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一番最初に我に返ったのは、ピアーニャだった。これまで様々なリージョンを行き来していた経験から、慣れない事があってもある程度は対応できるようにはなっている。それでも驚く事は驚くが。
未だに硬直しているミューゼとパフィを一旦放置し、鳥を光る実の成る木の近くへと誘導。腰を据えて話を聞く事にした。
大きな鳥も大人しく従い、木を珍しそうに見た後は足を畳んで座り込んだ。足は丸い体に完全に隠れ、その端で首を少し曲げて落ち着け、今も絵が気になるのか、絵を持ったまま固まっているミューゼの方をチラチラと見ている。
そんな鳥を、アリエッタは口を開けて見ていた。
(やっぱり鳥だ。まごうことなき鳥だ。ちょっと大きいエミューにしか見えない)
アリエッタが驚いている今がチャンスとばかりに、ピアーニャは名乗り、情報を聞こうとここに来た要件を話し始める。その場を仕切り始めた妹分に驚くアリエッタだったが、そっと後ろからくっついて、抱っこスタイルになるだけで、邪魔しないように黙っていた。
(いやなんでだよ! はなせ!)
ラッチも座り、背後のアリエッタの事を諦めたピアーニャが説明を求めた。鳥は少しだけピアーニャを見つめていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「おれっちはヤガってんだ。最近まで砂のある場所で暮らしてたんだがなぁ、ふと気づいたら見慣れない景色が近くにあってな、試しに踏み込んでみたら……ここにいたってぇワケよ」
「ふむ、スナなぁ……」
「ここって太陽もねーし、他の生き物もそこの娘みてーに透けてるしよ。一体ドコなんだ?」
「なんだ、しらずにココにいたのか」
「おう」
ヤガと名乗った大きな鳥は、自分の置かれた状況を知りたいのか、正直に話していく。
(ふーむ、スナとタイヨウではまだわからんな)
(へぇ~、さすが異世界。鳥がすっごい喋る世界もあるんだ)
何を言っているのかまでは分からないが、言葉を発している事はアリエッタにも分かる。話せるようになる為に真剣に聞いてはいるが、今の所知っている単語が含まれておらず、理解が全く出来ていない。それでもミューゼやピアーニャと話を出来るようになるために、雰囲気から掴もうと密かに努力していた。
話の途中に、ミューゼとパフィが復活。ようやく状況を飲みこめたのか、今度は落ち着いてアリエッタの隣に座った。
「もしかしたら、テンイがシゼンにおきたのかもしれないな。まずはモトのリージョンをみつけたほうがいいか」
「よく分かんねぇけど、このでっけぇ穴みたいな場所から出られるってことか?」
「そうだな。このクリエルテスにはタイヨウなどないし、まずはイッショにもどったほうがいいだろう」
「んー? そうか、信じていーんだな? よく分かんねぇし」
「ああ、まかせろ。イマよりはよくなるハズだ。カイケツサクはそのあとだが」
「無条件で大丈夫とか言われるよりは、現実味があって信用できるかもな。よろしく頼むぜ」
「うむ」
ヤガは半透明の片翼を差し出した。どういう事か分からないピアーニャだったが、すぐにヤガが説明をする。
「おれっちの故郷では、挨拶や約束の時に翼をこうやって交差させるんだ。まぁ合わせてくれればいいぜ」
「どこかできいたことがあるな……なんだったか。まぁいい、こうすればいいのか」
ピアーニャは立ち上がり、片手を広げてヤガの翼へと触れようと手を伸ばす。しかし、
「……んっ?」
「なんだ!?」
交差しようとした手と翼が、なんとすり抜けてしまった。
再び試すが、やはりすり抜けてしまう。
「なにやってるんですか?」
「いや、ふれようとしたのだが……」
「ちょっと待て。生き物もすり抜けちまうってのか!?」
「どういうことだ?」
ヤガが自分の体を見て慌てている。
ピアーニャは試しに体へと触れてみたが、その感触は無くすり抜けてしまった。
「いやな、ここに来て生き物に触れるのは初めてだったんだが、そこらの透明の石もすり抜けちまってよ。そういうもんかって思ってたんだが……」
透明の石はそこら中にある水晶の事である。その事でミューゼがラッチに質問をした。
「ねぇラッチ。水晶ってすり抜けるの?」
「すり抜け……もしかして同化のことリムか? 児戯にも等しき生活の基本リムぞ」
「はい?」
いきなり口調を変えたせいで、ミューゼは言いたい事と意味が分からなくなった。そこへピアーニャが補足する。
「あー、クリエルテスじんは、そこらのスイショウとドウカして、イドウしたりかくれたりできるんだ」
「へぇ、すごいのよ」
「フェリスクベル様達は不可能リムか?」
「フェリスクベル様言うな。もちろん出来ないけど」
「クリエルテスの外は不思議リムな」
クリエルテス以外を知らないラッチにとって、外の常識は自分の非常識である。
リージョン間の齟齬は、ピアーニャにとっては別に珍しいやり取りではないので、この事はまた後回しにと、話を進めていく。
「どういうコトかは、ジブンでもわからないと?」
「お、おぅ……なんでだ?」
「……わからん。が、ここにいてもしかたないな」
「おぅ……」
すっかりテンションが下がったヤガ。そんな大きな鳥を見て、アリエッタが動き出す。
いきなり立ち上がった事で解放され、ちょっと安堵したピアーニャだったが、次に何をするのか気になり、見守る。
アリエッタはヤガの傍までやってきた。
「アリエッタ、なにをするきだ?」
保護者達が見守る中、元気の無い鳥を心配そうに見ている。理由は分からずとも、落ち込んでいるのが見ただけで分かる程、はっきりと項垂れていた。
そんな鳥へ手を伸ばした。
「よしよし」
「おう、嬢ちゃん。ありがとよ。へへっ、お陰でちったぁ元気出たぜ?」
(うおー鳥撫でた! フサフサだ! モフモフだ!)
