールだった。
見た目も肌触りも愛菜だった。
髪を梳かしてあげると少し微笑んだような顔をする人形。
でも、どこからどう見ても人形というより人間だった。
動かない人間。
ああ、あの時に時が止まってしまった愛菜だ。
私はそう思って愛菜に接するようにその人形に愛情を注いだ。
愛菜。
私の可愛い愛菜。
そうだ、あの子は散歩に出掛けたんだった。
きっと夕飯を待っている。
お腹を空かせているに違い無い。
帰らなきゃ。
ドコニ?
***
「この部屋だよ。」
そう言って案内して貰った部屋は物置にしては立派な建物だった。
「師匠、どれだけ寺で稼いでいたんですか?」
柑奈が冷めた目で言うと
「まあ、政治家や警察関係と繋がりがあるとそれなりにな。柑奈もそれなりに貰って居るだろう?」
「まあ、京采を大学に行かせるくらいには貰って居ますが。ここまでは・・・」
「まあ、これからきっと伝が増えていくさ。そしてこれからどうするつもりなんだ?」
「京采の事ですか?」
「ああ、このまま縛り付けたままにはいかないだろう?」
「ええ、京采は警察官になりたいそうなんで碧葉さんに協力して貰おうかと思っていたのですが、今回の事件の事を考えると怖くて。そんな所にあの子を預けて良い物かと。」
「ハハハハハハハ!お前も相当なブラコンだな。」
「なんです?ブラコンて?」
「え?本気で言ってる?」
「ええ、師匠ブラコンって何ですか?」
「おい、碧葉君もう少し柑奈の教育頼めないか?」
碧葉は後頭部を擦りながら
「いや~、自覚は無いとは思っていましたが、ここまで言葉を知らないとは。事件の事もあれだけ連日に報道していたのに知らなかったくらいでしたからね。」
「え~柑奈。そこはしっかりしておけよ。」
師匠が柑奈を見ると柑奈は
「私はあまりテレビを観ないんです。だって映るじゃないですか。霊やら悪霊が。」
「確かにな。」
と師匠はしたり顔で言う。
碧葉が
「そうなんですか?テレビでも見えちゃうんですか?」
師匠が
「まあな、時々見えたりはあるな。それにビビビと嫌な感覚にはなる。なあ柑奈。」
「私は煙は見えますが、嫌な感覚にはなりますね。」
「柑奈はいつもそういう時どうしているんだ?」
「テレビを消します。」
「・・・・・京采君はどうしているんだ?沢山観たい物あるだろう?」
「サザエさんやドラえもんといった害が無い物は観せていますが、基本は付けていません。」
「それは子供扱いしすぎなんじゃないか?ブラコンにも程があるだろう。」
そう師匠は言いながら柑奈の後ろに立っていた碧葉に、ね~?という顔をして言った。
「ブラコンってどういう意味なんですか?」
「シスコンと同じ意味だよ。さあ、そろそろ準備をしなさい。扉を開けるよ。」
そう言って弟子に扉の鍵を開けさせた。
柑奈はここに来るまでに用意していた珠々を左手に持ち、祈る気持ちで扉が開く瞬間を待った。
***
「姉さん、連絡が取れないんだけれど。」
イライラしているのが分かるくらいに左から右へと動き回っている。
「七星少しは落ち着きなよ。」
そう宥めると
「そんな訳にいかないだろう?姉さんと何時間離れていると思っているんだ!もう無理!姉さんのところに俺は行ってくる。」
そう言って出口の方に行こうとするので栗原は必死に止めた。
「いや、今水元愛菜さんのお父さんが診察受けているんだからもう少し待っていようぜ?」
「水元愛菜の父親なんぞ知るか。姉さんの頼みだから一緒に行動しているが、姉さんの頼みで無ければどうでも良い。」
「いや、そんな事言ったら駄目だろう!」
そう会話をしていると
「本当に私達の事で巻き込んでしまってすみません。」
と言いながら病室から水元愛菜の父親が出てきた。
「わ!すみません。コイツそんな悪意を込めて言っている訳じゃ無いんです。ただお姉さんと離れているのが不安になっているだけで。」
栗原が京采の後頭部を掴んで強制的に頭を下げさせた。
「おい!栗原!」
そう暴れようとするが栗原は手を離さない。
身長差は悔しいがそれなりにあり、いつも見下されているからこれくらいは許されるだろう。
「水元さんすみません!」
そう言うと七星は大人しくなった。
