テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
もう、濡れている。
昼休憩。
朝から落ち着かない。
工場の隅、
簡易テーブルの前に腰を下ろす。
ヘルメットを外し、
額ににじんだ汗を
タオルで軽く押さえた。
四月。
まだ肌寒さは残っているのに、
身体を動かしたあとは
確かに熱が残る。
スマートフォンを手に取る。
――スカイツリーが好きなんです。
短い一文。
それだけなのに、
頭の中で
いくつもの意味に分かれていく。
夜景が好き、なのか。
家族で登った思い出、なのか。
ソラマチが楽しい、とか。
ただ、綺麗だから。
どれも、
あり得る。
どれも、
普通だ。
重くもない。
危険でもない。
それなのに。
大和は、
その奥を探ろうとしている
自分に気づいてしまう。
誘え、ということだろうか。
一緒に行きたい、
という意味だろうか。
……考えすぎだ。
夜景は嫌いじゃない。
みなとみらいの光も、
何度も見てきた。
でも、
高いところは苦手だ。
正直に言えば、
怖い。
スカイツリーなんて、
想像しただけで
足元が不安になる。
――それなのに。
一瞬、
ありえない光景が
頭をよぎる。
夜。
高い場所。
並んで立つ影。
はっきりとした顔は、
浮かばない。
ただ、
隣に誰かがいる、
という感覚だけ。
胸の奥が、
小さく疼く。
これは、
考えてはいけない。
家庭がある。
守ってきた日常がある。
踏み出す理由は、
どこにもない。
大和は、
その想像に
無理やり蓋をする。
なかったことにする。
画面を見つめ直す。
誘うわけじゃない。
期待に応えるわけでもない。
ただ、
少しだけ、
身を乗り出す。
防波堤の上から、
手を伸ばすくらい。
入力欄を開く。
――どこが好きなんですか?
打ち終えて、
指が止まる。
重くないか。
意味を持ちすぎていないか。
何度も、
自分に問いかける。
大丈夫だ。
これは、
ただの質問だ。
送信。
スマートフォンを伏せる。
気づけば、
足元はもう
冷たく濡れていた。
でも、
それがどこまでかは、
確かめない。
濡れているのは、
足先だけだ。
そう、
自分に言い聞かせながら。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!