ヤガの首に抱き着き、なおも撫で続けている。慰めているつもりなので大人しいが、内心テンションが爆上がりしていた。
「相変わらず良い子なのよ」
「ほんとねー。甘やかしたい衝動が抑えられないわ」
少女と鳥のやりとりに和む保護者達。
「ってちょっとまて!? なんでさわれる!?」
「え……あっ!」
余りに自然だったせいで気付くのが遅れたが、ここでようやくその異常事態にピアーニャが反応した。
慌ててミューゼが駆け寄り、ヤガに胴体部分に触れようとするが、ピアーニャと同様にすり抜けてしまう。
「なんで?」
手と鳥を交互に見つめ、首を傾げた。それを見ているピアーニャ達も訳が分からない。
そしてアリエッタのテンションは、ますます上がっていく。
「みゅーぜ! もふもふ! もふもふ!」(触らないの!? すごくイイよ!)
「も、もふ? なんでアリエッタは触れるの?」
アリエッタの言っている「もふもふ」の意味は分かっていないが、年相応の大興奮をしている事だけは見ただけで分かる。可愛いので落ち着かせるつもりが無いミューゼだが、あまり触ってるとヤガの迷惑かもしれないと思い、抱っこする事にした。
「よしよし、よかったねー。よく分かんないけど」
「あ~! もふー!」(もうちょっと、もうちょっとだけ~!)
「ああもう可愛いなぁ! もしかして鳥が好きなの?」
「興奮したアリエッタも素晴らしいのよ……じゅる」
「……ストレヴェリー様?」
「なんつーだらしないカオだ……」
興奮冷めやらないアリエッタの頭を撫でて宥め、ピアーニャ達の方へ戻ろうとした。しかしヤガがそれに待ったをかける。
「その嬢ちゃんはおれっちに触れるんだな? じゃあ乗せてやんよ。久しぶりに何かに触れるから少し嬉しいんだ」
「あー……わかったよ」
「お、おお~?」(えっいいの!? やったー!)
嬉しさのあまり、すっかり精神まで子供状態になっているアリエッタ。
ミューゼはそんなワクワクしっぱなしのアリエッタをヤガに乗せ、落ちないように支えながら自分も乗れたらなぁと考え、先程通り抜けた羽毛に触ろうとした。
すると、ふわふわした感触が、手にまとわりついた。
「……ん? ふわふわ……触れたっ!?」
「なにぃぃぃ!?」
「ほんとか、ねーちゃん!」
「えっと、うん……」
再びその感触を確かめるように、ヤガの体を撫でてみる。ミューゼの手によって羽毛は形を変えていく。
「流石は樹木の神フェリスクベル様よ。我の及ばぬ事を難なくこなすとは」
「そこ、神とかゆーな。訳わからないんだけど……」
「なるほどな、神サマだったのか。こりゃ頼りになるぜ」
「違うから!」
(ん? カミ?)
驚きながらもミューゼ達の会話を聞いていたピアーニャが、鳥の上にいるアリエッタを見た。ピアーニャはこの場で唯一、女神の娘だという事を知っている。神ならばヒトの想像の及ばない事をしでかしても不思議ではないと、半分納得していた。
そして、事態を変える為にアリエッタを頼るという選択肢を内心増やしているが……
(むぅ、そんなコトをすれば、わちのミがあぶない……さいしゅうしゅだんだな)
アリエッタに何かをしてもらう。それはピアーニャにとって屈辱の『甘える』という行為である。自分達の意思が上手く伝われば確実に何かが起こるであろうアリエッタの能力だが、現状意思を伝える所が最大の難関なのだ。
しかも、結果の良し悪しがアリエッタには判断出来ない。成功失敗に関わらず、お願いをしたピアーニャは確実に長時間可愛がられてしまう。それが何よりも恐ろしいのだった。
「どうするか……」
出来ればそんな手段を使いたくないピアーニャ。ヤガに駆け寄っていくパフィを眺めながら、明日の計画を考え始めていた。
「ほらみてパフィ、ふさふさ……あれ? 触れない」
両手でヤガに触ろうとしたミューゼの手が、再びすり抜けた。そのまま足をもつれさせて、鳥の体の中に全身がすり抜けていく。
「うわぁ、入っちゃった」
「いや首だけ出さないでほしいのよ。ちょっと怖いのよ」
「あはは、ごめんごめん」
すり抜けるという事象で遊び始めるミューゼ達。アリエッタはヤガの首を撫でるのに夢中で、後ろの状況に気付いていない。
「アリエッターそろそろ降りよっか~」
ミューゼは体をヤガに埋めたまま、降ろす為にアリエッタを両手で掴んだ。
「ゲェッ!?」
「いたぁっ!!」
その瞬間、ヤガが叫び、ミューゼが痛みを感じて声を出す。
驚いたパフィ達が、思わず身構え、そして目を見開いた。
ヤガの全身が紫色の光の粒となって、溶けるように消えていく。
いきなり目の前で起こった不可思議な現象。ピアーニャとラッチは離れて見ていたにも関わらず、何が起こったのか理解出来ていない様子。
「……おっちゃん?」
「なんだ? どうした?」
声をかけるも、ヤガから返事が返ってくる事は、二度と無かった。
「えっと……もしかしてあたしのせい?」
「もふもふ?」(あれ? 鳥は? 帰ったの?)
全員が唖然とする中、唯一パフィだけが悲しそうな顔で、ヤガが消えた場所を見ていた。
(非常食が消えたのよ……)