テラーノベル
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「好きにならなきゃよかった」
その一文を、送れなかった。
トーク画面の入力欄に並ぶ白い文字は、何度も打ち直されては消えた。
最後に残ったのは、意味のないスタンプひとつ。
彼とは、雨の日に出会った。
コンビニの軒先で、ビニール傘を忘れた私と、傘を二本持っていた彼。
「予備なんで」と差し出された透明な傘の向こうで、彼は笑っていた。
それから、たわいもないLINEが毎日続いた。
「今日の空、きれいだったよ」
「会議だるい」
「アイス食べたい」
恋に落ちるのに、特別な出来事なんていらない。
ただ、毎日名前を呼ばれるだけでよかった。
でも、彼には“帰る場所”があった。
最初から知っていた。
指輪の跡が薄く残る薬指も、夜になると減る返信も。
それでも、「好きにならなきゃよかった」とは思えなかった。
ある夜、彼から珍しく長いメッセージが届いた。
『ちゃんと、向き合うことにした。
だから、もう連絡はできない。ごめん』
画面の上に「既読」と表示される。
何か言わなきゃ。
せめて「ありがとう」とか、「幸せになってね」とか。
でも、どんな言葉も、自分をいい人に見せるための嘘みたいで。
私は、何も送らなかった。
代わりに、彼にもらった透明な傘を開いてみる。
あの日と同じ雨の匂い。
傘の内側には、小さな傷があった。
きっと彼も知らない、ほんの小さなひび。
恋って、こういうものかもしれない。
外から見れば、ただの透明。
でも、内側にはちゃんと傷が残る。
トーク画面は、今も「既読」のまま。
消せない履歴の中で、
私たちはたしかに、少しだけ本気だった。
そして私は今日も、
誰にも送らない言葉を、また打ち込んでは消している。
「好きにならなきゃよかった」
それでも、きっとまた好きになる。
コメント
2件
まって…、めっちゃ好きなんだが……