「良いんです。頭上げてください。だってほら妻のせいでお姉さんホテルから落ちたんですよね?それだったら気になるのは当たり前ですよ。お姉さんは無事だったんですか?」
栗原は七星の頭から手を離すとバネのように起き上がり
「姉さんは無事でした。今は師匠の所に居ると、先程同行している刑事から連絡がありました。」
「そうですか。お師匠様ってあのお弟子さんのお師匠様ですか?」
と言って廊下の隅に居るお弟子さんを指した。
「ええ、そうです。師匠は今は隠居されていると聞いていますが、それでもまだお弟子を取られているとは。俺も初めて知りました。」
「もうそんなに歳の方なのですか?隠居されるという事はそれなりにご高齢とか?」
「いえ、あるお祓いの時に両腕を無くしまして。それで隠居したんです。でも大丈夫です。あのお弟子さんは師匠が見込んだとおり結界は綺麗に張れています。姉さんの方が繊細で綺麗ですが。」
「何でそこに柑奈さんが出てくるんだよ!ていうか、七星って結界が見えるの?」
「え?ああ、確かに見えるって言ったら見えるな。あまり意識したことが無いんだけれど、ああここって空気が違うなって思うのと同時に蜘蛛の糸のような結界が見えるんだよ。あのお弟子さんは少し歪。だから綺麗にピンとは張っている感じでは無い。姉さんは何重にも結界を張ってそれも一枚一枚丁寧にかけるんだよ。」
「・・・・・もうこえーよ。七星。俺は友達として言うわ。怖いわ。」
と栗原が頭を抱える。
「ぷっふふふ。」
急に水元愛菜の父親が笑い始めた。
「どうしたんですか?」
と栗原が言うと
「こんな楽しいやり取りを見たのは久しぶりです。ずっと家の中では暗い生活ばかりだったので。」
と水元愛菜の父親が笑いながら言ってきた。
「これが楽しいやり取りですか?」
と栗原が言うと七星もこれは栗原に同意だと言わんばかりに頷いている。
「ええ、二人は今青春を送っているんですね。私にもそんな経験がありましたから、懐かしいです。」
「お父さんはどんな青春を送られたんですか?」
栗原が聞く。
「私ですか?私は大学のサークルで妻に出会ったんです。私の一目惚れでした。弓道のサークルだったのですが、妻の凜々しい姿に私が惚れまして。私からアタックしたのですが、その時には妻には彼氏が居たんです。それが悔しくてね~本当に悔しかったんですよ。それでね、占いにはまりまして。」
「「占い?!」」
「ええ、それだけ本当に好きだったんです。色んな占いの所に行っては妻と縁があるのかって調べましたよ。その時にね水草という変な占い師に出会いましてね。そこで出会った占い師に占って貰ったら、今まで付き合っていた方とは別れたばかりでしょうから縁がありますよ。て言って貰いまして、それでこれでアタック出来るぞ!と思いましてね。それでお代を払おうとしたら、お代は結構です。と私、何か売りつけられるんじゃないかと思ったので警戒したのです。でもお代の代わりに献血に行ってくれないかと言われたんです。なんて親切な人なんだと思って、私それからその人の所に何かあれば通うようになって。それでも毎回お金は取らず献血を求められるんです。体力はある方なので貧血とか持っていませんし。それで何度か間隔を開けて献血に行ったんです。それから暫くしてその占いの通りに妻と縁があり、付き合うようになったんです。結婚が決まってからお礼を言いに再び訪れたのですが、もうそこにはその占い師の姿はありませんでした。」
「その占い師の特徴とかって覚えているんですか?」
「それが~記憶が曖昧で。私もあの時の事はもう妻の事しか考えていませんでしたから。」
「そうですか。献血は何処で?」
「ああ、警察が管理しているしっかりした病院です。ここも警察が管理している病院なんですよね?私が協力したところは全く違う病院でしたが。」
「そうですか。奥さんが入信していた宗教はどうやって出会ったんですか?」
「ああ、それなら妻が色んな所の宗教に入信しては退会しておりまして、その時に出会った信者からもし良かったら私の友人が入信している宗教を教えてあげるわ。と言われて教えて貰ったと言っていました。私は仕事があったのでその宗教に行った事は無いのですが。」
