「はい、次、読み上げますよー」
無人の黒田支店のショールームには、結城の声がよく響く。
こうして聞いてみると、声もカズヤと全然違う。不思議なものだ。
「ウインターブレイド。ノーマル12本」
坂井が黒い箱を数える。
「はい、12で合ってまーす!」
(なんであんたの声まで違うのよ)
早苗は吹き出しそうになった。
「ファストタイプ20本」
言われて慌てて自分が抱えている水色の箱も数える。
「はい、オッケー」
言うと、適合票を見ていた結城が顔を上げる。
「ラストです。リアワイパー8本」
今度は二人で数える。
早苗が4本、坂井が4本。
三人で顔を見合わせる。
「終わったー!!!」
10月恒例。ショールームが休みの日を狙って行われる各店の棚卸。
トリを飾った黒田支店の商品がすべて数え終わり、三人はガッツポーズをとった。
「予定より大幅に早く終わりましたね」
結城が腕時計を見る。
「今日は1日コースだと覚悟を決めてきたんですが」
早苗と坂井はこっそり目配せをした。
当たり前だ。
本当は昨夜のうちに、夜中までかかって二人でやっていた。
数字が合わないところはすでに修正済みだ。
今日は、昨日やった棚卸の確認作業に過ぎない。
新婚である結城の時間を作るために。
「ねえ。早く終わったから、ランチでも行こうよ、結城くん」
言うと、彼は、腕まくりしていたカーディガンを直しながら振り返った。
「時間余ったからいいでしょ。たまには」
いつもだったら彼を誘うなんて怖くて緊張して、できないのだが――――。
「いいですね、行きますか」結城が頷く。
早苗は小さく頷く坂井を見た。
――――今日はできる。
だって、自分のためだけじゃないから。
◇◇◇◇
「勘違い?」
身を起こした早苗に、カズヤは微笑んだ。
「そうだよ。俺、坂井ちゃんとはしたことないから」
「え、そうなの?だってテクニシャンだって、さっき………」
「勝手なイメージじゃない?」
早苗の隣に座り直しながら、カズヤは微笑んだ。
「あー、でも」
言いながら髪の毛を手櫛で伸ばしている。
「この髪型にして、抱きしめてほしいって言われたことは、何度かある」
手櫛で雑に形成された“結城”を見る。
(あの子………)
もうどう見ても結城には見えないカズヤを見て、早苗は微笑んだ。
◇◇◇◇
陽射しが入る、気持ちいいイタリアンレストラン。
平日だからか、それともランチにしては少し遅い時間だからか、店内はいい具合に空いていた。
窓際の席に着くなり、メニューより先に大きな紙袋を渡され、結城は瞬きをした。
「……なんですか、これは」
「見てわからない?結婚祝い兼前祝」
「前祝って」
袋を覗き込んだ結城はそれを見て口を開けた。
「スタイじゃないですか。これ、手作りですか?………こんなにたくさん」
「きっと結城係長のお子さんなら、涎いっぱい垂らすだろうなって思って」
坂井が笑う。
「それ、どういう意味」
結城が目を細める。しかしその口元は笑っている。
よかった。ちゃんと嬉しそうだ。
「ありがとうございます。子供がもらった人生初のプレゼントですね」
結城は二人を交互に見つめ、素直に頭を下げた。
「わ、その表現、素敵」
痛々しいほどに明るく坂井が茶化す。
でも早苗も本当にそうだと思った。
結城と麻里子の子供が、人生で一番初めにもらったプレゼントが―――。
彼のことを、本当は好きで好きで堪らなかった二人の女が、叶わなかった気持ちと、悔しさと、悲しさで泣きながら。
それでもちゃんと、これから生まれてくる彼の宝物の幸せを願って、縫ったスタイだなんて。
なんて残酷で、黒くて、切なくて、怖い。
でもそれでいてーーー。
「本当に素敵だねっ!」
早苗は笑った。
暑い夏と、凍える冬の、ほんの合間。
この貴重な秋の心地よい陽射しを浴びて微笑む、
世界一、好きな男性を見つめてーーー。
【Ⅱ】経理課 ~早苗の場合~ 完