テラーノベル
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煙のことを村へ報告すると、外へ出る話はまた止まった。
「人なら危険かもしれない」
シンはそう言った。
「人だから話せるかもしれない」
ハルが返す。
「話す前に襲われたらどうする」
答えはない。
結局、数日間は大人が交代で境界外を確認することになった。
煙は二度見つかった。
場所は少し違う。
誰かがいる。
そう考える大人が増えた。
その一方で、外へ行くなという声も強くなった。
ハルは焦った。
「このままだとまた閉じる」
ミオは落ち着いている。
「焦って勝手に行ったら、もっと閉じる」
「じゃあどうする」
「目的を決める」
二人は管理棟の地図を思い出した。
旧道。
北の町。
その先に、四角い印。
以前は読めなかった。
セイジに確認すると、古い通信中継施設を示す記号らしい。
「そこなら記録が残ってるかもしれない」
ミオが言う。
「31のことも?」
「かもしれない」
二人は大人たちに提案した。
目的地は中継施設。
往復できる距離を地図で計算。
食料と水を持つ。
危険なら戻る。
行き先と予定を残す。
シンは反対した。
トウマも最初は反対した。
しかしユイが言った。
「大人だけで調べるなら、誰が行くの?」
設備、畑、医療。
村には余っている人手がない。
最終的に、条件付きで許可された。
最初の中継施設まで。
二人で行く。
日没までに戻れない距離なら一泊まで。
二日目の日没までに帰らなければ、捜索を検討する。
「検討?」
ハルが不満そうに言う。
シンが睨む。
「捜索に出た人間まで戻らなければ、村がさらに困る」
トウマは強く反発した。
「二日目に戻らなければ俺が行く」
「お前は水と境界の担当だ」
「息子だぞ」
「だからこそだ」
二人の声がぶつかる。
ハルは初めて、自分が出ることで父たちに何が起きるかを具体的に見た。
「戻る」
ハルが言った。
「絶対に」
シンは厳しい顔のまま頷いた。
出発の日。
ナナが小さな布袋を渡した。
「何?」
「お守り」
中には丸い石。
「どこにでもある石じゃん」
「村の石だからいいの」
ハルは笑ってポケットに入れた。
門の前。
トウマが地図を確認する。
「中継施設より先へ行くな」
「うん」
「煙の場所へ近づくな」
「うん」
「知らない人間を見ても――」
「まず隠れる」
ミオが答えた。
父は頷く。
「帰ってこい」
ハルはそれだけに真面目に答えた。
「帰る」
門が開く。
二人は境界を越えた。
旧道。
錆びた車。
廃墟。
三度目になると、少しだけ見慣れる。
それが怖いとミオは言った。
「何で?」
「慣れると油断するから」
昼前、二人は以前より北へ進んだ。
町の端。
地図に公共施設らしい印がある。
建物は半分崩れている。
正面の文字はほとんど消えていた。
「入る?」
「床確認してから」
ミオが棒で足元を確かめる。
中には机。
倒れた棚。
紙は腐っている。
奥の壁に、大きな案内板。
ハルが埃を払う。
英語。
その下に、かすれた日本語。
『コロニー計画』
二人は息を止めた。
さらに下。
『居住区域案内』
地図には複数の丸。
その一つに赤い印。
C-17。
「これ」
ハルが指差す。
その横に英字が残っている。
RESIDENTIAL AREA 17。
ミオが一文字ずつ読む。
「レジ……デンシャル」
「分かる?」
「学校の古い英語表で見た。レジデンスは住む場所」
下の日本語はもっと明確だった。
『第17居住区』
ハルは声に出した。
「第十七……居住区」
村。
自分たちがずっと村と呼んできた場所。
外から見れば、番号のついた居住区だった。
「C-17って」
「設備の番号じゃない」
「俺たちの場所の名前だった」
ミオは首を振る。
「名前じゃなくて、番号」
その言い方にハルは少しぞっとした。
案内板には他の番号もある。
C-08。
C-12。
C-24。
そして。
C-31。
「三十一」
二人の声が重なった。
管理棟の地図で見た数字。
ソウが目指したかもしれない場所。
「本当にあった」
ハルが言う。
「少なくとも、作られた」
「人は?」
「今いるかは分からない」
二人は建物内を調べた。
古いパンフレット。
避難手順。
居住区間の物資輸送。
中央管理。
読める言葉だけでも、世界の形が少しずつ見える。
自分たちの村だけが残された場所ではなかった。
最初から複数の居住区が計画され、道路や通信でつながっていた。