「その宗教は何か他の宗教と違ったのでしょうか?」
と栗原が喰い気味で聞くので京采は栗原の腕を掴んで
「おい、聞きすぎだろう?」
と言うと
「わり、でもさ何か出来すぎてないか?俺の勘がさここで聞かないといけないみたいな感じがしてさ。」
と京采の手を振り払って水元愛菜の父親の方を見る。
「それで、何が違ったんですか?」
水元愛菜の父親は困ったような顔をして
「それまでの宗教は何かと壺や札を買わせるようにしてきたんです。でも、最後の宗教はそういうのが無いんです。ただ一つ人形を買わされたくらいで。」
「人形・・・なあ、七星その人形に監視カメラとか盗聴器とかあるように感じるとかは無いのか?」
京采は酷く顔を歪ませて
「俺はそんな都合の良い機械じゃないんだぞ!?」
と言った。
「だよね~。」
と栗原が言いながら
「なんかすみませんね~色々聞いちゃって・・・あの水元さん?」
京采から水元愛菜の父親に目線を移すと水元は何か空中を見ていた。
「水元さん?どうしたんですか?何か見えんのかな?」
と言って栗原は水元愛菜の父親が見る方向へ目線を移すが病院の白い壁だけで何も無い。
「ああ、私はここに居てはいけないんだ。あの子の元へ帰らないと・・・」
そう言って水元愛菜の父親は駆けだして出口に繋がる階段へ行った。
「水元さん!待って!」
栗原と京采が叫び止めるが水元愛菜の父親の足は速い。
こんなに足が速いくらい運動神経が良いのだろうか。
いや、この人は今操られているんだ。
そう気付くまでに時間は掛からなかった。
***
「水元愛菜さんのお母さん。私の声聞こえていますか?」
先程まで絶叫が聞こえていた部屋からは何の音もしない。
部屋は薄暗く、電気も着いていない。
しかし、廊下の光が部屋の中を照らしていて中は見えることが出来る。
そんな薄暗い部屋の隅に蹲っている女性が居た。
柑奈は珠々を左手に持ち少しずつ愛菜の母親へと近づいていった。
「水元さん、聞こえますか?私です。七星柑奈です。助けに来ました。」
水元愛菜の母親は怯えるように涙を流している。
「水元さん、大丈夫ですか?」
そう触れようとしたとき
「私は!!私はただ愛菜を愛していただけなんです!娘を愛して何が悪いんですか?」
と叫びだした。
「水元さん、落ち着いて。何の話か・・・」
「私なんでしょ!私が貴方を突き落としたんでしょ?」
「何を言っているんです?私は水元さんに突き落とされたなんて思っても居ませんし、そんな事は有り得ないですよ!だって貴方は部屋から出ていないから」
「でも、西村っていう刑事さんが私がホテルの部屋から出ようとした時に言っていたんです。貴方が犯人ねって。私怖くて怖くてそれから西村さんが言っていたんです。娘の婚約者は愛菜を嫌って自殺したんだって。愛菜がそれを知ったらと思うと怖くて。西村さん愛菜に会いに行くって言っていたんです。愛菜が今どこにいるんでしょうか?あの、私、私・・・ああ、散歩から帰ってきた。愛菜、ここだよ。」
そう言う瞳には柑奈は映っていなかった。
「クソ!西村の奴変な事を吹き込みやがって!」
柑奈は扉付近に立っていた師匠の弟子に
「おい!あんた!日本酒を持って来て!出来れば一番高いやつ!」
と命じた。
弟子は驚きつつも走って台所に向かって行く。
「柑奈・・・せめて二番目の酒にしてくれよ。」
という師匠の言葉は今耳に入らない。
「水元さん!私を見て!そちらに行ってはいけない!愛菜さんが待っています。本物の愛菜さんが待っているんです。」
珠々を左手に持って水元愛菜の母親の額に右手で人差し指と中指を当てて
摩訶般若心経を唱える。
「お弟子さんはまだ?」
と大声で言うと
「まだです!もう少し待っていてください!」
と他の弟子が答える。
すると師匠が
「仕方無い、私も混ざろう。そして柑奈のお母さん申し訳無いが柑奈の傍に居てくれないか?」
と言った。
「私ですか?」
と柑奈に似た大きな茶色い瞳を見開いて師匠を見る。
「ええ、水元愛菜さんのお母さんは親子というのに反応するでしょうから。今愛菜さんを想って買った人形に操られているんだと思います。だから柑奈の肩触れてやってください。」
「わ、分かりました。」
