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夏目莉央
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くま🐻☁️
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「明日は仕事だから、早めに帰りましょう」
助手席から見る、夕焼けに照らされた朝倉くんの横顔。
今日は、ものすごくカッコよく見えてしまう。
遊園地ではしゃいで、ミラーハウスでは大変な目に遭って、最後は観覧車に乗った。
一日を振り返ると、私まで子供の頃に戻ったような気持ちになっていた。
そんな楽しかった時間が終わろうとしていることが、少し寂しい。
心の奥で、「もう少しだけ一緒にいたい」という欲求が生まれてしまうほどだった。
李人がいなくなった喪失感を、朝倉くんは宣言通りに埋めてくれている。
(今夜から一人になるけど、朝倉くんのおかげで寂しくないわ)
私は充足感に包まれながら、流れていく外の景色を眺めていた。
「あっ」
「瞳子さん、なんですか?」
「あの先の高原にあるプリンが絶品なの!」
興奮した私は、フロントガラスの向こうを指差した。
「山奥すぎて、気軽には買いに行けないんだけどね……」
昔、李人と一緒に買いに行った店があるのだ。
「引きこもっていた李人を連れ出すのに、いい口実になったの。美味しいスイーツがあるから、高原まで行こうって」
電波も届かないような場所なのに、プリンを目当てにたくさんの人が集まる。
広大な土地で育てられた鶏の、良質で新鮮な卵がプリンの味を最高級にしていた。
李人と一緒に食べた時のことを思い出すと、自然と頬が緩む。
「ではいつか、一緒に買いに行きましょう」
「……うん。そうね」
私はゆっくりと窓の外を向いた。
「今から行きましょう!」
そう言われるのを、どこかで期待していた自分がいた。
彼なら、そう言い出すと思った。
私と一緒にいたがっていたから……。
けれど、朝倉くんは明日の仕事を考えて、早めに帰ろうとしている。
つい期待してしまった自分が恥ずかしくなり、私は俯いた。
(私、己惚れている)
明日の仕事に向けて時間を管理する朝倉くんのほうが、よっぽど大人だ。
気がつけば、最寄り駅の付近まで来ていた。
私は周囲を見回してから、口を開く。
「朝倉くん、ここで下ろしてもらうわ」
シートベルトに手をかけると、彼が私の手を押さえた。
「何?」
「自宅まで行きますので」
そう言って、彼は私の手を膝の上へ戻した。
「悪いわ。朝倉くんとは方向が違うもの」
「瞳子さんと同じです」
どこか余裕を感じさせる横顔。
「通勤は違う方面から来ているじゃないの」
「……それはどうでしょう」
朝倉くんが、意味ありげな笑みを浮かべた。
その言い方が妙に引っかかったけれど、私は深く考えなかった。
自宅前に到着すると、彼は私のマンションの駐車場に車を止めてしまった。
「ここは住人専用の駐車場よ!」
私が注意をしても、朝倉くんは意にも介さない。
「瞳子さんが心配することはないです。さあ、降りて」
ドアを開けて、さっさと車から出てしまう。
慌てて私も車から降りた。
「ちょっと、自宅まで来る気?」
「ええ。そうです」
ピピッと車のロックがかかる音が聞こえた。
たしかに私は、李人が留学したら恋人の戯れを解禁すると伝えた。
だけど、今日は李人の引っ越しで部屋は散らかっている。
それを見られるのは、女性としてとても恥ずかしいことなんだ。
朝倉くんには伝わらないかもしれないけど。
「待って!」
スタスタと歩いていく朝倉くんを引き止めるように、私は真横についていった。
「いきなりは来ないでほしいわ。片付いていない部屋を見せるのは気が引けるのよ」
エントランスに入ろうとする朝倉くんの腕を掴んでそう言った。
だが、朝倉くんは余裕の表情で答える。
「僕も、自宅に帰るんですよ」
「……自宅?」
その言葉に、私は眉を寄せた。
朝倉くんはポケットから何かを取り出し、私の目の前に掲げた。
富士山のキーホルダーがついた鍵。
私の目が点になる。
「それ、李人の自宅の鍵じゃないの!」
李人と朝倉くんは、留学費援助の代わりに自宅の部屋を貸すという口約束をしていた。
でも、それはあくまで李人が留学した後の話だと思っていた。
「まさか……うそっ」
「今日からここが僕の自宅です」
「で、でも、何も揃ってないから」
「僕が無計画に、ここに来たと思いますか?」
その自信満々の言葉に、私は言葉を失った。
龍彦の浮気現場を二人でいるときに目撃した。
豪雨の中、都合よく空いていた一部屋のペンション。
そして、李人が留学して空いた部屋──。
思い返してみれば、朝倉くんはいつだって、私が思うより先に準備をしている。
「善は急げ、ですよ。瞳子さん」
朝倉くんは楽しそうに笑った。
私は廊下の先に視線を移した。
「まさか……」
急いで自宅前に駆け込み、鍵を開けて中に入った。
そして、李人の部屋の扉をバンッと開けた。
李人の私物は留学先に送り、部屋はガランとしている。
──はずなのにっ!
目を見開いて、部屋の隅々を見回していく。
クローゼットには、スリーピーススーツや上品な洋服がかけられている。
デスクにはパソコンが数台並び、小難しそうな書籍が積まれていた。
壁には、この家には似つかわしくない現代アートの絵画まで飾られている。
まるで、最初からここで暮らすことを決めていたかのようだった。
背後に立つ朝倉くんの気配。
私はゆっくりと振り返った。
「朝倉くん……引っ越してきたの?」