さて、レイブランとヤタールが戻ってくる前に果実を取って来て切り分けておこう。あの娘達は、何かを知らせる時は急いで来ることが多いから、喉を乾いている場合が多い気がする。
〈ノア様!”ヘンなの”が来ているわ!こっちに来ているわ!〉〈空から来ているのよ!結構速いし変な動きをしてるのよ!〉
さっきも聞いたが、今回森に入ってきた特徴的な存在は相当奇妙な存在らしい。果実を手渡しながら、詳しく聞いてみよう。
「どういった形状や大きさか、教えてもらえる?」
〈ゴドファンスくらいの大きさよ!形は良く分からないわ!でも見ればすぐに”ヘンなの”って分かるわ!〉〈白と灰色なのよ!クルクル回りながら動いているのよ!体にヘンな模様が付いていたのよ!〉
果実を勢いよく食べながら、彼女達が分かる範囲で”ヘンなの”の詳細を教えてもらう。
形は分からないが、見れば分かる形。白と灰色で何かが回転していて模様付き。聞けば聞くほど彼女達が”ヘンなの”と呼ぶのも無理は無いと思う。だが、私にとって肝心なのは、”楽園”にとって無害かどうかである。
「その”ヘンなの”は、この”楽園”にとって害になりそう?」
〈なりそうじゃなくてなってるわ!”楽園”の魔力を吸ってるわ!〉〈もう”へんなの”は”楽園”に対して悪さをしてるのよ!〉
魔力。そう、私がこれまでエネルギーと呼んできた力を魔力と呼ぶようにした際、皆も力や事象を魔力や魔術と呼ぶことに決めたそうだ。
何でも、どういう形であれ、扱いに長けている者から技術や知識を学ぼうというのだから、学ぼうとしている相手が使用している名称を使用するのが礼儀であり道理だ、とのことだ。
ついでに、私がこの森を”楽園”と呼ぶようにしたら、皆も同様に”楽園”と呼ぶようになった。
それはそれとして、”ヘンなの”は森に存在する魔力を吸い取って此方へ向かって来ていると言う。レイブランが此方に来るときに、『空刃』が効かないと言っていたのもそれが理由だろう。私達がいつも食べている果実の外果皮と同じような性質でもあるのだろうか?
多少の魔力を”楽園”から吸い上げる程度ならばどうということは無い。だが、レイブランとヤタールが有害と判断している以上、吸い上げている魔力量はかなりの量じゃないだろうか?それこそ、生命活動に支障が出てしまうほどの。
だとしたら、見過ごすわけにはいかない。それに、この娘達が言う”ヘンなの”が何者なのか、正直なところ興味がある。
直ぐにでも行ってみよう。外から来たというのであれば、人間達が関わっている可能性が非常に高い。更なる人間の知識や技術を得られるチャンスだ。
「これから行ってみるよ。レイブラン、ヤタール、君達はどうする?」
〈待ってるわ!私達役に立てそうにないわ!〉〈ノア様なら一人で十分なのよ!邪魔をするつもりは無いのよ!〉
レイブランとヤタールは来ないのか。まぁ、仮に激しい戦闘になってしまった場合、この娘達を巻き込んでしまいかねないからな。私一人で行くとしよう。
どの辺りから”ヘンなの”が来たのかレイブランとヤタールから聞いた後、その方向へ向かって跳躍する。
ある程度の高度まで達したら噴射加速による高速飛行(以後、噴射飛行とでも呼んでおこう)を用いて、”ヘンなの”の元まで向かう。勿論、相手に気取られて逃げられないように『隠蔽』と『静寂』を乗せた魔力を纏い、『広域探知《ウィディアサーチェクション》』も併用しておく。
森の浅い部分に到達する前に『広域探知』によって、”ヘンなの”を知覚できた。
確かによく分からない形状をしている。何と言えばいいのか、極端な話、横向きにした円錐状の物体の上下に、円盤をくっつけているような形状だ。円盤は上部が右に、下部が左に高速回転している。あの娘達がクルクル回っていると言っていたのは、この円盤のことだろう。
左右には申し訳程度の羽根のような三角形の板が取り付けられている。板の下部には均等に筒のようなものが取り付けられ、その筒から炎を噴射して、私が行うような噴射飛行を可能にしている。