そう言って柑奈の母親と師匠は薄暗い部屋の中に入ってきて、柑奈の肩に柑奈の母親は手をかけて柑奈の様子を伺い、師匠は柑奈の背後から柑奈と同じ摩訶般若心経を唱え始めた。
二周目に入った頃に弟子が日本酒を持って来た。
師匠は
「遅い!早くしろ!」
と言った。
「す、すみません!」
と言って弟子が酒を柑奈の目の前に持ってくる。
柑奈はお経を唱えるのを止めて、師匠だけはお経を唱え続けた。
「それを私に飲ませて。」
そう言って顔を弟子の方に向かせる。
「え?」
と戸惑う弟子に柑奈は
「早く!」
と急かした。
弟子は
日本酒が入ったボトルの口を柑奈の口に近づけて、日本酒を注ぐと柑奈はある程度口に含み、そして日本酒の口から顔を除けて水元愛菜の母親に向けて一気に口に含ませていた日本酒を吹きかけた。
その日本酒を浴びた水元愛菜の母親は
「ギャアアアアアアアアア」
と叫び声を挙げる。
「もう一度!」
と柑奈は日本酒の口を自分の口に近づけるように指示をする。
弟子はその言葉に従って日本酒の口を傾けて柑奈の口の中に注ぎ込む。
そしてまた柑奈はある程度溜めた酒を、水元愛菜の母親に向かってかけたのである。
「アガガガガガガガガガガガガガアガガ・・・・・」
ガクガクと震える水元愛菜の母親の両肩を柑奈は、珠々を持っていた左手と水元の額に当てていた右手を崩し、手を広げて掴み揺さぶった。
「水元さん!聞こえますよね?七星です!こちらを見てください!」
その呼び掛けに答えるように水元愛菜の母親は虚ろの目に力を宿し、そして口から水を吐き出した。
「七星さん・・・・?」
「そうです、七星です。迎えに来ました。さあ、愛菜さんに会いに行きましょう。ほら起きて。」
優しい問いかけに水元愛菜の母親は目をキョロキョロさせて柑奈の母親を見た。
「私・・・・ここは何処?その人は?」
「ここは私の師匠の家です。そして傍に居てくれているのは私の母です。」
「七星さんのお母さん?」
「ええ、そうです。」
柑奈が母の方を見て微笑むと柑奈の母も微笑み返した。
「さあ、帰りましょう。水元さん。愛菜さんの元に。」
そう言って両手を肩から水元愛菜の母親の両手を包むようにして握ると
「ごめんなさい、私、ごめんなさい。」
と水元愛菜の母親は泣き始めた。
「これで大丈夫でしょう。繋がりは切りました。」
と言って水元愛菜の母親の首裏で、指でハサミの形にしてチョキンと何かを切った。
その頃玄関の入り口の方で声がした。
「こっちだ!早く!!」
という碧葉の声がする。
「長く感じましたが、十五分以内には繋がり切れたんですね。良かった良かった。」
と柑奈が笑うと師匠が
「そりゃ、あんな高級な日本酒を使ったんだ。無駄にされたら勘当レベルだぞ。」
と言う。
「師匠、もう歳も歳なんだからお酒控えたらどうです~?」
と柑奈が言うと
「もし、私に両手があったら引っ張った叩いてやるところだ。」
と師匠はと言った。
柑奈の母親が
「娘が不躾にすみません。柑奈そんな口を聞くもんじゃないよ。」
と言うが師匠が
「良いですよ。もっと反抗してきた事が沢山ありましたから。」
と柑奈の母親に笑う。
その光景を見ていた水元愛菜の母親が
「皆さん、家族みたいに仲が良いんですね。」
と言った。
「ええ、家族みたいなもんですもん。水元さん血の繋がりも大事ですが繋がらなくても縁はあります。ただ、弱みに付け込んでくる人は今後避けた方が良いでしょう。娘さんは、愛菜さんは待っていますよ。ずっと。お母さんの帰りを待っています。一緒に帰りましょう。」
「はい・・・有り難うございます。」
水元は涙を流すと体育座りだった足を正座にし、その場で手を付いて礼をした。
柑奈は
「最後のおまじないです。」
そう言って口にしたのは
「オンコロコロ センダリマトウギソワカ」
七回唱えた。
「柑奈お前って奴は・・・」
と師匠が言う。
柑奈の母親が
「なんです?そのおまじない・・・・」
言う。
師匠が柑奈の母親に向かって言った。
「帰依し奉る、病魔を除きたまえ払いたまえ、センダリやマートギの福の神を動かしたまえ、薬師仏よと言ってお薬師様のご真言、仏の働きを表す呪文です。意味としては人々の願いを素早く叶えてくれて、病気を治すだけではなく、現世に大きなご利益を授けるという意味です。」
