TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
女女の25時

一覧ページ

「女女の25時」のメインビジュアル

女女の25時

52 - 第52話 世界一残酷なプレゼント

♥

1

2024年08月12日

シェアするシェアする
報告する

「はい、次、読み上げますよー」


無人の黒田支店のショールームには、結城の声がよく響く。

こうして聞いてみると、声もカズヤと全然違う。不思議なものだ。

「ウインターブレイド。ノーマル12本」

坂井が黒い箱を数える。

「はい、12で合ってまーす!」

(なんであんたの声まで違うのよ)

早苗は吹き出しそうになった。

「ファストタイプ20本」

言われて慌てて自分が抱えている水色の箱も数える。

「はい、オッケー」

言うと、適合票を見ていた結城が顔を上げる。

「ラストです。リアワイパー8本」

今度は二人で数える。

早苗が4本、坂井が4本。

三人で顔を見合わせる。

「終わったー!!!」


10月恒例。ショールームが休みの日を狙って行われる各店の棚卸。

トリを飾った黒田支店の商品がすべて数え終わり、三人はガッツポーズをとった。

「予定より大幅に早く終わりましたね」

結城が腕時計を見る。

「今日は1日コースだと覚悟を決めてきたんですが」

早苗と坂井はこっそり目配せをした。

当たり前だ。

本当は昨夜のうちに、夜中までかかって二人でやっていた。

数字が合わないところはすでに修正済みだ。

今日は、昨日やった棚卸の確認作業に過ぎない。

新婚である結城の時間を作るために。


「ねえ。早く終わったから、ランチでも行こうよ、結城くん」

言うと、彼は、腕まくりしていたカーディガンを直しながら振り返った。

「時間余ったからいいでしょ。たまには」

いつもだったら彼を誘うなんて怖くて緊張して、できないのだが――――。

「いいですね、行きますか」結城が頷く。

早苗は小さく頷く坂井を見た。

――――今日はできる。

だって、自分のためだけじゃないから。


◇◇◇◇

「勘違い?」

身を起こした早苗に、カズヤは微笑んだ。

「そうだよ。俺、坂井ちゃんとはしたことないから」

「え、そうなの?だってテクニシャンだって、さっき………」

「勝手なイメージじゃない?」

早苗の隣に座り直しながら、カズヤは微笑んだ。

「あー、でも」

言いながら髪の毛を手櫛で伸ばしている。

「この髪型にして、抱きしめてほしいって言われたことは、何度かある」

手櫛で雑に形成された“結城”を見る。

(あの子………)

もうどう見ても結城には見えないカズヤを見て、早苗は微笑んだ。

◇◇◇◇


陽射しが入る、気持ちいいイタリアンレストラン。

平日だからか、それともランチにしては少し遅い時間だからか、店内はいい具合に空いていた。

窓際の席に着くなり、メニューより先に大きな紙袋を渡され、結城は瞬きをした。

「……なんですか、これは」

「見てわからない?結婚祝い兼前祝」

「前祝って」

袋を覗き込んだ結城はそれを見て口を開けた。

「スタイじゃないですか。これ、手作りですか?………こんなにたくさん」

「きっと結城係長のお子さんなら、涎いっぱい垂らすだろうなって思って」

坂井が笑う。

「それ、どういう意味」

結城が目を細める。しかしその口元は笑っている。

よかった。ちゃんと嬉しそうだ。

「ありがとうございます。子供がもらった人生初のプレゼントですね」

結城は二人を交互に見つめ、素直に頭を下げた。

「わ、その表現、素敵」

痛々しいほどに明るく坂井が茶化す。

でも早苗も本当にそうだと思った。


結城と麻里子の子供が、人生で一番初めにもらったプレゼントが―――。

彼のことを、本当は好きで好きで堪らなかった二人の女が、叶わなかった気持ちと、悔しさと、悲しさで泣きながら。

それでもちゃんと、これから生まれてくる彼の宝物の幸せを願って、縫ったスタイだなんて。

なんて残酷で、黒くて、切なくて、怖い。

でもそれでいてーーー。


「本当に素敵だねっ!」

早苗は笑った。

暑い夏と、凍える冬の、ほんの合間。

この貴重な秋の心地よい陽射しを浴びて微笑む、

世界一、好きな男性を見つめてーーー。



【Ⅱ】経理課 ~早苗の場合~  完

この作品はいかがでしたか?

1

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