筒の中で連続した爆発でもしているのだろうか?だとしたら、あの”ヘンなの”は私が思想した飛行方法を実現させているということになる。その仕組みを是非とも知りたい。
翼が生えてからというもの、レイブラン、ヤタールと共に、私の噴射飛行に適した魔術の構築陣を練ってはいるのだが、なかなか理想的な形にならないのだ。
あの”ヘンなの”、丸ごと欲しいな。アレは多分、人間達が作った道具だ。
どうにかしてあの魔力を吸う機能だけを破壊して私の家まで持ち帰れないだろうか?接近して捕まえられれば、いけそうな気がする。
そう思って”ヘンなの”に近づこうとした矢先だ。
これまで”楽園”の奥地に向かって直進していた筈の”ヘンなの”が急停止し、反転して引き返したのだ。しかも今までよりも速度がある。
まさか、『隠蔽』と『静寂』を用いている私を認識したとでもいうのだろうか?もしそうだとするのなら、尚のこと捕まえておきたい。その技術力、是非とも知りたい。
あの大きさでは、人間が中に入るのは難しいのではないだろうか?だとするならば、あの”ヘンなの”は、あれで一つの道具ということだろう。それも、何処かで遠隔操作をしていると考えられる。
間違いなく、蜥蜴人《リザードマン》達の集落を襲撃したティゼム王国とは別の組織であると考えられる。
“ヘンなの”に描かれている模様は多分、国章か何かだろう。
私から逃げるように”楽園”から飛び去ろうとしている”ヘンなの”は、私の知的好奇心を刺激して止まない。見れば見るほど全力で私から離れようとしていることだし、此方も全力で追わせてもらうとしよう。
翼指から今まで以上の出力で噴射飛行をしようとした時、”ヘンなの”が禄でも無いことをやらかしてくれた。
膨大な量と密度持った球状の魔力塊を、”楽園”の地上に向けてばらまき始めたのだ。魔力塊は地上に向けて、ゆっくりと落下し始めている。
人間達の書物を読み漁って分かったことだが、魔力というのはあれば良いというものでは無い。
食べすぎは体に良くない、というのと一緒だ。生物強度を上回る量の魔力を浴び続ければ、体調を崩し、最悪の場合、死に至る可能性すらあるのだ。
私が目覚めて間もない頃、私の魔力を感知して逃げ出した”楽園”の住民達は、私の魔力量と密度が自分達の生物強度では耐えられないと判断したのだろう。
おそらくだが、今も私が魔力を抑えずにいる状態で私の傍にいることができるのは、ホーディとフレミーぐらいだと思う。
他の皆は、直ちに影響があるわけでは無いだろうが、一緒に居続ければ健康を害することになる筈だ。
あの魔力塊が”楽園”の地上に落ちてしまえば、多くの森の住民達の生命活動に支障が出てしまうだろう。
“ヘンなの”の速度は、尚も変わっていない。私に対する足止めのつもりか。
洒落臭いことをしてくれる。
森の中に向かって私の全力の魔力噴射を噴き付けるわけにはいかないので、ある程度出力を抑えた状態で球状の魔力塊をどうにかしなければ。
魔力塊を排除するために紫の魔力で『黒雷炎弾』を魔力塊に向けて放とうとしたところ、魔術の構築陣を組み立てようとした時点で構築陣用の魔力が霧散し、”ヘンなの”に吸収されてしまった。
その事実に私は驚愕を隠せない。これだけ離れた距離からでも、魔力を吸収できるというのか。
まさか、私を感知したのは『広域探知』の魔力を認識して吸収したからなのだろうか?そして私を危険な存在だと判断して退却していると?判断が早いな。
だが、逃がすつもりは無い。私の魔力は吸われてはいないのだ。魔力を吸収するのにも条件がいるのだろう。
ならば、直接触れることで魔力塊を排除するまでだ。
『消し飛ばす』意思を込めた魔力を両手足と尻尾に纏わせる。魔力噴射と羽ばたきを併用して魔力塊に接近し、直接手足と尻尾をぶつけることで魔力塊を消滅させていく。
腹立たしいことに、移動しながら魔力塊をばら撒く”ヘンなの”との距離が、なかなか縮まらない。