「へ~難しいのをよくこの子は知って・・・」
「まあ、柑奈は勉強熱心の弟子でしたから。」
と言って師匠は言った。
「柑奈さん!お師匠様!鑑識を連れて来ました!」
碧葉が弟子に連れられて鑑識と共にやって来た。
「有り難うございます。こちらも繋がりは切りましたので大丈夫です。後は薬物検査をしてくださいな。」
と言って水元愛菜の母親の左肩をトントンと叩き顔を上げさせた。
「大丈夫です。あの警察官は信用出来る警察官です。西村という警察官の言う事は忘れてこちらの警察官の言う事を聞いて下さい。」
そう言うと水元愛菜の母親は柑奈と碧葉の顔を交互に見て柑奈と目を合わせると、強く頷いた。
***
「水元さん!駄目だって!!」
と栗原と京采と弟子と一緒に水元愛菜の父親が病院から出ないように羽交い締めしていると京采が
「栗原!お弟子さん!申し訳無いけれど、二人でこの人止めてて!俺が水元さんと繋がっている糸を切る!」
と言った。
「分かった!」
「分かりました!」
二人が今までよりももっと力を込めて水原愛菜の父親を押さえ込む。
京采は左手にはめていた珠々を取り出し、摩訶般若心経を唱える。
人型に切った和紙を水元愛菜の父親の額に当てて唱えるが、人紙は額に触れると煙を立てて燃えて消えてしまう。
「な、何が起きているんだ?」
とお弟子さんが言うが京采は冷静に次から次へとズボンのポケットから和紙を出しては水元愛菜の父親の額に当てた。
「クソ!クソ!クソ!!」
と栗原が言う。
京采は次から次へと煙に変わる人紙をどんどん額に当てていく。
ああ、もう少しで紙が無くなってしまう・・・
どうした方が良いのかと考えていると
「居た!京采君!師匠が持って行けと!!」
お師匠様の弟子の一人だろう。
手には茶色の珠々を持っていた。
大きさは柑奈の持っている珠々と同じくらいだ。
「お弟子さん?」
と京采が言うと走ってきた弟子は
「はい!すみません、遅くなってしまって多分その珠々は使えないだろうと師匠が判断して自分の珠々を持って行くように指示したんです。この珠々は新月の光を浴びさせて清めた水で三日三晩清めた物です。どうかこちらをお使い下さい。」
「有り難うございます!」
そう言って京采が走ってきたお弟子さんから珠々を受け取って、改めて水元愛菜の父親の額に最後に人型の和紙を押し当ててお経を唱えた。
「摩訶般若心経観自在・・・・・・」
水元愛菜の父親を押さえ込む弟子と走って珠々を持って来た弟子が京采と一緒にお経を唱える。
「水元さん、頑張れ!戻ってこい!」
栗原が水元愛菜の父親の耳元で叫ぶ。
京采が水元愛菜の父親の額に当てた人紙は煙に変わる事無かったが、今度は触れている所から熱くなるのを京采は感じた。
「水元さん!七星です!俺の事が分かりますか?こちらを見て下さい!」
そう呼び掛けると
「私は行かなくてはいけないんです!愛菜の元に行かなくちゃいけないんです!」
と泣き始める。
「愛菜さんには会わせます!でも今は冷静になって下さい。俺の事を見て!!」
京采がお経を止めて水元愛菜の父親の両肩を両手で揺さぶった。
「水元さん!俺が誰か分かりますか?」
と京采が聞く弟子の二人はまだお経を唱え続けている。
「水元さん!」
京采が水元愛菜の父親の肩から手を離し、左手に珠々を持ってお経を唱え始めた。
ガクンと水元愛菜の父親は意識を失った。
全員で頭を打たないように支え、そして京采は指をハサミのポーズにして水元愛菜の父親の首裏でチョキンと何かを切った。
「よし、これで繋がりを切れた。」
そう全員がホッとしたのも束の間
「誰です?大きな声でお経なんて唱えて!患者さんが怯えて診察がろくに出来ない!」
と看護師に怒られた。
***
「尿検査はやはり陽性でした。最近流行のMDMAでした。少量を毎日服用する事で知らないうちに依存症になっていたんでしょうね。今本部に連絡を取って信頼をおける人達に精神科と薬局を調べて貰うように指示しました。」
と碧葉がメモを片手に柑奈と師匠、そして柑奈の母親、水元愛菜の母親に告げた。