「なんで全部切れたんだろ」
ハルが言う。
「中央通信が止まったから?」
「それだけで、人も行き来しなくなる?」
「危険だったから」
「いつまで?」
二人とも同じ疑問へ戻る。
建物の奥で、小さな金属箱を見つけた。
扉は開いている。
中には紙の地図。
湿気で端が崩れている。
ミオが慎重に広げる。
現在地。
旧道。
北東へ伸びる線。
中継施設。
さらにその先。
C-31。
「道、つながってる」
ハルの声が震えた。
「中継施設まで、思ったより近い」
「今日行ける?」
ミオが空を見る。
まだ昼過ぎ。
「行って戻るのは無理」
「一泊の予定なら」
二人は顔を見合わせた。
許可されたのは中継施設まで。
一泊まで。
「行く?」
ハルが聞く。
ミオは地図を畳む。
「ここまで来た理由、それでしょ」
建物を出る。
空は広い。
旧道はさらに北へ続いている。
ハルは一度だけ南を振り返った。
境界はもう見えない。
でも、帰る方向は分かる。
ポケットの中でナナの石を握る。
「第十七居住区」
ハルが言った。
「変な感じ」
「村でいいよ」
ミオが答える。
「うん」
二人にとっては、まだ村だ。
番号を知ったからといって、家が別のものになるわけではない。
ただ。
自分たちだけではない。
その事実は、世界を一気に広げた。
二人はC-31へ向かう道ではなく、まず中継施設へ続く道を選んだ。
そこに何が残っているのか。
そして五十年近く前、ソウが同じ道を歩いたのか。
答えは、もう少し先にある。
許可を出す前夜、シンはハルとミオをもう一度呼んだ。
机の上には、二人が作った行程表が置かれている。
「俺は今でも反対だ」
最初にそう言った。
「じゃあ何で許可するの?」
「反対だから何も調べない、では済まなくなった」
シンは煙の位置を書いた紙を指した。
「もし人間がいるなら、向こうもこちらを見つける可能性がある。閉じていれば存在まで隠せると思うのは危険だ」
「じゃあ会いに行く?」
「行くな」
即答だった。
「目的は中継所の確認だ。人探しではない」
ミオが頷く。
「分かりました」
「それと」
シンは古い笛を二つ出した。
「音は遠くまで届く。遭難した時以外は使うな」
ハルが受け取る。
「シンさん、心配してる?」
「してないように見えるか」
「ちょっと」
「返せ」
「嘘。すごく見える」
シンはため息をついた。
「お前は外へ出るたび口が軽くなるな」
その場にいたトウマが小さく笑った。
出発後、公共施設でC-17を見つけた時、ハルはその会話を思い出した。
番号で管理されていた場所。
けれど、自分たちにとっては家だ。
案内板には居住区ごとに小さな記号がついていた。
C-17の横には農業と水の記号。
C-31の横には工具のような記号と、工場を示すらしい絵。
「役割が違った?」
ミオが言う。
「17は食べ物?」
「かもしれない。31は機械とか」
「じゃあ昔は交換してた?」
パンフレットの断片には『区域間供給』という文字が残っている。
ハルは倉庫で見た使えない部品を思い出した。
もし31が機械を多く扱う場所だったなら。
逆に31では、17のような畑が必要だったかもしれない。
「最初から一個だけで全部やるつもりじゃなかったんだ」
「少なくとも、つながりはあった」
ミオは慎重に言った。
中央が消えたことで失われたのは命令だけではない。
物資の道。
情報の道。
他の居住区との関係。
それぞれが一つずつ閉じたのなら、今の暮らしが苦しくなった理由も少し説明できる。
「31に人がいたら、部品持ってるかな」
「交換してくれるとは限らない」
「17の食べ物と交換」
「勝手に村の作物を約束しない」
「例えばだよ」
二人は笑った。
まだ31に人がいる証拠さえない。
それでも初めて、他の居住区を「知らない敵」でも「助けてくれる誰か」でもなく、違う暮らしをしていた場所として想像できた。
だから中継所へ向かう道は、ただソウの足跡を追う道ではなくなった。
自分たちの村が、かつて世界のどこにつながっていたのかを確かめる道になった。
コメント
1件
ああもうこの回最高すぎた!!😭✨「第十七居住区」って知った瞬間の衝撃、エピソードタイトル回収にもなってて胸熱すぎたよ…ずっと“村”って呼んでた場所に番号があったって気づくの、世界の広がり方と同時に閉じた世界の仕組みがちょっと見えた感じする。地図でC-31への道がつながってるの分かった時の二人の決断がもう、ドキドキした。次が待ち遠しすぎる!