こちらは全速を出せない状態で尚且つひとつ残らず魔力塊を消さなければならないが、それに対して”ヘンなの”は”楽園”から魔力を吸収しつつ、速度を落とさずに一直線に逃げられるからだ。
本当に腹立たしい。距離自体は縮まってはいるものの、その距離は極僅かだ。この”楽園”の魔力を利用して、”楽園”に害を与えるような真似をするなど、本気で腹が立ってきた。最早”ヘンなの”の損壊を気にしている場合では無い。
一度軽く上昇し、魔力噴射も羽ばたきも止める。
『消し飛ばす』意思を乗せた魔力を翼指に収束させつつ、魔力塊の場所を『広域探知』で正確に把握していく。
全ての魔力塊の場所を把握し終わり、私がどの魔力塊よりも低い高度に下がったと同時に、翼指を前方へ向け、翼指の孔から魔力の弾丸を、全ての魔力塊に向けて高速で射出していく。
射出された魔力弾は”ヘンなの”に吸収される前に魔力塊に衝突して、互いに消滅した。
ならばついでだ。両手と尻尾に纏わせた魔力も魔力塊に向けて射出してしまえ。
高度が下がりすぎても”楽園”を巻き込んでしまうし、何よりその場で停止していたら”ヘンなの”との距離が開いてしまう。
そのため、翼が生えて以降久しく使用していなかった、空気の破裂を用いた移動を行うことにした。自分の足の裏にある空気を破裂させて、それを足場として、蹴りつけるように跳躍して移動する。
両手と尻尾、それに加えて六つの翼指から、全部で一度に9射。それを把握した魔力塊が無くなるまで前進しながら連射し続ける。
噴射飛行はおろか、羽ばたきの飛行よりも速度は落ちるが、停止するよりは良い。それに、永遠に魔力弾を撃ち続けるわけでは無いのだ。
“ヘンなの”が一度にばら撒く魔力塊の量よりも、私が消し飛ばす魔力塊の量の方が圧倒的に多いし、速い。
“ヘンなの”の周辺以外の魔力塊が消えた所で再び高度を上げて、噴射飛行によって一気に”ヘンなの”に近づく。
足止めが効かないと判断したのか、”ヘンなの”が魔力の放出を止めると、更に速度と高度を上げ始めた。魔力塊の放出に使用していた魔力を、全て移動に回したようだ。
だが、魔力塊の放出を止めて高度を上げてくれるのは、此方にとっては好都合だ。
残りの魔力塊をさっさと消し飛ばした後、地上に影響がない高度に自分がいることを確認し、思いっきり魔力を翼指から噴射させた。
“ヘンなの”の上昇速度も推進力も目を見張るものがあるが、私の速度ほどでは無い。
ほどなくして”ヘンなの”を追い越し、”ヘンなの”の先端部を左手で掴めた。
そんなに魔力が欲しいのなら、くれてやろうじゃないか。
七色の魔力をいっぺんに”ヘンなの”に流し込む。
すると、何かが割れるような感覚と共に”ヘンなの”は急に動きを止め、それ以降、全く動かなくなってしまった。
やはり壊れてしまったか。だが、広範囲で魔力を吸収する機能も、魔力塊をばら撒く行為も、”楽園”にとって害悪だったのだ。壊れてくれた方が助かるというものだ。
それに、外見的にはほとんど破損は無い。左手で掴んだ際に少々力んでしまったため、先端部が潰れてしまっているが、目立った破損はそれぐらいだ。ほぼ最良の結果といて良いのではないだろうか?
周囲を見てみれば、私がいる場所は、何と雲の上だ。視線を下げれば辺り一面真っ白で、照り付ける太陽が眩しくも美しい。また、空はどこもかしこも青々としている。
初めて見る絶景に感動していると、私の背後から何者かが私に向けて語り掛けてきた。
『よもや、これほどとは…。貴女には最初から驚されてばかりだ…』
そうは言うがな、今のは私の方が驚いたと思うぞ?
先程までは何者の気配も感じなかった筈が、背後を振り返ればそこには―――。
何者とも比較ができないほどの巨大な龍の顔面が私の視界いっぱいに映っていた。
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