鑑識は水元愛菜の母親が違法薬物の使用の疑いで現行犯逮捕を碧葉に告げたが、娘の愛菜を取り戻すのに母親の存在が必要だと柑奈と師匠が意見を言ったことで、渋々署に戻って行った。
「これからどうするつもりなんですか?」
と碧葉が言う。
柑奈が師匠の顔を見て、師匠は深く頷くと
「これから、水元さんの自宅に戻ろうと思います。それから、あの人形を地獄に送ります。」
「え?地獄ですか?人形を?」
「ええ、今回水元さんを操っていたのは人形なんです。それも普通の人形じゃ無い。人間の皮膚の薄皮を使って縫い付けて髪は勿論人毛。目の角膜はまあ偽物でしょうけれど。でも、色んな思いを込めた札が沢山人形の中に詰められていると思いますよ!楽しみですね!」
と柑奈が言った。
「こら、楽しみは不謹慎だろう。ピクニックに行く訳じゃ無いんだ。そんなに嬉しそうにするな。」
「だって~、師匠。なかなかそんなに思いを込めた人形に出逢える事なんてなかなか無いですよ?」
「は~、柑奈のお母さん本当に申し訳無い。私がこの道を勧めたばかりにこんな脳天気なことを言う様になって・・・・」
と師匠は柑奈の母親に頭を下げた。
「いえ、私はただ風の噂でしか活躍を耳にしていませんでしたから、こうやって間近で見れて良かったです。安心しました。」
と柑奈の母親は言った。
「お母さんは弟子が家までお送りいたしましょう。」
師匠がそう言うと柑奈の母親は頷いて
「有り難うございます。」
と言って弟子と共に部屋を出ようとする。
母を見送ろうとする柑奈に柑奈の母親は
「あまり無理しては駄目よ。良い?貴方を大切に想っている人が居ることを忘れないで。後ねちゃんとご飯を食べること。そして時々で良いから家に帰ってくる事。約束よ?」
と言った。
「有り難う、お母さん。」
「じゃあね、今度は京采君も家に連れて来なさい。お会いした事が無いから会ってみたいわ。調べたらなかなかのイケメンだって言うし。」
「お母さん、良いこと言っていたのに台無しじゃない。イケメンだって噂されてて会いたくなっただけでしょう。もう、また2.5次元の俳優オタクしているの?」
「ええ!勿論!!怪盗流司君格好いいんだから!今度ね刀剣・・・」
「もう良いよ。これから水元さんの家に行かなくちゃいけないから、お母さんは早く家に戻って。もう夜遅いし早く帰りな。」
「柑奈ったら話聞いてくれないんだもの。全く。じゃあね、お母さん帰るからね。」
「は~い」
柑奈は手を振ってバイバイとすると母親も同じく手を振って、弟子が先導に玄関に誘導されて行った。
「柑奈とお母さんって見た目は似ているのに、性格は全然似ていないね。」
と師匠が言う。
「そうなんですよ。昔宝塚に夢中になっていた時はどうなるんだろうと思っていました。まあ、まだまだ母若い方ですが年齢的に主婦として生活をしている人が多い中で仕事をする人生を歩んでいるのですから少しでも楽しみが無いと。」
「お母さんの生活費出してあげたら?」
「そう言ったんですがね、母は自分の事は自分でしたいのよとまた仕事をしないと暇で何も出来なくなって早くボケるわって言っていました。」
「色んな主婦がいるし、主婦だって大変な仕事なのに。」
「ですよね~。まあ母は自分で稼いだお金で推し活というものをしたいんでしょうね。」
「深いね~また私は会えると良いのだけど。」
「師匠もまた会えますよ。その代わり師匠も元気でいて下さいね。」
「ハイハイ、分かっているよ。こんな不出来な弟子がいるのに落ち落ち死んでいられないからね。」
そう言う師匠に柑奈はモウっ!という顔をしてサヨナラを言い、玄関まで師匠とお弟子さんがお見送りをしてくれて碧葉の車が駐まっている駐車場に向かっていった。
柑奈と碧葉、そして水元愛菜の母親と共に水元の家に向かうだけだ。
「気を引き締めていかなくちゃ。」
そう言って柑奈は珠々を撫でた。
***
暫く車を走らせていると碧葉が柑奈に聞いた。
「あの、一つだけ気になった事を聞いても良いですか?」
「ええ、どうぞ。」
「地獄の門番ってなんですか?」
「ああ、師匠が言っていた事ですか?」
「ええ、そうです。何か不吉な事しか思い付かなくて。」
「そうですね、前にお祓いした時に師匠の両腕を黄泉の国に持って行かれたのを覚えていますか?」
