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「ミラーハウスってなんでしょう?」
パンフレットの地図を見て、朝倉くんが首を傾げる。
アイスクリームを食べ終えて、次のアトラクションを決めていた時だった。
私がお勧めしたミラーハウスを、彼は知らないようだった。
「部屋に設置された鏡で迷路が作られているの。迷路は簡単な道順だけど、四方を鏡が反射しているから、簡単に出口が探せないのよ」
私は迷い込んだ様子を身振りを交えて教えた。
「なるほど。まるで異世界のようですね。面白そうです」
「うん。行こう」
二人で自然と手をつなぎ、ミラーハウスへと向かった。
入り口で私が先に一歩前に出た。
後ろにいる朝倉くんに振り返る。
「私の後についてきてね」
「それなら迷うこともないですね」
彼は自信たっぷりに笑みを浮かべる。
「どうかな」
ミラーハウスを知らない朝倉くんは、余裕の表情だった。
目の前の人がふっといなくなる──その不思議な光景を知っている私は、彼の驚く反応を楽しみにした。
「では、出発」
私まで子供のような笑みを浮かべていた。
中へと歩みを進める。
早速、四方の鏡に自分と背後に立つ朝倉くんの姿が映し出された。
「うわー。僕たちがたくさんいる! すごい!」
「ねっ。分身の術みたい」
二人ではしゃいでいた。
そして、私は手を使いながら鏡の隙間を探し出し、次のルートへと進んだ。
「あれ、瞳子さんの姿が消えました! こんな一瞬で⁈」
朝倉くんの感嘆の声が響く。
「えーっと、瞳子さん、どこですか?」
「ここよ。ここ」
そう声をかけて、私は顔をひょいっと出した。
すると朝倉くんを囲む鏡に、無数の私が映し出された。
「うわっ、瞳子さんがたくさんいる!」
朝倉くんが驚いた表情で周囲を見回した。
「また一気に消えるわよ。ほいっ」
私が顔をひっこめると、奥から「瞳子さんがいない!」と朝倉くんが寂しそうな声を出す。
「ふふっ」
私も面白がって、出たりひっこんだりを繰り返した。
「そろそろ先に進もう。朝倉くんも早く来て」
私は手で進路を確かめながら前に進んでいった。
「瞳子さん、どこですか? 瞳子さん!」
朝倉くんが必死に私を探す声が聞こえてくる。
(慣れないと道を探すのは難しいかな⁈)
それでも、彼は大人だ。
そのうち私に追いつくだろうと、私は足を止めなかった。
ほんの一、二分が経過した。
私はふと足を止め、後ろへゆっくりと振り返る。
(朝倉くん……遅いな。声も聞こえなくなったけど)
私はその場でじっと耳を澄ました。
だが、彼がやってくる気配がまったくしなかった。
「っ!」
(何か、あった⁈)
ここでようやく、私は何かがおかしいと気がついた。
「朝倉くん⁈」
返事がない。
急いできた道を、手探りで引き返していった。
あるミラーを曲がった時だった。
ミラーの壁に手をつき、膝をついている朝倉くんが目に飛び込んでくる。
「どうしたの! 大丈夫⁈」
駆け寄って、朝倉くんの肩に手を置き、顔を覗き込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
彼が顔を上げると、顔面は蒼白で、呼吸が促迫していた。
肩が上下し、普通でないことがわかった。
「苦しいの⁈ 息を吸える?」
彼の脇から腕を入れ、なんとか引き起こそうとした。
「瞳子さん……どこにも行かないで……」
弱々しい声で懇願する。
それが朝倉くんから発せられたとは思えないほどだった。
「……っあ!」
今度は、はぐれた親と再会した迷子のように、私にしがみついてきた。
「朝倉くん……」
こんな彼を見たのは初めてだった。
私まで手が震えそうになり、どうにか彼を受け止めた。
その時、私のコートの袖を皺になるくらい握りしめる朝倉くんの手が見えた。
私の視線が彷徨った。
見たことのある光景──。
私は、そっと彼の後頭部を優しく抱えた。
そして、ゆっくりと髪を撫でた。
「ごめんね、怖かった? 私が一緒について歩くから、もう安心だよ」
彼を落ち着かせようと、私も声が震えないように頑張った。
「ありがとう……瞳子さん」
今にも泣き出しそうな朝倉くんの声。
私のコートの袖を掴む力は、緩むことはなかった。
彼を支えながら、なんとか出口に辿り着く。
私たちは無事にミラーハウスから抜け出すことができた。
「もう平気です。僕は閉所恐怖症かもしれませんね」
そう言って、朝倉くんが上体を起こした。
彼が貧血を起こしたので、ベンチで私に寄りかかりながら休んでもらった。
「ごめんなさい。私も調子にのってしまって」
「いいえ。僕も恐怖症があると知らなかったので、瞳子さんは悪くないです。それより、仕切り直しに観覧車にでも乗りましょう」
「でも、あれも閉所よ?」
心配でそう言うと、朝倉くんは少し黙ってから、はにかんだ。
「観覧車は乗ったことがあるので大丈夫です」
私はすぐに返事ができない。
あんな姿を見てしまった後だから。
(彼には、知られたくない何かがある)
でも、それを聞くには、私は彼のことを知らなすぎた。
「……そう。では乗りましょう」
私はそっと笑みを浮かべることしかできなかった。
十五分間の観覧車では、朝倉くんが体調を崩すことはなかった。
私は聞けなかった。
多分、朝倉くんは閉所恐怖症ではない。
ミラーハウスで泣きそうな顔で呟いていた、あの言葉。
『どこにも行かないで』
掴まれたコートの袖口に視線を落とし、そっと触れる。
昔、熱を出して心細くなった時に、温もりを求めてきた李人を思い出した。
朝倉くんのあの言葉に、どんな意味があるのか、今の私にはわからない。
でも、今は彼に問い詰めてはいけない気がした。
湊未来
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夏目莉央
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#意味がわかると怖い話
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