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栗山眞美(30) × 綾瀬海斗(30)
「お疲れ様です」
良く通る声に顔を上げると、黒田支店の営業、佐藤麻里子―――じゃなかった。結城麻里子が立っていた。
「お疲れ様です」
栗山眞美(くりやままみ )は口元だけに笑みを浮かべて軽く会釈する。
空気を読むのに長けた女なら、自分が歓迎されていないと気づく。
でもこの女は――――。
「あの、加賀課長はどちらにいらっしゃいます?」
屈託のない笑顔でこちらを見下ろしている。
(営業なのに、勘が悪い女ってどうなの)
心の中で毒づきながら視線を課長席に移す。
「すみません、わからないです」
そしてその視線を麻里子に戻さないまま、デスクの上の書類に落とす。
(あー。性格悪いなぁ)と思う。自分でも。
それでもムカつく。この女が。
まず、営業ってのが嫌い。
その次に、少し垂れた目が嫌い。
そしてところかまわずケラケラ笑う高い声が嫌い。
あとは、しょっちゅうショールームで客に肩を叩かれたり、客の子供と手をつないで遊んだりして『私、お客様と仲良いですからぁ』アピールが嫌い。
まあ、一番は。
なかなか去ろうとしない女を見上げる。
身長155センチ。
細身だが、手足はそんなに長くない。色白で、なで肩で、くびれがあって、でも尻はそんなにでかくなくて、足が細い。
この軽そうな女性らしいフォルムが嫌い。
「課長なら―――」
隣の席から、男にしてはやけに高い声が響く。
「今日は北町店に行ってますよ。店長と話があるからって」
その男を横目で睨むと、彼はこちらの視線に気づき、にっこりと微笑んだ。
「あ、そうなんですね。じゃあ、眞美さんに渡しちゃおうかな」
(はあ?何を?)
仕方なく視線を戻すと、麻里子は、3人分の封筒を渡してきた。
(げ。これって―――)
「ささやかながら、結婚式を挙げることにしたんです。ご祝儀なんかはいらないので、お食事会だと思って、気軽に参加していただければ嬉しいです」
キラキラ光るラメ入りの封筒を見下ろしてから、再度麻里子を見上げる。
(この女、断られるなんて微塵も思ってないんだろうな)
なんかほっぺ艶っ々してんだけど。同い年なのに。ムカつく。
なかなか受け取らない眞美に代わって、隣の男が顔を覗かせる。
「わー!キッチン・ピノキオじゃないですか!!ここ、新しくできたレストランですよね?結婚式もできるんだ?」
言いながら男が封筒を3通とも受けとる。
「そうなの。200人までって決まってるんだけど」
麻里子が嬉しそうに答える。
(はあ?200人も呼ぶ気?どこが食事会なのよ。それ)
「絶対行きますね」男が笑う。
「ありがとうございます」麻里子も笑う。
(あ、今、気づいた。私が結城麻里子を嫌いな理由)
眞美は視線を男に移して睨み上げた。
(ーーーこいつに似てるんだ)
綾瀬海斗(あやせかいと)。
幼すぎる見た目に反して、年は眞美と、そして麻里子と同い年の30歳。
「課長にも伝えときますね!」
中性的な可愛い顔を、可愛い角度でくねらせながら、微笑んでいる。
「よろしくお願いします!」
麻里子もつられたらしく、首をくねらせると、満足したように今度は中古車グループに向かって歩いていった。
「はい、どーぞ」
綾瀬が眞美のデスクに封筒を置く。
「シュレッターでお願いしまーす」
書類に目を戻しながら言うと、「強烈ぅ!」と綾瀬は笑った。
(何が楽しいんだか)
この男が新車グループに来てから、面白くないことばかり起こる気がする。
本部に配り終わった麻里子が、経理グループの夫に何か声をかけた。
結城が立ち上がり、彼女が持っていた紙袋を覗き込む。
「けっ」
思わず漏れた声に綾瀬がこちらを向き、にこっと笑った。
(どいつもこいつも!)
眞美はイラつきを抑えながら、ため息をついた。
早く帰って。
会いに行きたい。
光り輝く、刺激的な彼らに………。