「はい。」
「その黄泉の国に持って行かれた両腕を返して貰いたくて、お祖母様が使っていた手鏡を満月の夜にかざして深夜に門番に話を聞いたんです。お祖母様が大切に仕舞っていた鏡は地獄と繋げる物なので。よく地獄送りをする時に使っていたんです。」
「よくもそんな物騒な物が置いてありましたね。」
「確かにそうですよね。でも、その鏡で聞いたんです。師匠の両腕を返して貰いたければどうしたら良いのかと。そうしたら」
「そうしたら?」
「百人悪霊を地獄に落とせと言われました。」
「じ、地獄に?」
「はい、最初ふざけて言っているのかと思っていましたがかなり本気だったので、焦りました。私がしているのはお祖母様と違って成仏が主なので。地獄送りは本当に苦手で・・・」
「そんなに悪霊って出会うものなんですか?」
「それがなかなか・・・・人を何人も呪い殺しているとかあれば良いんですけれど、なかなかそんな強力な悪霊と出会う事は・・・」
「確かに口コミで来る来客者ではそこまで強力な悪霊は来ないかもしれないですよね。」
「ええ、だから警察に協力しようと思ったんです。警察の事件であれば人を殺している悪霊に出会える数は違うと思うので。」
「強力な悪霊って具体的にどんな感じなんですか?」
「ん~、例えば十数人殺しているとか。」
「そんな悪霊なかなか居ないですよね?」
「そうですね~なかなか居ないと思いますよ~ただ光の道端という宗教は結構匂うと思いますよ。」
「確かに年数的にはかなり経っていますからね。それに死刑囚まで巻き込んで。かなりの凶悪でしょうね。」
「ええ、そこまで有名では無いらしいのですが。人間の皮膚と臓器を提供して貰っていたらそれなりに悪霊は集まりやすいと思うんですよね。あ、そうだ水元さん。」
ぼんやりしていた水元愛菜の母親を柑奈が呼んだ。
呼ばれたことでハッとしたのか
「は、はい!」
と水元愛菜の母親が言う。
「愛菜さんを取り戻したら、お母様は警察に連れて行かれると思いますが警察の病院に連れて行かれて診察を受けると思います。その時の為に一つ思い出して欲しいのがどこの部位を持って行かれたかです。思い出せそうですか?」
「・・・・いえ、その時の記憶が本当に曖昧なんです。刑事さんが仰っていた臓器提供も全く記憶に無くて。傷も無いですし。」
「古傷を使ったのではありませんか?」
「例えば?」
「帝王切開とか。」
「じゃあ私が盗まれたのは・・・・」
***
「やっと着いた・・・」
栗原が柑奈の師匠の弟子の運転で水元愛菜の父親と京采と共に水元家にやって来た。
京采はずっと車の中でお師匠様がくれた珠々では無くて祖母の形見だと言っていた珠々をずっと見つめていた。
「大丈夫か?」
「うん。」
「本当か?」
「大丈夫。お師匠様がくれた珠々は本当に綺麗で澄んでいるんだ。これだったら姉さんと同じように祓う事が出来る。でも、俺守ることが主だからさ。この珠々の力が強すぎて扱えることが出来るか。」
「さっき、祓っていたじゃん。」
「あれは、祓ったんじゃ無くて絆を切ったんだ。」
「絆?」
「そう、家族としての絆。」
「・・・おい、それまずいんじゃないか?だって水元さんどう見たって家族の絆大事にしてそうじゃん。」
「ああ、それなら大丈夫じゃない?絆は切ってもまた修復できるし。でも元の絆には戻らないけれどね。」
「良いのかよ。」
「うん、だってその絆の先に愛菜さんは居なかったから。」
「そうなのか?」
「うん、あーあ祖母ちゃんの珠々使えなくなったな~。」
「それ大事な物だもんな。でもさ、またずっと付けていればいつかはまた復活するかもしれないじゃん。」
「そうかな~姉さんに今度こそ現場に一緒に行かせて貰えない気がして・・・」
「さっきまで姉さん、姉さん言っていたのに急気弱かよ。」
「姉さんには会いたいけれど珠々の事はバレたくない。あー!!」
と頭を抱えて蹲る京采に栗原は
「おいおい、住宅街で大きな声出すなよ。」
と言った。
「あの、京采さん。柑奈さんは知っていますよ。」
「え。」
京采の時が止まる。
「だから、柑奈さんは京采さんの珠々が使えなくなっていることを知っていますよ。」
「何で?」
「ああ、それは柑奈さんが師匠の家に来た時に言っていたんです。京采さんの珠々が無いから代わりの物を師匠から貰ってきてって。」
「姉さん!!」
ぶわっと涙をあふれ出す京采に栗原は、本当に人を沢山呪い殺す程愛していた安芽に対して残念に思った。
安芽は京采のこの姿を知らない。
安芽の前では姉の話を極力避けていた京采は、この姿を安芽には見せていなかった。
彼女がこの姿を見ていたら幻滅していただろう。
栗原も暫く一緒に居ることが多いが、学校では隠しているが職場のロッカーを見て愕然とした。
ロッカーの内扉にいっぱい柑奈の写真が飾られていたのだ。
『何これ・・・』
と唖然とした栗原に京采は着替えをしながら
『何が?』
と言った。学校中で京采を見て黄色い声を出す女共、この姿を見てもキャーキャー言えるか?そう思ったのだった。
柑奈にあったのは安芽の事があった時と栗原がずっと悩まされた怪奇現象の時依頼だが、毎日京采のロッカーに写真が貼られているのを見ているので久しぶりに会う気がしない。
だが、先程の京采の霊媒師の姿は凄かった。
バイトの時に何度か霊媒師の仕事をしているのを見ていたが、いつも塩をジップロックに詰めるだけで特に目立った事はしていなかったから、霊媒師の仕事って楽なんだなと思っていたのだ。
「七星、俺ずっと勘違いしていたわ。七星ってさ、やっぱり霊媒師なんだな。」
「何急に・・・」
と涙目で言う京采に栗原は今言うべきでは無かったなと後悔した。
暫くすると車がライトを付けてこちらに向かってきた。
「あれが刑事さんの車かな?」
と栗原が言うと
「ああ、碧葉さんの車だ。」
と京采が言う。しゃがんでいた姿勢から立ち上がり服を整え髪を整える。
(いや、その姿勢って今から彼女に会う人がする態度なんだよ。)
とツッコミたくなるがここは我慢。ハリセンを今度から持ち歩こう。
あ、でも後からきっと反撃が来るから止めておこう。
***
「あ、京采。」
水元の家の前に京采が立っていた。
その隣には確か京采の友達の栗原君。
その後ろには師匠のお弟子さんだろう。
こちらに礼をしている。
師匠のお弟子さんって全員で何人居るんだろう。とふと思う。
「ご主人も無事で居るようですね。」
と碧葉が言う。
「貴方・・・」
と涙声で言う水元愛菜の母親に柑奈は
「もう少しで全てが終わりますよ。頑張りましょうね。」
と言った。
本当は悪霊の力が強くなる夜は避けたかったのだが、柑奈が目を覚ました時間も時間だったという事と、愛菜をこれ以上宗教の信者と一緒に居させてはいけないという事。
きっと今は昏睡状態だと思われる事から、今夜決行する事にしたのだ。
これ以上待たせてはいけない。
きっと人形も傍に居るはず。
「着きましたよ。」
と言って碧葉が車を駐める。
駐車場は無いので碧葉が車の中で帰りを待つことになった。
「碧葉さん、すぐに戻ってきますね。」
と言って柑奈は水元愛菜の母親と一緒に外に出て水元家に向かった。
「貴方・・・・」
と愛菜の母親は父親の元へ小走りで行く。
「大丈夫か。」
と言って強く抱きしめる。
そこに柑奈は近づき
「お父様初めまして、七星柑奈と申します。」
「貴方が京采君のお姉さん。」
「弟がお世話かけました。」
「いえ、こちらがお世話になりまして。本当に京采君には迷惑かけてしまって。本当に傍に居てくれて心強かったです。」
「そうですか、それなら良かったです。」
柑奈は礼をし、二人から離れて弟の所に行った。
「京采、よく頑張ったわね。」
そう言うと京采は涙目で
「俺、俺の珠々・・・」
「ええ、分かっているわ。でも師匠から珠々貰ったでしょう?」
「うん、これ・・・」
京采が茶色の珠々を見せると柑奈はビックリした顔をして
「これ師匠が使っていた珠々じゃない!」
と言った。
「やっぱりそうだよね~こんなの貰っても良いのかな~」
と半べそで京采が言う。
「あらあら、そんなに泣かないの。大丈夫よ。師匠も分かってて渡したんだと思うし。気合い入れなさい。これからが本番よ。」
「そうだね、姉さん。」
二人は誰も居ないはずなのに明かりが煌々と着いている水元家を見上げ
「「行くか。」」
そう気合いをお互い入れ直して頷いた。